車を走らせていたら、街頭の木々の葉の黄色と赤色のコンストラストに目を奪わ
れてしまいました。
ちょうどイチョウとモミジの木の高さが違うため、黄色と赤色とが層状になって
見えるんですね。
ただ、風に吹かれて散り、車道に散らばっている落ち葉もかなりの量…。
そんな一コマに、秋から冬への着実な変化を感じました…。
それからしばらく車を走らせていましたが、ふとそんな木々を近くで見てみよう
と思い立ち、車から降りました。
そして木々の一本一本の枝をよく観察してみていたのですが、そこですでに小さ
なかわいい芽がついているのを見つけました。
春の新緑を夢見て、じっと待つ姿はなんともかわいらしいのですが、そこには目
に見えない木々の生の営みがあるのでしょうね。
人生においても冬の時代というのは必ずあります。
続けてきたものが挫折してしまうと、今までの努力が水の泡…といった感じで、
無力感に打ちひしがれるということはよくあります。
そんなとき、自分が見えなくなり、もうダメだ…と完全に諦めてしまうなんてこ
とも多々あるでしょう。
けれどそれは木々の葉を落としながらも、萌芽を夢見て春を待ち耐え忍ぶことと
同じなのだと思います。
人生にもいろいろな紆余曲折があり、冬の到来は必ず訪れますが、心の内では、
次へのステップに向けた醸成と新しい生への胎動が始まっているのだと思います。
だからこそ、その醸成と胎動を大事にする上でも、しっかりと心の目で物事をと
らえ考えることを大事にしていきたい…そんなことを思いながら改めてじっと木
の芽を眺めていました…。
秋から冬へ・・・そして、また春がめぐりくる…
その目には見えない変化や、ささやきに耳を澄ませて聴いている…
心がほんわかしてきますね…
そうですね…、昨日は思わず足を止めてしまいました。
その前日にうみさんのブログhttp://unimi.exblog.jp/
を見ていて、そこには冬の夜空の星星を見ていて思ったことが綴られていたのですが…それを読んでいて、ふと自分が身近なものにいかに目を離していたのか…そんなことを感じたんですよ。
そんなこともあってふと感じるものもあったのでしょうね…。
ほんわかした心を共有していただいて私も嬉しいです…。
私の真冬の時代は子ども時代だったので、早く成人してこの氷河期から抜け出したい一心で生きていました。
まさしく萌芽を夢見て春を待ち耐え忍ぶ・・・その言葉はあの頃の私そのものです。
心の中にはまだ子供の私がいて、また冬が来たとしても何があっても大丈夫だよと、支えてくれているんですよ。
コロンさんの言葉ひとつひとつは、私の心の緩衝材になっているような気がします。
誰しも人生の中で氷河期はありますよね…。
私の場合は…小学校から中学校にかけてかもしれません。
また人生の節目節目で辛い経験もありました。
でも、その時期をじっと耐え忍んだ先に、何かその辛さをもそっと包み込んでくるような温かさのようなことがあるんですよね…。
>コロンさんの言葉ひとつひとつは、私の心の 緩衝材になっているような気がします。
とは過分なお言葉…でも、書くことで何か人に感じていただけるのは幸せなことです。
これからも頑張って書き続けます…。