紫乃の琴話し

高知県で琴・三弦・二胡の教室を開催している松村紫乃の公式ブログです。
教室の様子や日々の出来事を綴っています。

城山・琵琶曲

2016年06月25日 06時03分00秒 | 民族音楽
『城山』琵琶譜2ページ目

筑前琵琶を習っていたころの白木旭芳先生に戴いた師の手書き楽譜  楽譜は水・金・月等音階取って練習 今は五線譜でないと忘れて弾けぬしその後薩摩琵琶弾いていた。撥が薩摩と筑前は完全に違う 琵琶は稽古場で眠っている 触る機会も無い  何もかも中途半端人生に悔いる

個人レッスン頑張る門下生指導後 昼下がり一年に何日も無い事 はやい帰宅

20数年前一曲だけ演歌指導を受けた H先生と電話で懐かしい会話・光陰矢のごとし先生は、僕は65歳になったと笑っていた・

インドの曲 ラ・ガーンや、中国少林寺の曲を創ってくださった 福澤達郎先生に委嘱の沖縄曲アレンジ 来週末には半分書きあがるとメール  創作送られて来たら頑張ろうね私の良き門よ・・21弦琴・13弦琴パート・17弦琴・二胡・三弦の合奏曲予定 待ち遠しい

私達母娘の為、数年前”七福神おめでた噺”を創作くださった 作曲家で指揮者の苫米地英一先生から東京での指揮コンサートの案内が届いた・コンサート終わったらフランスで指揮棒を振るそうな  素敵な先生です。


けふ も寝不足

2016年06月24日 07時06分00秒 | 民族音楽
けふも 寝不足nose6dokuro
志村の ひょっこりひょうたん島 peace元気楽しい
奥田の 高校三年生good 純朴
坂井の つぐないプロに指導を受けて抜群
松村  湯島の白梅ガツン 私はマイクの使い方幼稚
   私に合わせて古い歌選曲の思いやりの夕べの華やぎkirakira2

レッスン後・お昼土佐叶姉妹・喜美子・香代子・紫乃5人で”崙珠庵”でランチ・・今日初めての食事結構食べれた

 私の左手は暗紫色猿の惑星の猿の手もどき

快気祝いと❤門下生に胡蝶蘭戴いた。治らねばいかんねえ

祖父の時代のはやり歌

2016年06月23日 07時15分00秒 | 民族音楽

午後一時過ぎ 三曲の会は退会しているが、友人の尺八の愛山氏と邦楽界の今後の方向を話し合った・・久しぶりで嬉しかった。

父方曾祖父(文久生まれ)が幼い六歳(数え年八歳) 幼子の足で無学文盲を装う親のしたためた書と、履き替え草鞋、握り飯を肩にし40キロの道程を歩き 田野の福田寺を訪ねて寺子屋に住んで学問を学んだと教えられていた。その福田寺で奉納の演奏を進めている7月には実現

16:00~喜美ちゃん個人レッスン微々細々詰めてレッスン・・汗だくの両人

17:00~ヒョンなことからカラオケ歌を・・典・喜美・敦・紫 参加で
曾祖父の独り息子の祖父 重親(しげちか)が持っていた昔レコードケース70枚?玩具替わりで遊んだ中の数曲しか知らぬ・大正~昭和一桁歌
皆歌上手くて  私が稚拙で一番下手

私の人世の波乱越し方をノンアルコールビールで酔って四割 がた口が滑って・・まァ心の裸の音楽家族で四人が絆を深めたからよかった。まだ快気とは程遠いが先ず先ず・早速メールで楽しかったとメールを貰って仄々している夜更け


       


大雨・琴三絃レッスン日

2016年06月22日 20時05分00秒 | 民族音楽
”和風楽””万歳楽”
集中レッスン・・

音色とテンポが気に入らず 頭抱えるが・・・皆一生懸命耐えて頑張ってくれた
20:00
帰宅 

息子慎哉からホーチミン会社の写真送信されてきた・・頑張れ慎哉 母も人生頑張るから
今日の食事  朝抜き 昼抜き 午後チーズパン半分 理恵差入れ上等アイス一個 トマト少々食欲不振

(久に無い事 観寒天が有ったので、水ようかん作った・・コーヒー羊羹にしようと粉珈琲入れたら」・・あらまァ何と間違ってドリップ用珈琲入れてザラザラ食べれずあ~ァ廃棄処分)母は一時が万事こんなものですねゴメン 



京都の和胡弓仲間のIさんから10月6日京都で ”韻こきゅうの会”(日本の胡弓)演奏参加のメールをいただいた。中井先生に恩義あり・・だが10月14日 ”長宗我部を詠う”コンサートが有る頭抱えている


文化教室です

2016年06月21日 18時50分00秒 | 民族音楽
気合を入れねば・・
”春江花月夜”考えあぐねた末私もシンドイ受講生もシンドイが・・
芸術は大切だと考え直しこの曲を、練習再開する

先日ボランテア演奏に伺った際・・私的には童謡や演歌の演奏は?余りだが、入所者の方に喜ばれると思って演奏のサービス精神 間違ってたかも?

凛とした100歳の入所者の方にアドバイスを頂いた。楽器に一番特長の曲 バイオリンと世界を逸する曲も組み込まないと・・この言葉は嬉しかった。頭にドカンと来たものあり。
この撥は、地歌名人恩師(故)矢木敬二先生にお世話頂いた無形文化財石井の撥(先は本鼈甲白い部分は本象牙) 30代の頃目の飛び出る程高価だったが、他の撥では全く真似の出来ない良い音色。私を支えて音を出してくれた年数を割ってみれば安いものだ。これからも私の音を支え続けてくれる・・写真の印伝撥袋は矢木先生が、52年11月15日に銀座で買って贈って下さった記念・・古びたが腐っても鯛 もう30数年 使い続けた年期もの 想い出ばかり人生ひと齣