多面体F

集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

眠れない夜なんてない

2008年07月08日 | 観劇など
平田オリザの新作「眠れない夜なんてない」(青年団第56回公演)を公演2日目の6月28日(土)夜、吉祥寺シアターでみた。

マレーシアの長期滞在型リゾート地にたまたま居合わせた5組の日本人家族を描いたドラマである。舞台の上手にはソファーセット、下手には籐のテーブルセットが2組あり、杉原夫人(山村崇子)が雑誌をながめながら座っている。宿泊施設のロビーという設定は、1月にみた「家宅か修羅か」の老舗旅館のセットに似ている。ただし南国なので、バックは棕櫚の木と青空の写真のパネル、そして交差する竹の棒が何組かある。かなり奥行きが深い舞台を、高さを押さえて低く使い外部への広がりを感じさせるスペースをつくりだしていた。
セリフ回しはいつもの平田演劇の淡々としたペースで進行する。しかし5組の家族はそれぞれ人生のターニングポイントともいえる大きな問題を抱えている。
磯崎一家は父(志賀廣太郎)のが発見され、ちょうど今日日本から呼び寄せた2人の娘(渡辺香奈、堀夏子)をまじえどこで療養するか家族会議をしている。三橋父娘は、ずっと父の世話をしたいと日本から訪ねてきた娘(辻美奈子)と嫁にいってほしいと案ずる老いた父(篠塚祥司)。小津安二郎の「晩春」を思い起こさせる設定だ。父は北品川で自転車屋を営んでいた。祖父も自転車屋だったが召集されマレーシアで戦死した。杉原夫妻の夫(大塚洋)は、マレーシアで事務所を経営し蝶々採集の趣味をもつ。妻は夫の浮気問題で悩んでいる。離婚してもすでに日本の家は売ってしまったし、日本には戻りたくないとなかばあきらめの境地にある。中岡夫妻(山内健司)はやや押し付けがましい妻(松田弘子)と2人でリタイア後、海外で生活しようか検討中。沼岡夫妻(足立誠)はじつは互いに恋人がおり離婚記念の旅行中だが、旅行の間にぐんぐん仲がよくなり気分としては「不倫」カップルのよう。プールサイドで度を越していちゃついていたため、客の通報から副支配人に注意され、他の客に頭を下げるハメになる。
「家宅か修羅か」の三女ルリのような結節点になる人物は、日本人向けにDVDの配達をして生活している原口という青年(大竹直)である。中学2年のときに引きこもりになり、精神的に苦しい生活を送っていた。子どものころ2年ほど暮らしたマレーシアに来てだいぶん回復したという。DVDの注文を受けつつ、杉原夫人をはじめ客の悩みの聞き役を務めている。
原口は引きこもりの苦しさを「じっと家にいるのも大変なんです。ひどくなるとパソコンのスイッチも入れられない。そういうときは夢をみることだけが楽しみになる。もちろん見ているときは苦しいが、思い出して楽しむんですね」と説明する。どんな夢を見るのかと聞かれると「人生経験がないから単純な夢ですね。たいていは殺される夢、たまに反撃して殺すこともある」「でもマレーシアに来てそういう夢はみなくなった。少なくとも殺すほうの夢は」。

この芝居のキーワードは引きこもりと夢である。
悪夢を食べてくれるマレー獏、「夢の民」と呼ばれるセノイ族の夢判断、新潟の暗い大きな家にひとりで座っていた磯崎夫人の夢、三橋氏の兵隊さんの夢、  
夢みるけど戻りたいとは思わない日本、どこまで行っても追いかけてくる日本。
「日本とはできるだけ関わりたくない」「こういうの引きこもりっていうんでしょ」平田の演出ノートには「『老い』という状態や結果ではなく、『衰え』というその途上性を描く」ことを試みたとある。
三橋や磯崎のセリフを借り、老人の「引きこもり」の心理を次のように描く。 
もう何もしなくていいでしょう。静かにしていられれば」「ここにいたいんだよ。どこにももう行きたくないんだ」
老いは「引きこもり」のようなもので、ただ静かにしていられればよく、どこにもいきたくなくなる状態、日本を夢見ることはあっても帰りたくない、こどものころ見たハリマオを夢にみ、楽しくなるがただそれだけという状態というのだろうか。
野田秀樹や井上ひさしのように明瞭な主張をもつシナリオでないので、それ以上のことを解読するのは難しい。
「藤崎、死ぬなよー」「おお」の「上野動物園再々々襲撃」(初演2001年、再演2006年)とキャストおよび死をテーマにしたところはよく似ていた。あの芝居では「月の砂漠」と「とんとんともだち」の合唱が芝居を盛り上げていたが、この芝居では三橋美智也の「怪傑ハリマオ」とスポンサーのCM「ジンジン仁丹、ジンタカタッタッタ」が初老の3人組により歌われた。しかしあのときほどの迫力はなかった。歌える役者たちなのだから、もっときちんと歌わせてあげればよいのにと思った(というか、観客としてはもっときちんと聞きたかった)。

役者としては、心の奥の深い憎しみやあきらめを表出した山村崇子、元気のよい中年女性を演じた大崎由利子(磯崎夫人)、ニコニコした能天気なヤングミセスを演じたひらたよーこ(沼岡夫人)の3女優が自分の個性を発揮する演技をしていた。大崎やひらたは役としては大した役ではないのに、ここまで存在感を出せるのは実力だと思った。大崎は「藤崎、死ぬなよー」の北本菊子役のエネルギッシュな演技が印象に強いが、こういうショートカットの普通の中年女性役も演じられることを知り驚いた。ひらたはテニスウェアで登場した。20代の女性のようで、いったいだれかと思った。ただニコニコして「申し訳ありませんでした」などと言うのだが、離婚記念旅行中であることを告白すると突然役柄の色彩が変わる。こういう難しい役を腕力で演じきったのだから、たいしたものである。
男性は、志賀廣太郎、篠塚祥司、大塚洋の「上野動物園再々々襲撃」3人組がよかった(残念ながら、今回は猪俣俊明は出演していない)その他、副支配人役の高橋智子の清楚な演技に好感を抱いた。

☆帰りに北口駅前ハーモニカ横丁に行ってみた。立呑みの店も何軒かあった。ただ立呑みといっても、わたくしがときどき行くようなジャンルの店ではなく、パブやバールのような雰囲気だった。若者や外人さんが多く、有楽町のガード下のような、あるいは、かつての新宿のゴールデン街や3丁目を思い出させるような活気に満ちていた。
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