今日、琴奨菊が10年間の空白(間違って空腹って打とうとしちゃったぜ……)を見事突破(?)して、初優勝しました! 琴奨菊、おめでとう。てか、琴奨菊の兄と弟、かっこいいんだけど。琴奨菊のおばあさんの旦那さんのおじいさんは、琴奨菊のために土俵まで家に作ったそうですよ(私のおばあちゃん情報)。
そう、私は今日、おばあちゃんちでおばあちゃんと母と一緒に相撲の千秋楽、観てたんですよ。
おばあちゃんは、稀勢の里が好きらしいです。
豊ノ島、琴奨菊と中学時代からの友だちらしいですね。「よかったね」と言ってくれたとか。豊ノ島が一敗をたたきこんだのにね、そうだったとは!
琴奨菊のインタビューになって、私が聞いていたら、おばあちゃんはがさごそかがみこんで自分の手持ちバッグの中身をチェックしていて、
「なんで聞かないの?」
と言ったら、
「勝ったんでしょ、だからもうどうでもいい」
――と言っていました(失笑)
おばあちゃんは稀勢の里 対 鶴竜になったら、
「きせ、きせ、きせのさと!」
と熱唱していました。琴奨菊の優勝が決まったあとでしたから、稀勢の里も根性見せて、勝ちました。
白鵬 対 日馬富士では、日馬富士があっけなく白鵬を上手投げでやっつけました!
――どうしたんだろ、白鵬?
それから、ある力士のことを「あいつは策士だよ、知能犯だよ」と悪口言っていました(苦笑)
おばあちゃんと相撲観たの久しぶりでした❤
そう、私は今日、おばあちゃんちでおばあちゃんと母と一緒に相撲の千秋楽、観てたんですよ。
おばあちゃんは、稀勢の里が好きらしいです。
豊ノ島、琴奨菊と中学時代からの友だちらしいですね。「よかったね」と言ってくれたとか。豊ノ島が一敗をたたきこんだのにね、そうだったとは!
琴奨菊のインタビューになって、私が聞いていたら、おばあちゃんはがさごそかがみこんで自分の手持ちバッグの中身をチェックしていて、
「なんで聞かないの?」
と言ったら、
「勝ったんでしょ、だからもうどうでもいい」
――と言っていました(失笑)
おばあちゃんは稀勢の里 対 鶴竜になったら、
「きせ、きせ、きせのさと!」
と熱唱していました。琴奨菊の優勝が決まったあとでしたから、稀勢の里も根性見せて、勝ちました。
白鵬 対 日馬富士では、日馬富士があっけなく白鵬を上手投げでやっつけました!
――どうしたんだろ、白鵬?
それから、ある力士のことを「あいつは策士だよ、知能犯だよ」と悪口言っていました(苦笑)
おばあちゃんと相撲観たの久しぶりでした❤
きゃあ!
大関・琴奨菊に続いて、大関・稀勢の里が、横綱・白鵬にいま! 勝ちました。
私は照ノ富士と琴奨菊と勢が好きで、アンジーが遠藤と稀勢の里と鶴竜を好きみたいなので、どっちもやったね!
でもちょっと白鵬可哀相。
大関・琴奨菊に続いて、大関・稀勢の里が、横綱・白鵬にいま! 勝ちました。
私は照ノ富士と琴奨菊と勢が好きで、アンジーが遠藤と稀勢の里と鶴竜を好きみたいなので、どっちもやったね!
でもちょっと白鵬可哀相。
この前の水曜日はレディースデイということで、観たくてうずうずしていた『パディントン』の映画を観てきました。残念ながら字幕は夜遅いので、吹き替え版を観てきました。
パディントンは、ヒースロー空港からも、船からも、来られる場所なんですね。
イギリスらしいユーモアの入ったコメディでした。
以下、ネタバレ注意。
地理学者の男の人が「暗黒の地ペルー」に行って、熊との交流を深めました。特に、マーマレードの作り方は熊は参考になりました。人語も話せる熊たちと、仲良くなった地理学者は、最後は自分の帽子を投げてロンドンに来たらいいおもてなしをすると約束してロンドンに帰りました。
時は経ち――
パディントンの時代。
ルーシーおばさんと別れて、ロンドンに彼は行きました。
パディントン駅で自分のおじさんの帽子をとって「こんにちは。ひどい雨ですね」と礼儀正しく挨拶するパディントンに目をくれる人は――1人だけいました。優しいブラウン夫人です。ブラウンさんは腹を立てていましたが、引き取り手が見つかるまで、パディントンはブラウン一家にお世話になることになりました。
「キモイ病」の姉のジュディ。好奇心旺盛な弟のジョナサン。それと、家政婦みたくなってる親戚のバードおばさん。
階段を上って、と言われて、階段ではなく階段の手すりの上を歩くパディントンw
お風呂では洪水を起こしてバスタブごと水位が上がってあっぷあっぷしてたwww
バードおばさんの「膝(ひざ)」が面白かった。
また、ジュディが中国語で、株の取引の話をして弁護士をつけてくださいというのも面白かった。
ジュディが熊語を覚えていたのも面白かったし、後々それがよかった。
「屋上に行くって!」(笑)
一番の名演技をしていたのはバードおばさんだと思ったのですが、一番印象に残って笑いが絶えないのは、隣の家に住むミスターカリーさん。それとバッキンガム宮殿の衛兵さんwww
枯れた花を渡そうとしたり、賞味期限切れのシャンパン(だっけ?)を勧めるカリーさん。わざわざ言わなくていいのに。
衛兵さんは行くあてのないパディントンに帽子の中にいろいろ隠しもってたクラブハウスサンドとコーヒーをあげてたwww
もう笑いが書ききれません。汽車が紅茶(コーヒー?)を持ってきたり、セロハンテープでぐるぐるまきになったり(笑)
「まだ分からないのかい? この家族にはあの熊が必要だし、あの熊にはあんたたち家族が必要なんだよ」
最後、掃除機で上に登るとき、007の音楽が鳴ってたようだし、
パディントンがスリをつかまえるときなんかおまわりさんになっててハロッズのこれを思い出しました。
クリックで拡大↓(戻るときは×を押さないで戻る矢印← を押してね)

去年のイギリス旅行です。
あんまりグッズが売ってなかったのは、パディントンの商標はハロッズが持ってるからかな?
