フラワーガーデン

ようやく再会したハルナとトオル。
2人の下す決断は?

風花

2006年03月21日 23時09分46秒 | 最終章 エターナル
キレるのかと、思った。
この間のように……


でも、カズトは私に背を向けると「出て行け……」と、声を振り絞るように言った。
布団を被り、肩を小刻みに震わせて……泣いていた。


私は、何も持たずに、そのまま外に駆け出した。

謝罪も、弁解も、しない……
それが私に科せられた罰なんだと分かってても、ただ、つらくて、泣いた。


いつの間に降ったのか、強い北風に煽られて、なごり雪が、花のように舞って、儚く消えていく。



私も消えたい
この雪のように儚くなってしまいたい


幸せにしたくて
幸せになりたくて
でもなれなくて
思いだけが空回って行く……

トオル君を、カズトをいっぱい傷付けてしまった。




トオル君……

あなたは私に「幸せになれ」と言ってくれたけど


幸せのなり方なんて、もう、私には分からない





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動揺

2006年03月21日 15時40分38秒 | 最終章 エターナル
カズトは大学病院に入院していた。

私が病室に入った時、丁度おばさんが来ていた。
「全くもぉ、栄養失調の次は過労だなんて……」

普段、カズトのことを放任主義だと公言して憚らないおばさんも、この時ばかりは優しい母の顔で彼の心配をしていた。

「ごめんなさい……」
謝る私に、「ハルナちゃんのせいじゃないわよ」と笑った。

もう帰るというおばさんの後を引き受け、病室に残り、パイプ椅子に座るとカズトの顔をじっと見た。
「顔色、悪いね……」
ベッドで眠るカズトの胸に頬を寄せ、いつのまにかウトウトしてしまっていた。

どれ位、眠ってしまったのか……
頭を優しく撫でるカズトの手に、目を覚ました。
「お帰り……」
「ただいま……」
「って、あれ?!お前、明日までって、トモちゃんから聞いてたけど」
「帰ってきた」
カズトは「え?!」と飛び起き、目眩がしたのか再びベッドに体を沈めた。
「オレのせいか……。わりぃ……」
「そんなことないよ」
「ホント、わりぃ。アカンボが生まれたら、お前、大変になるのに……。
……楽しかったか?」

カズトの優しい言葉に胸がえぐられるようだ……。
彼に表情を見られまいと、椅子から立ち上がり、花瓶の花を整え努めて明るく答えた。

「うん。とても楽しかったよ」
「そか」
「あ。そだ。お土産も、買ってきた」
バッグから、ガサゴソお土産袋を出すと、カズトに小さなコンペイ糖の入った瓶を差し出した。
「オレには可愛すぎ……」
そう言いながらも、「サンキュ!」とカズトは嬉しそうに笑った。
「トモと、ママと一緒で色違いだよ」
「え?!なんで、トモちゃん?一緒に行ったのに?」
カズトはきょとんとして笑った。
「……あ!そーか」
そう答えながら私の心臓は、バクンバクンと動揺し、不規則にリズムを打った。

カズトは私のバッグにぶら下っていた『安産祈願』の赤い巾着のお守り袋を手に取り、
「ついにこーゆーのにすがるようになったか」
と、笑った。

私は、後ろめたさに堪えきれず、「うん。……りんご、剥くね」とナイフで剥き始めた。

暫く剥いていると、背後からカズトが不意に尋ねた。
「ハルナ……、ペンダントさ……。この間、トオルに会った時、返したって言ったよな……」
「うん……。返したよ」
なぜ、突然そんなことを聞くの?
りんごを剥く手が、震えた。


「へぇ……。じゃ、これは?」
カズトの手には星のペンダントが揺れていた。



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幸福な夢を……

2006年03月21日 03時26分21秒 | 最終章 エターナル
昨日の夜は、なかなか寝付けなかった。
トオル君が隣りの部屋で眠っていると思うだけで、胸が締め付けられて眠れなかった。

