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"判断留保"
“僕らしくなくても僕は僕なんだ 君らしくなくても君は君なんだ” 【ハイロウズのNo.1】

言葉と心:表面と内面:表れる言動と心情の対応人それぞれ違う

2019-11-09 17:44:40 | homo - 人間
人に何か言われた時に凄く、嫌な気分になったり、凄く怒ってしまうことは自分はよくあるんだけど、それは、その言葉を使うときの自分の心境や状況を相手に当てはめて想像しちゃってるからではないかと。

自分がいま例えば誰かに「中指を立てる」としたら(そんなことしないけど!)それは相当な状況・心境なわけで、だから自分が「中指を立てられた!」時に相手がそういう心境・状況になってるんじゃないかって、思っちゃう?感じちゃう?けど、相手はもっと軽はずみだったりする。

表に現れる言葉や行動・仕草・表情と心の奥で感じている思考や感情は各人の間で一致してない。当たり前だけど。人それぞれ。(こんな易しそうで難しいことをを理解して実践して振る舞えたら「えらい!」大人たちの無益な争いも減るのではないかと) 「中指を立てた!」(しないけど!)時の俺の心情と、近所の悪ガキ!(ごめん)の心情は違う。どんな気持ちかは知らんけど! ================
でもごめんなさい。ぼくも小学生の時にバスの中から外を歩いている外国人に中指を立ててしまいました。その人はめっちゃ怒っていたので、こんなことはもう2度とすまい、と、思った。そして申し訳ない。その時のクソガキ(私)の心情は、漫画で読んだか友達がやってるの見たかはわすれたけど、ちょっと「やってみたかった」だけ。ごめんなさい。公園でデートしてるカップルに遠くからなんか叫んで逃げたりもしていたごめんなさい(なにを叫んだかは覚えてない)。「ふぁっきゅー」とかも友達同士で言ってたし、友達じゃない人にも言ってたかも知れない。それはなんか外国語の響きが面白かっただけな気もする。ごめんなさい。

想像以上に、度を越して馬鹿だった(というか、空っぽ?。なんも考えてない?わけでもない。なんか、「カッコいい!」とか思ってた。やっぱり馬鹿だ。休み時間の度に繰り返される戦闘ごっこは、髪の毛掴まれても、太もも蹴られてめっちゃ痛くても止むことはなかったですが、ある時、思ったよりも軽かった友達を投げ倒してしまって、顔面から床に激突させてしまった時に、「もうこんな恐ろしいことはやめよう」と思った気もする。 ======================
あと空気銃でチームに別れて撃ち合うやつとか、ジャンケンで負けた子から、前面にでて、一列に後ろ向きで並んで、ボール蹴りつけるやつとか。なんでそんなことしてた。それは、怖いガキ大将みたいな奴がいて、誘いを断れなかったからかも。子供の世界は恐ろしい。大人だけじゃなくて、自分の力ではどうにもならない、謎の、未知の、無気味な力がいっぱいある。
話がとても逸れました。。。 ====================== あと自分はもう一個気をつけたい。嫌なことがあった時に「この人たちに期待しても甲斐がない」って必要以上に、決めつけて心を閉ざしてしまうことがある。それは自分の心を守ためではあるけど、やりすぎだ、やっぱり。事実、というか、現実、起こる事を脚色せずに、素直に受け入れることもそれではできなくなってしまう。変な色眼鏡で、ネガティブな設定で物事を解釈してしまう。それは寂しい。

だからなにが怒っても、平静に!穏やかに! 動揺せずに受け流すというか、反応しないというか、したいけど、むずかしいけど。 =================
怒っちゃうけど。へこんじゃうけど。
ぼちぼちで!