三億円事件犯人に至る道

三億円事件について考察いたします。

白糸台五丁目 押立通りから筏道への道路痕跡

2016-04-30 05:15:57 | 日記
現状、押立通り、西へ、カーブを描きながら、筏道に、合流している。
だが、三億円事件当時、北へ、まっすぐ、伸びていたのだ。
その道は、わずか、100mに満たないだろうけど、今も、こうして、残っている。
辿っていくと、その先は、大きな石が、ごろごろと、転がっている場所。そこで、立ち消えてはいるけど。
ただ、この道を、三億円事件当時、多磨農協、黒塗りの、クラウンが、時速20km、ゆっくりした速度で、通っていったかと思うと、感慨深い。
ということで、三億円事件犯人による、指定ルート、中央自動車道側道を、除き、歩いたことになる。
三億円事件犯人が、とくに、この地域を、選ばなければならない、というような理由は、ないのだろうけど。
ある条件を満たす地域、ということを考えたとすれば、三億円事件犯人にとって、この地域しか、思いつかなかった、ということかもしれない。
ある条件、なんだか、わからないが。
武蔵野台駅へ。帰ることにする。
(2013年6月記)
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