明け方近くにようやくうとうとし始めた私が、朝起きると、トオル君の姿は既に見えなかった。

彼は何も言わずに去ってしまったんだ……
仕方が無いと、それだけのことを彼にしてしまったんだと、自分に言い聞かせようとしたけど、胸が痛み、涙が零れた。

私は朝食を辞退し、広い部屋で独り帰り支度を始めた。
きちんと畳んで置いてあったトオル君の浴衣の隣りに、自分の浴衣を並べて置いた。


宿を出ると、タクシーには乗らずに、駅までの道をゆっくりと歩いた。
既に開いているお店で、トモと、ママと、カズトに美味しそうなお土産を買った。

駅に着き、切符を出し、改札口を通った。
新幹線が滑るようにホームに入ってきた。

荷物を持ち、乗ろうとした瞬間、耳を疑った。

「ハルナーーーー!!!」
「……トオル…君……」

トオル君は、体を曲げ、肩でゼーゼー息をすると、「良かった……。間に合った」と笑った。

「宿に戻ったら、君はもう出たって聞いたから、焦ったよ」
トオル君は、ポケットに手を入れると、「これ……」と私に小さな包みを差し出した。

「何?」
私はその包みを手に取ると、開けようとした。
「新幹線の中で開けて」
彼は両手で、私の手を包むと、
「僕はもう少し、京都を散策してから帰るよ。1人で大丈夫?」
と、尋ねた。

頷く私の手を握り締めながら、彼は言葉を続けた。
「僕は来週アメリカに帰るよ」
「来週……?!」
そんな急に……そう言い掛けて、目を瞑った。
「君に会えて良かった。一緒に京都にまで来れて……」
でも、殆ど何も見れなかったね。
心の中で、彼に語り掛けた。

発車を告げるベルの音に、私は新幹線に乗った。
「元気な赤ちゃんを産んで!」
彼の優しい言葉に、私は精一杯頷いた。
「幸せに……幸せになるんだ!ハル……」
彼の言葉を遮るように扉は閉まった。

その瞬間、私の瞳から真実の想いが零れ落ちる……
トオル君は、突然目を見開き、動き始めた新幹線を追って駆け出した。

私は、扉に背を向け、号泣した。

トオル君……
たった一度でもいいから……
あなたに抱かれたかった

トオル君の腕の中で幸せな未来の夢を見てみたかった……

きつく結ばれた両手を開き、震える手でトオル君から貰った包みを開けた。

「安産祈願のお守り……」

これを買うために彼は今朝いなかったんだと、その彼の優しさが目にしみて、私は泣きながらその場に崩れ落ちてしまっていた。




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無償の愛

2006年03月20日 16時08分19秒 | 最終章 エターナル
トオル君はきっと怒ってる。
振り返りもせずに戸を閉めたトオル君の姿に、傷付く資格なんてないと思っても涙が出た。

私は声を押し殺して泣いていた。
時折、隣りでトオル君が寝返りを打つ音にびくっとしながら……

私はカズトとトオル君のことを同じように愛していると思っていた。


でも、分かってしまった。

カズトにホテルで抱かれた日……
私は、強く目を瞑り……
トオル君に抱かれていた。

カズトはきっともう気付いている。
知ってて、それでも彼は夫婦と言う絆を精一杯築こうとしている。

私も赤ちゃんのために、頑張ってもっとカズトを愛そうと思った。
トオル君よりも……


残酷な私……
残酷なカズト……

私は、カズトの妹にはなれても、恋人にはなれない。
それでも、もうカズトはこの赤ちゃんのようにかけがえのないヒトなんだ。


そっと涙を拭った時、静かに襖が開いた。
「さっきはごめん……。つい、かっとなって」
トオル君が私の枕元に座った。
「そこまで、体に負担を掛けても、あいつの元に帰りたいんだね」

