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弁護士・元ロースクール教授宮武嶺の社会派リベラルブログです。

巨星鳥山明先生、逝く。ドラゴンボールの「天下一武道会」はその後の格闘漫画の歴史を変えた。

2024年03月09日 | 娯楽

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 今日は「ちびまる子ちゃん」のTARAKOさんが亡くなったという悲報が届きましたが、数日前の鳥山明さんが亡くなったというニュースにはがっかりしました。

 「Dr.スランプ」の連載を始めたのが1980年だそうで、僕が高校3年生だったのですが、本当に絵が上手でした。
 もともろグラフィックデザイナー的な感覚の方で、なのにギャグマンガが描けたという稀有の人。
 最初は則巻千兵衛が主人公だったんだけど、アラレちゃんがかわいくて人気が出たら、即そちらに路線変更。
 そのあたり、「Dr.マシリト」で作中に登場する鳥嶋和彦さん(のちに週刊少年ジャンプ編集長)という編集者とのコンビのセンスが抜群でした。
 
 鳥山先生の作画の才能は後のゲーム「ドラゴンクエスト」で生かされて、僕も楽しませてもらいました。
 「クロノトリガー」も鳥山先生のキャラデザイン?
 わたくし、ゲームのエンディングで号泣したのは後にも先にもあのゲームだけでした。
 
Dr.スランプ 全巻 全18巻 鳥山明 週刊少年ジャンプ 少年漫画 少女漫画
 
 
 
 
 そして、なんと言ってもドラゴンボール!
 
 「北斗の拳」がラオウが死ぬまでが最高だったように、ドラゴンボールもフリーザ編までが超面白かったのですが、天下一武道会のことを思い出すと、オラ、わくわくすっぞ!
 
 最終話も魔人ブーの生まれ変わりの少年と武道会で出会う話だったと思うのですが、それはみんなが天下一武道会が大好きだったからなんだよな~
 
 長い長いと思いながら初回から最終話までこのころは読めたのが週刊少年ジャンプでした。
 今の「ワンピース」なんかもう途中で投げ出してるもん。
 
 それにしても、天津飯、ジャッキー・チュン、桃白白、神様、そしてマジュニア。。。
 クリリンも意地を見せたり、天下一武道会、毎回ええメンバー、揃てたわあ~~~~
 
 
 
 
 
 
 この天下一武道会のコンセプトが良すぎて、あの天才富樫義弘でさえ「幽遊白書」でも「HUNTER×HUNTER」でもその変形編を使ってます。
 ネットフリックスの「ケンガンアシュラ」まで、どんだけ天下一武道会的な大会が漫画界で行われてきたことか。
 
 さて、ドラゴンボールを7つ集めて神龍を呼び出すとなんでも願いが叶う、死者でも1回は甦る、というのがこの「ドラゴンボール」の縦軸だったんですが、現実の社会ではそうはいきませんね。
 
 68歳の若さで亡くなった鳥山明先生。
 本当に興奮させていただきました。
 ありがとうございました!

 

今でもサブスクでアニメを見ていて、これは凄い!面白い!!と思うとだいたい週刊少年ジャンプ連載の漫画なんですよね。

「鬼滅の刃」、はもちろんのこと、「約束のネバーランド」も「呪術廻戦」も「チェンソーマン」も「Dr.STONE」も「斉木楠雄のψ難」も「アンデッドアンラック」もね~

少年サンデーだったか、なるほどね!と思ったのは「葬送のフリーレン」くらい。

チャンピオンだと「BEASTARS」、マガジンだと「ブルーロック」だけ。

大の大人を40年以上魅了し続ける少年ジャンプ、凄いです。

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「DRAGON BALL」や「Dr.スランプ」など、魅力的なキャラクターが登場する世界的な人気作品を次々に生み出した漫画家の鳥山明さんが今月1日、急性硬膜下血腫のため亡くなりました。68歳でした。