鳩も面白かったです。
でもやっぱりカリーさんよかった!
超ウケた!
最後、パディントンの足をブラウンさんが持ててよかった!
一番最後の歌に、「中国人、インド人」のほかにも「日本人」という単語がでてきてうれしかった。イギリスはどの民族でも差別しないよ、って言いたかったのかな?
とにかくケラケラ笑っちゃいました( *´艸`)
それでは。もしかしたら、のち追記を書くかもしれません。
◆追記書きました、こちら。
パディントンは、ヒースロー空港からも、船からも、来られる場所なんですね。
イギリスらしいユーモアの入ったコメディでした。
以下、ネタバレ注意。
地理学者の男の人が「暗黒の地ペルー」に行って、熊との交流を深めました。特に、マーマレードの作り方は熊は参考になりました。人語も話せる熊たちと、仲良くなった地理学者は、最後は自分の帽子を投げてロンドンに来たらいいおもてなしをすると約束してロンドンに帰りました。
時は経ち――
パディントンの時代。
ルーシーおばさんと別れて、ロンドンに彼は行きました。
パディントン駅で自分のおじさんの帽子をとって「こんにちは。ひどい雨ですね」と礼儀正しく挨拶するパディントンに目をくれる人は――1人だけいました。優しいブラウン夫人です。ブラウンさんは腹を立てていましたが、引き取り手が見つかるまで、パディントンはブラウン一家にお世話になることになりました。
「キモイ病」の姉のジュディ。好奇心旺盛な弟のジョナサン。それと、家政婦みたくなってる親戚のバードおばさん。
階段を上って、と言われて、階段ではなく階段の手すりの上を歩くパディントンw
お風呂では洪水を起こしてバスタブごと水位が上がってあっぷあっぷしてたwww
バードおばさんの「膝(ひざ)」が面白かった。
また、ジュディが中国語で、株の取引の話をして弁護士をつけてくださいというのも面白かった。
ジュディが熊語を覚えていたのも面白かったし、後々それがよかった。
「屋上に行くって!」(笑)
一番の名演技をしていたのはバードおばさんだと思ったのですが、一番印象に残って笑いが絶えないのは、隣の家に住むミスターカリーさん。それとバッキンガム宮殿の衛兵さんwww
枯れた花を渡そうとしたり、賞味期限切れのシャンパン(だっけ?)を勧めるカリーさん。わざわざ言わなくていいのに。
衛兵さんは行くあてのないパディントンに帽子の中にいろいろ隠しもってたクラブハウスサンドとコーヒーをあげてたwww
もう笑いが書ききれません。汽車が紅茶(コーヒー?)を持ってきたり、セロハンテープでぐるぐるまきになったり(笑)
「まだ分からないのかい? この家族にはあの熊が必要だし、あの熊にはあんたたち家族が必要なんだよ」
最後、掃除機で上に登るとき、007の音楽が鳴ってたようだし、
パディントンがスリをつかまえるときなんかおまわりさんになっててハロッズのこれを思い出しました。
クリックで拡大↓(戻るときは×を押さないで戻る矢印← を押してね)

去年のイギリス旅行です。
あんまりグッズが売ってなかったのは、パディントンの商標はハロッズが持ってるからかな?
鳩も面白かったです。
でもやっぱりカリーさんよかった!
超ウケた!
最後、パディントンの足をブラウンさんが持ててよかった!
一番最後の歌に、「中国人、インド人」のほかにも「日本人」という単語がでてきてうれしかった。イギリスはどの民族でも差別しないよ、って言いたかったのかな?