違うよ。
私はもうあなたにこの体に触れて欲しくなかったの……
何度も、何度も、私はあなたの側にいる資格がないと思い知らされるのがつらいから、逃げたの。

全ての想いを飲み込んで、私は頷いた。

「そうか。君は片岡をやっぱり愛しているのか……」

住む世界が違うトオル君。
トオル君には絶対相応しい女性が現われるから。
だから、私のことはもう忘れて……
そして、そのまま私の想いに気付かないでいて……
私はさっき危うく「YES」と答えてしまいそうになった、身の程知らずな自分を恥じた。


「……うん」
「そうか」
トオル君は優しく私の頭を撫でると、部屋へ戻っていった。

トオル君……
トオル君……
あなたにはキラキラとした未来が……、私とは違う未来がある……

私はあなたを愛しているって言わない
あなたを心から愛しているから……



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君を帰さない

2006年03月20日 11時33分46秒 | 最終章 エターナル
気付くとトオル君に体を支えられていた。

「帰らなくちゃ……。私……」

足がもつれて、一歩が踏み出せない。
「君は……」
トオル君の声が頭の上から辛うじて聞こえてくる。

「落ち着いて」
抱きしめてくれるトオル君の温もりが伝わってきた。
「大丈夫だから」
「え?!」
「過労だって」
「……か、ろ…う?」
乱れた思考は、すぐには言葉の意味すら取れなかった。
「そう、過労だ」
「……過労」
体中の力が抜けて、トオル君の支え無しでは立てなくなってしまっていた。

「新幹線はまだ出ているから帰れなくもないけど……」
トオル君の腕が一瞬強く私を抱きしめた。
「帰したくない」
そう言うと、更に私を抱きしめる腕に力を込めた。

だけど、彼は腕を解くと、私の両手をそっと握った。
「……嘘だよ。帰ろう」

トオル君に手を引かれて部屋に戻った。
さっきまで温かかった私達の手はすっかり冷えていた。


部屋に戻ると、既に食事は下げられ、奥の和室には代わりに2組の布団が敷かれていて、私は体が硬直した。

トオル君は、服に着替えると「タクシーを呼ぶから、君も着替えてて」と部屋を出ようとした。
私は、丁度バッグから造血剤を取り出し、飲もうとしているところだった。
トオル君は、私の手を咄嗟に掴むと薬を手に取り、「貧血気味なの?」と尋ねた。

私が頷くと、彼はそのままそこに座り込み、考え始めた。
「ハルナ、お腹は?大丈夫?」
トオル君の手がお腹に伸びてきた。
それを私は両手でお腹を抑えると、「大丈夫!」と逃げた。

「ハルナ!」
トオル君はちょっとムッとしていた。
「だって……」
「……分かった。やっぱり、君を帰さない」
「え?!」

驚く私の隙をついて彼はお腹を触ると、「また、張ってるじゃないか」と怒った。
そして、やおら立ち上がると、隣りの和室に入っていって、1組のお布団をズルズルと引き摺ってきた。

「君はここ。僕はあっちの部屋で寝るから。今日は安静にするんだ」
そう言うと、彼は隣りの部屋に行きピシャリと戸を閉めてしまったんだ。



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フェア

2006年03月19日 21時23分39秒 | 最終章 エターナル
「どうぞ、おあがりやしておくれやす」
品の良いおかみさんが恭しく手をついて、差し出したお料理は、細やかな竹細工の上に、芸術的なまでに繊細な料理ばかりだった。