鳥山さんのこれまでの経歴や追悼の声、海外メディアの反応などをまとめています。

漫画家 鳥山明さんのこれまで【動画】

鳥山明さんは愛知県出身で、1978年に「週刊少年ジャンプ」の読切作品「ワンダー・アイランド」で漫画家としてデビューしました。

その後、1980年に連載を始めた「Dr.スランプ」がアニメ化され、少女型アンドロイド、アラレちゃんの「んちゃ」や「バイちゃ」などのセリフが流行語になるなど、大きな人気を集めました。

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【動画】1982年の放送時の鳥山明さん

鳥山さんは、1982年に放送された漫画を特集したNHKの番組でインタビューに答えていました。この中で、連載開始から2年で大ヒットを続けていた「Dr.スランプ」について、当時27歳の鳥山さんはこう話していました。

「あまりブームにはならなかった方がよかったと思っています。騒がれるのはいやですから。地道に漫画だけ描いていたかったです。それなりにうれしいですけど。たまたま発明ものを描いて、これがいけるんじゃないかということで決まっただけで、特にこれを描きたいとかはなかったです。10週続けばいいほうだと思っていました。『Drスランプ』の人気はもう終わってもいい頃だと思っています。僕もまた違ったものも描きたいですし、それだけに決めつけられてしまうのもいやですから。一生懸命描いていますけど、違ったものも描きたいという感じです」

1984年に連載を始めた「DRAGON BALL」は、主人公の孫悟空が「かめはめ波」などの必殺技を駆使してさまざまな敵と戦い成長していく物語を描き、累計発行部数は2億6000万部を超える大ヒット作となりました。

連載開始の2年後にはテレビアニメ化され、これまでに世界80以上の国と地域で放送されてきたということです。アニメやゲームのほか、ハリウッドで実写版が映画化されるなど世界的に多くのファンを獲得しました。

ことし秋には新作アニメシリーズの世界展開も予定されています。

「ドラゴンクエスト」シリーズで

 

鳥山明さんは人気ゲーム「ドラゴンクエスト」のシリーズ1作目からキャラクターやモンスターのデザインを担当しました。

「ドラゴンクエスト」シリーズを提供するゲーム会社「スクウェア・エニックス」によりますと、シリーズの累計出荷本数は去年3月末の時点でダウンロード販売を含めて世界で8800万本にのぼり、鳥山さんが描く魅力的なキャラクターは世界中のゲームプレーヤーから愛され続けています。

「スクウェア・エニックス」は公式ホームページでコメントを発表し「鳥山明先生が生み出すキャラクターはゲームの作り手と遊び手の想像力をかき立て、心のなかに広大な冒険の世界を描き出してくださいました。スライムをはじめとする魔物でありながらもどこか愛らしいモンスターたちは、『ドラゴンクエスト』の世界に温かみを与えてくださいました。鳥山明先生が生み出したキャラクターや世界観は、今後の『ドラゴンクエスト』でも息づいてまいります」と追悼しています。

マンガ批評家「時代の中心的な存在」

亡くなった鳥山明さんについて、マンガ批評家の夏目房之介さんは、漫画の売り上げがピークへ向かう時代の中心的な存在で、世界で日本の漫画が支持を得る力になったと功績を振り返りました。

 

マンガ批評家 夏目房之介さん
「90年代の半ばにかけてが戦後の紙出版の漫画の最盛期でしたが、80年代にそれを作り上げたのが『週刊少年ジャンプ』で、中心で支え、駆動させたのが鳥山さんだったと言えると思います。中でも『DRAGON BALL』はアニメなどさまざまな商品にも展開され、日本の漫画の特徴であるメディアミックスで大きな収益をあげていく形の典型的な作品でした。海外にも広がり、世界的に日本の漫画が一定の支持を得るようになった大きな力にもなったと思います」

その上で夏目さんは「鳥山さんは描き方も独特で、『DRAGON BALL』の終わりのころは鋭角的なフォルムになってきますが、最初のころは丸っこくてとても優しい絵でした。結果的に王道にはなりましたが、本来の『ジャンプ』の荒々しい男っぽい世界とは違う特異な存在だったと思います」と振り返りました。

