時雨スタジオより

9年の休止期間を経て、
なんとなく再開してみました。

「鬼」──中編

2020-06-19 14:27:39 | アデクション
娘から、「お酒を飲んだときのお母さんは鬼のようで怖い」と言われた女性の物語


団地住まい
「彼は、東京まで迎えに来てくれました。それで、結婚を決めました。最初は夫と二人で団地に住みました。夫もお酒が好きなので楽しく飲みました」
 楽しさゆえか、酒の魔力か、女性の飲み方は激しくなっていった。
「お酒を飲んで、私がはしゃいだりすると、夫が怒って暴力を振るうようになりました」
 しかし、暴力から逃げずに、されるがままだった。
「その度に、私が悪いんだ、殴られてもしょうがないんだと思い、殴られるのを我慢していました」
 やがて子どもができて、夫の家族と一緒に住むようになった。

大家族
 夫は長男だった。夫の母親と祖母、夫の弟二人と妹、そして女性と子どもの八人が一緒の家に住んだ。家は新築した。頭金は夫の母親からの援助があったが、ローンは夫と女性の二人で返し、生活費も家に入れていた。女性は、そのために看護の仕事に復帰した。
「ローンを返すのは、いずれ私たちの子どもの家になるんだと思えば、なんとか割り切ることができました。我慢できなかったのは……」
 夫の家族は肉が好きだった。女性は肉が苦手で魚が好きだった。それが、義母の耳に入ったのだろうと女性は言う。
「あなたは自分で好きなものを買って来て食べていいですよ、自分で作れるのなら作って食べてもいいですよと義母から言われたのです」
 女性は毎日働きに出ていて、炊事は義母が行っていた。
「私だけ、みんなとは違う料理が用意されるようになりました。この家に私が居る場所がないのだと分かったとき、どうしようもない気持ちになりました」
 近くの焼鳥屋で一人で飲んでみた。
「飲んで気が晴れるわけではありません。飲むほどに、恨みつらみが頭の中を駆け巡ります。なんで私だけ自分の食べ物を自分のお金で買ってきて食べなくてはならないの、みんなは同じ物を食べているのに私だけのけ者?」
 一人、焼鳥屋で飲むほどに虚しかった。
「実家の母に愚痴をこぼしに言っても話を聞いてくれません。そればかりか、私のほうを悪く言うんです。実家にも私の居場所はありません」
 実家に帰ることもできず、女性は、酒を飲むことが針の山のような毎日から解放される、ただひとつの方法だと思った。

泥沼へ
 さすがに焼鳥屋に通い続けるわけにいかず、かといって、酒を飲まないことには募るストレスを抑えることはできず、寝ることもできず、勤め帰りに酒を買って帰るようになった。
「勤めが終わるとワンカップを2本買ってバッグの中に忍ばせて帰りました。家の中のことをやる前にグイグイと一気に飲んで、空き瓶を鏡台の裏に隠しました。やがて2本が3本になり、それでも足りないときは、みんなが寝静まってから自販機に行く。そんな生活が続きました」
 娘を連れて買い物に行くときにも飲んだ。
「娘を玩具売り場に置いて店のトイレに向かいます。トイレの中でウイスキーのポケット瓶をラッパ飲みして、ガムを噛んで臭いをごまかしました。でもその娘が、後日、お酒を飲んでいるときのお母さんは鬼みたいと言ったわけですから、しだいに私の隠れ飲みにも気がついていったのだと思います」
 飲むことに対して罪悪感はなかったのだろうか。
「私が働いて稼いだお金でお酒を飲んで何が悪いの。誰にも迷惑を掛けていないし、家事はちゃんとやっているし、みんなの面倒を見ているのだし、誰からも文句を言わせないという気持ちでした」
 しかし、娘がそうであるように、家族は女性の飲み方に問題があることに気がつかないはずはなかった。
「いつの頃からか、夫が酒を止めろと繰り返すようになったのです。私は飲んでないと言っても、目を見れば分かると言われます。それに何より、義母が私には直接言わずに、夫に言わせるのにとても腹が立ちました」
 かくして、女性の酒はますますエスカレートする。それを見かねて夫は暴力を振るう。家を飛び出して自販機で酒を飲む。まさに泥沼。やがて、女性は酒が原因で勤めを続けられなくなった。
「お給料がなくなったわけですから、お金が自由にならなくなりました。ある日、夫から財布を隠されたことがありました。私は飲みたくて飲みたくてしかたがない。夫に手を合わせ500円だけでいいのでくださいと頼み込んだことがありました」
 女性が子どもの貯金箱に手を出したのは、そんな頃であった。

つづく
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