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中国史・現代中国関係のブログ

わが国の医療保険の発展に関する分析

2010-10-09 08:12:38 | Weblog

朱波 周卓儒「人口の高齢化と医療保険制度――中国の経験と教訓」
 『保険研究』2010年第1期
 社会学網  http://www.sociology.cass.cn/shxw/zxwz/t20100922_27597.htm
 
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3 わが国の医療保険の発展に関する分析

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   (1)わが国の医療保険制度発展のプロセスの簡単な回顧と現状分析

 わが国の医療保障制度は、受ける対象によって都市医療保障制度と農村合作医療保障制度に分けることができる。農村合作医療は、20世紀の40年代の陕・甘・寧の辺区における「医療合作社」に起源があり、1979年まで、全国の90%の生産大隊が合作医療に参加している。その経費は、個人と社区の集団的な共同負担によるものであった。20世紀80年代、農村経済体制に重大な変化が生まれ、合作医療は時代に応じた改革や改善を行わなかったため、大きく落ち込んでいくことになった。1991年には、農村人口の10%をカバーするだけになっていた。

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 わが国の医療保険制度は既に相対的に速く発展できている。わが国の新型医療保険制度は、設立されてからほんの10年ぐらいしか経っておらず、制度設計が合理的で基金の蓄積が充実していても、実際の要求に対応することは非常に難しい。現在の状況から見ると、わが国の医療保険制度には以下の特徴が現れている。

①資金が不足している
 都市労働者基本医療制度の資金は、現役の労働者の賃金の8%と政府が提供する手当てであり、資金の調達は、人口状況、全体の保険加入者の人口年齢構成、保険加入者の範囲、基礎負担(缴费基础)などの高低によって決まっている。高齢者は生理的な機能が衰退にするに伴って、有機体の抵抗力が下がり、疾病発生率はその他の集団よりもずっと高くなる。ある研究では、65歳以上の高齢者の医療支出は、若者の医療支出の約3倍にもなることを明らかにしている。わが国の人口の高齢化の速度は、その他の工業化した国家よりも高く、同時に現在の、経済能力があって保険料を負担している人数は次第に低下していることが、医療保険の資金のさらなる不足を招いている。

②医療保険がカバーする範囲が小さい
 第三回の国家衛生服務調査では、8割近くの農村人口と5割近くの都市人口――つまり全国の4分の3の近くの人口が、疾病のリスクに遭遇したときに、政府の支援に頼ることができないという。改革の中の医療保険制度は、都市の現役労働者の人口をカバーしているだけで、その家族はそのなかに決して含まれておらず、広大な農村人口はさらに制度の外に排除されている。このような公平性に欠けた制度は、少数の人のための制度でしかなく、財政コストや保障の効果の面でよいものだとしても、良好な保障制度と言えるかどうかは非常に難しい。わが国の伝統的な都市住民の医療保険は家庭の保障を主とするものであり、1990年代の末から都市住民最低生活保障制度が設立されているが、少量の医療・救助を行っているにすぎない。特に、都市労働者基本医療制度が実行された後も、労働者の家族が半額になるはずの医療制度は形ばかりのもので、圧倒的部分は都市住民が自費で病院に行っており、このため住民が病気のために貧困に陥るということも起こっている。病気が貧困を招き、治療の放棄にまで至っていることもあるが、これは多くの社会的な問題を引き起こしている。

③医療サービスと保障水準が不均衡である
 和学の現在の医療制度には深刻な不均衡の現象が存在している。都市との農村の間、地域の間、社会階層の間で享受する医療サービスの格差はますます大きくなっている。貧困地区は資金調達能力に相対的に格差があるため、医療保険基金の不足と、医療資源の欠乏を招いており、それに対して富裕地区は経済が発展しているために資金の収集が比較的容易で、医療資源も豊富であり、そのため提供される医療サービスも比較的良好である。都市には大量に非正規部門で働いている人々が存在し、非正規部門から定年退職になった高齢者は、社会医療保障を得るすべが全くなくなっているが、こうした人こそが、まさに医療保障制度の支援を必要としているのである。

 
(2)わが国の医療保険制度が作り出している制約要因とそこに存在している問題

 わが国の現行の医療保険制度の遺漏と資源配分や利用の不合理は、われわれが高齢者医療問題を解決することの難しさを拡大する可能性がある。わが国の現行の医療保険制度のは依然として、数多くの問題が存在している。

1. 社会的な公平性が見られない
 現在のところ、社会医療保険がカバーしている人々は1億にも満たず、総人口の12分の1にも届いてなく、絶対多数の人々とくに広大な農民には医療保険がない。われわれが農村で推進しているのは都市の医療保険体制とは異なる合作医療制度であるが、農民の所得が低く、郷クラスの財政なども数多くの制限があるため、実施状況は先行きが危ぶまれるところであり、看病困難の問題は決してよい解決を得られていない。

