[气・氣]余論
「雲龍風虎」と言う四字熟語がある。その意味は、「竜は雲と共に現れ、虎は風を引き連れて現れる」と言うところから、「似たもの同士が互いに引きつけ合う」という意味に用いられる。その出どころは、
<易経、乾卦、十翼、文言傳> 孔子の言、秦・漢時代に成立。
「14九五曰:「飛龍在天,利見大人」。何謂也?子曰:「同聲相應,同氣相
求。水流濕,火就燥,雲從龍,風從虎,聖人作而萬物覩。・・・」」
から来ている。そこで、[龍]・[雲]・[气・氣]の関連について追跡を試みることにした。 以下順次関連資料を紹介してその解析を試みることにする。先ずは神話の世界から始めてみよう。成立年代について兎角の疑問があるが、人によっては夏王朝時代のものとする<山海経>には、
龍身・兩龍(二頭の龍)・龍首・晏龍(帝舜の子、琴瑟の創始者)・應龍(黄帝
に属する水を蓄えて雨を降らせる龍。天地を行き来する)・苗龍(若い龍)・先
龍(古代伝説中の龍名)
などの記述が見られる。相当古くから、龍に関する知識は豊富であったらしい。更に遡れば、興隆窪文化(BC83~BC75世紀)期の揚家窪遺跡から、地面に石を置いて形作られた2匹の龍の模様が観察されているというのだから、全く驚きと言うほかない。中国は神話・伝説の乏しい国だが、<淮南子・覧冥篇>に記されている人類最古の帝王と言われる黄帝や伏儀の業績を称えた文章に、青龍(青虬)・黒龍(水の神)・応竜(有徳者の下で現れる龍)などが登場している点も見逃せないものがある。
BC16~BC11世紀に栄えた祭祀儀礼国家の殷王朝では自然神への信仰も盛んで、雨乞いの対象となった龍神もその一つで、甲骨文字として早々と登場している。また、周王朝(西周BC11~BC8世紀、春秋時代BC8~BC5世紀、戦国時代BC5~BC3世紀)の春秋初期に成立されたとする<易経、乾卦、爻辭>には、潛龍(地下に潜む龍)、見龍(地上に姿を現した龍)、飛龍(天に昇った龍)、亢龍(天から降りることを忘れた龍)などの諸龍が紹介されており、更には孔子の言とされる<易経、乾卦、文言傳> には、「雲從龍」とか、「同氣相求」とかの表現があり、「龍と雲」の関係を想像させる文言が記されている。
「管鮑の交わり」で有名な春秋時代の斉の宰相の管仲は、<管子、水地編>の中で面白い文章を残している。「人は水から出来ている」と言うくだりで、当たり前と云えば当たり前とも云えるが、大胆すぎるとも云えようか?その水と関わりのあるものとして龍が登場し、五色(青・赤・黄・白・黒)の龍が紹介され、神秘な能力を持つことや、後年、<説文解字>に出てくる「气、云气也」の「云气」なる言葉がここで紹介されていることも見逃せない。その「云气」が、<荘子、在宥篇>で「雲の气→雨の基」として捉えられていることも重視すべき事柄であろう。許慎は何故こうした文献が有りながら簡単に「气、云气也」と解説するだけで、何故もっと掘り下げて「气」の性格を記述しなかったのだろうか?
戦国時代に入ると、この<荘子>の記述を始めとして、<易経>でも「气・雲・雨」の関連が取り扱われてくる。<乾卦、彖傳>では、「大哉乾元,萬物資始,乃統天。雲行雨施」、則ち「偉大な乾元の气は、やがて雲となって流行し、雨となって降り注ぐ」と紹介されてくる。また、同時代の<上博楚簡、恆先>には、「气是自生」とあり、气の独自性が重視されていることも見逃せない処である。
更に秦・漢時代に入ると、<易経、文言傳>に「飛龍在天,・・・同气相求。・・・雲從龍,風從虎,聖人作而萬物。」なる記載があり、「龍・气・雲」の関連が具体的に紹介されてくる。BC二世紀頃に成立した、<淮南子・覧冥篇>にも青龍や應龍が登場しているのも、根強い「竜神信仰」の現れであろうか?