鳥山さんに影響を受けたという人気漫画家が多く誕生したことについては「『週刊ジャンプ』の発行部数は一時期600万部を超え、大きな浸透力がありました。読者の中から“あのような漫画を描きたい”という気持ちを引き出し、結果的に後進が出てきたのだと思います」と功績を語りました。

<親交が深かった人たち 追悼のコメント>

 

 

(中略)

<国内> 悟空像前・アキバ・地元でも…

 

渋谷の街 「ドラゴンボール世代」「『かめはめ波』やった」

東京・渋谷では漫画家の鳥山明さんが亡くなったことを悼む声が聞かれました。

40代の男性は「僕はドラゴンボールで育った世代なので、ただただ、びっくりしていて、ことばもありません」と話していました。

テレビアニメでドラゴンボールを見ていたという20代の男性は「歴史を作った人だと思うのでニュースを見てびっくりしました。小学生のときはみんなで『かめはめ波』をやりましたし、同世代の共通言語でした。ドラゴンボールという作品を作ってくれたことに感謝しています」と話していました。

また、40代の女性は「『Dr.スランプアラレちゃん』をテレビでよく見ていました。びっくりしていますが、一区切りが終わったなというか悲しいなという思いです」と話していました。

孫悟空像の前では

 

都内の大手おもちゃメーカーの会社前に設置された「DRAGON BALL」の主人公・孫悟空の等身大フィギュアの前には、鳥山さんの死を悼む人たちが次々と訪れていました。

鳥山さんの漫画などの影響で格闘技を始めたという50代の男性は「子どものころから少年ジャンプを読んで育ちましたので、かなり影響を受けました。鳥山先生が亡くなったことはショックで言葉になりません」と話していました。

都内に住む40代の女性は「鳥山先生の作品は全部好きで当たり前のようにあるものだったので、親が亡くなったのと同じぐらいのショックです。仲間と協力して一緒に戦うところとか命の大切さとか多くのことを学びました。外国の人からも人気がある世界レベルの人だったのでそういった意味でも亡くなったことの衝撃は大きいと思います」と話していました。

イギリスから兄弟で訪れたという20代の男性は「とても悲しいです。世界中のドラゴンボールファンが悲しんでいます。できれば鳥山さんがいなくても誰かが引き継いで人気のアニメとして長く続いてほしいです」と話していました。

秋葉原でも 「『キーン』と走るまねしてた」

 

世界各地から漫画やアニメのファンが訪れる東京・秋葉原では、さまざまな国の人から鳥山明さんを悼む声が聞かれました。

メキシコから訪れていた32歳の男性は、「作品がとても大好きだったので、残念で悲しいです。メキシコでもドラゴンボールはみんなが知っています」と話していました。

ポーランドから訪れていた26歳の男性は、「『まさか』という思いです。私が日本やアニメを好きになったきっかけも5歳のときにドラゴンボールを見たことでした。アニメや漫画にこれまで注いでくれた情熱や意欲に本当に感謝しています」と話していました。

香港から訪れていた30歳の男性は、「とてもショックです。世界の中でも偉大な漫画家のひとりだと思いますし、香港の人や香港の漫画家もとても悲しむと思います。安らかにお眠り下さい」と話していました。

さいたま市から訪れていた62歳の男性は、「大好きな漫画家さんで、小さいころはアラレちゃんが『キーン』と言って走るまねをしていました。作品は、ハチャメチャな中にも、友だちへの愛や仲間を大事にすることへの思いが感じられて、ハッピーなだけでなくジーンとするところがあるのも好きでした。日本のアニメ文化を支えてきたひとりだと思うので、まだまだ活躍してほしかったです」と話していました。

大阪府から訪れていて、鳥山さんの訃報を知ってドラゴンボールのバッジを買ったという23歳の男子大学生は、「小学生の時にアニメでドラゴンボールを見て、漫画も読みました。ありがとうと伝えたいです」と話していました。

地元・愛知県清須市では

 

