張時飛「最低生活保障制度は『ハンモック』か『トランポリン』か」
http://www.sociology.cass.cn/shxw/zxwz/t20100225_25183.htm
社会学網 2010-02-25 11:05:06
・・・・・・・・2 わが国の最低生活保障制度が「ハンモック」になっている「四つのロープ」
既存の文献を検索すると、わが国の都市・農村の最低生活保障制度が「ハンモック」になっている要因は非常に多い。たとえば、審査の権限に関する法律規定が欠如していることや、部門間の情報の閉鎖性とくに農村住民の所得の貨幣化が簡単ではないこと、救済する家庭に所得を正確に査定させる方法がないこと、救済対象の身分を効果的に識別するのが難しいこと、等などである。しかしさらに主要なものは、以下の「四つのロープ」が強力な作用の結果なのである。
第一には、技術的なロープであり、貧困の調査データが欠如あるいは不十分であることであり、このことが救済対象を「進むことも退くこともできない」ようににしているのである。現在、わが国の都市地区は依然として貧困調査システムが確立しておらず、農村地区は貧困扶助部門を通して省級自治体の貧困発生率を知ることができるにすぎない。都市・農村の貧困人口の数ははっきりせず、特に県クラス以下の単位の貧困人口が明らかではない状況の下では、サンプル調査によって下から上へと保障対象を確定し、「保障すべき人をすべて補償する」(応保尽保)ことを実現することは、少なくとも技術面での障害が存在している。たとえば、西部のあるい省の2009年最低生活保障人数は、総合的なバランスをとる政府関係の部門(513.67万)、省統計局(249.54万)と省民政庁(315.9万)の三つの調査データの後に最終的に確定するのであり、つまり249.54万人を基数として拡大し、省が保障すべき人数を324.4万人と算出するのである。われわれはこの省が確定した保障対象の科学性に疑問があると言いたいのではなく、これによって、都市・農村の貧困調査データの欠如もしくは不足という背景の下にでは、さらに精緻なサンプル調査と地方ごとの独自性、そのマネージメント効果は大きく割り引いて考えなければならない、ということを説明したかったっである。
第二には制度的なロープであり、つまり最低生活保障制度の目標が単純ではないことが、救助対象を「理由もなく」退出させている結果になっていることである。当時に情勢に基づいて、わが国の都市・農村の最低所得保障は少なくとも三つの方面で機能を付与している。第一に、貧困を緩やかなものにすることは、疑いなく制度の核心的な機能である。第二に、経済保障は、新しいタイプの社会的なリスクになっている長期で大規模な失業を、最低生活保障制度を通じて社会保険ではカバーできない人々を解決する。第三に、安定を維持しすることは、最低生活保障制度を新しい形式の社会の緩衝装置と見るものである。まさに三つの機能が総合的に作用することによる、救済対象となった部分が、生活が明らかに改善された後でも、自らが退出しなければならない十分な「理由」を見出すことができないでいるのである。たとえば、最低生活保障制度に組み込まれた失業者は、最低生活保障制度の待遇は社会的な差別の必然的な結果であり、お金を遣って安定を買う新しい形式である、等々と考えている。その結果として、最低生活保障制度を受けている人々は安心を得てしまい、行政官部門は完全に無法者となって、最低生活保障制度に入るか退出するかは国民の良心とスタッフの責任感に委ねられるものへと変わってしまい、制度の公平性と厳格性は大きな挑戦を受けている。
第三は体制上のロープであり、つまり社会保障システムが不健全であり、全面的ではないことが、救済対象の「構造的」な依存を生み出しているのである。本来、健全な社会保障立法の枠組みは三つのレベルによって構成されている。上層は労働法、就業促進法、労働合同法などの法律であり、その趣旨は公平・合理的な最初の分配を通して社会全体の貧困を予防しようとするものである。中層は社会保険法規であり、その趣旨は所得保障を通じて、国民が高齢、病気、失業、労災、養育などの原因によって所得が断たれることを防止しようとするものである。下層は社会救済法規であり、その趣旨は再分配を通じて国民全体の基本生活を保障しようとするものである。これに対応する形で、国民の所得は四つのレベルを包括する梯子を維持している。つまり、個人所得(賃金、財産、資産など)、社会保険収入(養老、医療、失業、労災、養育の保険金など)、社会の支持(家庭、友人の援助など)と最低生活保障である。明らかに、個人所得、社会保険収入、社会支持と最低生活保障は密接に関係しており、先の三者に何らかの欠陥や遺漏があれば、最低生活保障制度にも重大な影響を生み出すことになる。それは、最低生活保障制度は、先の三者の収入が基本的に枯渇している状況の下でのみ順序よく機能するためである。このように、わが国の都市・農村の最低生活保障制度を詳しく見ると、社会保障システムが不健全で全面的ではないことが、この制度が「ハンモック」の地位から抜け出すことのできない根本的な原因なのである。第一に、基本的な養老、基本医療、失業、労災などの主要な社会保険の項目は、カバーしている範囲が限られており、わが国の低い貯水池のなかに、大量の病気、障害、老齢、失業などによって貧しくなっている都市・農村の住民が蓄積されるようになっている。