森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

第19話

2009年08月12日 | マリオネット・シンフォニー
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「貴様……カシミール達を何処へやった!」
「心配することはない、三人仲良くそこの『ゼロ』の中にいるさ……ああ、無理に取り出そうとしない方がいいぞ。壊せば二度と出てこなくなるからね」
 不敵に笑うエイフェックスを中心に、多くのカードが宙を旋回している。フジノはエイフェックスに向かって魔法弾を放つが、カードの一枚がそれを弾いた。
「無駄だよ、今の君では私には到底及ばない。アイズ君、離れていたまえ」
 アイズの周囲に数枚のカードを残し、エイフェックスは、緑色の球体『ゼロ』を回収に向かった。


第19話 終わらない戦い


「ちょっとエイフェックス、何を勝手なことを……」
「最初に言ったはずだ、私の目的はツェッペリンだとね。壊されては困る。そんなことより、自分の身の心配をした方がいいんじゃないのかな?」
「どういう意味よ?」
 エイフェックスの含みのある口調に『ルルド』が眉をひそめる。
 その時、フジノが『ルルド』の腕をつかんだ。
「貴女は、私を裏切らないわよね……」
「も、勿論よママ。あたしは、ずっとママのそばにいるわ」
 フジノのただならない雰囲気に、少し怯える『ルルド』。
 その様子を見て、アイズは気になっていたことがやっとわかった。

「ルルド……だったわ」
 アイズの呟きに、周囲の視線が集まる。
「さっき、フジノさんが何か言ったの。ツェッペリンの発射で声は聞こえなかったけど、口の動きは見えたわ。ルルド……って言ったのよ。“本人”に向かって」
「……まさか……!」
「妙だと思ってたのよ。さっき、フジノさんがルルドを蹴り飛ばした時……いくらルルドが丈夫な子でも、フジノさんに蹴られて無事で済むはずがないもの。しかも直接攻撃したのはそれっきりで、後はみんな魔法だった。技術のことは私にはわからないけど、単純な魔力の強さで言えば、ルルドの方がフジノさんより上なのに……ひょっとしてフジノさん、ルルドのこと、最初からわかってたんじゃないの?」
 エイフェックスが「ほぉ」と呟き、『ルルド』の顔が引き攣る。
 フジノは『ルルド』をつかむ手に、更に力を込めてゆく。
「フジノさん……貴女、ルルドに捨てられたと思い込んで……でも、それを認めたくなかったから、だからルルドを忘れさせてくれるこいつらを利用したんじゃないの? ルルドを突き放せば、孤独になったルルドは、逆に自分のところに帰ってくると思って……貴女の誤算はルルドがスケアさんを許したことと、カシミールさんに出会ってしまったこと……」
「黙れ! あいつはルルドじゃない!」
 フジノの魔法弾がアイズを襲うが、エイフェックスのカードがアイズを守った。
 荒々しく息をしていたフジノの表情が、今にも泣き出しそうに歪む。
 そして、
「お、落ち着いて、ママ! あんな奴の言うことなんかに惑わされないで! あ、あたしは、あたしはずっとママのそばにいるから……!」
 必死の『ルルド』をつかんだまま、フジノの身体は輝き始めていた。
「でも……でも、みんな私を裏切っていったわ……貴女だって、いつか私を裏切るかもしれない……」
 フジノは『ルルド』ににっこりと笑いかけた。
「だからそうなる前に、私が殺してあげる……大丈夫、心配しないで。ここにいる奴等もみんな殺してあげるから」
「ひっ……! た、助けて、エンデ!」
「彼女を思い通りに利用しようなんて甘いんだよ。今回はたまたま利害が一致しただけの話だ。さて、エンデ君。そろそろヴィナス君を助けてやった方がいいぞ」