地元の愛知県清須市では、関係者から悲しみの声が聞かれました。鳥山明さんは出身地・清須市の依頼を受けて、来年迎える市制20周年記念のロゴマークを書き下ろし、ことし1月にそのデザインがお披露目されたばかりでした。

ロゴマークは、清洲城ゆかりの織田信長を思わせる武将が鳥山さんらしいポップな画風で描かれていて、市では今後の周年事業のポスターなどで活用することにしています。

清須市の永田純夫市長は「なんとかデザインをお願いできないかと打診したところ、快く引き受けていただきました。先生の思いこもったロゴを大切に使いたいです。世代を超えて、全世界で愛された先生で、地元で活動を続けていたことにも敬意を表します。ご冥福をお祈りします」と話していました。

また、鳥山さんはメディアに登場することが少ないことで知られていましたが、6年前には清須市立図書館が発行する「図書館だより」のインタビューに応じ、話題となりました。

インタビューの中ではおなじみのマスク姿のイラストで登場し「清須市は『Dr.スランプ』に登場するペンギン村のモデルなのでは?」という質問に、「残念ながらモデルなんて存在しません。あんな変な村、あるわけないですもんね」と答え、「今でも楽しんでくれる子供達がいるというのは本当に幸せです。ありがとう!」とメッセージを語っていました。

清須市立図書館の竹内麻衣さんは「発行したあとの反響によって、先生の偉大さを痛感しました。清須市ゆかりの作家さんとしてこれからも作品を管理して、みなさんに長く愛していただけるようにしたいです」と話していました。

<世界>韓国・中国・台湾・タイ・米・英・仏…

 

韓国紙「漫画界の大スターが逝去した」

 

韓国メディアは、漫画家の鳥山明さんが亡くなったことを、功績とともに速報で伝えています。

このうち、有力紙の「中央日報」は「漫画界の大スターが逝去した」という見出しで、訃報を伝えているほか、通信社の「連合ニュース」は、代表作の「DRAGON BALL」がアニメ化・ゲーム化されるなど世界中で注目を浴びたと報じています。

さらに、大手紙の「朝鮮日報」も「DRAGON BALL」が誕生した経緯などに触れながら、「世界で最も商業的に成功したアーティストの1人だ」と功績をたたえています。

中国メディアも速報 「ウェイボー」のトレンドにも

漫画家の鳥山明さんが死去したことについて、中国メディアも速報で伝えました。

このうち、国営の中国中央テレビはニュースサイト上で日本のメディアを引用する形で「『DRAGON BALL』や『Dr.スランプ』などの名作を生み出した鳥山明氏が病気で亡くなった」と伝えました。

また、ネットメディアの「澎湃」は「鳥山明氏は世界中で絶大な人気を誇る名作漫画の作者だ。幅広い年齢層の読者に愛され、その後の多くの漫画家などに影響を与えた」などと伝えています。

中国のSNS「ウェイボー」上では、速報が伝えられたあとの現地時間の午前11時半ごろ、鳥山氏の死去がトレンドのランキングのトップとなり、その死を悼む投稿が相次いでいます。

この中には「『DRAGON BALL』は私が日本や日本語に興味を持つきっかけとなりました。小学生の時、42巻すべてをそろえて背表紙を並べた感動の瞬間は一生忘れられません。さようなら。安らかに」といった投稿や「『DRAGON BALL』や『Dr.スランプ』は不朽の名作で決して人に貸すことができない私の本棚の宝物です」といった投稿もみられました。

中国ファン「漫画界にとって大きな損失」

 

漫画やアニメのグッズを扱う店が集まる中国・上海のショッピングセンターでは鳥山明さんの作品「DRAGON BALL」のキャラクターのフィギュアが多くの店で販売されていて、中国での人気の高さがうかがえます。

30代の男性は「とても残念です。漫画はあまり読みませんが『DRAGON BALL』はすべて読みました。彼の作品は、小さい時にはほかの子どもと仲よくなるいいきっかけにもなりました。漫画界にとっては間違いなく大きな損失だと思います」と話していました。