高齢の貧困者を例にとると、西洋の主な先進国と比べると、わが国の最低生活保障の対象のなかで高齢者の占める割合は明らかに高い。2009年9月に至っても、わが国の60歳以上の、都市の最低生活保障の人口に占める割合は13.5%、農村の最低生活保障性の人口のに占める割合は33.5%であり、スイスは公的援助の人口(2004年)のなかで、65歳以上はわずか1.5%を占めるにすぎない。さらに分析を進めると明らかになるのは、上述の国ごとの差異を解釈する、最も主要な変数は社会保障システムである。スイスの養老保険システムが発達しているのは、年金・遺族保険、障害者保健および追加的な保障、職業年金と商業保険といった「三つの柱」によって、完全に定年退職後の高齢者が比較的高い経済の需要を満たすことができていることにある。それに対してわが国では、年金がガバーしている範囲が限られている、給付水準も高くない。2008年に至っても、全国で城鎮基本年金制度に参加した人数は21891万人であり、農村社会年金に参加した人数は5595万人にすぎない。まさにこのような確かな要因によって、貧困の高齢者は当面および今後しばらくは依然として国の都市・農村の最低生活保障制度が支える主要な集団になっているのである。病気の人や障害者、失業者の境遇も大同小異である。第二に、就業の機会、就業能力、労働環境などの多種多様の要因の影響であり、労働能力による最低生活保障の対象は「鎖蔵」(不明――訳者註)によるものもあれば、「労働能力を失った」ことによるものもある。さらに、わが国の都市・農村の最低生活保障制度のなかで、就業年齢に従って、労働能力に相当の比例関係があることを指摘しなければならない。2009年9月になって、わが国の成年人口で都市の最低生活保障人口に占める割合は58.9%であり、農村の最低生活保障の人口に占める割合は53.8%である。しかし、就業機会の不足(典型的なのは「その土地の資源がその土地の人を養っていない(一方水土養不了)」の農村と資源浪費型の都市)、就業能力が限られていること(年齢、健康、文化、スキルなどの等しく劣勢な地位にあり、労働市場の末端の集団に属していることを顕著に表れている)、労働環境に比較的差があること(多くは低賃金に従事し、保障は少なく、安定性を欠いた仕事である)さらに家庭の負担は比較的重い(家族のメンバーのなかで独立して生活できない人が多い)ことなどの理由で、こうした人たちは就職は利益にならいと貯水池に深く潜ってしまうこともあれば、労働市場からの排斥を受け、いわれもなく「労働能力を失った」者と見られて、最低生活保障制度のなかにとどまるだけになってしまうこともある。
第四は文化のロープであり、最低生活保障の待遇を受けることが引き起こす可能性のある恥辱感が、決して「トランポリン」の内在的な推進力になっていないことである。西洋の主要な先進国は、恥辱感は「福祉が利用されない」重要な要因を作っており、社会救済の待遇を受けることが恥辱感を引き起こし、市民に対する制度の吸引力を低下させている。そしてわが国では、実証的な調査が次第に明らかにしているところでは、恥辱感は決して人々が想像するような深刻なものでは決してなく、大多数の市民について言えば、恥辱感は決して最低生活保障の待遇を申請する主要な障壁には全くなっていないことである。救済対象についても、恥辱感は最低生活保障制度から退出する内在的な推進力にはなっていない。そうでなければ、各級の民政部門は現在、いかにして「人情による保障」「コネによる保障」などの不正減少を抑制と根絶できず、頭を悩ましているのである。
・・・・・・・・
----------------------------------------------
日本の生活保護制度にあたる最低生活保障制度は、1993年に上海などの一部の大都市で実施されて全国の都市に波及し、1999年に「都市住民最低生活保障条例」が公布されて国家の基本政策となっている。長らく「五保」制度のもとで生活保障の問題を自治体任せにしてきた農村でも、「三農問題」が提起されるようになった2003年頃から一定の地域で導入されるようになっている。最低生活保障制度の受給者は2009年時点で、都市部で2300万人余り、農村部で4700万人余りと、8000万人を超えるようになっているなど、右肩が上がりで増えている(「民政部:09年城市居民最低生活保障人数2347万人 http://www.022net.com/2010/1-28/465267382249693.html)。
「ハンモック」というのは、一度その中に寝てしまうと降りることが難しくなることの譬えである。この文章では、生活保護から抜け出せない理由が列挙されていて、なかなか説得的である。特に第三の理由などは、生活保護制度の基本原則を説明するものであり、日本にもそっくりそのまま当てはまる問題であろう。
個人的には、中国は大きな方向性としては緩やかに国家による社会保障制度の構築を目指すとしても、領土の人口規模を考えると、慈善事業と非営利活動の役割を大きくしていかなければならないと考える。現在は活動上の制限があって必ずしも活発とは言い難いが、歴史的にみると中国では共産党政権が成立するまでは民間の慈善事業や寄付活動はかなり盛んであり、そうした伝統を全く持たない日本とは文化的な条件が大きく異なっている。