想い出のモスグリーン

高知のリハーサルスタジオ【プレイヤーズラボ】の店主のブログです。

忘れ物の靴

2016-04-09 10:50:42 | お知らせ


忘れ物の靴。

当店は店内に入ってすぐ、お客さんに履物を脱いで頂く造りになってます。
実は三和土にずいぶん前から一足のスニーカーが忘れられたままになってるのです。
にも拘らず誰も忘れたと言って取りにくる人はおりません。

そもそも靴を忘れるって?
…と思われる方も多いのではないでしょうか。
なぜこんなことになってるのでしょう…

数ヶ月前のある日。
Aスタジオには四人編成のベテランバンドが、またBスタジオにはギターとドラムという二人組のお客さんが入っていました。先に練習時間が終わったのはBスタジオの二人組でした。支払いが済みやがてその二人組は帰っていきました。
一時間後。
となりのAスタジオのベテランバンドが支払いを終え帰ろうとしたとき、事件が発覚したのです。

「俺の靴がない」
ベテランバンドのドラマーが笑いながらそう言ったのです。
他のバンドメンバーは三和土に残っている一足のスニーカーを指し、それと違うのかと確認を促します。「同じ靴ながやけど…」とつぶやきながら、ベテランドラマーはそのスニーカーに足を突っ込みました。
見た感じ、きれいに足は収まっています。
「サイズもピッタリ合う…、けど俺のは買ったばかりでもっと奇麗やきよ」

なんということでしょう。
同じブランドの同じモデルの同じ色の同じサイズの靴を、同じ日に同じ場所でおそらく同じドラムというパートの他人に履いて行かれてしまうという事件が起きていたのです。
お客さんが靴を履き間違えて帰るなんて、開店以来十年近くで初めてのことでした。
ベテランドラマーは仕方なく、上履き用のドラムシューズを履いて帰って行きました。

先に帰った二人組のお客さんは、不思議な事にその日以来来なくなってしまいました。
もしかしたら、履き間違えに気づいて気まずくなり来にくくなってしまったのでしょうか。
それとも、わざと奇麗な方を選んで履いて帰ったから、もう来なくなってしまったのでしょうか。

ベテランバンドの方はその一件があったあとも、何事も無かったかのように続けて来てくれてます。
そして僕はというと、その靴を未だに処分できずに、そのまま三和土に残していたのです。

あの一件から数ヶ月が経ちました。
その頃から、再びあの二人組が来てくれるようになったのです。
二人組のドラムの人が久しぶりに来てくれた時に、残ってるスニーカーをじっと見ていたのを僕は見逃してはいません。ですが、結局その人は何も言いませんでしたし、なぜかその時僕もスニーカーについて尋ねる事をためらってしまいました。そして、その後もその人は何度か来てくれているのですが、同じ黒いスニーカーを履いて来た事はないのです。

こうしてなんとなく二人組の方のドラマーが怪しく感じてしまいがちですが、実は僕は悩んでいるのです。
本当に彼が履き間違えて帰ったと言えるのだろうか。
実はベテランドラマーによる自作自演の狂言だった可能性はないのだろうか。
もしくは単なる思い違いだったのが、今更後へは引けなくなってしまったのではないだろうか。
或は二人のドラマーは以前から知り合いで、共謀して僕をからかっているのではないだろうか、等々。

疑問点を整理してみましょう。
ベテランドラマーはなぜ笑っていたのか。
二人組はなぜ来なくなったのか。
やがて久しぶりに来た時に、なぜスニーカーをじっと見ていたのか。


誰が黒で、誰が白かは分かりません。
ただ、残された黒いスニーカーは日に日に差し込む陽に焼けて、だんだん白く色あせていくのです。



虹とスニーカーの頃/チューリップ




そのうち捨てます!