St.MARYマスターズ通信

シニアのための、シニアによる、シニアのスキークラブ、宮城のスキー仲間集まれ!
(コメントは拒否設定H20.2~)

マスターズSC通信2009-10月号

2009-09-30 12:31:26 | マスターズ通信
St.MARYマスターズSC通信
2009年10月号 VOL2009/10


-発行―
セントメリーマスターズクラブ
発行責任者 阿部武夫


  大雪山系に初冠雪のニュースに、物置のスキー用具が気になってきました。
ホームゲレンデのセントメリースキー場では、例年どおり、9月上旬からシーズン券の早期割引販売が開始されました。スキー場からは「マスターズ会員向けシーズン券のご案内」があり、今年も「協力団体」として割安な特別価格で提供いただくことになっております。申し込み書を同封いたしますので、ご利用下さい。
発刊の遅れを詫びつつ、四名の方々からの小文を掲載させていただきます。
また、再会時の話題を膨らませるためにも、是非、原稿をお寄せ下さい。


合唱との出会い、そして今(第1~2期)             江口 高信

 第1期  私が“合唱なるもの”と出会ったのは、大学に入ってからでした。当時、「うたごえ運動」が盛な時で、大学内で昼休みを利用して、学内の合唱サークルが一般学生を対象に「うたう会」を開き、ロシア民謡など様々な歌を教えていた。会場の大講堂が一杯になる程多くの学生がいて私もそれに混じって色々の歌を覚えました。その内、私も合唱をやりたくなり、「ハトの会」というサークルの部室に行き入部を希望した。その際、「パートは何か」と聞かれ、「何ですか?」と問い返す程知らない世界でありました。その時に初めて『合唱とは、男女それぞれが高低二つに別れ、女声から「ソプラノ」「アルト」「テノール」「バス」4つのパートを以て、ハーモニーを作り出して歌うこと。』と教えられた。小生は、男声の低いパート「バス」に入れられた。「ハトの会」は、東京教育大学とお茶の水女子大学の学生たちで作られたサークルで、200人もの学生が入っていて、週に1回お茶大の大教室で練習が行われていた。指導者は、‘ママ先生’と呼ばれる芸大卒で、幼稚園の園長を勤めている方であった。取り組む曲目は、混声合唱の中から大小様々な曲が選ばれ、ハーモニーを楽しめるものであった。「月光とピエロ」、「蹄鉄屋の歌」、ショスタコヴイッチの「森の歌」などが思い出される。そして、年に1回の定期演奏会がその総まとめの機会であった。また、合宿も夏休み中に、例えば、檜原湖畔などで行われ、それはそれは楽しいものでありました。大学を卒業後、就職した職場にもコーラス部があり、週1回昼休みに芸大大学院生が指導に来ていて合唱を続けることが出来たが、1年後転勤となり、仙台に。何と市内の金融機関に勤める人達で作る50人程の合唱団があった!誘われて入り、4年間合唱を楽しむことが出来た。此処までが、私の合唱生活1期目であります。(・・・・第2期執筆中)


感謝、感謝の2シーズン                    朝比奈志浩
 
「1級の大回り、いきます!」  
自分が、蔵王でバッジ検定の前走をさせて頂けるとは思いも寄りませんでした。
仙台に転勤してきた先々シーズン。職場の同僚のお誘いで参加した安比日帰りバスツアーが、マスターズとの出会いでした。ゲレンデでは安比名物の強い風に悩まされましたが、往復のバスの中の楽しいこと、楽しいこと。朝7時に一升瓶が半分空いている。チョコレート、柿ピー、笹かまなどのおつまみに、缶コーヒー、お茶、そして缶ビールが配られる。まるで遠足みたい。そして何よりも参加の皆さんがお元気なこと。以来、この2シーズン、レッスン、納会、とんちゃん会と大変お世話になりました。検定前走は少しでもご恩返しと身の程もわきまえずに志願。皆様、快く受け入れてくださり、これまた感謝です。 転勤族のため、いつかは仙台を離れますが、どこに行っても皆様方のような元気なシニアを目指し、スキーを楽しみたいと思います。


