史報

中国史・現代中国関係のブログ

抗議運動は一種の尊厳政治である

2009-06-30 20:09:17 | Weblog
こないだの汪暉の文章の続き。

------------------------------------------

抗議運動は一種の尊厳政治である

チベット問題は、複雑な歴史的条件のもとで生み出された現象であり、それは中国の市場化改革とグローバル化のプロセスが直面している危機が屈折しているものである。しかし、西洋の世論はまさにこれを深刻にしようと西洋世界自身の数世紀の運動と密接に関わっている問題を捻じ曲げて反中国さらには反華人の大合唱を起こしたとき、特に西洋に身を置いている中国の若い世代が、西洋社会の差別的なイデオロギーを深く抱かせるような若者への言葉に対して、精神的に受けた傷と衝撃には深刻なものがあった。西洋の世論は自らの植民地の歴史とそのほかの場所で作り出した被害に対して反省することができないだけではなくて、かえって尊厳を守り平等な政治を追求しようとする運動に「過激なナショナリズム」の汚名を着せているが、これはこうしたメディアの無知と偏見を表していることのほかに、結局のところどのような政治的なコントロールが存在しているのかも、深く研究する価値のある問題である。これは文明の衝突というものではなくて、「無知の衝突」という外から加えられた新しいタイプの冷戦政治である。

 いかに今度の大規模な社会運動が多様な内容を含むものであったのか、この運動に参加できなかった全ての人のために解釈してみたい。しかし私は、この運動を「偏狭なナショナリズム」とは純粋に区別することなく説明しようと考えている。まず、この運動はCNNのようなヘゲモニーを有するメディア中国と中国人民に対して屈辱的で種族主義的な言論に対して、海外留学生が覇権に反対し、正義を回復することを動力とする一種の尊厳政治なのであり、その中には平等に承認されている要求も含まれている。まさか尊厳を求めることを「偏狭なナショナリズム」と言うのだろうか。

・・・・・・・・・・

 四川大地震では、中国の若い世代が見せた献身の精神は、こうした社会共同体に対する愛着と密接に関係している。この地震の中心地区はアバ・チベット族・チャン族(羌族)自治州であるが、そこでは地区内に住んでいる各民族のなかにはチベット族同胞も復員で折、彼らは全国各地からのボランティアたちが種族的あるいはエスニック集団の視線を用いることなく、被災者を扱っていた。こうした意識は、とりわけ今まで人々の意識あるいは潜在意識に入ってこなかった意識であり、彼らは自らの同胞を救うために奮闘したのである。「多元一体」の紐帯は、このような深い感情と助け合いの行動のなかで現れるのである。

---------------------------------------------------------

ほとんど中国共産党のスポークスマンのような、90年代の日本で流行した国民国家・ナショナリズム批判がすべてきれいに当てはまるような内容。もう少し訳すつもりだったが、内容があまりにひどくてやめた。日本だったら間違いなく「右翼」だが、中国ではこれでも良識的な左派なのだから恐ろしい。汪暉ということで少し期待した自分が馬鹿だった。

リベラリズム

2009-06-29 21:30:12 | Weblog
やや哲学の真似事(にもなっていないが)。

リベラリズムは原理的には強者の思想である。この基本的な事実を、しばしば忘れている人が多い。選択の多様性を認めるべきだというのは、選択肢を無限に有する人にとって有利であり、自己決定権を尊重すべきだというのは、情報をより多く獲得している環境に恵まれている人にとって有利である。それにリベラリズムという思想自体が、その習得のためにそれなりの知的能力を必要とする。

逆にナショナリズム(ここでは「民族主義」よりも「国民主義」の意に近い)は弱者の理念である。同じ国民であるというだけで、選挙権や福祉の権利を享受することができる。ものも言えない貧困者や障害者であっても、国家が一律に(つまり官僚主義的に)、そして多くの場合は強者から多く負担させることによって、救済の手を差し伸べてくれる。そしてナショナリズムは、それを語るために何の知識も必要としない。「私は○○人」という、幼稚園児でも獲得できる自己理解さえあれば大丈夫である。

リベラリズムとナショナリズムを突き合わせれば、リベラリズムのほうが圧倒的に論理的で首尾一貫的である。これは論争する前からほとんど決まっている。強者と弱者の戦いだからである。しかし経済学的にせよ哲学的せよ、リベラリズムを語る人は自分のことを権力に抵抗する弱者・少数者だと勘違いしていることがしばしばある。しかしリベラリズムに素直にコミットできる時点で、何らかの意味で強者だと自覚したほうがいい、というか自覚すべきである。

