時雨スタジオより

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東京新聞掲載の書評および「品位」についての雑感

2020-06-14 23:20:42 | 『別府と占領軍』より
 下川正晴『占領と引揚げの肖像 BEPPU1945〜1956』(弦書房、2020.4)の書評(武田徹評)が6月13日の東京新聞朝刊に掲載された。同書評には、「著者はホテルマン佐賀忠男が一九八一年に自費出版していた『別府と占領軍』を発掘、再評価し、その業績を踏まえつつ……」「佐賀の著書の記述に往時を知る生存者への聞き取り調査と踏まえつつ……」などとある。佐賀忠男は僕の父である。確かに、下川氏は父の著作を再評価し、入念な取材を重ね渾身の著作を著した。その内容は、渾身のドキュメント作品となっている。
 僕は、下川氏と面会したことがある。下川氏は同著のなかで父の遺児である僕のコメントを紹介してくれたりもしている。謝辞もあり、父の著作に再び光を当ててくれたことに感謝の念を抱く。
 ただ、下川氏はあまりにも押し出しが強い気がしていた。先日、別府の実家にいる義母(父の後妻)と電話をしたところ、実家を強引に訪問したうえ、家捜しにも似た態度であったという話を聞いた。その話を聞きつつ、あの押し出しの強さの底流には、他者に対する「上から目線」があることを確信した。それは、下川氏の筆にも現れている。
 氏の著作「クレージー・マリー」の項(P90-91)には、こんな表現がある。
「別府の夕刊記事(一九七七)によると「GIバーにぬっと現れ、カウンターの米兵の肩を叩いて、『ギブミー・マネー』とカネをせしめていた」という。興ざめなエピソードである」
 僕は、「興ざめなエピソードである」とした氏の言葉に、とても興ざめした。あの時代、クレージー・マリーをはじめ、どんな女性も男性も、命をつなぐことに懸命であった。それを「興ざめ」と言ってのけたことに、彼の生き方や感じ方が現れているような気がする。
 資料や証言を積み重ね、史実の断面を文章に結ぶのは、とても忍耐のいる作業であることであることは知っている。一方で、掘りおこした史実を現在の「社会規範」や「薄っぺらな価値観」で断じるのではなく、歴史に生きた人々に向ける視線の「品位」が歴史の検証家には求められるのではないかと思っている。
 父の著作『別府と占領軍』には、共にその時代を生きて来た人々への「共感」がある。一方、下川氏の著作『占領と引揚げの肖像』にはそれが感じられない。前者の視線は、やさしさ、あたかさであり、後者のそれは、まったく別物のような気がしてくる。その違いは、二つの著作の「品位」の差となっている。
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