quieto

喜怒哀楽。その全てが生きている証。

特技

2004-11-30 01:53:58 | Weblog
自分の特技。を考えると思いつくものが無い。

CADは、かなり使えるが、
これは仕事であるから特技にはならない。

特技というからには、
その行為、技術が仕事では無いにも関わらず、
一般レベルより高いものであり、
そして、趣味とは別のもののように思う。
見た人が「ほほ~」とか「なるほど」といったリアクションをするような技術。
しかし、人に不快感を与える事では駄目なのは当然の事(^^)

俺が思い付くものは、全て仕事に絡んでるような気がする。

「ほほ~」とか「なるほど」と思ってもらえる特技って・・・

考えていると、1つだけ思い付くものがあった。

それは、
ワインのコルク抜き。
これは結構、自信がある。

絶対に失敗しないし、
時間も要さない。

が、
こんなものしか思いつかないって、
どうなんだろう(^^)


まあ、ゆっくり考えると、他にも思いつくかも。

「クラシコ」という名の伝統の戦い

2004-11-25 00:38:01 | サッカー
先週の末、スペインサッカー「リーガ・エスパニョーラ」のバルセロナVSレアル・マドリードの試合を見た。
スペインでは、このバルセロナVSレアル・マドリードの試合を「クラシコ」と呼ぶ。

「クラシコ」は、英語に訳すと「クラシック」という意味。
古い。という意味ではなく「伝統」である。


クラシコの起源は、遠く古い時代に遡ったところにある。

バルセロナの本拠地はスペインのカタルーニャ地方にある。
カタルーニャ地方は1925年のクーデターによる軍事政権以後、
約50年もの間、マドリッドに首都を置くフランコ独裁政権(中央政府)によって様々な自由を奪われた。
独自の言語(カタラン語)も、旗も、伝統的な音楽までも禁止されてきた。
そのためカタルーニャの存在を示す唯一のものが、
カタルーニャの市民組織によって創設されたサッカークラブ「バルセロナ」であった。
市民達はバルセロナを応援し、バルセロナの旗を振ることで、
カタルーニャの存在を世に示した。

一方のレアル・マドリッドは中央政府の寵愛を受けていた。
レアル・マドリッドは中央政府の象徴であり、
弾圧されたカタルーニャの人間にとってバルセロナがレアル・マドリッドに勝つということは、
中央政府に対する勝利も意味した。



俺が始めてカンプノウ(バルセロナのホームスタジアム)でクラシコを見た時は、
カタルーニャの歴史を知らずにいたので、
「なんとマナーの悪いサポータなのだろう」と思った。

酒やジュースのビンをピッチに投げ込む。
レアル・マドリッドがボールを持つ度に大きなブーイングを上げる。
1部のサポーターがピッチに乱入する。
あまりの過激な行動に試合が中断する。

その試合を見た後、
「バルセロナって好きになれないな」と思った。

が、カタルーニャの歴史を知ると、
その気持ちも分かるような気がした。

今では、すっかりバルセロニスタ(バルセロナのファン)だ。


たかがサッカーかも知れないが、
されどサッカーである。

誇りを賭けた「伝統の一戦」クラシコ。
見た事の無い方は、
その歴史を胸に、1度は見て欲しいと思う。

どちらを応援するかは、
当然、個人の自由です(^^)

違和感

2004-11-20 00:40:05 | Weblog
朝から夕方まで、仕事の間に聞いているラジオから、
いつも歌が流れてくる。

普段は歌に集中する事無く、
聞き流す程度なのだが、
今日、流れていた「友近」の「東京」という歌には耳を奪われた。
この「東京」は、井上陽水の歌のカバーである。

最近はカバー曲が増えたと思う。
「オリジナルのほうがいいな」と思う事はあるが、
気にはならない。

友近を、歌が下手だとは思わないのだが、
「東京」を聞くと、
何というか・・・違和感を覚える。

最後まで聞いたが、なんかスッキリしなかった。
モヤモヤするというか、
イライラするというか(^^)

仕事を中断して、
CDラックから、陽水のCDを探して見つけ出した。

その後、
オリジナルの「東京」を聞いた。

ホッとした(^^)


カバー曲といえば、
これからの季節、よく流れるであろう、
「クリスマス・イヴ」のカバー。
オリジナルは山下達郎。

このカバー曲も、俺的には・・・だな。

一途?

