トランプ前大統領は出廷後、ワシントン近郊の空港で記者団の質問に答えた=AP
【ワシントン=坂口幸裕】2020年米大統領選の敗北の結果を覆そうとした疑いで起訴されたトランプ前米大統領は3日、連邦地裁で臨んだ罪状認否で無罪を主張した。米世論調査で共和党支持層の45%が有罪なら投票しないと答えた。24年大統領選と裁判との二正面展開を強いられる前大統領は正念場を迎える。
前大統領は出廷後、ワシントン近郊の空港で記者団に「政敵への迫害だ」と述べた。与党・民主党のバイデン政権のもとで、検察当局が次期大統領選の共和有力候補である自身を追い詰める狙いがあるとの持論を改めて展開した。
検察は前大統領が選挙結果の確定手続きを妨害する目的で支持者を扇動し、21年1月6日の連邦議会占拠事件を引き起こしたとみる。ジャック・スミス特別検察官は「米国の民主主義への前代未聞の攻撃だった」と明言。議会手続きを妨げようと支持者を「噓によってあおった」と断定した。
前大統領が起訴されるのは3月の不倫相手への口止め料支払いを巡る記録改ざん、6月の機密文書を不適切に扱った事件に続き、今回が3度目になる。さらに南部ジョージア州でも20年大統領選の集計作業に介入した疑惑で検察が捜査中で、近く起訴されるとの見方が強まっている。
複数の法廷闘争が次期大統領選をにらむ前大統領の重荷になるのは間違いない。米紙ワシントン・ポストによると、トランプ陣営は23年上半期に集めた政治資金の7割に相当する4000万ドル(約57億円)を裁判費用に充てた。民主候補との本選を含む一連の選挙戦には広告費など巨額の資金が不可欠で、共和の政権奪還の足かせになる。
裁判の日程は共和の候補者絞り込みの時期と重なる。指名争いの初戦となる24年1月15日の中西部アイオワ州の党員集会まで半年を切った。3月5日に各州の予備選が集中する「スーパーチューズデー」の直後に口止め料に関する事件の初公判が控える。5月には機密文書の公判が続く。
ロイター通信が1日の起訴を受けて2〜3日に実施した世論調査によると、共和支持層の75%が前大統領の起訴を「政治的動機」だと回答した。検察への根強い不信感を浮き彫りにした。
一方、前大統領が有罪判決を受けた場合、共和支持層の45%が「大統領選で投票しない」と回答し、「投票する」の35%を上回った。裁判で前大統領が有罪となれば政治的に打撃になるのは確実だ。判決時期はまだ不明だが、大統領選びにも影響する公算が大きい。
現時点で前大統領の支持率は共和の他候補を圧倒する。米リアル・クリア・ポリティクスの集計では、1日時点の前大統領の平均支持率は54%で、2位で18%のデサンティス・フロリダ州知事らを引き離す。
米ジョージ・ワシントン大のケイシー・バーガット助教は「共和の予備選挙で指名を獲得するのと本選で勝利するのは全く別物だ」と指摘する。前大統領以外の候補が予備選を勝ち抜けば、本選で民主候補に勝てる可能性があると分析する。
共和内からは前大統領が党候補者指名を勝ち取れば「無党派層が離反し、バイデン大統領がさらに4年間政権を維持するのを助けるだけだ」との声も上がる。
市場も前大統領の動向を注視する。大手格付け会社フィッチ・レーティングスは1日、米国債の格付けを最上位の「トリプルA」から1段階引き下げた。今後予想される財政悪化や債務上限を巡る政治的対立を理由に挙げた。
ロイター通信は2日、「米財務省との議論で議会占拠事件も議題に上がった」とのフィッチの格付け担当者のコメントを報じた。前大統領が再選して復権すれば、超党派による合意形成が一段と遠のき、金融市場を揺さぶるリスクを浮かび上がらせた。
大統領選の候補者を正式指名する24年7月中旬の共和の全国大会まで残り1年。前大統領の裁判の行方は米国だけでなく、国際社会にも影響を及ぼす。
日経記事 2023.08.04より引用