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プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

ビーン

2022-03-26 13:26:05 | 日記
1985年
ヤクルトのビーン投手が5-5の九回、二番手として登板したが、その裏、杉浦のサヨナラ本塁打が出て、勝ち投手に。「こんなに早く勝てるとは思わなかった」と喜びいっぱい。同投手はヤクルトの弱体投手陣強化のため、2Aのエルパソからスカウト。去る二日に来日したばかりで、まだ本格的な投球練習も一、二回しかしていない。試運転する予定だったが、いきなり競り合いの土壇場で起用された。「マウンドでは硬くならなかったが、心は燃えていた」という闘志の持ち主。最初の打者小早川には遊撃への内野安打を許したが、高橋に速球、山本浩へカーブ、長内にはフォークで危なげなく切り抜けた。「広島の打者の癖は聞いていたし、前の試合(七日)で実際に見てノートにメモしていたので大体分かっていた」と落ち着いたもの、ヤクルトに期待十分のデビューだった。

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ティロット

2022-03-26 13:19:42 | 日記
1971年
南海のティロットが初登板したが、三回で6点を取られるさんざんな出来。一回は柴田に四球を与えたあと、高田、王の二塁打と長島の安打などで3点。三回にも一つの四球と三本の安打で3点をとられた。変化球で打者のタイミングをはずすタイプの投手だが、かんじんのスピードがないため、カーブも落ちる球も生きなかった。ティロットは「六ヶ月間のブランクがあったのでスピードがなかった。もう少し時間をかければスピードも出て来て得意の落ちる球も生きてくる」といっているのだが・・・。

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橋本孝志

2022-03-24 14:40:55 | 日記
1964年
近鉄はよい投手をとった。すぐにも役立たないことはないが、一、二年たつうちに、きっと第一線に出てくる逸材だと思う。体も大きいし、投手としてのセンスもあるようだ。身長1㍍80、体重80㌔。下半身の強くない高校生の年代では、こんなに大きな体は使いこなせないものだが、橋本は理想に近いフォームをしている。上体のこなしに柔らかみがあり、前傾姿勢もいい。下半身のバネがもう一つ不足だが、ふみ出した左ヒザにそれほどの堅さはない。球にウエートをよくのせている。投球は直球とカーブ。今春の選抜高校大会では準決勝まで進み、二ヵ月後の新潟国体では見事に優勝した。この時の印象ではカーブの使い方がうまくなっていた。技巧に走ったというのではない。単調な投球から考えるピッチングに進歩してきたものと見た。自信がゆとりを生み、ゆとりが考える投球になったのだろう。制球力もまずまずだ。これで直球に一段と鋭さをつけ、シュートが切れてくるとプロでも一人前である。肥満型なことと人柄がおとなしい点、気がかりでもあるが、努力の二字さえ忘れなければ、だんだん光りがかがやいてくるタマである。

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カスパラヴィッチ

2022-03-24 13:36:19 | 日記
1953年
五月十三日、後楽園での初のナイター、その第一試合に近鉄のマウンドを踏んでデビューした新鋭カスパラヴィッチ投手は、相豊な速球で、ビシビシと極めつけ、大映に二点しか与えず快勝した。彼の球は、スピードを主武器に、鋭く切れこむドロップ、それにシュートとシンカーで、巧みに配球して打者を幻惑させるところ、なかなかあざやかなものだ。その投球フォームには、まだ研究する余地があるとしても、日本の風土になれ、言葉を解して、チームに溶けこんで来れば、もっと威力を増すに違いあるまい、ともあれ、昨年度の外人部隊より活躍しそうだし、近鉄の協力化にまたひと役を買ったといっても、過言はあるまい。彼にいわせると、「日本に来て、まだ幾日も経っていないね。そして、ゲームにも沢山出ていない。見てもいないから、日本のバッターよく判らないね。だけどみんな、スウィングはベリー・グッドだと思う」だそうだが、あながちこれは社交辞令だけでもなさそうである。彼の幾度の登板の経験から見て、日本の打者はいいが、しかし、こわくはないそうである。ではカスパラヴィッチ投手の極め球は何かとの問に答えて、彼はまたいう。「ぼくには別に得意な球なんかないよ。その日、その日のコンディションで、球が速かったり、遅かったりね。カーブ、スライダーを投げるが、どの球で打者を牛耳るかは、その場面、場面で考えが違う」彼は臨機応変で、打者を料理するコツを大いに心得ているのである。ハワイのベースボールと比べると、どっちが上手いか?「そうね、バッティングもいいが、フィルディングは、もっともっといい。どのプレーヤーも、軽いこなしで球をよく取って、速くなげている。球に飛びつく元気もあるし、強いチームが揃っていると思っている」と、ばかにほめ上げる。彼の眼にうつった日本の野球、なかなか見棄てたものではないのである。カスパラヴィッチ投手は、幼い時からハワイはホノルル郊外に住んでいた。だから彼の性格の中には、アラブ的な匂いは一つも感じられない。話をしていても、すっかりアメリカ人である。彼は恵まれた体格にまかせて、ベースボールをはじめるまでは、種々のスポーツをやっていたという。初めてボールを振ったのは、1940年だそうだ。それは彼の17歳の時で、ホノルル近くのハイスクール時代であったわけ。本格的にベースボール・プレーヤーとなったのは、1946年にソートレーク・チームのエースとして、マウンドを踏むようになってからだから、球歴実数は七年であるが、そのソートレークも、約1年間いただけで、本土にわたってサンフランシスコの一チームに三ヶ月籍を置いたこともあるという。最近はハワイ・オールスターズのこれまた主戦投手で活躍しているのだからまずまず豊富な経験の持主といっていい。「日本はいい国ですね。とても美しい国ですね。パールスもいいチームですね。だからぼくは、出来るなら、二年でも、三年でも留って、ベースボールを遊びたいものです。だけど、冬はとても寒い。それがツライな」と、丸い顔でニッコリ。「今年は特に寒いのだが、もっと暖かくなったら、素晴らしいピッチング出来るか」と問いかけたら、「イエス、イエス。大いにやる積りさ。けれど、話に聞いている日本の夏ね、とても湿気が多そうでね、ぼくそれが心配だ」と答える。日本が気に入って、長滞在ということになると、二代目スタルヒンが出来ようかも知れない。「ワイフと、子ども三人ね、六月のはじめに日本に飛んで来る。それがね、とても待遠しいな、家族来たら、このきれいな日本方々見せて、よろこばせるよ」彼はこんなお世辞も忘れないのである。