さて、中唐の詩人韓愈が紀元8~9世紀に至って、<雑説上>で「龍嘘氣成雲(龍吹氣,使氣成為雲)」なる文章を記しており、やっとここに至って龍の吐く呼氣が雲となると言う直截簡明な表現に遭遇することになる。
[参考]
<山海経、西山經>
「43・・・其子曰鼓,其状如人面而龍身,是與欽□殺葆江于崑崙之陽,・・・」
<山海経、海外南經>
「24南方祝融,獸身人面,乘兩龍。」
<山海経、海外西經>
「4大樂之野,夏后□於此儛九代;乘兩龍,雲蓋三層。・・・」
「23西方蓐收,左耳有蛇,乘兩龍。」
<山海経、海外東經>
「16東方勾芒,鳥身人面,乘兩龍。」
<山海経、海内南經>
「13□□龍首,居弱水中,在狌狌知人名之西,其状如龍首,食人。」
<山海経、海内北經>
「19從極之淵深三百仞,維冰夷恒都焉,冰夷人面,乘兩龍。一曰忠極之淵。」
<山海経、海内東經>
「6雷澤中有雷神,龍身而人頭,鼓其腹。在呉西。」
<山海経、大荒東經>
「12有司幽之國。帝俊生晏龍,晏龍生司幽,・・・」
「34・・・應龍處南極,・・・旱而為應龍之?,乃得大雨。」
<山海経、大荒西經>
「45西南海之外,赤水之南,流沙之西,有人珥兩青蛇,乘兩龍,名曰夏后開。」
<山海経、大荒北經>
「15・・・應龍已殺蚩尤,又殺夸父,乃去南方處之,故南方多雨。」
「20・・・黃帝乃令應龍攻之冀州之野。應龍畜水,・・・雨師,縱大風雨。」
「23・・・黃帝生苗龍,苗龍生融吾,融吾生弄明,・・・」
「32・・・風雨是謁。是燭九陰,是謂燭龍。」
<山海経、海内經>
「27伯夷父生西岳,西岳生先龍,先龍是始生氐羌,氐帝羌乞姓。」
「35帝俊生晏龍,晏龍是為琴瑟。」
<淮南子・覧冥篇>
「8昔者黄帝治天下,・・・風雨時節,五穀登孰,虎狼不妄噬,鷙鳥不塾搏,鳳皇翔 于庭,麒麟游於郊,青龍進駕,飛黄伏皂,・・・」
「9・・・乘雷車,服駕應龍,驂青虬,援絶瑞,席蘿圖,黄雲絡,・・・」
<甲骨文合集、13002> 殷王朝時代。
<易経、乾卦、爻辭> ~春秋初期
「2初九:潛龍,勿用。」
「3九二:見龍在田,利見大人。」
「6九五:飛龍在天,利見大人。」
「7上九:亢龍有悔。」
<管子、水地> 春秋時代に成立。
「1・・・水者,地之血氣,如筋脈之通流者也。故曰「水具材也。」
水は地の血氣にして、筋脈の通流するが如き者なり。故に曰く「水は材を具
(そな)えるなり」と。
「5人,水也。男女精氣合,而水流形。」
人は水なり。男女の精氣合し、而して水は形を流(し)く。
「6・・・伏闇能存而能亡者,蓍龜與龍是也。龜生於水,發之於火,於是為萬物先,
為禍福正。龍生於水,被五色而游,故神。欲小則化如蠶蠋,欲大則藏(函)
於天下(地),欲上則凌於云氣,欲下則入於深泉,變化無日,上下無時,謂
之神。龜與龍,伏闇能存而能亡者也。」
伏闇(ふくあん)にして能く存して能く亡びる者は、蓍龜と龍と是れなり。
亀は水に生じ、之れを火に発す。是に於いて萬物の先と為り、禍福の正と為
る。龍は水に生じ、五色を被(こうむ)りて游ぐ。故に神なり。小ならんと
欲すれば則ち化して蠶蠋(さんしょく)の如く、大ならんと欲すれば則ち天