とにかくケラケラ笑っちゃいました( *´艸`)
それでは。もしかしたら、のち追記を書くかもしれません。
◆追記書きました、こちら。
クリスが庭に戻ってくると、見慣れない顔の騎士がそこにいて、何やら険悪な雰囲気を察知したクリスはジルに言いつけに行きました。
「不審者が庭に。ガーティ子爵とケイトが危ないです」
ジルはそれを聞くと、てきぱきと下っ端のメイドたちにニーナ嬢とロラ嬢を2階に上げさせ、ヨウツベ夫人もどの階段も封鎖させました。
「ジル」
ヨウツベ夫人が命令を出しました。
「見てきなさい、剣はここに。さあ」
一方、ショーンはもちろん護身用の剣を身につけていましたが、相手アーサーが襲ってくる気配がないのを見て、様子を窺(うかが)っていました。
「アーサー? あ、たしか、王女の護衛騎士の一人だったか」
「覚えていてくれて光栄だよ。ベラリナ王女はきみよりも年上だ。王も早く結婚させたいと願っている。きみさえオッケーしてくれれば、ガーティ家は安泰。きみのお父上もそのほうが嬉しいのではないのかな?」
「父は父、僕は僕だ。僕は父の言うことはきかない。早くベラリナ王女に諦めさせてもらえないだろうか。僕の将来の妻はこの彼女だ」
「ふーん……。そういえば、ケイトって呼んでいたかな? ケイト、彼のことは諦めろ。彼はいずれ、王族になる身だ」
「――いや」
ケイトの声はおそろしいほど震えていました。ショーンはケイトの手をぎゅっと握りしめました。
「へえ。可愛らしいお嬢さんだね。ベラリナ王女は、本当は隣国の王子と婚約されていたが、婚約は先週破棄された。このショーン・ガーティの登場によって、ベラリナ王女の気持ちが変わってしまったのだよ」
「ケイト!」
「……? ジル」
と、途端、アーサーは惚けた顔になりました。
「くせ者! どこの遣(つか)いだ!」
アーサーは形勢不利とみたのか、樹に飛び上がりました。
「美しい女性(ひと)。今度からは門から参りますのでお許しください」
「……え?」
ショーンがケイトの身の安全を考えているあいだにも、アーサーは口でぶつぶつ言っていました。実は、ジルのことを何回も歯噛みしてつぶやいていたのです。
アーサーはどこからかとり出した大きな真っ赤な薔薇の花束をジルに放りました。
「ジルのことが好きなの?」
ケイトが尋ねると、アーサーはぽんと煙玉を投げ、樹の上からいなくなりました。
ケイトがジルを見ると、
「あのひとは……?」
と、ジルもまた赤くなっているではありませんか!
「ジル……」
ケイトの言葉に、ジルは、はっとして、
「ケイト、ガーティ子爵さま、お怪我は?!」
しかし、それはやはり、どこか上の空でした。
――――
ケイトの話も20まできました。。。
「不審者が庭に。ガーティ子爵とケイトが危ないです」
ジルはそれを聞くと、てきぱきと下っ端のメイドたちにニーナ嬢とロラ嬢を2階に上げさせ、ヨウツベ夫人もどの階段も封鎖させました。
「ジル」
ヨウツベ夫人が命令を出しました。
「見てきなさい、剣はここに。さあ」
一方、ショーンはもちろん護身用の剣を身につけていましたが、相手アーサーが襲ってくる気配がないのを見て、様子を窺(うかが)っていました。
「アーサー? あ、たしか、王女の護衛騎士の一人だったか」
「覚えていてくれて光栄だよ。ベラリナ王女はきみよりも年上だ。王も早く結婚させたいと願っている。きみさえオッケーしてくれれば、ガーティ家は安泰。きみのお父上もそのほうが嬉しいのではないのかな?」
「父は父、僕は僕だ。僕は父の言うことはきかない。早くベラリナ王女に諦めさせてもらえないだろうか。僕の将来の妻はこの彼女だ」
「ふーん……。そういえば、ケイトって呼んでいたかな? ケイト、彼のことは諦めろ。彼はいずれ、王族になる身だ」
「――いや」
ケイトの声はおそろしいほど震えていました。ショーンはケイトの手をぎゅっと握りしめました。
「へえ。可愛らしいお嬢さんだね。ベラリナ王女は、本当は隣国の王子と婚約されていたが、婚約は先週破棄された。このショーン・ガーティの登場によって、ベラリナ王女の気持ちが変わってしまったのだよ」
「ケイト!」
「……? ジル」
と、途端、アーサーは惚けた顔になりました。
「くせ者! どこの遣(つか)いだ!」
アーサーは形勢不利とみたのか、樹に飛び上がりました。
「美しい女性(ひと)。今度からは門から参りますのでお許しください」
「……え?」
ショーンがケイトの身の安全を考えているあいだにも、アーサーは口でぶつぶつ言っていました。実は、ジルのことを何回も歯噛みしてつぶやいていたのです。
アーサーはどこからかとり出した大きな真っ赤な薔薇の花束をジルに放りました。
「ジルのことが好きなの?」
ケイトが尋ねると、アーサーはぽんと煙玉を投げ、樹の上からいなくなりました。
ケイトがジルを見ると、
「あのひとは……?」
と、ジルもまた赤くなっているではありませんか!
「ジル……」
ケイトの言葉に、ジルは、はっとして、
「ケイト、ガーティ子爵さま、お怪我は?!」
しかし、それはやはり、どこか上の空でした。
――――
ケイトの話も20まできました。。。
のうなしあんよってご存知ですか?