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アキーノ

2022-03-24 13:02:41 | 日記
1996年
ちょっとした掘り出し物になるかもしれない。メジャー通算31勝。91年にはロイヤルズで先発投手として8勝をマーク。ジャイアンツから今季、近鉄に入団したプレルトリコ生まれの30歳。ルイス・アキーノ投手(右投げ右打ち)だ。サイパン、キャンプでは環境の違いと緊張感から下痢、発熱を訴え、筋肉痛でリタイアした日もあったが、佐々木監督はじめ首脳陣のアキーノ株は上々だった。助っ人投手特有の早いテンポで石川ブルペンコーチのミット目がけて繰り出すストレートは七分程度のものだったが、低めへのコントロールは抜群。左右にキッチリと投げ分け、威力も申し分ない。「これはいける」と佐々木監督が思わずほくそ笑んだのはタコのように長い手がやわらかくしなり、ボールがかなり遅れて出るピッチングフォームを見たときだった。「タマの威力はなかなかのもの。100㌫の出来になれば、相当なものになるだろう。MAX145㌔は出るというしな、それにあれだけタマが遅く出てくれば、打者は相当タイミングが取りづらい。かなりやってくれそうな手応えを感じる」(佐々木監督)昨オフ、ビデオを見てアキーノを選んだ佐々木監督だったがナマのピッチングを見るまで「使えるかどうか分からん」と、半信半疑だった。だが、ブルペンでの来日初のピッチングを見るなり、不安は一瞬にして吹き飛んだばかりか「二ケタ(勝利)計算できるんじゃないか。ローテーションの柱として働いてくれるかも・・。そんな期待を持たしてくれるピッチングや」とまで褒め上げた。さらにアキーノが変化球を披露したとき、佐々木監督の恋心は募った。「シュート、チェンジアップ、カーブ、どれもクセがあって一級品。特にシュートがいい」と絶賛した。佐藤投手コーチもブルペンでうなり声を上げた一人だ。「真っすぐがどこまで速くなるかがポイントだが、かなりやってくれそうや。それにあのえぐいシュートは武器になる。コントロールがいいし、右打者はかなり恐怖感を抱くだろう。通用するぞ」と、あっさりと合格点を与えた。昨年の10月以来、約4ヶ月ぶりのピッチング。右肩の軽い張りを訴えたり、スパイクサイズも0.5㌢大きめだったにもかかわらず、メジャーで31勝を挙げた片鱗を十分に見せつけたあたりはさすがだ。もうひとつ首脳陣をニンマリとさせたのがアキーノの「僕は左打者封じを得意としているんだ。左打者のヒザ元へのスライダーはメジャー時代、十分通用したからネ」というひと言だった。「イチロー(オリックス)は知らない」というアキーノだが、首脳陣の目にはイチローを沈黙させるアキーノの姿が浮かんだはずだ。来日1ヶ月前に日本のボールの感触をつかむために、使用球を1ダース取り寄せたり、マリーンズ時代に同僚だったデストラーデ(元西武)から日本の野球について学んだ勉強家。推定年棒5000万円という格安助っ人、アキーノが近鉄の再建にひと役買う可能性は十分あり得る。

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江渡辰郎

2022-03-23 20:45:44 | 日記
1958年
江渡は恵まれた上背からの速球に、ブレーキのあるカーブを得意にしているが、惜しいことに耐久力がないため、とくに夏の大会のように連投を強いられる場合が心配されている。