鳥山さんの作品のファンだという30代の男性は「DRAGON BALL」について、「必死に頑張ったり、未来に向かって努力を続けたりするよう読者を鼓舞する作品でした」と振り返った上で、「鳥山さんが亡くなったことは漫画に関わる人たちにとって大きな衝撃で悲しいことだと思いますが、きっと新しい漫画家たちが鳥山さんのあとを継ぎ、より良い作品を読者に届けてくれると信じています」と話していました。

中国外務省 報道官「中国でも大人気」

中国外務省の毛寧報道官は8日の記者会見で、哀悼の意を表したうえで「鳥山さんの作品は中国でもとても人気があり、多くのネットユーザーが死を悼んでいる」と述べました。

また毛報道官は「中日両国の文化交流と友好事業に積極的に貢献する有識者が、日本でさらに増えることを期待し、信じている」とも述べました。

台湾 驚きや悲しみの声

日本のアニメのファンが多い台湾では驚きや悲しみの声が聞かれました。

日本のキャラクターグッズを扱う店が並ぶ台北の地下街を訪れていた20代の女性は「すばらしい漫画家が亡くなってとても驚いたと友だちと話していたところです。天国でも漫画を書き続けてほしいです」と話していました。

「DRAGON BALL」のキャラクターグッズなどを扱っている店の30代の男性店長は「台湾にはドラゴンボールのファンがとても多くいます。亡くなったことを知ってショックでした。あまりにも突然で、とてもつらいです」と話していました。

タイでも「ドラゴンボールは生きる力」

東南アジアのタイでも悼む声が相次いでいます。

このうち、タイの首都バンコクで日本食レストランを経営するナムプング・ベックさん(47)は、子どものころから鳥山さんの代表作ドラゴンボールが好きだったということで、店内にはキャラクターの人形やポスターが飾られています。

ナムプング・ベックさんは、主人公のキャラクターのタトゥーを腕に入れるほどのファンで「鳥山さんが亡くなりとても残念です。ドラゴンボールは私に生きる力を与えてくれた。これからもずっと愛し続けていきたい」と話していました。

また、日本の漫画をタイ語に翻訳しているポンサコーン・シリカムナードさん(33)は5歳のころからドラゴンボールに親しんでいるということで、直接日本語で楽しみたいと、日本語を独学で学んだということです。

また9年前にはSNSにドラゴンボールのファンクラブのページを立ち上げいまでは16万人のフォロワーがいるといいます。

ポンサコーン・シリカムナードさんは「ドラゴンボールはタイでも国民的な漫画で、ストーリーとキャラクターはオンリーワンです。私は人生をドラゴンボールとともに歩んできたので悲しいですが、鳥山さんの作品は心の中にずっと残り、これからも続いていくと信じたい」と話していました。

欧米メディア「日本を代表する漫画家の1人だった」

 

アメリカやイギリスなど欧米メディアも相次いで伝えています。

このうちアメリカの有力紙ニューヨーク・タイムズは鳥山さんについて「日本を代表する漫画家の1人だった」としたうえで、「鳥山氏の作品は日本の国境を大きく越え、何世代もの漫画家に影響を与えた」と伝え、漫画やゲームなどを通じて世界中のファンを魅了してきた鳥山さんの功績をたたえました。

また、イギリスの公共放送BBCはインターネット上に配信した記事で「孫悟空が訓練を重ねてヒーローへと成長していく旅路に、多くのファンは、もがきながら成長する自分自身の姿を重ね合わせることができた」として、鳥山さんが描いたキャラクターは多くのファンにとって青春の一部になっていたと伝えています。

ニューヨークでも悲しみの声

 

世界中から多くの観光客が集まるアメリカ・ニューヨークのタイムズスクエアでも悲しむ声が聞かれました。

フィリピンから訪れていた40歳の男性は「鳥山さんが亡くなったと聞いて本当に驚き、悲しいです。小学生の時からいまも『DRAGON BALL』を見ています。主人公の悟空は、90年代に子どもだった私たちの世代にとって、伝説であり、ヒーローです」と懐かしんでいました。