瀬田貞二訳の『ナルニア国物語』の何巻目だっけ(←)に載っている(朝びらき丸だっけ?)の動物です。私は長靴の片方みたいなでかい者を想像していました。
また、さらきのこ、ってご存知ないですよね。それもそのはず、さっき私が作った造語です。私はど~もさらさら髪の、目に髪の毛かぶさった男の子が好きなので(不二先輩とか一方通行とか)、「さらきのこ」とは、「のうなしあんよのさらさらヘアー版」です。
――いったい全体何が書きたいかというと、、、私はブーツ(かかとあり)で歩いていて、家の近くの地区センターでさらさらヘアーの男の子たちに会ったんです(キュン)❤
それで?
父に連絡してかかとの無いブーツを持ってきてもらいました。
うん……。
何が言いたいんだろ……。
自分でも分かんなくなってきた(だめじゃん)。
つまり私はさらさらヘアーが好きだ!
自分が男であったらモテただろう(私に)と何回思ったことか!
照ちゃん(照ノ富士)が休場してたし……(相撲で好きな力士)。
いま、私の父は床とソファを使って寝てます。
母が起こそうとしていて早くスポーツクラブへ行け、と言っています。
「ほら、7時45分で終わっちゃうよ!」
「あ、あ、月曜日、げつ……じゃなかった、か、火曜日だめだ」
今日は土曜日です(苦笑)
これこそ、のうなしあんよ。
なんだろ、疲れているんだな。お風呂入ろ。今日は何のアロマをいれようかな。でわでわ。
瀬田貞二訳の『ナルニア国物語』の何巻目だっけ(←)に載っている(朝びらき丸だっけ?)の動物です。私は長靴の片方みたいなでかい者を想像していました。
また、さらきのこ、ってご存知ないですよね。それもそのはず、さっき私が作った造語です。私はど~もさらさら髪の、目に髪の毛かぶさった男の子が好きなので(不二先輩とか一方通行とか)、「さらきのこ」とは、「のうなしあんよのさらさらヘアー版」です。
――いったい全体何が書きたいかというと、、、私はブーツ(かかとあり)で歩いていて、家の近くの地区センターでさらさらヘアーの男の子たちに会ったんです(キュン)❤
それで?
父に連絡してかかとの無いブーツを持ってきてもらいました。
うん……。
何が言いたいんだろ……。
自分でも分かんなくなってきた(だめじゃん)。
つまり私はさらさらヘアーが好きだ!
自分が男であったらモテただろう(私に)と何回思ったことか!
照ちゃん(照ノ富士)が休場してたし……(相撲で好きな力士)。
いま、私の父は床とソファを使って寝てます。
母が起こそうとしていて早くスポーツクラブへ行け、と言っています。
「ほら、7時45分で終わっちゃうよ!」
「あ、あ、月曜日、げつ……じゃなかった、か、火曜日だめだ」
今日は土曜日です(苦笑)
これこそ、のうなしあんよ。
なんだろ、疲れているんだな。お風呂入ろ。今日は何のアロマをいれようかな。でわでわ。
続き。
これは、「横浜と和の融合の旅」の続きです。
アレックスに、何時にホステルに帰りたいか尋ねたところ、夜何時でも良いということでしたので、家によびました。
私の父(いいところもあればわるいところもある。仕事を立派にやっているが、家では単なる酔っ払い。)が留守番していて、母から言いつけられた買い物も済ませてあったので、dinner というよりは supper ですけど、日本の味をご馳走してあげました。
母が作ったのは
●三平汁(北海道の料理)
●さといもとたまこんにゃくと牛肉の煮たの(山形の料理)
でした。
事前にアレックスに甘酒は大丈夫か訊いといたので、酒粕が入った鮭のあらも入った三平汁を出してみたのです。
私は三平汁が大好きなので、おかわりしました❤
そういえば、関係ないですけど、母のリハビリ所に時々行くと、「おかわりありませんか」と言う70歳くらいのお爺さん医者がいるんです。私は小学校の給食で、うずらの卵とわかめ(かな?)のスープが大好きで、10杯くらいいつもおかわりしていたので、「もうないです」とか言いたくなっちゃいます(笑)
父は、
「日本へようこそ!」
「いやー、○○○(私)と友だちになってくれてありがとな!」
「ドイツ人ならビールだろ」
とか言って、一生懸命接待していました。
●ビール
アレックスは残さず食べてくれました!
よかった❤
ちなみに、うちの父は松本出身ですし、母は横浜出身です。北海道は母方の私のおじいちゃんの故郷ですが、母方のおばあちゃんの系図はずっと横浜です。父方のおばあちゃんおじいちゃんは長野県出身です。
また、アレックスは箸の使い方も完璧でした。
箸――といったら、NATSU。が、がんばってちゃんと持てるようにする! うん! アレックスのように!←
そして、アレックスに、私は百人一首を教えてあげました。
でも、どうしてもアレックスが「分かんない」と言うので、トラッドジャパン(2009年とか2011年ごろやっていたNHKのイギリス英語の番組)、録画したやつにちょうど『かるた』があったので、それを一緒に観ました。で、私の言わんとしていることを分かってくれました。よかったよかった!
