初めての「西京焼き」
ん〜!!!とひと口食べて
思わず後ろにのけぞって
固まっていたほど
衝撃的に美味しかったらしい。
こんがりといい色で焼きあがったし♪
「コレはナンテ イウノ?」
昨日覚えたての日本語を
言う余裕もなかったほど、大興奮。
コレは「銀ムツ」という魚だよ。
ン?…ムツ?
銀ムツ!Gin mutsu!
何度か聞き返して、神経を集中して
ようやくコトバにした。
ギ・ン・ム・ツ?…
銀はシルバーという意味だよ。
皮が銀色なのか、この白身を
銀にたとえてそう表現しているのか
よくわからないけれど。
コレはどうやって作るの?
自分ちでもあの味噌で
マリネードしたらできるの?
西京味噌は京都のお味噌で
冷蔵庫の味噌とはちょっと違うんだよ。
私は自分では作ったことナイな〜
そして、写真には写っていないけど、
あとから先日作った
生姜の甘酢漬けを添えて。
あー、コレもオイシ!
もう売ってるジンジャーは食べれないよ。
以前いただいたオーガニックジンジャーの残りを
スライスして甘酢に付けただけの
ちょっと厚めのガリもどき。
ほんのりピンク色になってビックリ。
市販のガリと同じような色に出来上がった。
なんであの細いのはあんなに
真っ赤なの?(紅ショウガのこと)
あれは何か入ってるの?
そんなに色をつける必要あるの?(確かに!)
あっちもストロングな味だけど
ジンジャー以外のなんか他の味がする。
こっちの方がショウガ味が強くて
ナチュラルだね!
日本食に興味を持って 喜んでくれるのは、
本当に嬉しい限り。
いろんな国の人たちに
その魅力を伝えたい。
それから、父を思い出して
「鯛の昆布じめ」も作ってみた。
ゆずこしょうをのせて。
そうそう。こんな風に少し透明に、
少しもっちりとした食感になっていたっけ。
日曜日の夜はチラシ寿司と白菜と
ゆずの浅漬け、野菜たっぷりの豚汁と。
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日本の食材はほぼ
なんでも手に入るけれど
それでも日本にいた時よりも
ありがたみが全然違う。
前だったらホイホイと捨てていたものも、
もったいなくて、惜しくて
気軽に捨てられない。
もしくは冷蔵庫の奥に入り込んで
忘れ去られてかなりヤバい状態になるまで
ほっといたものも、今はもう
そんなことできない。
前回の時の刺身定食の残った切り身を
すぐにしょう油漬けにして
“漬け丼”にして食べようと思っていたのに
食べる機会を逸して数日が経ってしまった。
ひとりでごはんを食べる夜
冷蔵庫から出してみた。
どうしよう…
いつもだったらもう捨ててるよな。
生魚だけどしょう油に漬け込んでるから
まだ大丈夫かな?
恐る恐る鼻を近づけて
くんくんとしてみた。
たぶん大丈夫と思うけど。
あぁ、どうしよう…
しばし考えて、意を決して
魚焼きの網を取り出して
ひとまず焼いてみよう!と
コンロに火をつけた。
網を熱して
小さな魚の切れ端を乗せたとたん
ジュっという音とともに
立ち上がる白い煙。
そして香ばしい香り。
すると突然、
うちの近所の居酒屋さんの
魚を焼く光景と、通りすがりに一瞬だけ
全身で浴びる煙りがフラッシュバックした。
そして、千葉の九十九里浜の
海の家で焼いた磯焼きの風景やら、
息子が小さい時に朝食に焼いた
アジの干物の香りや、
私の子どもの頃の家族との団らんやら、
次々と忘れてた風景が
あとからあとから溢れ出てきて
涙が出てきてしまった。
やだ。
ついこの前まで日本にいたのに。
しょっちゅう帰っているのに。
こっちの暮らしも存分に楽しんでいるのに。
いろんな思い出が次々と脳裏に
数珠つなぎのようにどこかから
引っ張りだされて
なんだか泣けてきた。
あぁ、今日は一人で良かった。
たまたま翌日、
フィンランドに住んでいる
姪っ子Saori にその話をしたら、
私も思い出した。わぁ、涙出てくる…
とビデオ越しに2人で泣いた。
ヘンシンキとニューヨーク。
それぞれに遠い日本を思いながら。
そしてSaori がぽつりと。
「郷愁は突然やってくる」んだよね。
まさにその通り!
もともと気持ちがブルーで
落ち込んでいたわけでもないし
ホームシックなわけでもない。
でも何かの瞬間に想い出す
昔の出来ごと。
もう2度と戻らないあの日、あの時を
懐かしいなんて思ったこともなかったのに。
まるでマッチにシュッと火をつけて
種火にボッとかざすと
わっと広がって輪になって繋がるコンロのように。
匂いだったり、音楽だったり、
以前訪れた場所だったり。
記憶の回路が突如
稼働し始めてしまう。
そうして、その時には
なんとも思っていなかったけれど
あぁ、なんていい時間だったんだろう。
それがたとえ
いい思い出でなかったとしても
長い時を経て色あせたものが
いつのまにかセピア色に熟し、
懐かしい記憶へと昇華していることに気づいたりする。
世界のどこに住んでいようとも、
日本にいようとも同じこと。
日々に追われて薄れゆく
いとしい記憶のカケラたち。
でもそれは完全に消えてなくなってしまったわけではなくて
スイッチが入るとまるで映写機にカラカラと
映し出されるように鮮明に蘇る。
家族だったり、友だちだったり、
好きな人だったり、ケンカした人だったとしても。
もちろん家族の一員として
共に過ごしたワンコやニャンコや
ペットちゃんたちとの思い出も。
それは、キュンと胸を締めつけて
せつなく、甘く、温かい。
新しく出会う味は
新鮮でフレッシュな喜びに満ちて
刺激的。
懐かしい味は、心の奥がじん、
とするような熟成されたような
深さに仕上がっていくようである。