ナショナリズムのほうが弱者の理念であるからいいと言っているのではない。その逆で、リベラリズムの理念でどこまで弱者を包摂できるのか、そのことをギリギリまで考えることが「リベラリスト」の責務だということである。保守派やナショナリストの無知蒙昧を茶化したり馬鹿にしたりすることは、それ自体において知的暴力なのである。

汪暉「オリエンタリズム、民族区域自治と尊厳政治」

2009-06-26 16:12:29 | Weblog
1年前の文章だが、たまには骨太な哲学系の論考を。大陸の「新左派」として日本でも有名な汪暉の文章。コメント欄に、どうしようもない馬鹿コメントがついているが・・・。センシティヴな問題だから仕方ないけど、向こうで「新左派」の評判があまりよくないのは確かそう。


汪暉「オリエンタリズム、民族区域自治と尊厳政治――『チベット問題』に関する考察」

http://www.tecn.cn/data/19657.html

・・・・・・・・・・・・・・・

「承認の政治」と多民族社会の平等問題

・・・・・・・

 それでは、少数民族に対する特殊政策は、住民に対する差別性を構成するものなのだろうか。例えば、生育政策では少数民族は制限を受けていないか比較的小さな制限しか受けていないが、主流の民族は一人だけしか生むことはできない。また例えば、少数民族は何らかの欠かせない生活必需品を享受することができるが、肝心は享受する権利がないか、あるいは厳しく制限されている。こうした政策は、かつてチベットや新疆の幹部と技術職員のなかに非常に大きな不満を引き起こし、平等な待遇がないものの、少数民族の人口、習俗の特殊性を考慮することによって、こうした政策と法律は平等尊重の原則を体現しているのだと考えてきた。事実、中国少数民族区域制度と、それに関連する中国政治伝統には密接な関係があり、例えば清代の辺境の統治は、「俗に従い宜しきに従う」を追求し、土司、、盟旗が政教などと異なる統治のモデルを発展させ、こうしたモデルと言うべきものでは習俗に従うという原則による調整と変化を行ってきた。言い換えれば、これらの制度は際を承認するものであるが、形式主義的な平等観から見れば、差異の承認は等級性を承認するものでもあって、そこから否定されるべきものであるということになる。

 多元的な社会においては、平等の尊重と差異の尊重という二つの原則をいかに統一させていくかは、一つの巨大な挑戦である。西洋社会は権利主導型社会であり、少数民族が少数民族が権利を争って闘争することは往々にしてアイデンティティ政治の形態を選択するものであり、これによって次から次へと分離型ナショナリズムの政治を生み出しており、コミュニタリアン(社群主義者)はこうしたアイデンティティの政治を「承認の政治」に転化させて、差異の承認を通じて平等の価値を貫徹し、社会的分裂を縫合しようとしている。ここにおいては、異なる文化が有する平等の価値を承認することは仮定的あるいは論理的な起点であって、実質的な判断によるものではなく、その前提は承認の政治が公共的の交流(公共交往)の前提の下に進行されるということである。公共的の交流の前提には二つの意味が含まれている。一つには、もし異なる民族文化がことの公共的な交流の中でそれぞれ異彩を放つことができなければ、異なる文化を有する実質的な価値を承認することはへりくだる(屈尊俯就)に等しく、へりくだることは明らかに平等の政治あるいは尊厳の政治と相対立するものである。これによって、多元いったいは多元性を基礎とすしなければならないのであって、こうした多元的文化の繁栄がなければ、「一体」は上から下に至るというだけになってしまう。二つには、公共的な交流は異なる民族文化の間の対話と交流を指すだけではなくて、それぞれの民族内部の十分な交流をも指していることであり、この前提がなければ承認の政治はきわめて容易に少数人がコントロールするエスニシティ(族群)政治のプロセスに転化してしまうことである。そのため、「多元性」を分離型の民族主義の基礎にさせることなく、共存の前提になっていると考えようとすれば、それぞれの「元」において交流と自主的な政治を活性化させ、元をある種の孤立的で絶対的なものと見なさないようにしなければならないのである。私たちが今日最も欠けているのは異なる民族と同じ民族の知識人との間の公共的な交流と平等な対話である。例えば、チベットで騒乱が発生したとき、チベットの知識人との間にいかなる討論があったのだろうか。いかなる異なる見方と解釈があったのだろうか。