トラッドジャパンは、日本のことを知りたい外国人にもうってつけですよね❤
私はイギリスが好きなので全24巻の雑誌とCDを持っています。
私、百人一首強かったんですよ♪
百人一首の部活が私の中高に無かったからかもしれませんが、正月明けのクラスの授業で百人一首をするとき、初めは皆でするんですけど、グループで勝った人がもう一回集まってするんです。それで一番でした、中二からね❤ クラス対抗があったらもっと面白かったのにな(*'-')ノ~。.*・゜
私が好きだった二首はこれ↓↓です。
忘らるる 身をば思はず 誓ひてし
人の命の 惜しくもあるかな
かくとだに えやは伊吹の さしも草
さしも知らじな 燃ゆる思ひを
かくとだに、は掛詞・縁語が凝縮されていて好きです。
あと、ちなみに、日本では年末にベートーベン第九を聴きに行くという話をしたら、アレックスは呆れていました。ドイツでは、1月1日に一番権力のあるオーケストラが毎年違う曲をやりはする、と言っていました。
私は、最寄り駅までアレックスを送っていきました。
歩いて15分ほど。。。
歩きだしてから3分くらい経って、アレックスが「今日はとっても楽しかったです。もう一人で見てまわるのに飽きていましたから」と言ってくれて、ほんとに嬉しかったです❤
いい思い出になりました。
ありがとう、アレックス。
また会おうね!!!
これは、「横浜と和の融合の旅」の続きです。
アレックスに、何時にホステルに帰りたいか尋ねたところ、夜何時でも良いということでしたので、家によびました。
私の父(いいところもあればわるいところもある。仕事を立派にやっているが、家では単なる酔っ払い。)が留守番していて、母から言いつけられた買い物も済ませてあったので、dinner というよりは supper ですけど、日本の味をご馳走してあげました。
母が作ったのは
●三平汁(北海道の料理)
●さといもとたまこんにゃくと牛肉の煮たの(山形の料理)
でした。
事前にアレックスに甘酒は大丈夫か訊いといたので、酒粕が入った鮭のあらも入った三平汁を出してみたのです。
私は三平汁が大好きなので、おかわりしました❤
そういえば、関係ないですけど、母のリハビリ所に時々行くと、「おかわりありませんか」と言う70歳くらいのお爺さん医者がいるんです。私は小学校の給食で、うずらの卵とわかめ(かな?)のスープが大好きで、10杯くらいいつもおかわりしていたので、「もうないです」とか言いたくなっちゃいます(笑)
父は、
「日本へようこそ!」
「いやー、○○○(私)と友だちになってくれてありがとな!」
「ドイツ人ならビールだろ」
とか言って、一生懸命接待していました。
●ビール
アレックスは残さず食べてくれました!
よかった❤
ちなみに、うちの父は松本出身ですし、母は横浜出身です。北海道は母方の私のおじいちゃんの故郷ですが、母方のおばあちゃんの系図はずっと横浜です。父方のおばあちゃんおじいちゃんは長野県出身です。
また、アレックスは箸の使い方も完璧でした。
箸――といったら、NATSU。が、がんばってちゃんと持てるようにする! うん! アレックスのように!←
そして、アレックスに、私は百人一首を教えてあげました。
でも、どうしてもアレックスが「分かんない」と言うので、トラッドジャパン(2009年とか2011年ごろやっていたNHKのイギリス英語の番組)、録画したやつにちょうど『かるた』があったので、それを一緒に観ました。で、私の言わんとしていることを分かってくれました。よかったよかった!
トラッドジャパンは、日本のことを知りたい外国人にもうってつけですよね❤
私はイギリスが好きなので全24巻の雑誌とCDを持っています。
私、百人一首強かったんですよ♪
百人一首の部活が私の中高に無かったからかもしれませんが、正月明けのクラスの授業で百人一首をするとき、初めは皆でするんですけど、グループで勝った人がもう一回集まってするんです。それで一番でした、中二からね❤ クラス対抗があったらもっと面白かったのにな(*'-')ノ~。.*・゜
私が好きだった二首はこれ↓↓です。
忘らるる 身をば思はず 誓ひてし
人の命の 惜しくもあるかな
かくとだに えやは伊吹の さしも草
さしも知らじな 燃ゆる思ひを
かくとだに、は掛詞・縁語が凝縮されていて好きです。
あと、ちなみに、日本では年末にベートーベン第九を聴きに行くという話をしたら、アレックスは呆れていました。ドイツでは、1月1日に一番権力のあるオーケストラが毎年違う曲をやりはする、と言っていました。
私は、最寄り駅までアレックスを送っていきました。
歩いて15分ほど。。。
歩きだしてから3分くらい経って、アレックスが「今日はとっても楽しかったです。もう一人で見てまわるのに飽きていましたから」と言ってくれて、ほんとに嬉しかったです❤
いい思い出になりました。
ありがとう、アレックス。
また会おうね!!!