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国頭光仁

2022-03-23 20:36:23 | 日記
1952年
エース高橋の不調で山陰、県大会とも苦杯をなめたが主戦を国頭にかえて以来の練習試合にはその力投は予想外の成績をあげチーム力も活気を取戻し夏の大会こその必勝の意気に燃えている。国頭の速球は重味ある球質でカーブの制球力もよく、六月に少し痛めた肩の調子もほとんど回復したから大会には心配あるまい。

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シャウス

2022-03-23 20:35:47 | 日記
1998年
新外国人左腕のシャウス投手(29歳=米レッドソックス傘下AAA級ポータケット)が7月1日、家族を伴い来日した。佐々木監督が開幕前から補強ポイントとしていた待望の先発型左腕は、短髪を整え、紺のブレザーにメガネ姿で、まるでビジネスマンのような雰囲気を漂わせて現れた。「日本に来る機会を与えられてうれしいよ」これまでマイナーでは中継ぎ、抑えとして登板したシャウスだが、「実戦形式で80球ほど2回投げ込んできた」とヤル気を早速アピールした。直球は最速140㌔台前半だが、「狙ったところへ投げられる真っすぐの制球力とスライダー、チェンジアップが武器」と自己アピール。ひとまず一軍に帯同し、首脳陣が状態をチェックした。一軍初登板となった8日の日本ハム戦(東京ドーム)では、7回裏一死二、三塁の場面で登場し、1回2/3をパーフェクトリリーフ。対戦した打者5人すべてを三振に斬って取る5連続三振の衝撃デビューだった。「持っている力をすべて出して優勝に貢献したい」とは、頼もしいセリフだった。

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アレキサンダー

2022-03-23 20:27:32 | 日記
1959年
「キミー、これで東映は優勝だよ」と気炎をあげているのは東映大川社長。というのもインディアンスに二年籍を置いたという期待のアレキサンダー投手東映入りでの話。彼は、なにしろ千代の山を大きくしたというような一メートル九一の巨漢。「十五勝は責任もってできる自信がある」と大川社長にノタモウたものだから大川社長喜ぶまいことか。さっそく駒沢球場で練習したが、オーソドックスなフォームから投げるカーブ、スライダーはさすがと思わせるものがあった。はたして日本のバッターが、打ちこなせるか見ものだ。


東映と正式契約したアレキサンダー投手(36才)は19日から駒沢球場で練習をはじめた。フォームは外人によくみられるスリークォーターからのものだが、カーブ、スライダー、ナックルなどの変化球が鋭く、西田に劣らぬ働きと人気を得られるだろう。ユニフォームを脱げば、野球選手には見えないようなおだやかな顔だが、1㍍91、93.7㌔の巨体は目をひく。

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ミラッキ

2022-03-23 11:54:55 | 日記
1997年


キャンプ初日からブルペンで精力的に投げ込むミラッキ。その意欲以上に首脳陣を満足させているのが七色の変化球だ。192㌢、104㌔の巨体からはイメージし難いが、カーブ、シュート、スライダー、2種類のシンカーにチェンジアップなど、「ナックル以外はなんでも投げる」という超技巧派。小林コーチも「外国人投手には珍しいタイプだと思うね。面白い働きが出来ると思うよ」と、その活躍を大いに期待している。

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小沢文夫

2022-03-23 10:58:34 | 日記
1953年
華麗なバックに盛り立てられる小沢投手のサウスポー特有のシュートと手元に食いこむ速球には、なかなか威力があり、右腕浅井を控えに、剛から柔への変化に富むリレー策にも事欠かない。

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広田勇

2022-03-23 10:58:17 | 日記
1956年
一年のときから投げている広田投手は今年が最後だけに張りきっている。今月三日静岡高との練習試合でも得意のシュートがよく極っていた。七対四で負けたが実力は互角だとうぬぼれている。ただ大試合になると、消極的になりやすいので「図太さを持て」と励ましている。


伊東広田投手の下手投のシュートは富士宮を二安打に封じた。


伊東広田投手は下手投げのシュート、カーブのコンビネーションよく、浜名辻投手は前半速球で、後半はインドロを多投、ともに好調だった。


広田(伊東)もかなり速い球を投げていたが、サイドスローの特徴を生かしたシュート、カーブに一段の工夫が必要だろう。対静高戦に大敗したのは、精神的な面と十分力を出しきれなかったためのようだ。

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浜口猛

2022-03-23 10:44:36 | 日記
1955年
順位争いにほとんど影響のない対戦で選手たちも気乗りのしない顔つきで飄々とした試合だった。近鉄の左投手浜口(明南高)は力いっぱいの速球とカーブで力投したが小刻みに得点された。

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木村俊一

2022-03-23 10:27:42 | 日記
1952年


近畿大会予選で準々決勝で高槻に惜敗した大鉄は木村投手が速球とドロップで好投。
木村投手が大きく曲がるカーブで日新の打撃をおさえ、一方的に試合を進めた。

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重村武男

2022-03-23 10:17:43 | 日記
1952年


投手重村は一㍍八八㌢の長身にものをいわせ、アウドロとスライダーを武器とする。
投手重村は球速に難はないが、投球はやや単調で直球がねらわれやすい。

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