コロラド州から訪れていた29歳の男性は「ベジータも好きでしたが悟空が一番好きですね。悟空のいつも陽気で、おっちょこちょいで面白いところが好きで、『DRAGON BALL』シリーズのすべてが好きでした。鳥山さんには安らかにお眠りくださいと言いたいです」と話していました。

また子ども時代をフランスで過ごしたという男性は「小さいとき『DRAGON BALL』の漫画をたくさん読んで、悟空みたいになりたいと思っていました。鳥山さんが亡くなったことをニュースで知りましたが、まだ気持ちに整理がつきません。もう一度、彼の漫画を読み返すと思います」と話していました。

仏マクロン大統領 鳥山さんサイン入り色紙を投稿

フランスのマクロン大統領は8日、「マクロン大統領へ」と書かれた鳥山さんから贈られたサイン入り色紙の写真をSNSに投稿しました。

また、日本語とフランス語で「鳥山明と何百万もの彼の愛好家へ」というメッセージも添えられています。

フランスのアタル首相も、世界中に散らばる玉を7つ集めると、願いを叶える竜が登場するという『ドラゴンボール』の物語に合わせ、「玉や竜の力でも彼を連れ戻すことはできないだろう。彼は間違いなく、フランスにマンガと日本文化をもたらした」とSNSに書き込み、鳥山さんの功績をたたえました。

在日フランス大使館「漫画の最高峰に到達した人物」

在日フランス大使館がSNSに追悼のコメントを掲載しました。

このなかで鳥山さんについて「漫画の最高峰に到達した人物であり、鳥山氏の創造性にあふれた作風、物語の展開の妙、そして比類なきデザインの芸術により、フランスにおける『漫画』芸術の普及に大きく貢献した」と強調しました。

鳥山さんは、2013年にフランスで開かれるヨーロッパ最大規模の国際漫画祭「アングレーム国際コミックフェスティバル」で特別賞を受賞したほか、2019年にはフランス政府から芸術文化勲章の「シュバリエ」を授与されるなど高く評価されてきました。

フランス大使館は鳥山さんのこれまでの受賞歴に触れたうえで「ご家族、近親者のかたがた、フランス、そして鳥山先生の作品を愛する世界のすべてのファンの皆さんと、悲しみを分かち合います」と述べ、哀悼の意を表しました。

フランスでも悼む声

日本のアニメやマンガが人気を集めるフランスでも、漫画家の鳥山明さんを悼む声が聞かれました。

このうち、パリ市内にある日本のマンガや関連商品などを取り扱う店では、店頭のショーウィンドーに「ドラゴンボール」の主人公の大きな人形が置かれていて、関連の商品が人気だということです。

8歳のころから「ドラゴンボール」に親しんできたという19歳の男子大学生は「鳥山さんが亡くなったと聞いてとても悲しいです。アニメの中ではドラゴンボールの主人公が冒険を経験しますが、人生を冒険と考えることを教えてくれ、とても影響を与えました。日本のアニメが今のように愛されているのは、この作品のおかげだと思います」と話していました。

8歳の息子を連れて来店した40代の母親は「私たちにとっては『ドラゴンボール』が最初に見た日本のアニメです。シリーズものなので、話の展開や新しいキャラクターの登場にいつもわくわくしていました。日本とフランスの文化には共通点が多いので、ここまで人気が出たのではないでしょうか」と話していました。

ブラジル副大統領「本当にありがとう」

南米・ブラジルでは、アルキミン副大統領がみずからのSNS上に「仲間との友情や誠実さの価値を多くの世代に示しました。鳥山明さん、本当にありがとうございました」と投稿し、追悼していました。

アルキミン副大統領は、これまでにもみずからのSNS上に、ドラゴンボールのキャラクターを登場させて、ブラジル政府の政策をアピールしたり、日本企業によるブラジルへの巨額投資に感謝の意を表明したりして、ブラジル国内で話題を集めていました。

「アニメ功労部門」受賞 本人のコメントの最後は

 