トオル君は、美しい箸さばきでそれらをひとつひとつ口に運ぶ。
こんな時、彼の育ちの良さをしみじみと感じる……

「あいつとは住む世界が違う」
カズトがそう言った彼の世界の一端を、まざまざと見せ付けられるような気がする。

「ハルナ、どうした?元気がないね。まさか、またお腹が張ってる?」
トオル君の気遣いに、首を振って微笑を返した。

「じゃぁ、どうした?」
トオル君は箸を置くとじっと私を見つめた。
「え?なんでもないよ」
トオル君は怖い。
一瞬で私の表情を読んでしまう……

「あ、あの……」
そう言い掛けた時、彼のケイタイが鳴った。
彼は、「ちょっと待って」と言うと、ケイタイに出た。
「はい。もしもし、……ああ、皆川さん」
彼はちらっと私を見て、微笑んだ。
「え!?……分かった。……有り難う」
トオル君が電話を切ると、何となく不安が過ぎって「トモ、……どうしたの?」と尋ねた。
トオル君は、一瞬考え事をしていたみたいだけど、私の「トオル君?!」と言う声に、顔を上げ、「いや、何でもないよ。ただ、電話してきたみたいだ」と答えた。

「それで、さっきの続き。風呂から帰ってから君の様子がおかしいんだけど、どうした?」
私は、言えなくて俯いた。
「僕達はずっと離れていた。だから、それをこれから話し合って埋め合わせていきたいんだ。君の心にもっと触れたい……。話してくれないか?」
トオル君の真剣な目に、心が震えた。
「カズトを……カズトを思い出してしまうの……」
トオル君の表情が強張るのが分かって、それだけ言うと口篭もった。
「……そうか」
彼は唇をきつく結ぶと、天井を見上げた。

「ごめんなさい……」
言うべきじゃなかったと私は後悔した。

トオル君は、「結構、きついな……」と小さく呟くと、腕を組んだ。
そして、暫く黙っていたけど、「僕もフェアに言うよ」と口を開いた。

「さっきの露天風呂。混浴だって僕は知っていた」
トオル君の告白に顔が真っ赤になった。
「……君に触れたくて黙ってた。ごめん」

それから、彼は真っ直ぐに私の目を見つめて「抱きたいんだ……」と言った。
鼓動が速くなり、喉が渇いていく。



「今の皆川さんの電話……」
彼はゆっくりと立ち上がると、庭に続くと言う戸の方に歩いていった。
そして、カラカラと音を立てて戸を開けると、下駄を履いて庭に出て行ってしまった。

「ハルナも、おいで。月が綺麗だよ」

綺麗な月が彼を吸い込んでしまいそうで、なんとなく恐くなる。
カランカランと音を立てて、彼は庭を歩き始めた。
私も慌てて、彼の丹前を持って後を追った。

「さっきの話を聞くと、尚更、君を帰したくないけど……」
トオル君は私が持ってきた丹前に手を通すと、黙って月を見上げていた。

だけど、やがて月の光を弾いてキラキラと輝く金髪をそっと掻き揚げると
「片岡が倒れたらしい……。君は、どうする?」と言った。



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2人の狭間で

2006年03月19日 08時50分56秒 | 最終章 エターナル
カズトは、私に赤ちゃんが出来たと知った日からアルバイトを始めていた。
私は一緒に住むようになってから知ったのだけど……

「医療系の翻訳は金になるからな」
カズトは英々辞書に目を落としながら笑った。
「でも、学校に、ボランティアにゼミのお手伝いに……カズト殆ど寝てないよ」
私はベッドに腰掛け、枕を抱きしめながら、所在無く足をプラプラさせていた。
彼は真剣な眼差しでパラパラと辞書を数頁捲り、「おお!これか!」と小さくガッツポーズをすると、急いで翻訳文を書き込んでいた。

「お前の心配はアリガテーけど、父親としてアカンボのミルク代とかオムツ代くらいは、出してーし。
何もかも、親掛かりってのもなんかやだしな」
「でも……」
「それに、こういう医学用語は結構何回も同じのが出てくるから、そのうち慣れてどんどん速く訳せるようになるさ。自分の勉強にもなって一石二鳥!」
そう言って数行ほどスラスラと書き込むと、パタンと辞書を閉じた。