地を函(い)れ、上(のぼ)らんと欲すれば則ち云气を凌ぎ、下らんと欲す
れば則ち深泉に入り、変化すること日無く、上下すること時無く、之れを神
と謂う。亀と龍とは、伏闇にして能く存して能く亡ぶ者なり。
<荘子、在宥篇> 戦国時代に成立。
「3・・・自而治天下,云气不待族而雨,草木不待黄而落,日月之光益以荒
矣。・・・」
而(なんじ)の天下を治めしより、云气は族(あつ)まるを待たずして雨が
降り、草木は黄ばむを待たずして落ち、日月の光は益々以て荒(ぼう)た
り。
云气不待族而雨:雲の气が十分に集まらぬうちに雨となる。(恵みとなる雨
の量が少ないという意味。)
<易経、乾卦、彖傳> 戦国中期~後期に成立。
「彖曰、大哉乾元,萬物資始,乃統天。雲行雨施,品物流形。大明始終,六位時
成,時乘六龍以御天。乾道變化,各正性命,保合大和,乃利貞。首出庶物,
萬國咸寧。」
彖に曰く、大いなるかな乾元、萬物資(と)りて始む。乃ち天を統ぶ。雲行
き、雨施し、品物形を流(し)く。大いに終始を明らかにし、六位時に成
る。
時に六龍に乗り以て天を御す。乾道変化し、各々性命を正しくし、大和を保
合するは、乃ち利貞なり。庶物に首出し、萬国咸(ことごと)く寧(やす)
し。
雲行雨施:萬物を生じる天の氣は、やがて雲となって流行し雨となって降り
注ぐ。 乾元:天(の働き)を指す。「乾,天也。《易・説卦傳》」
<説文解字>
「乾:上出也。」→上に出るもの。→空の意。
「元:始也。」→萬物化成の根元。→萬物を生じる氣。
<上博楚簡、恆先> 戦国後期に成立。
「恆先无、・・・域作。有域焉有气,有气焉有有。有有焉有始。・・・气是自生,恒莫
生气。气是自生自作。恒气之生,不独有与也。・・・」
恆(こう)の先は無にして、・・・域(わく)作(おこ)る。域有れば焉(すな
わ)ち气有り。气有れば焉ち有有り。有有れば焉ち始め有り。・・・气は是れ自ら
生じ、恆は气を生じること莫し。气は是れ自ら生じて自ら作る。恆は气の生じ
るや、独り與(くみ)すること有らざるなり。・・・
<易経、乾卦、文言傳> 秦・漢期に成立。
「14九五曰:「飛龍在天,利見大人」。何謂也?子曰:「同聲相應,同氣相求。
水流濕,火就燥,雲從龍,風從虎,聖人作而萬物覩。・・・」」
<説文解字> AC100年に成立。
「(气)雲气也。气氣古今字,自以氣爲雲气字,乃又作餼爲廩氣字矣。气本雲气,
引伸爲凡气之偁。」
<淮南子・覧冥篇> BC二世紀頃成立。
「8昔者黄帝治天下,・・・風雨時節,五穀登孰,虎狼不妄噬,鷙鳥不妄搏,鳳皇翔
于庭,麒麟游於郊,青龍進駕,飛黄伏皂,・・・」
昔し黄帝が天下を治めて、・・・風雨時節あり、五穀登孰(とうじゅく)し、虎
狼妄りに噬(か)まず、鷙鳥(しちょう)妄りに搏(う)たず、鳳皇庭に翔
(かけ)り、麒麟郊に游び、青龍駕を進め、飛黄皂(うまや)に伏し、・・・
「9・・・乘雷車,服應龍,驂青虬,援絶瑞,席蘿圖,黄雲絡,・・・
雷車に乗り、應龍を服し、青虬(せいきゅう)を驂し、絶瑞(ぜつずい)を
援(と)り、蘿圖(らと)を席(し)き、黄雲の絡(おもがい)もて、・・・
<韓愈、雑説上> 中唐の詩人(紀元8~9世紀)の作。