なんだか大それた題名になっていますが、要するにアレックス(ドイツ人の25歳の女性)に横浜案内をしてあげた、ということです。
まず、JR桜木町駅に10:00に待ち合わせをしました。アレックスはいつもの水色のジャンパーに白い襟巻きをしていました。「いつもの」というのは、桂離宮のときと、アレックスなぜかテレビ出演目撃のときの格好だったからです。テレビ出演というのは、浅草寺でアレックスが外国人うけする自動販売機を、「ん~?」と覗き込んでいる番組が民放であったからです。あまりテレビ見ないのに、なんとなく見てたらアレックスがいたんです(笑)
アレックスは11月に日本に二度目来て、1か月間九州の牧場で馬の世話をするアルバイトをしていて、貯めたお金で日本を西から東に旅していたんです。日本語は6年間も勉強していたそうで、ぺらぺらなんですよ。
ランドマークタワーを通っていく道のりではなくて、汽車道を通ってぷかりさん橋まで来ました。
母は杖をついて、全速力で駆けていて、私とアレックスは先に3人分のチケットを買って、10:25発のシーバスにあと0分ってところでやっとこさ乗れました。
山下公園に着きました。カモメの紹介をして、ベンチでは私が小学生のときはよく恋人たちが寝っ転がっていちゃいちゃしていたもんだっていう紹介をしました。
11時に萬珍楼の本店に入りました。予約していたので、半丸の席に、アレックスを真ん中にして座りました。
2800円のコース料理は無理だ、というので、アラカルトにして三人で食べることにしました。
五目焼きそば、チャーシューと葱のつゆそば、五目餅揚げ、えびシュウマイ、チャーシュー饅頭、杏仁豆腐山桃シロップを食べました。
美味しかったこと美味しかったこと。
アレックスに3分の1払ってもらって、私たちは外に出ました。プリクラと関帝廟(関羽が商売の神様として祀ってあるところ)とどっちがいいか訊いたら、プリクラは日本に初めて来たとき撮ったことがあると言うので、関帝廟に行きました。アレックスは神社仏閣が好きなんですね。とてもはしゃいでました。
中華街のきらびやかな門を出て、バス停からバスに乗って、三渓園へ。
三渓園とは、原三渓というひとが造園した日本庭園です。
アレックスは日本庭園に飽きているかなー?と思ったらそうでもなくて、よかったぁ。
ちなみにその日は1月11日。成人の日でした。
三渓園にもちらほら振袖の女の子が歩いていました。……なんで三渓園?
三渓園では、盆栽展をやっていました。
綺麗でした。
また、スイセンが見ごろでした。アレックス曰く、ドイツにはもっと大きなスイセンがあるとのこと。ラッパスイセンでしょうか?
あ! そうだ、カーン(昔のドイツのキーパー)が好きと言ったんですよ、アレックスに。そしたら、カーンの出生地と私の家は同じ町だ、と言って喜んでいました❤
それと、桂離宮の帰り、明日は舞妓さん体験すると言ったら興味をもって私にメールで舞妓体験はどうだった?と訊いていたので、写真を持って行って中華街で見せてあげたんだった。そうでした。
松風閣という展望台に上ったら(母は下で、からすとねこにすりすりされながら待っていました。かえるもいれば、カエル畑になったのにねw)、目の前がひらけて海と工場が見えました。アレックスはなんだか感動していました。しきりにカメラで撮っていました。私は金の微糖を売っているのを目ざとく発見して飲みました。展望台に来たおじさんが、アレックスを見て、外国人だあっと思ったのか、英語で話しかけていました。アレックスも英語で話していました。英語のスピードが速すぎて、ついていけなかったので私は独り金の微糖(缶コーヒーですよ)を飲んでいました(苦笑)
アレックス、なんでもできるんですね。イギリスにもオーケストラの関係で5回くらい行ったことがあると言ってました。フルート奏者だそうです。それで、サッカーもできて、それで、数学を専攻していて、それで、日本語も英語もぺらぺらで。
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三重塔に着いて、一緒に写真を撮ってもらいました。
初音茶屋で母と合流して、合掌造りのところに行きました。
分捕り品かと思っていたら、ダムで沈んじゃう家を持ってきたそうですよ。それは知らなかった。
アレックスと一緒で、13日にドイツに行くおじさんが、ボランティアでいて、一階をぐるっと説明してくださることになったのですが……。まず、一つ目の部屋で、第二次世界大戦で日本とドイツがどうのこうのということを言われたり、仏壇がひらくのは年に何日と何日と何日と……と言われたりした私たちは、うんざりして、「早く二階に行きたいです」と私が言うと、しょぼくれておじさんは二階まではついてきませんでした。
それが終わったら、お抹茶が飲めるところに行きました。
そしたら!