東京・池袋で8日から始まった「東京アニメアワードフェスティバル2024」ではアニメ業界に大きく貢献した「アニメ功労部門」のことしの受賞者の1人に鳥山明さんが選ばれました。

会場には鳥山さんのコミックやイラストの展示スペースが設けられ、功績を記したパネルには「唯一無二の魅力を誇るキャラクタードラマに世界が熱狂」「歴史的作品を生み出してきた原作漫画家」などと紹介されています。

受賞にあたって鳥山さんが寄せたコメントも公開されていて、ことし世界展開が予定されているドラゴンボールの新作アニメについて「全体のストーリーだけでなく、世界観、キャラデザインやメカなどもいろいろ描いています。激しいアクションだけじゃなく盛りだくさんな内容になっていると思いますので、楽しんで観ていただければ幸いです」としています。

鳥山さんのコメントの最後はこう結ばれていました。

「若い頃の生活のせいか健康にいまいち自信のない僕があとどれだけできるかはわかりませんが、より面白い作品作りを頑張って目指してみますので、これからもどうぞよろしくお願いします!」

 

 

 

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7 コメント

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世代 (suterakuso)
2024-03-09 20:55:54
管理人さまは私より一世代お若いのかもしれないのかもと思いました。私には、ドラゴンボールよりも、Dr.スランプを知った時の衝撃の方が大きかったように思います。当時は、ギャグマンガと言えばドラえもんでしたが、Dr.スランプを知って、あっさりとドラえもんから卒業したような記憶があります。

天下一武道会方式は、私には、車田正美のリングにかけろの世界大会方式のアレンジという印象がありますが(ほかにもキン肉マンや男塾にも採用されていると思います…ジャンプマンガの王道ですよね…もしかしたら、遡るともっと元祖があるのかも)、その車田正美もまだまだ健在なのに、と、訃報を聞いて、人生の儚さみたいなものを感じました。ちょうど、「せいや」という名前を見かけて、あのマンガを思い出したばっかりだったので…。

時間は大切にしなければと思います。
返信する
実は (raymiyatake)
2024-03-09 21:51:04
私の漫画デビューは遅咲きで、1981年に大学に入学するまで小遣いがゼロ円だったので、漫画を読んだことがなかったんです。
タダでみられる地上波テレビのアニメしか知らないんです。

なのでドラえもんも原作読んだことがないし、大学に入学したとき、たしか「リングにかけろ」はもう終わりかけで何が何やらわからず、「聖闘士星矢」がほぼほぼ最初の車田正美作品でした。

私が大学生から弁護士になるころのジャンプは凄かったです。
コブラ、キャッツアイ→、シティハンター、北斗の拳、ドラゴンボール、魁!男塾、ジョジョ、キャプテン翼、キン肉マン、シェイプアップ乱、山下たろーくん、燃えるお兄さん。。。。。

そりゃ600万部行くわ(笑)。
返信する
・・ (時々拝見)
2024-03-10 00:13:47
毎回の扉絵が独立したイラストとして完成してるのに感動した記憶があります。Dr.スランプの影響を受けて、就職したらシティターボを買った友人がいました。モトコンポは買わなかったと思います。連載初回、欄外の編集者のコメントにバイオニックジェミーのことが書いてあったと思います。
人によっていろいろと思いますが、DBでは、亀仙人が最強だった頃、線が丸く、ギャグが豊富な頃が好きでした。最初に天体を破壊したのは亀仙人。子ガメラに乗って酔ったり。

コブラ、手塚治虫式に、ローマ字のジョークがあったり、男塾は、「昭和の妖怪」が登場したら終了したり、シティハンター、フランスで実写化されて好評だったり・・。
返信する
アニメなら、私は「めぞん一刻」好きでした (津木野宇佐儀)
2024-03-10 02:20:45
テニスのナダル選手が「ドラゴンボール」好きだったそうですね。

私は「キン肉マン」好きでした…

>北斗の拳
今考えると、「女は子を産み、育て…」とか「お前らの血は何色だ!」とかいう差別主義が丸出しで、嫌悪感でいっぱいてすね。
それに比べて、ペンギン村は多様性の先駆だったのかと(細かい部分での叙述はどうだったかはわかりませんが)。