 総じていえば、民衆性の政治的な基礎がなければ、民族問題は単に少数人と政府の間のゲームにしか成りえず、そして西洋の世論が一生懸命作り出している漢族・チベット族の二元論の枠組みのなかにきわめて容易に陥ってしまうのである。この「漢藏矛盾」の枠組みを打破しようとすれば、新しい平等政治をあらためて形成し、さらに包容性をそなえた公共空間を創造し、新しい歴史的条件の下で普通の人々の声をこの空間のなかで、十分な表現を獲得させなければならないのである。

--------------------------------------------------------------

チャールズ・テイラーの議論を中国の民族問題につなげたもの。英語圏や日本では多文化主義は90年代に流行した議論で、その批判も出尽くした観がある現在としては、やや周回遅れの印象もある。文化の権利を主張するケベック・ナショナリストのテイラーに比べると、汪暉は民衆の政治と対話・交流という、ある意味で優等生的な民主主義で応答している。しかし、そもそも多文化主義というのは、リベラリズムの普遍性の限界(というか偽善)を批判するところから始まったわけなんだが、この文章だと民族分離運動を起こさず中国の一体性を維持することが最終的な関心のように読めてしまう。新左派の汪暉にしてこれだから、他は推して知るべしだろう。もちろん、この程度のことを言うだけでも中国ではかなり勇気がいる、という事情は理解はできるのだが・・・。

この続きは次回。

社会経済学の復権

2009-06-22 19:48:40 | Weblog
一昔前は、経済に関心のない政治学や歴史学はあり得なかった。もちろん経済に関心があったといっても、マルクス主義における階級闘争論やイデオロギー批判が中心であって、いわゆる経済学理論自体への知識はなかったわけだが。

学問の専門分化が進んだことで、政治学は政治決定のプロセスだけを、歴史学は歴史資料だけを扱うようになっていった。領域横断的なはずの社会学ですら、インタビュー調査や言説分析といった、「コミュニケーション」だけを研究対象にする方向にある。見ている世界の幅も狭くなっている。市場と金融の話だけしかしないはずの経済学者がひとり自信満々なのは(支持を得ているとは言いがたいが)、それ相応の理由がある。他の分野の人があまりに経済に鈍感になってしまったことに加えて、マクロな社会全体の動きを明快に説明しようとしているからである。ほかの分野の人たちは、「それは単純だ」の一言で終わることを難しい言葉に翻訳して説明するという、以上のことができていない。

一方で経済学者は、経済理論を現実に適用したときに何が起こるのかについて考えることがあまり得意ではない。領域横断的に「社会経済学」と呼ばれていたものは、そのことについて考えてきたのだが、これがやせ細ってしまったことによって、経済学以外の人文系の専門家の、現実社会に対する発言力が低下してしまった。宮台真司氏のように、「社会学的啓蒙」を掲げてメディアで積極的に発言していた人もいたが、ほとんどうまくいかなかったし、現実の政治経済についてはまったくの音痴だった。

歴史学者で「新自由主義」を批判している人はいくらでもいるが、というか学会大会のテーマにもなったりするような流行の話題だが、政治経済の素養が全くないので、私の目から見ても批判が粗雑過ぎて聴くに堪えないものが多い。20世紀初頭の素朴な自由放任主義と、ケインズ主義と福祉国家体制を経由した現在の新自由主義との区別すら、ろくについていないことがしばしばだったりする。経済学者がこれを見て馬鹿にするのは当たり前である。

いまアカデミズムで社会経済学に値することをやっている人で、名が知られているのは、佐伯啓思氏くらいだろうと思われる。問題は佐伯氏はあくまでアカデミズムの周辺に位置する論壇人であって、著書はたくさんあるが実証的な研究書はほとんどないことである。最近静岡県知事選に出馬した、「海洋史観」の川勝平太氏もフェルナン・ブローデルを継承して社会経済史の名に値する仕事をしているが、残念ながら氏もアカデミズムの中心の人ではなく、保守論壇人の趣が強い。