アレックスが外国人だというので、お抹茶体験をアレックスと私がしました。
かき混ぜるとこ……、泡が立たないぞ、ハテナ?となっていた私の分は着物きたおばさんがやってくれて(苦笑)、アレックスはシャカシャカと一人で上手にできていました! すごいなあ。ということで、お抹茶が2杯も飲めたんですよ❤
「私の家での夕ごはん」に続く。
まず、JR桜木町駅に10:00に待ち合わせをしました。アレックスはいつもの水色のジャンパーに白い襟巻きをしていました。「いつもの」というのは、桂離宮のときと、アレックスなぜかテレビ出演目撃のときの格好だったからです。テレビ出演というのは、浅草寺でアレックスが外国人うけする自動販売機を、「ん~?」と覗き込んでいる番組が民放であったからです。あまりテレビ見ないのに、なんとなく見てたらアレックスがいたんです(笑)
アレックスは11月に日本に二度目来て、1か月間九州の牧場で馬の世話をするアルバイトをしていて、貯めたお金で日本を西から東に旅していたんです。日本語は6年間も勉強していたそうで、ぺらぺらなんですよ。
ランドマークタワーを通っていく道のりではなくて、汽車道を通ってぷかりさん橋まで来ました。
母は杖をついて、全速力で駆けていて、私とアレックスは先に3人分のチケットを買って、10:25発のシーバスにあと0分ってところでやっとこさ乗れました。
山下公園に着きました。カモメの紹介をして、ベンチでは私が小学生のときはよく恋人たちが寝っ転がっていちゃいちゃしていたもんだっていう紹介をしました。
11時に萬珍楼の本店に入りました。予約していたので、半丸の席に、アレックスを真ん中にして座りました。
2800円のコース料理は無理だ、というので、アラカルトにして三人で食べることにしました。
五目焼きそば、チャーシューと葱のつゆそば、五目餅揚げ、えびシュウマイ、チャーシュー饅頭、杏仁豆腐山桃シロップを食べました。
美味しかったこと美味しかったこと。
アレックスに3分の1払ってもらって、私たちは外に出ました。プリクラと関帝廟(関羽が商売の神様として祀ってあるところ)とどっちがいいか訊いたら、プリクラは日本に初めて来たとき撮ったことがあると言うので、関帝廟に行きました。アレックスは神社仏閣が好きなんですね。とてもはしゃいでました。
中華街のきらびやかな門を出て、バス停からバスに乗って、三渓園へ。
三渓園とは、原三渓というひとが造園した日本庭園です。
アレックスは日本庭園に飽きているかなー?と思ったらそうでもなくて、よかったぁ。
ちなみにその日は1月11日。成人の日でした。
三渓園にもちらほら振袖の女の子が歩いていました。……なんで三渓園?
三渓園では、盆栽展をやっていました。
綺麗でした。
また、スイセンが見ごろでした。アレックス曰く、ドイツにはもっと大きなスイセンがあるとのこと。ラッパスイセンでしょうか?
あ! そうだ、カーン(昔のドイツのキーパー)が好きと言ったんですよ、アレックスに。そしたら、カーンの出生地と私の家は同じ町だ、と言って喜んでいました❤
それと、桂離宮の帰り、明日は舞妓さん体験すると言ったら興味をもって私にメールで舞妓体験はどうだった?と訊いていたので、写真を持って行って中華街で見せてあげたんだった。そうでした。
松風閣という展望台に上ったら(母は下で、からすとねこにすりすりされながら待っていました。かえるもいれば、カエル畑になったのにねw)、目の前がひらけて海と工場が見えました。アレックスはなんだか感動していました。しきりにカメラで撮っていました。私は金の微糖を売っているのを目ざとく発見して飲みました。展望台に来たおじさんが、アレックスを見て、外国人だあっと思ったのか、英語で話しかけていました。アレックスも英語で話していました。英語のスピードが速すぎて、ついていけなかったので私は独り金の微糖(缶コーヒーですよ)を飲んでいました(苦笑)
アレックス、なんでもできるんですね。イギリスにもオーケストラの関係で5回くらい行ったことがあると言ってました。フルート奏者だそうです。それで、サッカーもできて、それで、数学を専攻していて、それで、日本語も英語もぺらぺらで。
orz
三重塔に着いて、一緒に写真を撮ってもらいました。
初音茶屋で母と合流して、合掌造りのところに行きました。
分捕り品かと思っていたら、ダムで沈んじゃう家を持ってきたそうですよ。それは知らなかった。
アレックスと一緒で、13日にドイツに行くおじさんが、ボランティアでいて、一階をぐるっと説明してくださることになったのですが……。まず、一つ目の部屋で、第二次世界大戦で日本とドイツがどうのこうのということを言われたり、仏壇がひらくのは年に何日と何日と何日と……と言われたりした私たちは、うんざりして、「早く二階に行きたいです」と私が言うと、しょぼくれておじさんは二階まではついてきませんでした。
それが終わったら、お抹茶が飲めるところに行きました。
そしたら!
アレックスが外国人だというので、お抹茶体験をアレックスと私がしました。
かき混ぜるとこ……、泡が立たないぞ、ハテナ?となっていた私の分は着物きたおばさんがやってくれて(苦笑)、アレックスはシャカシャカと一人で上手にできていました! すごいなあ。ということで、お抹茶が2杯も飲めたんですよ❤
「私の家での夕ごはん」に続く。
いままでブログさぼっていてごめんなさい。
明日から復活します。
今日は、今日嫌だったことを短くまとめて書きます。
とある福祉の喫茶店で、私はちょびっと働いていました、2日ほど(少ね)。
で、今日は洗い物ばかり私に命令して、自分はラクしているおばさんについて、店長に愚痴をこぼしてみました。そしたら、
「初め面接したときから、あなたはコミュニケーション能力が低いと思っていました」
――え?
