風のよーにすぎてく毎日

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「少年たちの迷宮」を読む。

2006-09-15 | 読書


「少年たちの迷宮」--裁かれた十歳の殺人者たち

ブリイク・モリソン著
安藤由紀子訳
文藝春秋
1998年初版

これは、1993年に、英国でおきた10歳の少年二人が、2歳の幼児(男)を誘拐殺害した事件の裁判傍聴記である。
著者は、英国の詩人で、出版社から依頼を受けて自宅から離れた地の裁判所の近くへ出張し、通う。
週末のみ、家にもどるという生活を裁判の開始から終了までするのだが、著者自身も、犯人や被害者と同じような年齢の子どもをもっている。
自分や家族たちの生活や人生を重ねあわせて、考察していく。

この事件は、衝撃的だったので、ニュースは世界中をかけめぐったのだろうと思うし、日本でもテレビで、防犯カメラにうつった少年たちの、像を写していたのを、みた記憶があるが、遠い異国のことでもあり、それほど詳しくもなかったような気がする。

もう13年もたっていたのだ。
13年前、自分もまだ見た目は、健康で(ひどい肩こりや首のつっぱりなどは、じわじわ発生してはいたが)、斜頸ではなく、前むいて歩いていたし、仕事もしていたなあと、ふりかえってしまった。


英国では、10歳から責任能力ありとして、成人と同じ裁判にかけられるというのだから、すごい。
著者が、この書に記述しているデーターによると

スコットランド 8歳
イングランド、ウェールズ、北アイルランド10歳
カナダ12歳
イスラエル13歳
ノルウェー15歳
キューバ 16歳
ルーマニア 18歳
だそうで、「自由裁量にもほどがある」とあきれている。

ほんとにまあ、各国バラバラなんだなあ。8歳というのは、小学校にはいれば、一人前ということか。

日本では20歳だもんな。

10歳の殺人者たちは、終始無言座っており、事件関係の大人たちのやりとりを聞いているのみ。
裁判所で、きちんと応答ができないかもしれないからだそうで、実際の尋問の様子は、刑事とのやりとりをテープ録音したものを、流す。
きちんと裁判の質疑応答もできない人間を、裁判にかけてよいものか。

著者は、自分の子どもたちのことと重ねて「10歳の少年に、ことの重大さがわかっているものか?」と疑問をもつ。
二人の少年たちの、おいたち。
少年の親たちのおいたち。
親から子へ代々、引き継がれてきた暴力。

判決は、有罪だが、刑務所ではなく、精神治療つきの医療施設いりとなる。
7~8年すればでてくるといわれ、あんなひどいことをして、短すぎるというシトも。
裁判の形をとっていても、成人のように何年や無期や死刑などの処刑はしないとこは、やはり少年扱いである。

そういえば、日本の神戸連続児童殺傷事件のA少年も7年ででてきた。

英国の2少年は、2歳の幼児をいたぶりながら連れまわし、そのうちじゃまになってレンガや鉄の棒でなぐり殺し、最後に死体(?)を線路において電車に切断させたなどとむごいことをしたこと考えると、10年でも短いきがするけど。

大人の殺人より、子どもの殺人のほうが、すごみがあるなあ。
そのくせ、この子どもたちは、日常的に、親から暴力をふるわれており、暴力がこわいのだ。
痛みは十分わかっているのに、シトに対しては、痛みを感じない。

3日くらいかけて読んだが、ほとほと疲れた。
本読んだだけなのに、なんでこう疲れる。
タイピングが手にひびき、けいわんぶりかえし。
背中、肩いたしでシップベタベタはりつけ。





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