時雨スタジオより

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「効率化・重点化」は私たちが望む社会保障の姿なのか!

2010-12-03 20:30:05 | 介護保険2012


 ふるさと別府のシャッター街のように、日本の社会保障は何かを切り捨てようとしているのではないでしょうか。
 広井良典氏は『生命の政治学』(岩波書店、2003)で、「現代の日本における社会保障論議は概して当面の財政難への制度的対応という視点が支配的であり、「福祉国家」のあり方という基本論やそのベースとなる政治哲学、あるいは成長や環境政策との関連を含めたトータルな社会構想の中での位置づけといった視点が希薄であり、本来は「理念の選択」として(二大政党制的な文脈で)論じられるべきテーマが、限りなく“技術敵な”制度論の装いの下で論じられる傾向が強いように思う。高度成長時代が終わったいま、どのような社会保障政策を選び取るかは社会のあり方についての基本的な「価値」の選択に関わる主題であり」と述べていますが、出版から7年が経過し、政権交代が起こったいまも、まったく変わりない光景が繰り広げられているように見えるのです。
 ただし、制度論の装いの下に、密かな「価値」をこっそりと忍ばせているようにも思えてなりません。

これがこの国のめざす福祉なのか!
 社会保障審議会介護保険部会の「介護保険制度の見直しに関する意見」(平成22年11月30日)に、保険給付の「効率化・重点化」という表現が繰り返されているのに気づきます。
 たとえば、P5(給付と負担のバランス)の結び近く。
「現在の保険給付の内容について、必要性、優先性や自立支援の観点から見直しを行い、限られた財源の中で効率的かつ重点的にサービスを提供する仕組みとしていくことが必要である」
 ここでいう「自立支援」は前回記事「今さら「自立支援」を再定義しなけりゃいけないの?」で論じている予防的視点に限定された自立支援であり、介護保険法のいう「自立支援」をおそらくは確信犯的に無視した荒技ともいえるのではないでしょうか。
 続いて「見直しの基本的な考え方」のP6でも「効率化・重点化」が繰り返されています。引用します。
「給付の効率化・重点化などを進め、給付と負担のバランスを図ることで、将来にわたって安定した持続可能な介護保険制度を構築することを基本的考え方とすべきである」
 いつ誰が「効率化・重点化」に合意したのでしょうか。資本主義経済における効率化は自営企業家の淘汰と大資本への集約を進めていきます。また、重点化とは「重点でないものの切り捨て化」と言い換えることができるのです。さらに「持続可能な」というフレーズは、地球環境問題(Sustainable Development:持続可能な開発)でよく使われるようになったものですが、財源論で免罪符的に使われると思考停止状態を招きかねないような気がします。もちろんそこが狙いで、国がもくろむ福祉の姿を国民から見えなくする「魔法のフレーズ」なのかもしれなのですが…、では問いかけます。高齢化が急伸するなかで介護保険を持続させるために、どれだけの効率化と重点化を進めなければならないのでしょうか。

各論にみる効率化・重点化の正体
「効率化」とは明記していないのですが、次の部分は効率化の具体的イメージの一つであると考えられます。P9から引用します。これは、サービス事業所の規模拡大を推進しようとする国の狙いが具体的に示されている部分だと思います。
「特に訪問看護ステーションについては、小規模な事業所ほど経営状態が悪く、夜間・緊急時等の対応ができない、サービスを安定的に提供できないなど、課題が多いため、規模拡大に向けた取組を推進するべきである」
 なお、今回の改正で目玉とされる「24時間対応の定期巡回・随時対応サービス」は大規模事業所しか提供が難しいのはご承知のとおりです。「24時間地域医巡回型訪問サービスのあり方検討会」の中間取りまとめのP17には「一定規模の地域を単一の事業所が担当するエリア担当方式も検討すべきではないか」と記載されています。
 要支援者・軽度の要介護者へのサービスにも「効率化・重点化」に言及した部分があります。P10から引用します。
「今後さらなる高齢化の進展とともに、介護給付が大幅に増加していくことが見込まれており、重度者や医療ニーズの高い高齢者に対して給付を重点的に行い、要支援者・軽度の要介護者に対する給付の効率化と効果の向上を図ることが適当か否かを検討する必要がある」
 これを意訳すればこんな感じでしょうか。
「本来なら施設に入らざるを得ない重度者の介護をコストの安い在宅サービスでまかなえるようにする。その分、在宅サービスの給付が増えるから、今度は要支援者や軽度の要介護者を給付の対象から外すことで保険給付の総額を抑えていこう」
 この論にはさすがに部会の委員からも反論が出たようで、「要支援者・軽度の要介護者へのサービス提供のあり方については、保険給付の効率化・重点化の観点のみならず、重度化の防止、本人の自立を支援するという観点から、その状態にあった保険給付のあり方について、今後、さらに検討することが必要である」と両論併記となっています。

社会保障って何だろう
 社会保障は、病気をしたり、けがをしたり、障がいを負ったり、高齢になったり、失業したり、事件や事故のあったりなど、日本国憲法が第25条で保障する「健康で文化的な最低限度の生活」が営めなくなりそうなときに、国の扶助によって国民の生存権を保障するもので「国の義務」なのです。したがって、たった1人の例外もなく保障されなければならないのです。
 効率化や重点化は、社会保障の網の目を粗くするもので、網の目からこぼれ落ちる人を生み出すのではないでしょうか。「多様性」や「社会的包摂」なしに、国は社会保障の義務をまっとうできないものと考えます。効率化や重点化は「社会的排除」の論理に他ならないのです。

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