時雨スタジオより

9年の休止期間を経て、
なんとなく再開してみました。

江戸の悪代官もどき──性病探索班

2020-06-20 12:56:32 | 『別府と占領軍』より
パンパン狩りをした「キャッチ・ジープ」の前で記念撮影に収まるMP、通訳、保健所の職員たち


 ──街を歩く女性達を片っ端から捕獲したという信じられないような現実が敗戦すぐの別府にはあった。

 昭和十二年に制定施行された保健所法が、昭和二十二年に全面的に改正され(法律第一〇一号)別府に始めて保健所が設置された。当時の保健所は田の湯八組の民家 (現在「旅情苑」と「別府飲食業協同組合」)を借りていたが、キャンプ・チッカマウガが出来、所謂パンパンが出没してくると、それに伴って性病が巷間に氾濫して来た。そこで、占領軍は保健所の中に「性病探索班」(V.D.Contact Tracing Team)なるものを作らせ、パンパン狩りを始めた。この専従員として六名の防疫担当官がその任に当った。


性病探索班の六人組み。彼等はどのような気持ちで日本人女性を「捕獲」したのであろうか?


 当時を回顧して和泉氏はこう語る。
「いやあ、人権無視どころの騒ぎではありませんでしたよ。街を歩く女性を片つ端ですから。お陰で私達は、まるで江戸時代の悪代官の手先の岡つ引きみたいな役目を引受けさせられた感じで実にいやな毎日でしたね」
 この連行用に使用した大型ジープは、まるで動物を運ぶ檻同様に急造したもので、パンパン仲間では、この車をキャッチ・ジープと呼んで怖れていた。ジープはMPが運転、車の上から、あの女を捕えろと保健所の所員に命令した。街を歩いている女性は、ケバケバしい服装や化粧、パーマの恰好等でパンパンかどうか分ったが、米兵には日本の女は皆一様に見えたらしく、誰彼の見境いなしに命令し連行を強要した。村橋病院の角で自分の上司である保健所長の奥さんをキャッチし、MPに汗を流して弁明して釈放してもらったことがあると和泉さんは笑って話す。
 パンパンに対しては性病予防法(昭和二十三年法律第一六七号)に依り、県知事の名で健康診断受診命令又は強制検診を受けさせる絶対的な公権力をもっており、これに違反したものは罰則による制裁がなされた。
 当時米軍が性病蔓延で一番怖れたものは、兵隊の戦力がおちることであり、浜脇等の貸席の入ロに「オフ・リミット」の掲示板を上げ、パンパン狩りを行ったのもそうした理由からであった。
 当時の別府駅前は夜になっても電灯がまばらで、物影に隠れると人影も分らない程だった。駅前通りにパンパンが何人たむろしていたか……おそらく数十人は居ただろう。キャッチ班が夜毎取締りに街に繰出して行ったが生きるために彼女等もキャッチ班の眼を逃れ必死だった。冬の或夜、パンパンの一人が唱う「星の流れに」のうたが、人影もまばらな夜の町にこもるような淋しさで流 れていたのを、胸のつまる思いで聞いたと和泉氏は話す。

 ──『星の流れに』作詞:清水みのる、作曲:利根一郎、歌:菊池章子。♪星の流れに 身を占って/何処をねぐらの 今日の宿/荒む心で いのるじゃないが/泣けて涙も 涸れ果てた/こんな女に誰がした

「当時の別府を話そうとすれば、敗戦の混乱と荒廃した世相、その中を雑草の如くタクマシく生きた彼女ら娼婦達を抜きにしては語れませんね。別府病院に連行の途中朝見川に下りて、歯をすすぎ、顔を洗う姿を見て私はびっくりしたものです。いくら現在のように汚染されてないとは云え川は川です。洗濯水も流れ汚水も流れていましょう。彼女等はそんなことに一切頓着しなかった」

 ──最近話題の『女は戦争の顔をしていない』作画:小梅けいと、原著:スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ、監修:速水螺旋人(KADOKAWA、2020.1)のワンシーンを彷彿とさせる光景ではないだろうか。
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「鬼」──中編 | トップ | 道徳的理想と生活的現実 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

『別府と占領軍』より」カテゴリの最新記事