『もぉ、しょうがないなぁ。勝手にあたしのお人形を壊さないでよねっ』

 何処からともなく声が響き、途端、フジノの動きが止まった。
 そのまま倒れ、意識を失うフジノ。
「た、助かった……フジノにチップを埋め込んでおいて助かったわ」
 フジノの身体の下から這い出す『ルルド』……かと思うと、その姿が変わってゆく。青白い肌に長い黒髪、裸体に直接黒い羽毛のコートを纏った女性……それが彼女、ヴィナス本来の姿らしい。
「こいつ、私を利用していたのか……操り人形の分際でっ!」
 フジノに何度も蹴りを入れるヴィナス。
 と、それまでずっと上空にいた中型戦艦が着陸し、中から一人の女性が舞い降りてきた。
「それくらいにしておきなさいよ、ヴィナス」
「エンデ……もう、わかったわ、よっ!」
 最後に一撃入れて、ヴィナスは落ち着く。

「あんた達ね、裏にいたのは!」
 アイズが二人を睨みつける。と、ヴィナスが何かを投げた。アイズが咄嗟に跳んで避けた途端、先程まで立っていた所にヴィナスのコートの羽根が突き立ち、地面が爆発した。
「私の能力は『変身』だけじゃないわ。私はね、体内でありとあらゆる物質を合成することができるのよ」
 ヴィナスが勝ち誇って笑う。
「さて、どうやって殺してあげようかしら。今みたいに火薬で吹き飛ばされたい? それとも毒ガスで自由を奪って、ジワジワなぶり殺しにしてあげようかしら」
「いけないわ、ヴィナス。その子はあたし達の大切な『国民』なのよ」
 エンデはやわらかい口調でヴィナスを咎め、アイズを見下ろした。
「アイズ・リゲル……国民No.1,024,291-8-A-b……前に見た時から気になってたのよ。貴女ハイムの国民じゃない、それもAクラスの『特別市民』の一人……そんな大切な子を殺しちゃダメよ」
 アイズは起き上がり、エンデを睨みつけた。
「ハイムを操っているのはあんたね……生かしてもらっておいて何だけど、私はもうハイムの支配を受けるつもりはないわ!」
「どうして? 何が不満なのよ」
 エンデは優しい声色でアイズを諭した。
「ハイムの経済レベルは常に世界最高を記録しているし、生活環境だっていいじゃない」
「そうね、生活に不満はないわ。でも自由がない。みんな同じ考え方、同じ目標しか持ってない。今回その理由がわかったわ……都合のいいように人を洗脳して、裏でこんなことをしてたなんて」
 エンデが肩をすくめる。
「あたしのやっていることは洗脳じゃないわ。ただほんの少し、人の心を解放してあげるだけ。スケアだって、あれは自分の意志でアインスを殺したのよ。あたしはスケアの中にあった“それでもアインスが憎い”という心を大きくしてあげただけなの。
 フジノだってそう。彼女の心は、結局14歳の頃から何も変わっていなかった。まぁ、自分で母親としての心を作って被せてはいたけど……貧弱なものだったわね。大体、それを破壊したのはアイズ、貴女じゃない? あとは楽だったわ。この11年で更に偏ったフジノを手に入れられた。この破壊はフジノの意志、あたしは彼女の願いを叶えやすくしてあげただけ」
「あんたの目的は何? 何のためにハイムを……それにトトまで。まさか世界征服を企んでるワケでもないでしょ?」
 アイズの問いに、エンデは笑って答えた。
「貴女は、幸せな生活ってどういうものだと思う? 一国の国民すべてが幸せな生活を送る方法……それは自由を与えないことよ。自由があるから人は多くを望み自滅する。ならば唯一つの目的のみを求めればいい。ハイムの国民は大戦以前から、ただ国を強くすることだけを目的として生活してきたわ。それによって経済は活性化し、技術は発達し、戦争に勝って国は広がり、そして生活が豊かになった……素晴らしいことじゃない。それもこれも、すべては自由を制限したからよ。多くの考えなんて足並みを崩すだけ……自由があるから人は悩み、迷うの。たった一本の道しかなければ迷いはなくなるわ。
 フジノだって、自由があったからこんなことになったのよ? アインスが彼女を研究所の外に連れ出したから、自由を得たフジノはアインスを求めた。こうは考えられないかしら。フジノはモルモットでいた方が良かった……って。愛や自由なんて知らずにね。
 人は自由があるから罪を犯し、人を傷つけ、多くの幸せを奪うのよ。自由なんて社会の病、自由こそは諸悪の根源、生きとし生けるものの恐怖。あたしは世界から自由を取り除いて人々を救うわ。あたしはみんなの幸せのために行動しているの」