カズトは、椅子から立ち上がり、ベッドに座っている私にキスをすると、私から枕を取り上げてお腹の赤ちゃんにもキスをした。
「オレが好きでやってんだから、お前は気にすんな」
カズトはお腹に頬擦りすると、赤ちゃんに語り掛けた。
それが、彼の欠かさず行う日課だった。
「おーい!チビスケ、ママン中は気持ちいいだろぉ~~。
いいよなぁ、お前は24時間体制で入れてもらえて……。
オレなんか全然挿れさせてもらえねーのになぁ……」
「な!なんてことゆーーのぉ!!」
私はカズトの頭をゲンコツで殴った。

……?
あれ?
無反応だ??
私が覗き込むとカズトは既に寝息を立てて眠っていた。


なぜ?
どうして、カズトを思い出すの?

「ハルナ?どうした?」
トオル君の声に、はっとなった。
「具合悪い?」
心配そうに彼は私の頬に手を添えた。

「あ、あの……。のぼせちゃった、かも」
トオル君は、恥かしそうに「ごめん。そろそろ上がろうか?」と笑った。




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リングの痛み

2006年03月18日 21時13分25秒 | 最終章 エターナル
「YESと言ってくれないか……?」

トオル君は私の頬を撫でながら言った。
「キスしてもいい?」

何ヶ月振りかのトオル君のキス……
私は、静かに目を瞑り、川のせせらぎを聞いた。


「YESと言うまで、キスするから……」
トオル君のイジワルは健在だった。
「じゃ、ずっと言わない……」
「それは、困る。のぼせてしまうよ……」

それでも、笑いながらトオル君は静かに唇を重ねた。

頬を撫でていた指が、ゆっくりと胸元のバスタオルを解いていく。


つらかった日々が、涙になって零れ落ちた。
トオル君が去って淋しかった日々も、再会した後のつらい想いも、彼の腕の中で全てが幸せな思い出に変わっていく……


嬉しい……
こんなに嬉しい事ってない……
彼の想いを全身で感じながら、もう、迷いはなかった。

何度目かの彼の唇を受け入れようとした時、私の唇から言葉が漏れた。

「イ……」

その時、トオル君の指が優しく私の顔の輪郭をなぞった。

チクンとした痛みが眉の上を走り、
「いたっ!」
と、小さく叫ぶと、私は思わず眉山を抑えた。

トオル君は、その手をどけながら、
「ここのところが、少し赤くなっているね……。どうした?」
と、私の眉を撫でた。

突然、心臓を激しい痛みが貫いた。

「服、ごめんな」
「弁償するから……」
「慰謝料分」
「お前以外の誰に贈るんだよ!」

私ははっとして左手の薬指を見た。
節くれ立った指が、私の左手を引き寄せ、その薬指にリングを嵌めていた。


―――――学生の身で100万円は無理だから。これはそんなに高くないけど、いつか本当に高いの買ってやるよ―――――

照れ笑いしながら、玄関を出る彼の影が鮮明に浮かんだ。


……カズト!



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もう一つの未来

2006年03月18日 17時38分18秒 | 最終章 エターナル
お腹の張りは幸運にも暫くすると治まった。
「診ると言って、患者に暴力を振るわれたのなんて初めてだ」
トオル君は苦笑い。
私は真っ赤になって、交互に「だって」と「ごめんなさい」。

2人で浴衣を着て、石畳の上を下駄の音を響かせながら歩いた。
離れにあると言うお風呂場まで、笹の葉がさわさわと風に靡く音を聞きながら手を繋いで歩いた。
トオル君は背がとても高いから、浴衣から長い足が出てしまって、おかしくて笑ってしまった。