2. 補充医療保険問題
 社会医療保険システムは基本医療保険と補充医療保険を含んでいる。わが国は現段階の採算力の水準は低い状況に置かれており、基本医療保険はただ「低い水準で広くカバーする」だけであり、それは保険制度の深さや広さの上での欠陥であり、補充医療制度、つまり民間の医療保険による補完に頼ることが必要となる。民間の医療保険制度は柔軟で使いやすく、選択の自由度が高く、社会保険医療制度の水準を引き上げることができ、異なる集団や異なる階層の要求を満たすこともできる。そして、その専門化、市場化のメカニズムも、基本医療保険制度の管理方法を参考にして、基本医療保険管理の規範化や科学化を促進するものである。このように、基本医療保険と民間医療保険が効果的に接続することによって、医療保険システムはいっそう科学的で完全なものになるのである。しかし、わが国の民間医療保険は始まってから間もなく、さらにかなり大きな発展の障害が存在している。

3. 医療機構改革問題
 わが国の医療サービス市場が現在抱えている主な問題は、横から見て行政の独占が打破されておらず、公平な競争の環境が欠如していることである。政府は直接医療機構を保有および管理し、その精力が主に病院の運営に費やされていて、一定程度、自覚的あるいは無自覚に公立病院の利益の擁護者となっている。これは、その他の財産権の形式の医療機構の発展を制限し、市場は競争がなく資源配分の効率性も低下しているため、公立の医療機構はそど独占的な地位を利用して、偏った経済的な効果と利益を追求しており、不当な費用徴収、検査漬け・薬漬けの医療など、質の悪いサービスから被害を被っているのは、普通の医療サービスの消費者である。縦から見ると、医療衛生計画の不合理が主な問題である。それは、主に衛生資源の配分が縦割り・横割りになっており、仕事内容が重複し、構造のバランスがなく、資源の浪費と不足が並存し、運営コストも高く、全体の利用効率は低く、十分に人民群衆の医療衛生の需要を満たすことができていない。このように、医療機構の改革は緊急を要しており、医療・衛生の資源の新たな統合・整理が求められているのである。


 1970年代以前は、都市の労働者は、軍人や政府機関で働く人の公費医療制度の他は、労働保険医療制度の下で、国有企業が医療費を全額負担し、ほぼ無償で医療を受けることができていた。しかし、非国有企業の増大と医療費コストの圧力に伴って、1980年代以降に重病者の医療費などで段階的に個人負担と社会保険の原則が導入され始め、1999年に抜本的な改革として、個人・企業・政府の三者がそれぞれ一定の率の費用を負担し、公費医療制度と労働保険医療制度の区別を撤廃して都市の労働者に一律に適用する、新医療保険制度が導入されている。

 しかし、この新医療保険制度は、加入率そのものは8割を超えるようになっているが(文中の「社会医療保険がカバーしている人々・・・総人口の12分の1にも届いてない」というのは、具体的に何を指しているのかが不明にも分らなかった)、現実にほとんど上手くいっていない。その原因は様々だが、理由の一つは制度のそのもの問題である。新医療保険制度は、保険を社会的にプールする部分以外に個人で積み立てる部分があり、医療費の一定部分を支払うという仕組みになっている。この仕組みでは、積み立ての残高がなくなると、自動的に個人負担になる。社会的にプールした部分による負担は、あくまで重病者の高額医療に限定されており、それも一定額を超えると保障されない。要するに、死ぬ程ではない程度の持病を抱えているような人と、超高額な手術や薬を必要とする人の医療費負担が高くなるような制度になっているのである。さらに一度退職した人は、保険料の負担ができなくなるので、個人負担が高騰してしまう。もちろん、退職者の多くは病気にかかりやすい高齢者である。また中国は、テレビや街頭で膨大な病院のCMや広告を目にすることに象徴されるように、民間の医療機関の間の競争がほとんど規制されておらず、これが医療費の必要以上の高騰を招いている。だから形式的な加入者は増えているが、結局は高い医療費にしり込みし、都市の中間層以上の人々以外は、日常的に公的な医療サービスを受けることができていない。また今回は余り触れていないが、農村の医療制度とのギャップは非常に大きく、今の「農民工」が高齢化するようになった時に、これをどう調整していくのかが深刻な問題になっていくだろう。

 問題の解決について、政府の役割を大きくすべきだという声と、民間の医療機関を拡大し、政府の役割はその管理・監督に限定すべきだという声がある。この文章では後者の立場だが、専門家の多数派は前者であり、また社会保障の基本インフラが未整備の段階では、政府の主導的役割がある程度大きくならざるを得ないだろう。ただ長期的にみると、領土と人口の規模が半端ではない中国では、医療・福祉を市場に委ねることへのリスクを勘案しながら、民間の役割が大きくなるのが好ましいのかもしれない。