2004-11-16 03:35:42 | Weblog
小学校の卒業文集の課題は「将来の夢」だった。

俺が文集に書いたのは、
「飛行機の設計をしたい。
自分が考えた飛行機を飛ばしてみたい」
といった内容だった。
自分で言うのも何だが、変な男の子だ。
普通の男の子なら、
飛行機といえば「パイロットになりたい」だと思う。

小学生の頃、飛行機のプラモデルを作るのが好きだったし、
絵を書くのも好きだったから。
合わせ技?

結局、飛行機の設計はしていないが、
図面は書いている。
建築だけど(^^)

図面という点では、
小学校卒業時の夢に、少しはかすってるかな。

一応完結

2004-11-09 20:52:27 | 備忘録 【阪神大震災】
震災後の復興工事で鉄骨の職長として6ヶ月、現場に張り付いた。

その間、
現場で聞いた話や、
肌で感じた事など
思い出せば、色々な事がある。

が、
震災の事は、この辺で一応完結しようと思う。
blogや日記を書いている方は分かると思うが、
文字に集中していると、その当時にトリップする。
リアルに映像が出てきて、
物事が鮮明に思い出されてくる。



今度は、
愛だとか、恋だとか、犬の事だとか(^^)
そんな事を書こうと思う。

備忘録 【阪神大震災】 キラキラと光る空気

2004-11-06 02:33:24 | 備忘録 【阪神大震災】
今現在は独立して仕事をしているが、
震災があった時は建築会社の社員だった。

震災の日から、約1ヵ月後。
俺の勤めている会社に復興関連の仕事が入ってきた。

街全体に大きな被害を受けたので、
膨大な数の物件が新たに建てられていく。

しかし、
その建築物の数を補うだけのコンクリートは無かった。
急遽、某大手コンクリート会社は六甲アイランドに、
コンクリート工場を作る事になった。

俺の勤めている会社は、
その工事の、鉄骨、床板、階段の工事を請け負った。

そして、
この工事の担当は俺になった。

後日、
打ち合わせのために現場に行った。

震災から1ヶ月以上経っているのに、
街の様子は悲惨だった。

アスファルトは割れ、
コンクリートブロックの壁は倒れ掛かっている。
斜めになった電柱、
ぶら下がった電線。
倒壊した家が、そのままになっていた。

現場までの道のりは、
それらの連続だった。





現場に入り、監督と顔合わせをした後、
監督は震災に関する話をした。

監督 「空気を見てみ。キラキラ光ってるやろ」

目を凝らして見ると、
太陽の光に反射するように、
空気がキラキラと光っていた。

俺  「確かに光ってますね」

監督 「これ、なんかわかるか?」

俺  「いえ、わかりません。コレなんですか?」

監督 「これはな、建物を解体した時に出る粉塵や」
    「キラキラ光ってるものは、グラスウールや」
    「普通やったら、粉塵の対策をして解体せなあかんけど、
     今は対策せんと、解体しとるからな」
    「こんなもんが舞うとるんやから身体にはええ事ないわな」


何も無いところで、空気がキラキラ光ると、
それは綺麗な光景だと思う。

しかし、
現場で見た空気は、
とても腹立たしいものだった。


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【グラスウール】
溶かしたガラスを遠心力で吹き飛ばして綿状にした繊維に、
少量の結合材(フェノール系樹脂)を加えて固めたもの。
繊維サイズは直径4~8ミクロン、
長さ10ミクロン以上の短繊維で、不燃材料。
ロール状、筒状、板状などに成形して、
断熱材、吸音材、保温材、フィルターなどに使われる。
住宅用の人工鉱物系断熱材としては、もっとも多く利用されている。
断熱材の表面はアルミ箔クラフト紙、
プラスチックフィルムなどで包まれる。

備忘録 【阪神大震災】 (2)

