医療破壊・診療報酬制度・介護保険問題を考える

リハビリ診療報酬改定を考える会を中心とするメンバーのブログ。リハ打ち切り問題や医療破壊等に関する話題が中心。

厚生労働委員会でリハビリ日数制限問題が議論されました

2010-04-28 08:09:07 | リハビリ打ち切り/医療破壊問題
第174回国会 厚生労働委員会 第16号(平成22年4月9日(金曜日)) 抜粋

○藤村委員長 次に、阿部知子君。

○阿部委員 社会民主党の阿部知子です。
 本日、全会派で採択されるところになります年金に係る二法案については、基本的に、受給権の確立をさらに充実させるものであるということにおいて、賛成をいたします。
 きょう私のいただきましたお時間は、先般、一般質疑の時間がございましたが、長妻大臣が参議院で同時刻に委員会を抱えておられまして、長妻大臣となかなか、一般質疑というふだんはできない分野での質疑をする時間がございませんでしたので、きょうは大臣を主にお願いいたしまして、質疑をさせていただきます。
 先ほど内山委員のお話にもありましたが、政権交代後六カ月余を経て、今、私ども新たな政権が国民にあらゆる意味で問われておると思います。政権交代が何のためであったのか、また新しい政権は何を目指してどこに向かっていくのか。そうした大きな哲学あるいは理念の観点において、きょうは長妻大臣御自身の言葉でぜひ御答弁をお願い申し上げたいと思います。
 一点目は、今、国民的な要請の強いリハビリの問題でございます。
 後ほど、がんなどの疾患もお取り上げがあるかと思いますが、いわゆる脳血管障害等々によって、あるいは心臓の疾患によっても、あるいはがん等の全身性の疾患によってもお体が不自由になったりすることは、高齢社会であれば多々起こってくることでございます。これに対して、リハビリテート、もう一度生き直す、自分の持てる能力のすべてを総動員してもう一回生き直していくための医学がリハビリ医療であると思います。
 このことについて、実は長妻大臣も、私が申し上げたようなことと認識を一にされる部分が野党時代は多かったと思います。例えば、平成二十一年五月十一日の予算委員会での質疑の中で、リハビリの日数制限、いわゆる打ち切りについて大臣がおっしゃった言葉は、「リハビリの打ち切りも、反発があったからまた打ち切りはやめる、やめない、」と。前政権がふらふらすることに対して、そのようにするからおかしくなったというふうに述べておられます。
 その後、リハビリの日数制限については二度の見直すチャンスがあり、今年度も診療報酬の中で多少は話題になっておりますが、そもそも長妻大臣にあっては、世で言うリハビリの日数制限、疾患ごとに日数の上限を設けていったやり方、あるいはそれを支える哲学、これはやった方にもおありなんだと思いますけれども、それについてはどのようにお考えであるか。一点目、お願いいたします。

○長妻国務大臣 これは平成十九年のことだと思いますけれども、時の政府がリハビリについては日数制限を打ち出して、考え方としては、ある意味ではなかなか回復しないという場合、つまり改善が期待できない維持期だというようなときには打ち切るという基本的考え方のもと、百五十日とか百八十日とか九十日とか、疾患によってそういう期限を機械的に決めたということで、私もいろいろな方とお話をして、これは大きな問題であるという意識で、野党時代、そういう働きかけを政府にも国会の場でさせていただきました。
 それもあったんだと思いますけれども、平成二十年には、それまでの機械的なものではなくて、最終的には、お医者さんが改善が期待できると判断する場合はその日数を超えてリハビリをしていい、こういうようなことに改善をされてきたというふうに考えておりまして、その平成十九年の状況から一定の改善が見られてきたのではないかというふうに考えております。

○阿部委員 今、大臣の御答弁の中に、では改善とは何なのかということをもう一度、リハビリ医療の観点からお伺いしなければならないんだと思います。
 これは、大臣も同じように、質問主意書の中でも問いかけておられます。例えば、リハビリをしても改善が見られない維持期である場合、リハビリは打ち切られる、しかし、維持期でもリハビリを打ち切ると、自助努力で体を動かしていても、逆に歩けなくなったり寝たきりになってしまったりすると。この質問に対して厚生労働省は、主意書に対する答弁書は一回もきちんとしたものを出しておられません。
 大臣は、このたび、その長となられました。改善とは何なのか。そして、私どもは、医療界ではリハビリというのは、例えばその人の落ちていく機能をある意味で維持、あるいは低下のスピードを緩やかにすることも含めてリハビリテートなんだと思います。加齢現象、年をとるということは、持てる能力がいろいろな意味で失われていきます。そのコースに対して、少しなりともそのスピードを緩徐にすることも含めてリハビリではないのか。この点について、大臣の御所見を伺います。

