とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

Ligand-receptor interactomeを用いた疼痛誘導メカニズムの解明

2021-03-18 23:40:52 | 神経科学・脳科学
近年データベースに大量に蓄積されつつあるゲノムデータやsingle cell RNA sequencing (scRNA-seq)から得られた遺伝子発現データなどを駆使して色々と推論を進めていく、というバイオインフォ―マティクスの手法は、conventionalなcell biologyになじんできた私には何やら具体性に欠けるような気がして、どうもとっつきにくい感が拭えないのですが、そもそもが複雑系である生体のダイナミズムを総合的に把握するにはこのようなアプローチがふさわしいのかも、と考えています。この論文は、様々な臓器や細胞と、脊髄後根神経節 (DRG)の遺伝子発現プロファイルを用いたligand-receptor interactomeから、主として疼痛の伝達に関与する分子機構を解析したものです。例えば関節リウマチ (RA)患者の滑膜マクロファージのscRNA-seqデータから、RA滑膜マクロファージに特異的に発現しているligandとDRGに発現しているreceptorの情報から、ErbB familyがRAにおける疼痛に関与しているのではないかと推測しています。同様の手法を用いて膵臓癌においても、癌細胞が発現するErbB familyが疼痛に関与しているのではないかとしています。最終的にはErbB familyであるHBEGFをマウスに投与することで疼痛を惹起したり、ErbB familyのantagonistであるlapatinibが疼痛を改善させることで上記推論の妥当性を検証しています。このような種類の研究はどうしても結論があいまいになるのですが、本研究では具体的な分子にまでたどりついたという点で興味深いものとなっています。 
Andi Wangzhou et al., A ligand-receptor interactome platform for discovery of pain mechanisms and therapeutic targets. Science Signaling  16 Mar 2021:
Vol. 14, Issue 674, eabe1648 DOI: 10.1126/scisignal.abe1648

電気刺激によって脊髄損傷による起立性低血圧を改善させる

2021-02-02 15:41:40 | 神経科学・脳科学
臥位から座位や立位に体位変更する際、重力によって下半身に血流が集中し、心臓に貯留する血液量減少のために血圧が低下し、立ちくらみやめまいを生じるという症状は起立性低血圧(orthostatic hypotension, OH)と呼ばれます。正常人では安静時に活性化している圧受容体(baroreceptor, )が血圧や大静脈・心腔における血液貯留低下によって不活化し、圧反射(baroreflex)を生じることで交感神経が活性化されて血管抵抗と心血流増加によって血圧が回復します。一方で脊髄損傷患者においては圧受容体と下位脳幹部との連絡が絶たれているため圧反射が生じないことがOHの原因となっており、患者のQOLを著しく低下させることが知られています。現在OHの治療はライフスタイルへの介入(弾性ストッキング着用、半座位での睡眠など)やfludrocortisone(血流増加効果あり)、midodrine(交感神経活性化効果あり)などの投薬が治療として行われますが、その有効性は明瞭ではありません。
最近腰仙椎部の硬膜外電気刺激(epidural spinal stimulation, ESS)によって脊髄損傷患者の循環動態が改善することが報告されています(Harkema et al., JAMA Neurol. 2018 Dec 1;75(12):1569-1571; Harkema et al., JAMA Neurol. 2018 Dec 1;75(12):1569-1571など)が、そのメカニズムは詳細には明らかになっていません。本研究で著者らは血圧上昇に関与する脊髄の部位(haemodynamic hotspots)を同定し、この部位の刺激によって実際にOHが改善することを明らかにしました。
まず著者らはラット脊髄損傷モデルを作成し、どの部位を電気刺激すると血圧が上昇するかを詳細にマッピングしました(通常ラットでは脊髄損傷によるOHは生じませんが、下半身に陰圧をかけることでOHの血流異常を再現しています)。脊髄の様々な部位を電気刺激し、imagingや解剖学的検討をcomputer modelと組み合わせることにより、ラット血圧は下位胸髄T11-T13の背側を刺激することによって上昇することがわかりました(この部位をhaemodynamic hotspotsと命名しています)。ホットスポットの後根を切断することでEESの昇圧作用は低下しました。またMRIを用いた有限要素解析によってESSが主に後根に位置する大径求心性線維を動員するが、交感神経節前ニューロンからの脊髄内ニューロンまたは遠心性経路に直接的な影響を及ぼさないことが明らかになりました。以前の臨床研究では腰仙椎部に刺激をすることで昇圧が得られていましたが、L2のESS刺激によって下位胸髄後根も刺激されることが示され、T12後根の切断によってL2刺激による昇圧作用も低下することがわかりました。
著者らはさらにアカゲザルでもホットスポットが下位胸髄後根にあることを明らかにするとともに持続的に下位胸髄後根を刺激するelectronic dura mater (e-dura) implantsを開発し、血圧制御に有用であることを示しました。
最後に頚髄損傷の臨床例にたいしてもT11, T12部位に電極を設置し、後根を刺激することで昇圧効果が得られることを示しました。以上の結果はESSが下位胸髄後根刺激⇒交感神経節前ニューロン活性化という経路を介して脊髄損傷患者における圧反射を誘導できることを示しています。
電気刺激によってOHを改善させるという取り組みはこれまでも行われていたのですが、本研究は詳細な解析から圧反射に関与するホットスポットを同定し、実際の患者でも有効性を示したという点が画期的だったのだと思います。
Squair, J.W., Gautier, M., Mahe, L. et al. Neuroprosthetic baroreflex controls haemodynamics after spinal cord injury. Nature (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-020-03180-w