「龍嘘氣成雲(龍吹氣,使氣成為雲),雲固弗靈於龍也。 然龍乘是氣,茫洋窮乎
玄間,薄日月,伏光景,感震電,神變化,水下土, 汨陵谷, 雲亦靈怪矣哉
(雲是龍所創造出來的,卻能輔佐龍,使更為神靈;以喩君臣關係)。雲,龍之
所能使為靈也。若龍之靈,則非雲之所能使為靈也。然龍弗得雲,無以神其靈
矣。失其所憑依,信不可歟。異哉! 其所憑依,乃其所自為也(雲所憑藉的,乃
是它自已所創造出來的雲)。《易》曰:「雲從龍。」既曰龍,雲從之矣。」
龍、氣を嘘(うそぶ)けば雲を成し、雲はもとより龍より靈ならざるなり。然
れども龍是の氣に乘じ、茫洋として玄閒を窮め、日月にせまり、光景に伏し、
震電に感じ、変化を神にし、下土を水にし、陵谷をしづむ。雲もまた靈怪なる
かな。雲は龍のよく靈たらしむる所なり。龍の靈のごときは、すなはち雲のよ
く靈たらしむる所にあらざるなり。然れども龍は雲を得ざれば、もって其の靈
を神にする無し。其の憑依する所を失へばまことに不可なるか。異なるかな、
其の憑依する所は、すなはち其の自らなす所なり。易に曰く、「雲は龍に従
ふ」と。既に龍と曰へば、雲これに従ふ。
嘘(はく):ゆっくり息を吐き出す。
<述異記、梁任昉> 南朝梁の任昉撰。六世紀。
「水虺五百年化爲蛟、蛟千年化爲龍、龍五百年爲角龍、千年爲應龍。」
水虺は五百年にして化して蛟と為り、蛟は千年にして化して龍と為り、龍は五
百年にして角龍と為り、千年にして應龍と為る。
<瑞応記> 成立年代不詳。
「黄竜神精、応竜は四竜之長也。」 黄竜は神の精、応竜は四竜の長なり。
四竜:蒼竜(青竜)、赤龍(紅竜)、白竜、黒竜。
[感想]
韓愈の記事を調べている時に、高弟の李翊に当てた以下の文章が目にとまった。その中に、「气,水也。」と言う文字があり、一瞬ドキッとした。「气とは水である」という記載に目を見張ったわけである。後漢の許慎の表した<説文解字>には「气、雲气なり。」とあるが、700年程経つ唐代になるとこうも直截な表現になるものか?とビックリした次第。しかしよくよく読んでみると、「气」の性格を水に例えただけのことと解って訳も無く安堵したりガッカリもしたりと言う訳である。
<韓愈、唐宋八家文、答李翊書> 中唐の詩人(紀元8~9世紀)の作。
「六月二十六日,愈白。李生足下:・・・气,水也。言,浮物也。水大而物之浮者 大小畢浮、气之与言犹是也。气盛則言之短長与声之高下者皆宜。雖如是,其敢自謂幾於成乎! 雖幾於成,其用于人也奚取焉?・・・」
六月二十六日,(韓)愈白。李生足下:・・・气は水なり。言(ことば)は浮き 物なり。水大に而して物の浮かぶ者は大小畢(ことごと)く浮かび、气之れと言は猶お是れのごときなり。气盛んなれば則ち言の短長と聲の高下は皆宜し。是の如しと雖も、其れ敢えて自ら成るに幾(ちか)しと謂わんや!成るに幾しと雖も、其の人に用いらるるや奚(いづく)んぞ取らん?
六月二十六日,韓愈が李翊君にお答えする:・・・人が発する気息というものは、水に例えられる。その気息が形となって表れた言葉は、水に浮かんでいる物 に例えられる。以下略。
(令和4.08.14)完