さくらお菓子教室 兵庫県豊岡市

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伊賀谷

2021年04月27日 | 書き綴り
豊岡めぐみ幼稚園卒園
私が入園するす~っと昔からここ数年前まで豊岡市立の幼稚園は1年制でした(この制度、今時代遅れすぎでしょ!)
現在はやっと2年制。幼保一元化でこども園に変化しつつありますが、3年制となる日が来るか!

さて話は戻りますが幼稚園の時、担任していただいた恩師先生とは、長きにわたり人生の要所、要所で交流があり
はたまた小さな町なのでばったり会ったりしてなんとなく交流が続き現在に至る。
そうとなるにはやはり「先生が好き!」の気持ちが根本にある❤

そんな先生の故郷は豊岡市「伊賀谷」(いがだに)
豊岡市内から竹野町・香住町に向かう幹線道路「伊賀谷口」のバス停より数キロ奥(距離はかるの忘れた)
過去に先生とのおしゃべりの中で「昔は伊賀谷から峠を越えて、玄武洞の駅まで歩いて行った」とお聞きした話がずーっと記憶の片隅から離れず
「いつか行ってみたいな!」なんて言ってた話を覚えていて下さったようです。
そしてもう一つのきっかけが「学年違うけど、教え子でなおみちゃんと同じこと言ってる男の子(50代だけど!)がいるのよ!」と
連絡を頂き、先生含めて3人の日程調整していざ峠越えを決行したのは4月25日

これからの説明は「そうらしい」「だったそうな」的な確信のないものなので適当に読み流してください。裏はとっていませんm(__)m

幹線道路にある「伊賀谷口」のバス停からはこんな道を数キロメートル


山の神 その昔は男の子だけが参るお祭りがあったそうな


山の神の左手にはこんな石碑が。明治時代のものらしい 「左やま 右ゆしま」 と書いてある
「やま」側の峠を越えると中竹野へ行くと!その昔はこの上にも集落があり、峠の茶屋もあったそうな
「ゆしま」は城崎温泉のことらしい


左が山 右は昔田んぼだった谷が続く


村の終わりにはこんな建物が!豊岡市内の某企業社長さんの別荘だったらしい。


峠の頂上にはお地蔵様


この先が玄武洞なのですが、20メーター程下りましたが竹が倒れて覆い重なり、とても進める感じではなかったのであきらめて引き返す




帰り道 楽しい自然観察




山の神から左側に上ると伊賀谷の「水源がある」の話を先生から聞くと湧き水好きの私としては「行ってみたい!」
途中まで登るとありました
伊賀谷には上下水道が通っていないと。政治の不公平を感じつつも、水源を自給自足で賄える逞しさが羨ましい


村の中にある湧き水。豊岡が水没した大台風の後、水が湧かなくなったそうで、今はピチピチと小さな音が
穴の奥から聞こえてくる


コロナ禍で先生宅の前でお弁当を!の直後雨がふり、先生の趣味部屋に上がらせてもらいました


同行した男性は『但馬の殿様』なる本を出版されているそうです。
歴史・地形・山城・殿様について本当に様々な内容盛りだくさんでメモも取っていないし、
いい加減なことは書けませんが、本当に興味のある話をたくさん聞かせてもらいました。

今は会社員としてお仕事をしておられるそうですが、定年後にはぜひぜひ豊岡の歴史講師となり、貴重な話を後世まで残してほしいと思います。

最後に絵本好きには宝物をご披露


たくさん絵本の挿絵を描いておられる村上勉さんは同じ但馬、養父市八鹿町のご出身
豊岡市からの依頼でコウノトリが描かれている絵を書いてくださったそうです。
「だれも知らない小さな国」の物語は大好きな一冊

この絵の本物を見たいのですが・・・調査中。ネットワーク駆使して探してみます


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