・ロスチャイルド財閥ー284 啓蒙思想とロスチャイルド家の台頭https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/318e0d1a3f9af23d313bfd982569b41f
からの続き
ナポレオンが敗北し、王政が復活して反動の時代が来ると、昔ながらの反ユダヤの動きも息を吹き返してきました。
せっかくユダヤ人に認められた平等の権限も国によっては白紙撤回されました。 このとき、ロスチャイルド一族は、ナポレオン戦争の間に築いた巨大な財力を武器に戦いを挑みました。
ロスチャイルド家の存亡をかけたアーヘン会議です。 この会議で勝利し、神聖同盟の銀行の地位を確保したロスチャイルド家は、オーストリア帝国に大大的に融資して帰属に叙せられましたが、王家ハプスブルグ家のオーストリア帝国はヨーロッパで最もしきたりにうるさく、ユダヤ人が貴族になり、紋章をいただくというのは、破格の出来事でした。
・ロスチャイルド財閥ー9 ウィーン体制
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一般のユダヤ人にはまだ市民権すらなく、賤民としてうごめいていた時代です。 帝国では公的職業に就くことができないのはもちろん、結婚するにも特別許可を求めなければならないし、外国籍ユダヤ人は短期滞在しか許されていませんでした。
このため、ロスチャイルド家はウィーン進出を躊躇していましたが、アーヘン会議以降同家が実質的に神聖同盟諸国の銀行になったことで、オーストリア側から特別に滞在許可を出すと言ってきました。
ウィーンに向かったのは二男のサロモンです。ユダヤ人は不動産を取得できないという法律のために、当初はホテル住まいをしなければなりませんでしたが、愛想の良いサロモンはホテルを借り切って豪華なパーティを行い、たちまち社交界に溶け込み、最後には土地所有の権利を獲得して帝国最大の地主にまでなっています。
1832年には、イタリアでもっと大変なことが起きました。 ナポリに駐在するようになった四男カールは、ローマ法王庁に治安維持の軍隊のための費用を融資して、グレゴリウス16世から勲章を受け、その手にキスをしました。 この接見は、当時の社会に大きな衝撃を与えました。
ユダヤ人ごときが改宗もせず、法王に親しく謁見を許されたことは破天荒な事であり、ユダヤ人ごときが法王の手に図々しくキスをしたのです。
反ユダヤの先頭に立っていたカトリック教会がこうした変化を見せたのは、1830年の7月革命後のフランスで、ユダヤ教徒がキリスト教徒と平等に扱われるべきだとの提案が行われるなど、ユダヤ人の権利回復がヨーロッパ各地で一段と進んでいたことも影響していたかも知れません。
しかし、ロスチャイルド家が国家財政をも左右する財力で、ユダヤ人に対する差別をなくそうと努力を重ねていたことも確かでした。
何事につけ礼儀正しく振舞うイギリスにはユダヤ人を身分的に差別する法律はありませんでしたが、実際には一般市民と隔てる厚い壁がありました。
全ての公職に就くにあたって「キリスト教徒の真の信仰に誓って」と宣誓しなければならなかったのです。
この宣誓は大学での学位取得や選挙への立候補にまで必要とされていたために、ユダヤ人は大学に入ることすらできませんでした。
金融王ネイサンは、金融街シティでこそ大物としてみなされていましたが、財界の外での影響力は限られていました。
その怒りが爆発したことがあります。 1820年代のことですが、ネイサンの甥ベンジャミン・ゴムベルツが、ロンドンの保険会社に入社しようとて、ユダヤ人であるために断られました。
ネイサンは早速アライアンス火災生命保険、アライアンス海上火災の二つの会社を創設し、後に合併し、ゴムベルツをその経営者にして、当時、寡占体制にあった保険会社に激しく競争を挑み、派手なしっぺ返しを行いました。
このアライアンス保険会社は、今でもロスチャイルド家が筆頭株主でヨーロッパ最大の保険会社に成長しています。
ネイサンの息子ライオネルは、ユダヤ人に対する差別に我慢がならず、1847年、敢然と壁に挑みました。
資格がないのに、ロンドンの金融街シティから立候補し、当選しました。 この時は伝統的貴族たちの反対のために議席に座ることは出来ませんでしたが、ライオネルはひるまず11年間にわたって戦い続けました。
1858年、ついに下院で宣誓の自由、すなわちキリスト教徒のように新約聖書ではなく、旧約聖書でも宣誓して良いという変更を獲得して議員になりました。
下院銀になってからライオネルは一度も演説をせず、議員活動をしませんでした。 彼としてはユダヤ人を阻む下院のしきたりを粉砕しただけで、ひとまず鉾を収めたのです。
ロスチャイルド家の差別撤廃は息子に引き継がれ、イギリス上院はそれから27年後の1855年に、初めてユダヤ人のナサニエルを貴族とし、議員として認めました。 その宣誓にはヘブライ語の旧約聖書が使用されました。
(関連情報)
・ロスチャイルド財閥-280 ユダヤ人差別という宿命https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/ebb8c4fc7c78defcb59d4ea79147bf59
・ロスチャイルド財閥ー281 タルムードとオッペンハイム銀行https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/c916730cb1ef112bbce34c1aa888bfb7
・ロスチャイルド財閥-282 ディアスポラの歴史 そしてキリスト教の教父アウグスティヌス
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★ロスチャイルド財閥ー284 啓蒙思想とロスチャイルド家の台頭https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/318e0d1a3f9af23d313bfd982569b41f
・ロスチャイルド財閥ー285 貴族になったユダヤ人https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/35c28733ab04d21b53596462cad2da97
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