時雨スタジオより

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ないないずくしのあの頃(後編)

2020-06-12 16:33:21 | 『別府と占領軍』より
カストリ雑誌の一つ『りべらる』創刊号(昭和21年1月刊行)大仏次郎・舟橋聖一・菊池寛ら執筆


 ──「空いているのは腹と米びつ。空いていないのは乗りものと住宅」という言葉が流行した敗戦直後、物資豊かなあの国への視線にますます熱が帯びてきた。

 アメリカのものならなんでも良いという考え方が人々の頭に生まれてたのも当然だった、それは、敗戦というひとつの負い目から出る劣等感からでもあったが、戦勝国であり持てる国でもある彼国へのあこがれでもあった。
 昭和二十一年二月十七日に公布された金融緊急措置令はインフレにあえぐ国民に極度の打撃を与えた、旧円の預貯金封鎖にともない新円が発行されたが、その新円の引き換えが一人100円、封鎖預金の支払いが世帯主300円、家族100円。大打撃を受けたのは別府の料亭や旅館。営業資金が別途認められぬ限りは、気楽に飲みに来れぬお客に対するやりくりがつかない有様だった。
 客も客で料理とも一合100円の酒に舌鼓を打ち、そのうえ80円の税金を払うには財布がとぼしく、料亭も料亭で原料仕入れに事欠く状態がつづいた。カフェーや食堂も開店休業。ただ占領軍専用のホテルだけが新円どこ吹く風というところだった。

 ──新円切り替えは、敗戦直後のインフレ進行を阻止するために行われた。日本銀行によると、5円以上の日本銀行券を強制的に金融機関に預金させ、「既存の預金とともに封鎖のうえ、生活費や事業費などに限って新銀行券による払い出しを認める」というものであった。人は、限られた生活費や事業費だけで生きていくのは、あまりにも息苦しい。これは昨今のコロナ禍でも身に染みて分かる。そして深刻な影響を受けるのは、飲み屋、食堂、宿泊施設、遊興施設、夜の街……。これもまたコロナ禍と同様ではないか。なお、日本人には新円の交換には一定枠が設けられたのだが、占領軍には制限がなかったのであった。

 キャンプが出来、別府市民も特需景気でうるおったが、それも一部のもので、全般的には未だ未だ窮乏の生活がつづいた。
 銀座裏の喫茶店ではコーヒーがうまいといって人がよく出入りしたが、この店のコーヒーはキャンプで米兵の使った二番せんじで、それでも当時の日本人にとってはイモの皮や大豆を混ぜた似而コーヒーよりも豪奢な味だった。又キャンプから流れて来た中に残飯ドンブリというのがあって、時にはドンブリの中からカン切りがとび出してくるすさまじさであった。

 ──二番煎じのコーヒーや残飯ドンブリ……。食生活に限っていえば、一億総ホームレス状態と言えたのではないだろうか。いや、衣服についても同様だったようだ。

 街を歩く人々の顔はやつれ、その服装は貧しく疲れ果てていた。男性はよれよれの国民服か復員服が多く、女性は未だもんぺ姿も見られた。一世を風靡した風俗雑誌「りべらる」の創刊号を先日麻生書店の主人の世話で手に入れたが、昭和二十一年一月一日発行の同誌に舟橋聖一が「好戦派の抱擁」と題して、次の小文が載っていた。

 ──舟橋聖一が「小説新潮」に『雪夫人絵図』の連載を始めたのは、二年後の昭和23年だ。舟橋は「気高く、つつましく、官能的な雪夫人は、ごく古風なる日本女性の理想像」として雪夫人を描いたようだ。旧華族の孫娘で、雪のような肌を持つ女……(新潮社HPの解説より)。そんな舟橋が眺めた敗戦直後の日本の風景はどのようなものだったのだろう。

「……東京へ帰ってみると、田舎にもまして、みんなが深刻な顔をしているのに吃驚した。
 誰一人、もんぺをぬいで、せいせいした顔をする女はいない。夫相変(あいかわらず)、垢臭いのをはいて、今にも、空襲警報が鳴り出すのを待っているような生活態度でくらしている。
 もんぺは本来、農業服であって、戦時服ではないが、戦時中、国民の風俗を、ファッショの一色に塗ろうとする軍国派の政策は、街頭でカードをつきつけるという風な、みっともない方法で、このもんぺ服を戦時用として強要したのであった。
 (中略)
 亡国の服『もんぺ』は、アメリカ兵には、『パヂャマ』を着た街の女としか見えなかったという。ところが終戦直後、もんぺをぬいで歩いて、憲兵につかまり、一時間も説教をくったお嬢さんもある。どっちを向いても助からぬ日本の女性だった。」
 舟橋聖一の文は未だ続くが、助からぬ女性が戦時中、男の影響で好戦的になり、今も尚好戦的であるという論旨のようだ。全く面白い考え方で、パンパンを含めて戦後の女性の横顔を見せつけられた気がした。

 ──「ないないずくしのあの頃」の項に掲載されていた物価一覧表だ。インフレ抑制のために昭和21年に行った新円切り替えの効果も虚しく、22年、23年と物価はうなぎのぼりに上がっていった。

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