 話し終えたエンデが、満足そうに微笑む。
 黙って話を聞いていたアイズは、やがてゆっくりと立ち上がると、
「確かに自由は厄介よね……だってあんたみたいなバカがバカなこと考えるのも自由だもんね、このバカ!」
 大声で罵り、ニヤリと笑ってみせた。

 エンデとヴィナスが呆気に取られ、エイフェックスがクックックッ、と笑う。
「大体さぁ、自由を制限するなんて言ってるけどさ、制限する側のあんたの自由はどーなるのよ。国の目的も未来も結局あんたのやりたい放題、それって自由じゃないわけ? 偉そうなこと言ってるけど、あんたはやりたいことのために反対意見が出ないようにしてるだけじゃない。それってあんたの言う“自由のための罪”とどう違うっていうのよ。
 さっさと本音を言いなさいよ、あたしは自分のワガママのために他人の自由を認めませんってね。御託ばっか並べてんじゃないわよ」
 エンデが何か言い返そうと口を開くが、間髪入れずにアイズが再び喋りだす。
「確かに自由は人を傷つけ、間違いを犯させるわ。でも幾つもの自由がぶつかり合ってこそ新しいものは生まれるわ。自由は他人に与えられるものじゃない、求めて得るものよ。私は他人の自由を否定しない、でもそれが私の自由を傷つけるなら全力で戦わせてもらうわ」
 そして口を開けたままバカみたいに立ち尽くしているエンデを見やり、ニッと笑った。
「だから私はあんたの考えを否定したりしないわ、だってそれも自由だもん。あら、変な話よね。自由を認めない考えが自由だなんて。変ー。変、変、変! すっごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーく変っっ!」
 ひたすら「変」と連発され、エンデが怒りに顔を歪ませる。その表情を見て、アイズは気持ち良さそうに一息ついた。
「あーっ、すっきりしたーっ!」

「こいつ、言わせておけば……」
「あたしの話はまだ終わってないわ」
 コートの羽根を毟り取ろうとするヴィナスを、エンデが片手を挙げて諌める。一つ大きく息を吐くと、その顔に余裕の笑みを浮かべ、エンデは、再び話し始めた。
「確かにどんなに制限しようとしても、自由を主張する者は現れるわ。ちょうど、今の貴女のようにね。でもね、それを簡単になくす方法があるのよ。貴女、7歳になった時、ちゃんと『洗礼』を受けているわよね? さて、ここで一つの仮定よ。もしも、その『洗礼』の時に、何らかの細工が施されていたとしたら……どうなると思う? 例えば、スケアみたいに……」
「……まさか」
 その意味に気づき、流石のアイズも表情を強張らせる。
「脳に……!」
「ピンポーン。自由を制限する簡単な方法……それはあたしが全国民を直接操ること。でも問題が二つ。いくらあたしでも人の心に忍び込むのは結構疲れるのよ。それにあたし単体には全国民を同時に操るだけの処理能力がない。
 そこで問題解決のために行っていること。その一つが『洗礼』と称して10年前に始めた儀式。その実態は、国民一人一人の脳にチップを埋め込む手術なのよ。貴女を含めて20歳以下ならほぼ100%、全体でもおよそ70%がこの手術を受けている。これによってチップの入っている国民の脳には至極簡単にアクセス可能。
 まあ、こんな手間をかけなくても、あたしの精神をトトの精神に接続しさえすれば、全国民……いいえ、全世界をも同時に操ることができるようになるんだけどね」
「素晴らしいわ。全世界を騙すのね」
 ヴィナスが楽しそうに笑う。
 アイズはしばし呆然としていたが、急に怒りが込み上げてきた。
「わ……私達をオモチャにする気かっ!」
「あったり~。所詮人間なんてあたしのオモチャなのよ」
 怒りに任せて突撃してくるアイズを見下ろし、エンデが笑う。
「貴女可愛い顔してるから、あたしのお人形さんにしてあげる。そうね、まずはトトを貴女自身の手でバラしてもらおうかしら。そのあとは、ヴィナスと二人で可愛がってあげるわ」
 エンデはアイズに向かってアクセスを始めた。
「貴女の言った通り、これはあたしのワガママよ。でも、それがどうしたっていうのよ……もう、終わりね」
 洗脳プログラムに実行命令を出すエンデ。
 しかし彼女の視界に表示されたのは、まったく予想外のものだった。