鳥山氏の作品には、私も含めた昔の世代、子供が性に目覚めだすころのエロもあり、それを笑いにかえた功績(罪?)もあると思います。
(私は、小学校低学年で11PM、ウィークエンダーやらハングマンやら、遅い時間の放送の時代劇やら、のエロ場面で精通前から興奮して刺激していました…(^^;)
(アニメ番組では「ドラゴンボール」の放送後、「めぞん一刻」でしたね。響子さん、好きじゃー)

ご冥福をお祈りします
返信する
Unknown (raymiyatake)
2024-03-10 12:29:23
古寺多見さんも追悼の記事を書いておられて、あらためて鳥山明という人の大きさに感心しましたです

https://kojitaken.hatenablog.com/entry/2024/03/10/053707

時々さんはオールマイティ、うさぎさんや古寺さんは小学館派ですね!

私は学生時代はマガジン、サンデー、ジャンプを毎週買って、それぞれ二十回は読んでました笑笑
返信する
漫画・アニメで日テレに要望 (時々拝見)
2024-03-11 17:10:44
(レギュラー番組では、笑点以外見てませんが)
国政選挙の前日、二十世紀少年を放映したら、自民党が大敗した記憶があります。多少の効果はあったと思いますので、またよろしく。
もちろん、野坂昭如氏原作の名作も大歓迎。

前に投稿したと思いますが、岡崎つぐお氏の短編に徴兵制が復活した日本を描いた秀作があります。題名忘れてすみません。

浦沢氏と岡崎氏、たしか1960年生まれ。

糸井重里氏が「一刻館」について書いてたような。
返信する
税逃れマンガ家が死んだ、ただそれだけの話 (当て身投げ)
2024-03-14 23:25:06
普段こちらのブログはそんなに読まずコメントも送らない私ですが、昨年春ごろの一連の「トランスヘイト」コメント以来、何だかこちらの記事が色々と目につくようになりました。
今回は私が憎んでやまないマンガ・アニメの話題を取り上げていたので、ちょっと送ってみることにいたします。お気に召さなければ非承認で結構です。
だって、昨春のトランスヘイトが酷かった時、私の反論のコメント(感情的な言葉を用いず、自身のパーソナリティやセクシュアリティについても書いたもの)も非承認にしましたものね?
今回もそれで結構だという意味です。

今ではマンガ・アニメ等を憎悪している私ですが、昭和50年代生まれの私もドラゴンボールをはじめとするジャンプ作品のアニメを見て育った人間の一人です。とは言えテレビは奴ら(親)のごく機嫌のいい時しか見せてもらえませんでしたし、なにより私がアニメを見ていると決まって愚父が『あんだおめぇ、こんなもん見やがって(笑)』などと執拗にからかってきました。
ドラゴンボールには女性キャラクターのお色気シーンなどもありましたが、それなんか見てようものならヘラヘラニタニタしながら、卑猥な言葉をかけてくる有様でした。大げさな言い方ですが、軽い性虐待だと思っています。

そんな私がそれらを嫌いになり、今では憎むまでになったのは大人になってから。それもネトウヨ(改めバカウヨ)の存在が大きいです。
話すとかなり長くなってしまうので割愛いたしますが、とりあえず「あいつらが好む物は無条件で嫌う」。アニメ・ゲーム・アイドル等々。これが私の気持ちを幾分楽にしてくれます。

鳥山の長年の仕事仲間に故・すぎやまこういちがいました。言わずと知れた極右の差別主義者・レイシストでありますが、鳥山は一度でもすぎやまの発言を諫めてくれたことがあったでしょうか?
いい金もらって、それを投資に突っ込んで外国通して税逃れまでして、その上身内の言葉の暴力にはだんまり。
https://smart-flash.jp/showbiz/28427/1/1/
3月11日・12日だというのに、ニュース番組が東北の大震災や福島原発事故の話題そっちのけで訃報を伝える価値のある“偉人”だとは思えないのです。
返信する

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