○長妻国務大臣 これからさらに高齢化のスピードが上がり、多くの方が高齢者になるというときに、リハビリというのは大変重要なものであるというのは理解をしております。
 その中で、今申し上げたことにプラスをして、改善ではなくて維持を目的とする場合についても一定程度のリハビリテーションを医療保険から提供できることとしたということで、これは一カ月当たり二十分のリハビリテーション十三回分を評価していくというようなこともできたわけでございまして、平成二十年以前の硬直的、機械的なものから、いろいろな批判もあって、時の政府は一定の改善をなされてきているというふうに考えております。
 その中で、先ほど申し上げました、改善が期待できると判断する場合というのも、詳細の認定はお医者様に任されているところでありますので、それはお医者様が機械的ではなくて適正に判断をしていただきたいということもお願いをしているところであります。

○阿部委員 何をもって大臣は機械的と言われるのかであります。
 私の質問をよく聞いていただきたいんです。落ちていく能力のスピードを緩徐にすることも含めて、リハビリという医療はあるんだと思います。改善とか維持とかは何を意味するのかであります。
 例えば、WHOはリハビリについて、能力が可能な限り最高の水準に達するよう訓練することと規定しております。能力が可能な限り、その方の最高の水準でいいわけです。回復像があるわけでもなく、維持像があるわけでもなく、その方の持てる能力のマキシマム、一番いいところに持っていくというのがリハビリであります。であるならば、それについて何回、何日という制限自身は、実は機械的なのであります。大臣もいみじくもおっしゃったけれども、これから多くの方が御高齢期を迎え、リハビリは国民の願いです。この国が高齢社会に突入して、みんながそれぞれに、それぞれにでいいのです、おのおのの最高水準に達するようにするためがリハビリであります。
 今、一生懸命厚労省側の皆さんが大臣にいろいろ耳打ちされますが、いい御答弁を出そうということでの秘書官たちの御尽力であると思いますが、私は本当に心底考えていただきたいんです。
 今やっていることは、まさしく機械的なのです。なぜかといえば、その方の最高水準を目指して、それぞれが必要なものを受けていくというのが原点であります。
 そもそも、数々の医療の診療報酬の中で、このような形で機械的に日数上限を設けたものは、治療行為についてはございません。入院日数において、何日になると幾らに下がるとかはあったとしても。まして、リハビリという分野でこうした日数制限をして、そして、回復だ、維持だと言葉をつないで、患者さんや医師たちの現場がどう考えておるか。
 私は、大臣が初心に戻って忌憚なく患者さんの声を聞いていただきたいと思います。さまざまな学会の声は聞いたというふうに、きのうもお役人というか、私は、厚生官僚を悪く言うだけじゃなくて、活躍してほしいです。でも、厚生労働行政のスタートは国民にあります。
 前政権で、尾辻さんは、大臣だった当時、もちろん今、私どもの新政権のいずれの党にも属しておらず、自民党に属する大臣であられましたが、いろいろな折節に、常に、患者さんの声はどうあるか、国民の思いに自分は近く頑張りたいとおっしゃっていたことをよく思い出します。また、坂口厚生労働大臣、前大臣も、常にそのような姿勢で、御自分の言葉で語ってくださいました。
 私は長妻大臣には期待するものですから、この点をぜひ御自身の言葉で、回復、維持、これと、その方のベストな状態とは違うんじゃないですか、これを明確にお答えください。

○長妻国務大臣 先ほど申し上げましたのは、従来の機械的な日数にかんがみて切ってしまうということではなくて、改善が期待できるとお医者さんが判断する場合はそのまま日数を延ばす、そして状態の維持を目的でありますので、維持することを目的としているというようなことの場合は一定の評価をするということでありますけれども、今、せっかくのお尋ねをいただき、現状のお話もいただきましたので、いま一度、平成二十年から始まったこの措置が、政権交代後、具体的にどういう影響が出て、これでおおむね現場の方は納得されているのか、あるいは患者さんに不都合な状況が出ているのか否か、今いろいろ中医協でも検証していると聞いておりますので、さらにその現状把握をきちっとして、いずれかの段階でそれを公表し、報告できるような形に指示をしてまいりたいと思います。