ALSになるか?癌になるか?それが問題だ

2021-01-26 09:50:21 | 神経科学・脳科学
大学生時代に、飲み屋の与太話で究極の選択と銘打って「カレー味のウ◯コとウン◯味のカレー、食べるならどっち?」というようなアホな話題で盛り上がったことがあります。レベルは大違いですが、この論文を読んでそのような昔話を思い出してしまいました。。(;^ω^)
筋萎縮性側索硬化症amyotraphic lateral sclerosis(ALS)および前頭側頭型認知症frontotemporal dementia (FTD)は病態は異なりますが、いずれも神経細胞の障害が生じ、重篤な症状を示す難病です。多くのALSおよびFTD患者の神経細胞内にはRNA結合タンパクTPD-43の封入体が見られることが報告されています。また2011年にはこれらの疾患患者でC9orf72という遺伝子の翻訳領域の5’側にGGGGCCリピート配列の著しい延長が見られることも明らかになりました。GGGGCCリピートの延長がALS/FTDを引き起こす分子機構として、延長したリピート配列がポリglycine-alanine (GA), glycine-proline (GP), glycine-arginine (GR), proline-arginine (PR), proline-alanine (PA)などのdipeptide repeat (DPR)タンパクへと翻訳され、この異常なタンパクの蓄積が神経障害を引き起こすとする説があります。この論文ではpoly(PR)の神経細胞に対する作用を検討し、p53が神経障害に重要な役割を果たすことを示しています。
著者らはまず培養胎児マウス皮質ニューロン細胞にpoly(PR)である(PR50)、またはTPD-43をlentivirusで発現させることによって神経細胞の軸索変性、細胞死が生じることを示しました。ATAC-seqによってこれらの細胞におけるDNA accessibilityを検討したところ、それぞれに特異的なaccessibilityの変化が生じることが分かりました。興味深いことに(PR50)発現細胞ではp53によって誘導される遺伝子のaccessibilityが増加することが分かりました。実際(PR50)発現神経細胞ではp53の発現が上昇しており、これはp53タンパクの安定化によるものであることが明らかになりました。一方TPD-43発現細胞ではそのような変化は見られませんでした。
著者らはp53の神経障害における役割を検討し、p53を欠損した神経細胞では(PR50)による軸索変性や細胞死は抑制されていることを示しました。また脳にGFP-(PR50)を発現させたマウスは生後39日目までには神経細胞死などのために死亡するのですが、p53ノックアウトマウスでは(発癌リスクは高いにもかかわらず)生存率が2.5倍改善していました。p53ヘテロ欠損マウスでも生存率は改善していました。一方p53欠損はTPD-43過剰発現マウスにおける神経細胞死は改善しませんでした。
さらにp53欠損による神経細胞保護作用は、ショウジョウバエ眼にpoly(PR)を発現させるALS/FTDモデルにおける神経障害を改善させ、C9orf72変異を有するALS患者iPS細胞から分化させた運動神経細胞の障害も改善させることが示されました。
p53は様々なアポトーシス促進因子の発現を誘導することが知られていますが、(PR50)はpro-apoptotic Bcl-2ファミリー分子であるPumaの発現を誘導し、Puma欠損神経細胞では(PR50)による細胞死は改善していました。
ということで著者らはC9orf72変異⇒poly(PR)発現↑⇒p53安定化↑⇒Puma発現↑⇒神経細胞障害という経路がALS/FTDの原因になると結論しています。
大変興味深い内容なのですが、培養細胞のATAC-seqの結果からいきなりp53にしぼって解析が進んでいることには違和感がありますし、p53自体あまりにもmajor moleculeなので、「ホンマかいな?」というのが論文を読んでの印象です。またp53は癌抑制遺伝子であり、その欠損は癌のリスクを顕著に高めます。我々は「ALSか癌になるとしたらどちらを選ぶ?」という究極の選択を迫られるのでしょうか?(。•́︿•̀。)
Maya Maor-Nof et al.,
p53 is a central regulator driving neurodegeneration caused by C9orf72 poly(PR).
Cell. 2021 Jan 15;S0092-8674(20)31747-5.