かつての大塚久雄、中国史でいうと宮崎市定のように、アカデミズムの中心で社会経済学をやる人がめっきり減っているというか、中心にいる人ほど遠ざかっている傾向がある。現役では渡辺信一郎氏がいるが、渡辺氏の最近の仕事は古代中国の統治イデオロギー分析で、社会経済史からは離れてしまっている。中国貨幣史では追随を許さない黒田明伸氏が特筆すべき人であるが、出身が経済学畑なのでやや記述が経済に偏重しているきらいがあり、それにアカデミズムの外で発言する人ではないので、残念なことに専門家以外にはあまり名が知られていない。

経済の理論を勉強する必要はないにしても、経済を抜きにした歴史記述・社会記述が「浅い」という雰囲気ぐらいは、やはり必要な気がする。実際、外国ではデヴィット・ハーヴェイとかサスキア・サッセン、イマニュエル・トッドなど、アカデミズムの中心にいる(経済学ではない)学者が社会経済的な記述・分析に従事して骨太な大著を書き、時事的な問題でも積極的に発言している。日本に何でこういう人が出てこないのか、不満で仕方がない。

もう売り子を追い払わないでくれ!!

2009-06-09 21:23:07 | Weblog
「もう物売りを追い払わないでくれ!!」中国農民工郭昌盛
http://blog.ifeng.com/article/2649625.html
2009-05-06 23:05:14

 今日の朝出勤して西单路口を通り過ぎたとき、一人の若者が勤務中の交通警察に付き添って、笑った顔で何かをしゃべっていた。みたところ交通警察は背筋をまっすぐ伸ばして、堂々とした態度で若者を怒鳴りつけ、その若者はそばで笑っていると同時に、さらにぺこぺこするばかりで、交通同志(?)に許しを求めていた。

 若者のそばには、一台の三輪自転車が停まっていて、車上にはきれいに果物箱が束ねられていた。思うにこの若者は果物売りに違いない。それはさっき彼が四道口から調達してきた果物で、自分の売り場に持っていって、売る準備をしていたのかもしれない。西単繁華街の交差点を通り過ぎたとき、不幸にも勤務中の交通警察によって「証拠」をつかまれてしまったのである。

 こうした情景は、思うに中国の大都市ならどこでもよく見られるものであり、交通警察が路上の売り子を許さずに取り締まり、都市管理者は路上で露天を出すことを許さず売り子を取り締まっており、工商管理者は売り子を取り締まって罰金を払わせていた。そこで、売り子たちは制服大蓋帽(制服の大きな帽子の警察)を見るや、飛んで逃げるか、それとも制服大蓋帽と猫のように隠れるかである(?)。多くの売り子は制服大蓋帽に捕まって財産を没収され、ひどいものだと多くの売り子はどうしようもなくなって、制服大蓋帽と取っ組み合いが発生することもある。

 ああ!かわいそうな売り子たちは、 こんなにも大きな都市で、どうしてみんなに憎まれて非難の的になり、どこにも身を隠すところがないのだろうか。こうした売り子が都市の血脈というだけではなく、都市の更新であることを、あなたは理解できないかもしれない。しかし売り子がいなくなったら、都市の人の生活ははどうやって便利で安くてよい品物を手に入れるのだろうか。

 売り子は商売が小さいが、同じようにひとつの生計を得るための道であり、自らを養うだけではなく、さらに家族を養っているであろうことを、あなたは理解できないかもしれない。
 
 現在は大学生も農民工も一般的に就職が困難で、国家が創業を奨励しているという背景の下で、売り子になって、小さな商売によって他人に便宜を図り、家庭の重い責任を担おうとしている。どうして社会のために国家のために貢献し、国家と社会のために責任を担っていないということがあるだろうか。

 たしかに、売り子たちの経営は国際化した大都市の象徴に影響することはありうるだろうし、さらには交通の障害になりうることもあるだろう。しかし、もし政策が指導を強めれば、十分な条件で彼らに大通以外の小さな路地で露店を出すを許可すれば、彼らはどうして逃げて身を隠すことことがあるだろうか。

 民生を促進し、就職を安定させることをは、国家が実に充分な関心を寄せている事柄であり、こうした創業精神を有する艱難に耐える売り子を大事にしていくことは、彼らを助けることで小さなことから大きなことへと導き、創業の成功をもたらすのである。