○阿部委員 ありがとうございます。
 このリハビリの日数制限は、そもそもが二〇〇六年のことでありました。時は二千二百億の社会保障費削減に向かってまっしぐらのさなかで、その中で浮かび上がったのがこのリハビリの日数制限です。当時、さまざまな審議会が開かれ、しかし、その中で、審議会では実はそうした表現がなかったにもかかわらず、だらだらとリハビリをやるようなことは改めねばならないと、ある意味ではやゆするような言葉でこのリハビリが取り上げられたのが事のきっかけです。そして二〇〇八年、一回改正がありました。
 この二〇〇六年と二〇〇八年、おのおの医療現場からいろいろな声が出ました。二〇〇六年のときも二〇〇八年も、パブリックコメントをとりました。ただ、二〇〇六、二〇〇八のパブリックコメントのとり方の違いは、二〇〇八の場合は自由書き込み欄というのをなくしました。
 医師たちのさまざまな思いが書き込まれます。私は、パブリックコメントはとてもいい制度ですが、形式的にやったらそこから勝手な結論も導き出せるということで、現場感覚を大事にされる大臣には、ぜひそうした、もしパブコメを求められるのなら、医師たちについては自由書き込み欄をきちんと設けていただきたい。それから、何よりも患者さんたちの団体あるいは患者さんとなって声を出したい方。
 実は、この問題のきっかけは、私の大学の、私も教えてもらったことがある多田富雄さんという免疫の教授、世界的な学者です。彼が、自分が長年医師としてやってきて、しかし脳梗塞を患い、この国の医療、とりわけリハビリ体制の非情さを身をもって体験したところから訴えかけたところで始まっております。今もって多田先生はこのことに納得をしておられない。
 例えば、私も医療界にいて思いますけれども、患者さん側から見てどうなのかという原点を本当に忘れてしまったら、数値も操作できるし、ある意味で審議会すらその結果を自由に使えるだけの場に大臣は立たれました。原点に戻ってやっていただきたいと再度お願い申し上げます。
 そして、二〇〇八年の改正は、実は日数制限以上の問題を現場に投げかけたと私は思います。二〇〇八年の改正で取り入れられたものは、大臣は二〇〇六から二〇〇八までよくなったと言いますが、果たして本当かということでお問いかけをいたしたいと思います。
 二〇〇八年の改正では、お手元にございますように、回復期リハビリテーション病棟の質の評価という視点が加わりました。医療において、もちろん質は何より大事です。しかし、その質の評価が外枠として与えられることの可否は、私は問題が別だと思います。
 この簡単な改定前と改定後をお示しした図ですが、改定前は、要員、人を何人そろえておるかで報酬が決まっておりました。ここに、もちろん、それを担うスタッフは、例えば医師を専任にするとか、これはとても大事なことですが、プラス、ここの下の方に書いてあります、新規入院の患者さんのうち一割五分以上が重症患者さんであることとか、とりわけ二の在宅復帰率六割以上であること、この病棟に入院されておうちに帰れる方の率が六割である、そうすると、その病院はうまく成果を上げたから報酬を上げましょうという考え方が導入されました。  この考え方についてお伺いしたいと思います。お医者様でもあられましたし、足立政務官にお願いいたします。在宅復帰を規定する因子、在宅復帰が可能になるとはどのような因子がございますでしょうか、これについてお願いします。