2004-11-04 00:15:00 | 備忘録 【阪神大震災】
その日は結局、
1番仲のいい友人・H君とは連絡が取れなかった。

心配だった。
生きているのか。
怪我してないか。


震災から3日目、
H君から連絡があった。

無事だった。
出社して、会社から電話をしてきた。

俺 「おいおい!無事なら連絡せえよ!」

H 「すまん。バタバタしててん」

そんな会話だった。

そうだよな。
人生で、こんなにバタバタする事って、
まず経験しないよな。

俺は、会社を早退して、会いに行った。

H君は、とても元気で、いつもと変わらないように見えた。


俺 「家は?」

H 「家は大丈夫やけど、前の道路なんか、すごい段差が出来て
   車も走られへん」

俺 「すごい揺れやったやろな」

H 「おう!すごかったそ!ゴジラのプラモ、落ちて潰れてしもた!」
  「地震はゴジラより強いで!」

俺 「おまえ、それネタにしようって思てるやろ」


H君は、いつもふざけて話す癖がある。

話を聞いていると、普段と変わらないH君だった。

俺 「ゴジラはしゃあないな。せやけどHが無事でよかった」


素直に「よかった」と思えた。

数キロ先では、死者もたくさんでてるのに、
「Hが無事でよかった」と思った。

人の視点とは、このようなものなのかも知れない。
いや・・・
俺だけなのかな。

備忘録 【阪神大震災】 (1)

2004-11-02 22:53:56 | 備忘録 【阪神大震災】
連日、新潟中越地震のニュースがテレビで報道されている。

この報道を見ると、
10年前の震災と記憶が重なり、
その時の事を思い出す。



1995年1月17日午前5時46分。

いつものように寝ている時、
突然、下から突き上げるような大きな揺れで目が覚める。

激しく揺れた。
棚の上の物が落ちてくる。
家具が倒れそうになる。

とっさに家具を支える。

家がギシギシと音を立てていた。

長い時間、揺れていたように感じた。

しばらくすると、揺れは収まった。

が、
次に、大きな揺り返しが来た。



後で分かった事だが、
俺の住む街の震度は4だった。

地震に合った瞬間は、他の情報を知る由も無く、
自分の街が1番大きな揺れだと思っていた。


棚から落ちた物を片付けながら、
テレビをつけた。

しばらくの間、確かな情報は流れていなかった。


夜が明けて、
外が明るくなった頃、
地震の全貌が明らかになってきた。

1番、揺れが大きかったのは、ここではなかった。
直線にして25kmほど離れた街、神戸だった。
テレビの画面の中で、神戸が燃えていた・・・

新しい情報が続々と流れてくる。

映し出される映像は、目を疑うものだった。

次第に明かされる被災情報の中に、
西宮市の情報があった。

1番仲のいい友人が住む街。

急いで電話した。
しかし、通じなかった。


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長くなるので、続きは次回に書こうと思う。


さて、
blog最初の話は、愛だとか、恋だとか、艶のある話にしようか。とも思ったのだが、
今、頭に浮かぶのは阪神大震災の事だった。

思った事を、思うがままに綴ろう。とblogを開いたので、
これでいいのだろう。

暫定オープン

2004-11-01 02:13:12 | Weblog
10月5日。
2人で運営していたHPを閉じた。

そのHPの中で1年強もの間、
日記を書いていた。

日記は、その日にあった事を書く「日記」でもあり、
また、思った事、感じた事、過去の出来事なども書いていた。

毎日更新が必須だった訳では無いが、
それでも3日くらい更新しないと
「書かねば!」と思うほど習慣になっていた。


あれから、約1ヶ月。
波乱の時期もあったが、
今は平穏な時が流れている。


平穏な時を過ごしていると、
文字を書く事が恋しくなる。


書きたくなった時に、書き始めようと思っていたので、
今が、その時なのだと思う。

とは言え、これから書いていく事に対して、
方向性も何も考えていない。

まあ、思うがままに・・・
で、いいだろう(^^)



さて、
書くにあたり、早くも問題に直面している(^^)

blogでは、元カノの事を書く時もあると思うのだが、
なんと表現すればいいのだろう。
「元カノ」「アイツ」「名前」
以前のWEBでは名前で書いていたのだが、
表現を変えるべきなのか、
それとも、前のままにするべきなのか。

どちらでもいい気もするし・・・