------------------------------------------------------------

郭昌盛という人によるブログ。普通のブログを訳するのは、学者の文章よりも難しいので敢えて取り組んでみた。当事者目線があまり感じられないのが気になる。

「好人主義」が盛んであることの心配

2009-06-02 19:58:51 | Weblog
陳情制度研究で本当に奮闘中の于建嵘のエッセイ。

「好人主義が盛んであることの心配」
2009年05月27日09:34 来源:人民网-《人民论坛》
http://theory.people.com.cn/GB/82288/112848/112851/9371278.html

 いわゆる「好人主義」(いい人主義)とは、「事」よりも「人」を、「悪い」人よりも「良い」人を信奉するものである。うそ偽りなく(实打实地)成績を出そうとすることに比べて、いい人はコネとコネをつくる(搞好人际关系)ことは官場における生存と昇進を容易にするし、これによって人に罪を得ることを願わず、心で想っていることは、目上には拍手すればよく、目下にはだましていればよく、同じくらいの者には適当にあしらっておけばよいと考えるのである。彼らは何も堅持すべきものもなく、私利のために全てを交換することができ、信念は利益に譲歩し、規則は融通をきかせることに抵抗できず、いつも個人の「市恩」のために職責を放棄する。彼らは問題に対して矛盾を静止することをおそれて、全てに耳をふさいで目上や公衆をごまかすことだけを求めようとしている。

(好人主義が直らない理由)

 第一に、時代に変化が生まれ、個々の党員は党の性質を堅守する主動となる自覚を失い、さらには党の性質の高い要求に到達することが難しくなり、これが理想の空虚化を作り出し、現実の利益を信じるだけで、かえってさらにまた、彼らに党の性質を語らせないようになっているのである。

・・・・・・・・・
 
第二に、個人の利益と組織共同の利益との関係を正確に認識できず、これが原則を語ることを非常に難しくしているのである。

・・・・・・・・・

第三に、法制度が不健全であることが、党の性質と原則を語ることなしで、恣意的な操作の余地を与えてしまったことである。

・・・・・・・・・
第四に、コネと情実(人情)を重視すること文化の伝統に由来するものであり、短時間のうちに変えることは難しいことである。古代中国は外界との競争が欠けていたため、創造に重きを置かず割り当てることを重視し、とくに人と人との間の関係に重く見た。個人の能力と勤労による創業に比べて、社会に割り当てるシステムのなかで有利な位置を占めることに手段を選ばず、常に人を安易に財産と地位を獲得させることを可能にしてしまう。そして知り合いが多く、簡単に社会震源を相互に交換することはまた、徒党を組んで資源の奪い合いをするために有利である。だから、コネをつくることを好むのはすぐれて中国のある種の無意識的な行為なのであって、さほど多くの思考を必要としないのである。

 このように、好人主義が盛んである現状を改革するために、私個人の主張は、一般党員にひとつの最低限到達可能な要求を定めることである。たとえば、法に従って政治を行い、自らの仕事を敬愛し、規律とルールと遵守するといったものであり、あるいは入党の基準を厳しくし、乱れたところをなくし(宁缺勿滥)、真に社会のための手本を打ちたて、党員が全て活力と目標を失って利益至上主義に落ちぶれることを防ぐものである。幹部審査制度を改革しようとすれば、職位と職責を明確にして、人民代表大会が行政官僚の責任を問うための利便に供するべきである。現代的な思想を用いて、コネと情実を語ろうとする悪い伝統を打破しようとすれば、個人の解放と奮闘によって社会の進歩を推し進めなければならない。くどくどした忠告で言って聞かせ、長ったらしい文章による学習は、かえって形式に流れて実際に効果はないものである。

------------------------------------------

訳が相変わらずな感じであるが、中国でよく言われる「人情社会」を批判した典型的な文章。ある意味でこういう批判は、中国でも「お約束」なところがあり、社会科学院の名の知れている先生が書いたものとして訳出した。

正直なところ、内容的には少々凡庸な印象は否めない。むこうの学者は普通に書く文章でも、政治演説みたいに、「本音」を出さず、ずいぶんと立派な言葉ばかりが並んでいることが多い。中国の社会科学のなかでは、例外的にリベラルと言って良い社会科学院の先生でもこのレベルなのだから、ほかの学者は推して知るべしである。

しかも、この文章の全体的なトーンがいかにも中国的な説教調で、やはりどこか「好人主義」の臭いを感じてしまうのは、おそらく私だけではないだろうと思う。