○足立大臣政務官 今おっしゃられたことに対するそこまでの通告という形ではいただいておりませんので、一対一の答弁になるかどうかちょっとわかりませんけれども、今のお話をお聞きしていて、ちょっと訂正していただきたいなと思うのは、リハビリテーションがなくなるという表現をされておりましたが、これは医療保険のリハビリテーションと介護保険のリハビリテーションがあるわけです。そもそもの議論は、これは全面的に私が賛成というわけではありませんけれども、やはり当時の流れとして、急性期、亜急性期のリハビリテーションをもっとしっかりすべきであるということ、それから、長期にわたって余り効果が明らかでない医療行為も行われている、そして医療保険と介護保険でのリハビリテーションの連携がうまくいっていないという問題意識があったんだと思います。
 そこで、今の在宅復帰率ですが、この因子ということについて申し上げます。
 やはり、在宅にいてもリハビリテーションあるいは医療、介護が受けられるという条件、そして、在宅において、周りに、例えば医療や介護の専門家だけではなく、周りでケアしてくださる方々がいらっしゃるというようなことがないと、なかなか在宅復帰というのは難しい、それが因子の一つだろうとまずは思います。
 しかし、今の委員の六〇%ということを見ますと、この資料で見ますと、一と二が書いてあります。一の場合の在宅復帰率は平均七五・七%、二の場合の在宅復帰率は七三・三%になっております。私は、この数値だけを判断させていただくと、現場はかなり頑張っておられるな、そのように感じております。

○阿部委員 そういうふうな言い方がおかしいんだと私は思うんですね。因子についてはちゃんと通告をいたしました、昨夜。
 今、足立さんがおっしゃった二つの因子も大事です。
 例えば、在宅に帰られて、そこでもいろいろな在宅リハとかあるいは通所リハとか受けられるかどうかは大事な因子です。それから、やはりおひとり暮らしでは、そうはいってもなかなか在宅に向かうことができないでしょう。
 足立さんがおっしゃった、今、それはリハビリをする医療機関の質と量の評価にかかわる部分だと思うのですが、十分な人材を備えて、いい質のものをやれば、おのおの七〇%台くらいいく、これもいいことです。別に私はそれに反論しているわけではありません。
 しかし、リハビリが在宅復帰率という一つの指標で評価されるとき、では御家族のいない方が病院に受け入れられづらくなるのではないか。だって、帰しづらいですもの。それから、患者さんや家族の経済力だってあるんですよ。訪問リハを受ける、通所リハを受ける。先ほど来、年金のお話もありましたが、非常につましい暮らしの中で、今、介護保険だって十分に使い切れていないんです。使いたくても、手元不如意だということもあります。おひとり暮らしや、患者さんあるいは家族の経済力や、あるいはその地域の地域力というのもあるかもしれません。地域全体で、例えば移動サービスができるかどうかとか、そういうこともかかってきますでしょう。それプラス患者自身の重症度。
 足立先生がおっしゃったのは、二番目の、どんなスタッフを備えてどのくらいのアウトプットを出しているかというところですね。それは事実だと思います。しかし、少なくとも今私の述べた五つの因子のうちの一つでしかない。他の因子が患者さんに負担をかけはすまいかということが最も重要なんですね。
 足立政務官に伺いますが、例えば、老人保健施設に帰ることは在宅復帰とみなされるんですか。

○足立大臣政務官 みなされます。


○阿部委員 では、温泉のあるリハビリテーション病院に移りたいといった場合はどうですか。温泉のある、これから法案の審議にかかりますでしょうが、厚生年金病院等々のリハに移りたいといった場合はどうですか。

○足立大臣政務官 今のは、回復期リハビリテーション病院、病棟という意味ではないと思いますが、それはもちろん入らないですね。回復期リハビリテーション病院あるいは病棟であれば、それは在宅には入らないですね。
 それから今、保養ホーム、厚生年金病院の話で、一年のうちに何回か滞在しながらリハビリテーションを受けるという意味であれば、それはみなされると思います。(阿部委員「みなされる」と呼ぶ)はい。もちろん、在宅からですから。

○阿部委員 今現場で起こっていることはそうではありませんで、とにかく一回おうちに帰ってくれ、家に、自宅に。これが在宅復帰率とみなされているんですね。引き続いてそうしたリハビリを受けたくても、とりあえず病院側としては家に帰ってもらわないことには、これが達成されないということになっております。これについても、もう少し現場を調べていただきたい。
 それはたった一つの例です。でも、さっき言った、もともと、帰るといったってひとり暮らしじゃどうしようもないよね、介護のキーパーソンもいなければ在宅復帰だってできないよねと。いろいろな因子があるものをここの指標に乗っけて、それをアウトプット評価にすることは私は間違っていると思います。
 先ほど長妻大臣は、現状についてさらに聞いてくださるとおっしゃいました。患者さんの声、今脳梗塞等々で、次にどこに行こうかという方は大変多うございます。ぜひ厚生労働省として、そういう患者さんの声をお聞きいただければと思います。
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