「……何これ、『Error』って……」

「たぁぁあぁぁぁああぁっ!」
 アイズの拳が炸裂し、エンデが殴り飛ばされる。
 瞬間、手の甲の宝石が光り輝き、その全身が青白い炎に包まれた。
「な、何なのよ、チップの故障!? ……いや、最初からない!? まさか、あたしのシステム内で偽装があるはずが……!」
 エンデの動きが徐々に鈍くなり、やがて動かなくなる。
 どうやらカルル同様、機能停止したらしい。

「策士、策に溺れる……だな。システムに囚われているのはどっちかな?」
 やれやれと肩をすくめ、エイフェックスは呆れたように呟いた。
「……それにしても……どういう育て方をしたんだ、リゲルの奴は……」

「あーあー、やーられちゃったー。だからさっさと殺せばいいのよ」
 無造作にコートの羽根を引きちぎるヴィナス。
 だが突然、羽根を投げようとしたヴィナスの右腕が肘関節から弾け飛んだ。


 遅れて、辺りに銃声が響く。
「な……何!? 銃弾!? ど、何処から……一体、誰が!?」

「短銃でこの精度……信じ難い腕だな。100メートルは離れているぞ」
「うーん、少しズレたかな。手首を狙ったんだが」
 ベルニスの銃を持ったプラント……いや、スナイパー“ボーナム”は顔をしかめた。
「前方にある上昇気流が厄介ですね。ナビゲートを続けますので、そのまま構えていて下さい」
 ナーはプラントに背を向けて立ち、彼の右腕を肩に乗せて、照準固定の補佐をしている。

「ち、ちくしょう、あんな所から!」
 ヴィナスは叫び、右腕を突き出した。途端、傷口から幾つもの触手の様なものが伸び、地面に落ちた右腕と繋がって引き寄せ、ビシッと元に戻る。
 その時、アイズとヴィナスを分断するように、巨大な岩が転がり落ちてきた。遅れて現れたモレロがアイズを抱え、その場を離脱する。
「モレロさん! 無事だったんだ!」
「丈夫さだけが取り柄ですから」

「ショット!」
 ナーが鋭く叫び、プラントが銃を連射する。岩が舞い上げた土埃に紛れて、4発の弾丸がヴィナスの身体を撃ち抜く。
「いいのかね……私を捕まえなくて」
「警察官として、女の子を見殺しにできるか! 大体、俺の腕ではナビゲーション付きでもこの距離の狙撃は不可能だからな!」
 ベルニスがぶっきらぼうに言う。

「くそっ!」
 銃撃による傷が見る見るうちに塞がり、起き上がるヴィナス。
 しかしダメージは受けているのか、倒れていたフジノを抱えると、背中から翼を生やして上空に逃れた。エンデが乗ってきた中型戦艦に乗り込んだかと思うと、戦艦が上昇しながらプラント達の方向に砲門を開く。
「プラントさん、逃げなきゃ!」

「……そろそろかな」
 プラントが銃を上空に向け、
「ああ、あれだけ高度があれば充分だろう」
 ベルニスが目を細める。
「あと8秒で上昇気流域に到達します……4,3,2,1……」
 ナーがカウントダウンを始め、そして……。

「ショット!」

 ドンッ!

 弾丸が戦艦の燃料タンクに穴を開け、漏れ出した液体燃料が上昇気流に乗って砲門に向かう。
「いい銃だな」
 プラントがニヤリと笑った。

「撃てっ!」
 ヴィナスが叫び、砲弾が発射された瞬間。
 砲門に到達していた液体燃料が引火し、その炎は瞬く間に燃料タンクへと逆流した。


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