Alzheimer病の原因が感染症である可能性

2020-11-07 16:47:54 | 神経科学・脳科学
Alzheimer病の原因としてはアミロイドβ(Aβ)仮説が広く信じられています。これは何らかの理由で神経細胞に蓄積したAβが神経細胞の機能不全やアポトーシスを誘導し、認知障害を誘導するというものです。しかしAβの蓄積は必ずしもAlzheimer病患者にのみ認められるわけではなく、またこれまで開発されたAβ阻害薬はほとんどAlzheimer病に対する有効性を示せませんでした。
最近発表された論文で、Aβは神経細胞への病原体感染に対する自然免疫系活性化の結果として産生される物質であり、病原体に対する神経細胞保護作用を有する可能性が報告され、注目されています。この仮説が正しいかどうかについてはもちろん今後の検証が必要ですが、Aβ仮説のように一つの説に拘泥するとかえって真実から離れてしまうのはよくあることですので、色々な角度から検討することが重要だと思います。

術後譫妄におけるneuroinflammationの役割

2020-10-21 07:59:27 | 神経科学・脳科学
高齢者の術後譫妄は、病棟管理上の問題であるばかりではなく、患者の生命予後にも関わる大きな問題です。大腿骨近位部骨折後、譫妄を生じた患者では手術1年後の死亡率が高いことも報告されています(Lee et al., Am. J. Geriatr. Psychiatry 25, 308–315, 2017)。その原因としては、もちろん環境の変化や麻酔の影響もあるのですが、この総説では"neuroinflammation(神経炎症)"という観点から術後譫妄を解明しようという最近の研究を紹介しています。
外科的侵襲(ターニケットの阻血なども含めて)によって生じる種々の組織障害は、HMBG1などのDAMPs(damage-associated molecular patterns)を生じさせ、これがneuroinflammationの原因となること、また補体活性化が重要な役割を果たす可能性、手術侵襲によるプロテアーゼの産生のために血液脳関門がlooseになること、中枢神経におけるmicrogliaの活性化が重要な役割を果たすことなど、様々な研究が紹介されており、大変勉強になります。Spacialized proresolving lipid mediators(SPMs)などを用いたneuroinflammation抑制の可能性などにも言及されており、近い将来neuroinflammation制御によって術後譫妄が抑えられれば臨床現場にとって、また患者にとって大きな福音となることは間違いありません。