感想!

主として社会情勢に対する感想。

日本の行く末が心配

2006-09-14 19:08:20 | Weblog
小学生の対教師暴力が急増しているという。ほんとに日本の行く末が心配である。
いまの教育ではこの現象は益々深刻なものになるだろう。そういったことをこれまでいろいろブログに書いてきた。やっぱりという感がする。

教育の前提である「こども観」についての認識がちゃんとなされていないことに一番の原因がある。

「子どもの人格」「子どもの人権」といった魔術語・魔性語に教育行政当局も学校も個々の教師も親までも惑わされてしつかりした教育がなされていないからである。

「自由」「平等」「人権」はもともと争いの思想である、闘争の思想なのである。
自制心や抑制力のない子どもに人格尊重・人権尊重のキレイごとの接し方をしていたのでは子どもは野獣にしか育たない。

今日の学校の荒廃ぶりが何よりもそのことを雄弁に物語っている。
同和教育・人権教育が盛んになるにつれて悪化の度は強まっているのである。
(まさに「善意が地獄への道を準備する」といういい例であろう。)

教育の建て直しには、教育の前提「こども観」の確立が急務である。
「子どもはしっかり教育しないと人間には育たない」。この大原則が大切である。
鉄は熱いうちに打て。麦は踏まねば育たない。そういうことだ。

一昔前までは、子どもは無垢で善なる存在であるから「踏むな、育てよ、水注げ」式の教育がもてはやされ流行ったことが確かに一時期あった。
当時なぜその教育が通用したのか。今日なぜそれでは駄目なのか。
そのことであるが、
その時代には家庭にも地域にもそれなりの教育力があったし、何よりも今日ほど「子どもの人格」「子どもの人権」などと声高に言う時代ではなかった。
それに子どもにとっての悪情報もそんなに子どもの手の届くところにはなかったのである。一口に言えば子どもを取り巻く環境がインターネットの普及とともに当時と今では比較にならないほど大きく違ってきたということである。

繰り返すが人権主義は闘争の思想であり「自由」「平等」は権力に抗し闘うためのこの上ない武器なのである。子どもにはそれは凶器にしかならないものだ。

子どもは未成熟な人間だ。そんな凶器を子どもに与えるべきではない。

そうしたことを踏まえて「新しい教育のあり方」が考えられなければならない。
さもないと状況は益々悪化の一途を辿ることになるだろう。

わたしは常々そう思っている。

付記、決して自由、平等、人権を否定するものではありません。念のためそのことを明確にしておきます。