「しかし、マスターズ」パートⅡ      伊藤 充夫 

 夏にマスターズの皆さんとお会い出来た。冬にスイカを食べるのと似ている。めずらしいことで、話題性もあり、ちょっと贅沢で、しかもなかなかの味である。そんなことから、ドクターストップなのに、75日ぶりでアルコールを口にした。少しだけのつもりが「気違い水」にブリーキがつかない。大いに飲み・食べ・笑った・楽しい一夜でありました。ところで、この季節の楽しみに、高校野球甲子園大会がある。この大会のイメージを、大ファンである私が漢字で表わすと「夢・希望・青春・友情・熱血・汗・涙・魂・気迫・壮快」等・・・・・。日常生活で忘れかけている新鮮でドキドキする場面が、今年も見られることを期待している。さて、「しかし、マスターズ」のリクエストがありますので、パートⅡをお届けします。

しかし、マスターズ:手遅れと知りつつも、
      フェイスマスクで日焼け止め(あなたではありません)
しかし、マスタ-ズ:シーズン券、
      定額給付金で確保でき(あなた)
しかし、マスターズ:右見ても、左見ても、
      携帯待ち受け画面は孫の顔(あなたかも)
しかし、マスターズ:バッチテスト、あがる歳でもないが、
      しばらくぶりの緊張感(だれでもです)
しかし、マスターズ:ゲレンデのシュプールに、
      負けずに深い顔のシワ(みんなです)
しかし、マスターズ:スキーこどもの日、
      妙に元気なキッズランドのマスターズ(ほとんどです)
では、皆さんシーズンまで充電して下さ~い。



「辻井 信行」さんのこと。      宮 崎    功 

  2009年6月7日、アメリカ合衆国テキサス州フォートワースで開かれた第13回バン、クライバーン国際ピアノコンクールで、日本人として初めて盲目のピアニスト【辻井信行】さんが優勝した。暗いニュースばかりが多い今日この頃ですが、サッカーのワールドカップ出場と辻井信行さんの快挙に拍手喝采をしたい。2007年に、白石市のホワイトキューブ(文化活動センター)のホールで演奏してしたのであるが、私の耳に入らず、演奏を聴いていなかった。音楽だけでなくそれだけ世の中に音痴なのだろう。悔やまれる。
 1995年、7歳で全日本盲学生音楽コンクール楽器ピアノ部門第1位。1997年秋、9歳の時ロシアに招かれ、モスクワ音楽院大ホールでの記念コンサートに出演し、国際舞台にデビューしていた。1998年大阪センチュリー交響楽団と共演。2000年、ソロ・リサイタルを開催するなど日本各地でコンサート活動をしていたのである。2002年に、14歳パリで、フランスデビュー2005年、ワルシャワで行われた第15回ショパン国際ピアノコンクールで[批評家賞]を受賞。アメリカのカーネギーホール、チェコ、台湾などの海外はじめ、もちろん、日本各地で公演をし、大成功を収めてきた。なのに私は[辻井信行]を知らなかったのである。アルバム、CDも数多く出版されているようだ。注目すべきは、アルバムなどに「盲目のピアノ演奏家」の文言は使っていないという。盲目だからという同情?は必要ない。一流の演奏家、一流のアーティストとして、認めてもらいたいとのことだ。それにしても半端な練習量ではなかっただろう。ピアノが身体の一部になっているのだろうか。テレビで見るあの手さばきの速さ、うねり、感情の現れであろう身体の動きは神業です。テクニックだけでなく、曲をどう表現するか、曲に魂が込められるか、演奏する音が聴衆を感動させ得るのか。鍵盤のはげしさが心を強くとらえるのであった。
 7月4日NHK午後7時30分「クローズアップ現代」で特集があった。その中で[心を癒す至福の音色][飾り気のない素直な演奏][クオリティの高い演奏]との表現があった。そして辻井さんは[どんなホールでも納得の演奏できる大きなピアニストになりたい。表現力を
 もっともっと磨いていきたい]と話していた。小眼球症という病気で、出生時から全盲であったという。生まれつき眼が不自由なのにすごいねと言われるという。でも、目が見えないからこそ、鋭い感受性と情緒豊かな「心の眼」が養われたのだろうか。お母さんは、辻井信行さんを美術館や花火を見に連れて行ったそうである。色や形を克明に話したに違いありません。それだけでなく、なぜ絵が美しくすばらしいものなのかをきっと「心の眼」が見ているように語っていたのではないでしょうか。本物の絵に触れて、しっかり心で見ていたに違いありません。
 辻井いつ子著「今日の風、なに色」「のぶカンタービレ」[辻井いつ子の子育て広場]親子 共々すごいな- 




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