「絵本合邦辻」は、片岡仁左衛門が一世一代で勤める見逃せない通し狂言。
以前、国立劇場かどこかで見た記憶があるこのお役、二役でほとんど出ずっぱりの仁左さまはもう体力的にきついそうです。
歳を重ねて味の出てくる演目と若くなければ似合わない演目があるそうで、確かにこれを仁左さまの年齢で25日間演じるのは
大変なことだと感じました。
今回もまた、花道揚幕の真横の席を確保したので、裾をまくって駆けてくるヤクザな太平次を最後の引っ込みまで
ずっと見ることができました。
非常に細い太ももの仁左さまの歩みというか走りにスピード感がなく、千穐楽の週だったので、かなりお疲れなのかと
案じられ、不安になったほど。
それでも、お殿様の大学之助に扮すると、こちらはゆったりした動きがむしろ大物の貫禄を漂わせ、冷血漢の御曹司を
楽しげに演じているような雰囲気で素敵!
殿様と市井の極悪人を、どう演じ分けるかが役者の腕の見せどころ。
大学之助は冷酷残忍な顔つきで、息をするのと同じ様な自然さで迷いなく、女だろうが子供だろうがバサバサ殺します。
歌舞伎に子殺しは珍しくありませんが、ここまで非情なお役はないのではないでしょうか。
「先代萩」でも毒見役の子供をなぶり殺しにする場面はありますが、そこには相手の思惑を探る意図があり、
わざと傷口をグリグリ回して見せつけるといった残虐行為で、政岡の出方を窺っているわけです。
しかし、大学之助は自分の愛鷹を誤って殺した子供を怒りから、躊躇なくお手打ちにします。
あくまで自分の個人的感情のみ。
恐い人だ~。
一方、殺しを楽しむかのような狡猾非道な太平次は、人を殺めた後に清々しい表情をします。
イイ男でモテるため、まとわりつくうるさい女を井戸に投げ込んだり、自分の仕事(悪いお仕事です)の邪魔をする女房も
バッサリ斬ります。
「してやったり」といった表情で、ユーモアさえ感じさせるのは上方の味わいのある仁左さまならではか。
これだけ殺人場面があると会場は重苦しい雰囲気になってもおかしくないのに、意外に明るい。
ときたま、笑いも起こります。
魅力的な悪役をさせたら、この人に勝る役者はいないので、一世一代と言わず続けてほしい気もする反面、
年齢を重ねたゆえの味のある悪役も歌舞伎にはたくさんあるので、そこで悪の華を咲かせてほしいとも揺れ動くファン心理。
「二枚目のいい人よりも悪役が好き」と公言する仁左さまなので、今後も非日常の世界に誘ってくれる素晴らしい舞台を
期待しています。
無事に千穐楽を迎え、大役を勤めきった仁左衛門さんに「お疲れ様でございました」と心から言いたいです。
26日千穐楽。