時雨スタジオより

9年の休止期間を経て、
なんとなく再開してみました。

BAR真紀─4『ぼったくり編』

2020-06-06 15:08:31 | BAR真紀
 BAR真紀の壁には若き時代の真紀の写真がど〜んと掛かっていた(Facebookから借りました)。30代の頃だろうか。写真家が撮った新宿の点描か何かのワンショットだったと思う。真紀が池袋から新宿ゴールデン街に移って来たのは東京オリンピックの頃、性転換手術もその頃だ。それからおよそ50年、真紀はゴールデン街で生計を立てた。そのうち、恋人(真紀の話によるとプロ野球選手だったらしい)と暮らしたのが4年程度あるらしいから、一人で生計を立てていたのは46年程度になるのだろうか。ともかく半世紀近く、真紀は新宿で生きて来た。

BAR真紀の会計システム
 BAR真紀には、お品書きもメニューもない。だから料金は分からない。すべて真紀の胸三寸で決まった。女の子たちを使い始めても、会計の決定権は真紀にしかなかった。ただし、大まかな傾向があり、ある程度の料金は予想できた。
 まず、ぼんやりとした基本料金があって、学生などの若い人たちや女性は3,000円、金回りの良さそうな中年は5,000円、その間が4,000円程度だったような気がする。それに、長っ尻や大量飲酒の場合は、少し料金が上乗せされる。ただ、MAXでも6,000円までだったと思う。グループで行くと概ね一人4,000円だったかな。ついでに言えば、100円単位はなし。もれなく、あまねく、1,000円単位の会計なのであった。
 僕はといえば、4,000円か5,000円の口だ。3,000円や6,000円だった記憶はあまりない。『はしご編』で書いたように、はしごしながら真紀にご馳走したとしても、それはそれ、これはこれで。きっちりと4,000円か5,000円は取られるのが常だった。たまに「きょうは3,000円!」と言われると「お、安いね」の感覚になるから、とんでも真紀なのであった。

真紀との喧嘩
 あまり飲んだ感覚がないのに、「きょうは5,000円」と言われると、「おい、ちょっと待て」となる。けっこうあった。当然ながら、真紀と喧嘩になる。
「高すぎるだろう!」
「うちは、女の子がいるから、それくらいは当たり前なの」
「焼酎1杯、2,000円かよ!」
「そんなときもあるの」
 おおむね、僕の負けである。
 時間調整で1杯だけBAR真紀で引っかけた日があった。
「いくら?」
「5,000円」
「ふざけんなよ。一杯しか飲んでないじゃないか」
「うちは、5,000円」
 頭に来て、3,000円たたきつけて店を出ようと思ったが、4,000円にした。でも、断固5,000円は払わなかったのだ。まあ、日によっては、4,000円で焼酎のロックを7〜8杯飲むときもあるから、痛み分けとしてあげようかな。

ぼったくり
 ある日、BAR真紀で一人で飲んでいると、かなり酔っ払った初老の男性が入って来た。久し振りの来店らしい。ビールを注文した。世の中の多くのスナックがそうであるようにビールは小瓶だ。いささかのおつまみが男性の前に置かれた。BAR真紀のおつまみは、おおむね大したことはない。とんぼのおつまみは気が利いているけれど、BAR真紀のそれは手抜きが際立っている。さて、20分は居ただろうか。男性が「お勘定!」と言った。次の真紀の言葉に驚いた。
「2万円」
 男性は「そう」と言って、背広の内ポケットから長財布を取り出し、真紀に2万円を渡した。そして男性は、よろよろとドアを開ける。真紀はいつもの儀式で、路地の曲がり角まで腕にしがみつくようにして送っていって、さっさと帰ってきた。
 その日は、女の子がいなかったように思う。僕と真紀の二人きりになった。
「あれは、ないんじゃない」
「あれって、何よ?」
「2万円」
「ほっといてちょうだい!」
 真紀の表情は真剣で、凄みすら感じる激怒の口調だった。
「人の店のことをとやかく言うのはやめてちょうだい」
「でもさあ」
「でもも、さあも、ないの。あれが私のやり方なの」
「でも、ちょっと高くないか」
「うるさいわね! 口出しするんじゃないわよ」
「……」
 真紀は、そうやって生きて来たのだ。次の言葉もう出ない。その夜の時は静かに苦く進んだ。
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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2021-01-12 23:59:23
真紀ママが言うには、次に来て欲しくない一見さんには高めに言うんだ って言ってました。

昨年12月はコロナで追悼飲みに行けませんでした。
今年の年末には一息つけるといいですね。

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