いくらでも友だちだったひと(過去形)にも、家族にも、言われてきて悲しい言葉を言われました。
私は、去年の6月から、福祉のボランティアを近所で、していたので、知的障がい者の方と心が通じ合うことができ、また、それも天性で知的障がい者の方とはうまく交流ができました。ふつうのひとってたいてい意地悪ですからね。
まだ昨日で2日目なのに全員の呼び名も覚えて、私の笑顔で皆さんを笑顔にすることができました。皆さん、おばさんばかりいる職場に私みたいな若者(?笑)が入ってきて、熱心に私の眼を見てくださり、関心をもってくださり、いろいろおしゃべりもしました。皆さん、私より年上です。でも若く見えますけどね。
そこには笑顔がありました。
「あなたは利用者さんの方を支援する立場にあるのです」
店長――若いおじさんで、店にはほとんど顔を見せない、面接のときだけいる――は、語りました。
「あなたは支援できているといまお思いですか?」
私は言いました。
「はい支援できていると思います。私はみんなと仲良くなって笑顔にすることができます」
「ああ、やはり。そういうひとほど福祉の心を分かっていない。わたしは福祉に勤めて4年ほど経ちますが、いまだに利用者さんたちを支援できていると思えない」
――ああー、確かに福祉はやっていくと難しいのでしょうけど、エセ福祉士ってそう言いますよね、と思いました。
でも、そのおじさん(店長)は、店で利用者さん(知的障がい者の方たちのことを利用者さんって呼ぶんです)が手持ちぶさたにしているときに声をかけていません。声すらかけてないのです。
仲良くなって、利用者さんとコミュニケーションをとることが、これから福祉を学ぶ者にとって、まず第一歩なのではないでしょうか?
どうしてその第一歩を認めてくれないんでしょう?
どうしてその第一歩を認めてくれなかったんでしょう?
それで、私は、
「○○さん(利用者さんの一人)は私が採用されるといいなあって言ってくれました」
と言ってみました。
すると、
「○○さんは誰に対しても優しく接するんです。優しく接することしかできないんです」
――は?
「だから、○○さんの言うことはあてになりません」
それが店長の言うセリフなんでしょうかね?
短くまとめるつもりが、長くなりました。ごめんなさい。
私は○○さんたちがいるから、会いたいから、次のシフトにもたぶん行きます。でも。たぶん辞めます。
明日から復活します。
今日は、今日嫌だったことを短くまとめて書きます。
とある福祉の喫茶店で、私はちょびっと働いていました、2日ほど(少ね)。
で、今日は洗い物ばかり私に命令して、自分はラクしているおばさんについて、店長に愚痴をこぼしてみました。そしたら、
「初め面接したときから、あなたはコミュニケーション能力が低いと思っていました」
――え?
いくらでも友だちだったひと(過去形)にも、家族にも、言われてきて悲しい言葉を言われました。
私は、去年の6月から、福祉のボランティアを近所で、していたので、知的障がい者の方と心が通じ合うことができ、また、それも天性で知的障がい者の方とはうまく交流ができました。ふつうのひとってたいてい意地悪ですからね。
まだ昨日で2日目なのに全員の呼び名も覚えて、私の笑顔で皆さんを笑顔にすることができました。皆さん、おばさんばかりいる職場に私みたいな若者(?笑)が入ってきて、熱心に私の眼を見てくださり、関心をもってくださり、いろいろおしゃべりもしました。皆さん、私より年上です。でも若く見えますけどね。
そこには笑顔がありました。
「あなたは利用者さんの方を支援する立場にあるのです」
店長――若いおじさんで、店にはほとんど顔を見せない、面接のときだけいる――は、語りました。
「あなたは支援できているといまお思いですか?」
私は言いました。
「はい支援できていると思います。私はみんなと仲良くなって笑顔にすることができます」
「ああ、やはり。そういうひとほど福祉の心を分かっていない。わたしは福祉に勤めて4年ほど経ちますが、いまだに利用者さんたちを支援できていると思えない」
――ああー、確かに福祉はやっていくと難しいのでしょうけど、エセ福祉士ってそう言いますよね、と思いました。
でも、そのおじさん(店長)は、店で利用者さん(知的障がい者の方たちのことを利用者さんって呼ぶんです)が手持ちぶさたにしているときに声をかけていません。声すらかけてないのです。
仲良くなって、利用者さんとコミュニケーションをとることが、これから福祉を学ぶ者にとって、まず第一歩なのではないでしょうか?
どうしてその第一歩を認めてくれないんでしょう?
どうしてその第一歩を認めてくれなかったんでしょう?
それで、私は、
「○○さん(利用者さんの一人)は私が採用されるといいなあって言ってくれました」
と言ってみました。
すると、
「○○さんは誰に対しても優しく接するんです。優しく接することしかできないんです」
――は?
「だから、○○さんの言うことはあてになりません」
それが店長の言うセリフなんでしょうかね?
短くまとめるつもりが、長くなりました。ごめんなさい。
私は○○さんたちがいるから、会いたいから、次のシフトにもたぶん行きます。でも。たぶん辞めます。