紫乃の琴話し

高知県で琴・三弦・二胡の教室を開催している松村紫乃の公式ブログです。
教室の様子や日々の出来事を綴っています。

夕べ成田に着いた

2013年05月31日 10時22分00秒 | ノンジャンル
三曲演奏会残務整理もありで、早く土佐に戻らねば ・・年ですねェ疲れが残る

やまなし国民文化祭の書類・+今日がタイムlimitでエリナに代筆してもらい中・右脳左脳が発揮できないもどかしさ・・と哀しさ・エリナジープ ”サハラ”で羽田まで送ってもらって14:00飛行機

先ほど高知に戻った。

後先になったが、携帯バッテリー故障で往生した・・今朝から大騒ぎ学芸大学駅前でバッテリ購入やっとrecovery

思いもかけず、王宵峰さんからRhineメールありで・・メール行ったり来たり・・知的な彼は文学的ユーモアも解す 

私の周囲の中国人・朝鮮人 皆よき人

総連の慎さんからも久しぶりRhine mail彼女とは心がが通じる親友である。
hinode
マックコーポレーションの記者さんから 先の頃取材を受けた記事が7・8月合併号に掲載決まったと連絡ありました。

明日は個人レッスン生徒達とFightです。


江戸に参り候

2013年05月26日 08時54分00秒 | ノンジャンル
今から江戸・高知龍馬空港で、パソコン打っています。

藩政時代・武士 大目付役だった私の曽祖父が、参勤交代で江戸に参上の頃は籠で、行列道中が大変だったらしいと・・子供のころ祖母に聞いたが、今や大空をひとっ飛び

文明は発達したが、情緒はどうかなァ?便利と夢の狭間で・・考えつつ、時間を持て余して空港備え付けパソコンで遊んでいる。


実は音楽の事で明日成田から出国です

反省会

2013年05月24日 18時03分00秒 | ノンジャンル
先日の演奏会の反省会を役員の、菊門・池田・小原・私の4人で某所で会食しながら喧々諤々。

ヤッパリほかの世界には無い日本古来の生き方で三曲協会をより良い会にしましょうとguts・・

反省は不満だけでは前に進まぬと実感・それぞれの力でここまで進んでこられたから・・


さすが真直ぐな菊門先生の存在はとっても大事で尊敬

反省会とは何???と自問自答。それにしても尺八の方はサラリーマン気質で本来の和からは、少々ずれている。此度の光治先生に教えられること多々あり・・

銀座和光のポーチは今日から愛用します。先生に昔戴いた三絃艶ふきんは昭和52年でした。
この頃思い出ばかりに浸って・・老いたという事。




やっぱり凄い

2013年05月23日 15時13分00秒 | ノンジャンル
今日稽古場のポストに・・kirakira2菊原光治先生から・・演奏会の感謝ですと
和紙に筆書きで長文お手紙を戴いた。昨今忘れていた作法の世界であった。

私は若いころ純邦楽・現代の素人の楽しみ稽古とは違う意味のシャキッとした邦楽界長唄や地歌・鳴り物の稽古・日本の和の芸の礼儀を日常茶飯事稽古で育った。親と師匠は絶対であった。

(代々の武士の格式で受け継がれ男尊女卑で口を開けて大笑いをするのはもっての他と言う・・陰気な家庭で、17歳までは育った・・18歳の時厳格な父が他界・嫌々通った稽古とは違い、呪文から解けて、何故か妙に魅力的な粋を好んで師匠のもとに通った。当時は毎日稽古で暗譜修行苦しいが楽しかった。

演奏会の後は必ず師匠の元に(このたびは舞台に立たせていただきさ有難うございました・今後も頑張らせてくださいと深々と 頭を下げる)お礼に伺うのが当たり前だった。

今まで生きて舞台演奏して満足は、たった1っ回だけ”小鍛冶”を姐さん方に交じって弾いた時だけ・哀しいですねェ  

長唄”越後獅子”は暗譜で弾いたのに、指すりを右手にはめていいるのを、途中で気づき暗譜曲全部忘れた思い出・・何度もこの話は披露している。すでに時効だから

その舞台後怖くて お礼に行かなかったら、杵屋の師匠に常識が無いと、阿呆と大目玉をくらった。でも師匠は私を一番可愛がってくれた・当時18歳だった。21歳の
夫(エリナの父親)と結婚していた。

エリナはそんな中で育った割に、困ったァお母さんは礼儀ははちゃめちゃ過ぎると言う。母の生前いつも困った娘と叱られ・今は娘に叱られ・・まァえいかァです。

何十年ぶりかにヤッパリ礼儀の世界良い・・光治先生に教えられた。

プレゼントした胡蝶蘭は玄関に飾ってくださってると書かれてあった。wink和光のポーチを和菓子と間違える柴乃さんを思い出して可笑しくなるそうな・・恥ずかしい