竹林に囲まれた風情のあるお風呂は、日本の情緒たっぷりでとても素敵だった。
笹の中に隠れてたいくつもの照明が、暗闇の竹林を美しく照らし出していた。
「じゃ、後で。1時間後位に」
私達はそう言ってそれぞれの脱衣所に入っていった。

……けど、脱衣所から出てお風呂の戸を開けるとトオル君がいた。
「うわっ!」
「きゃーーーーーーーーーーーー!?」
トオル君は既にお風呂に浸かっていた。
私は慌てて、体をタオルで隠すと脱衣所に戻り、浴衣を着て、動揺しながら入り口に掲示板や看板とかないか探した。
すると、入り口にちっちゃくお札が……。
「混浴専用露天風呂」
み、見落としてた。
トオル君も浴衣を着て、いつの間にか私の隣りに来ていた。

「……僕はここで見張ってるから、君だけとりあえず入っておいでよ」
「いいよ!トオル君こそ先に……」
「いいから、君が先に入って部屋に戻って……」
と、言い合っているうちに、2人とも冷えたのか同時にくしゃみをした。

私達は2人とも顔を見合わせて、クスクスと笑った。

「……2人で入ろう」
トオル君の言葉に、心臓が大騒ぎしてしまった。
「僕のバスタオルを貸すから、君のは巻いて入ればいい」

結局、2人で入る事になってしまった。

葉擦れの音が心地良くて、最初は緊張していた私もすっかりリラックスしていた。
見上げると綺麗な星空が瞬いて、心が吸い込まれそうな気がしてくる。

トオル君は、星空を見上げながら不意に言った。
「ハルナ、これから僕の言う事を真剣に考えて欲しいんだけど……」
「え?」

笹の葉がくるくると風に舞って、お風呂の外にある小さな川の流れに飲まれていく……。

「僕と結婚して、その子を一緒に育てないか?」
私は驚きのあまり、一瞬、彼が何を言っているのか理解できなかった。

胸の鼓動が速くなる……
「突然で……」
言葉が続かなかった。
「突然じゃないよ。今までずっと、その事を考えていたんだ……」

私は、新幹線の中で、ずっと外を見ていたトオル君の姿を思い出していた。

「……片岡は、憎い。あいつの子供だ、と思うと正直、胸が張り裂けそうだ……。
だけど……」
トオル君は私の手を取ると、その甲にキスをした。
「だけど、君を失いたくないと言う気持ちの方が大きいんだ」

私は、トオル君が言っていた「別れない」と言う言葉の裏にある彼の決意を初めて知り、動揺を隠せなかった。




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トオル君の受難

2006年03月18日 00時27分01秒 | 最終章 エターナル
その日の京都は、東京よりも少し肌寒くて、私は少し悪寒を感じた。
トオル君は、コートを脱ぐと私に掛け、肩を抱いた。
私は彼に肩を抱かれながら、涙を拭き拭き、碁盤目のような京都の町を歩いた。
「大丈夫?」
彼の言葉に頷いたけど、そういって数歩も歩かないうちに、お腹がキューっとなるような痛みを感じた。

お腹がどんどん固くなっていくような感じがして、額に汗が滲み始めた。

「トオル君、ごめん。つらい……」

抱え込むようにお腹を抑えると、そのまましゃがみ込んでしまった。

「どうした?!」
トオル君が心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「分かんない。お腹が突然、キューって」
「張ってるような感じか?」
「分かんない……。それってどんな感じのこと言うの?」
トオル君に説明を受けたけど、その感覚がこれに該当するのかイマイチ分からなかった。
彼は辺りを見回し、私を抱き抱えると、近くの公園のベンチに私を横たえた。
「お腹、ちょっと触るよ」
そう聞くだけで、もっとお腹が緊張してくる。
「力を抜いて」
トオル君は、私のお腹を注意深く触っていた。
「やっぱり、張っているみたいだね……」


彼は手を離すと、考え込んでいるようだった。
「ハルナ、今、妊娠何週目」
「……19週目」
「じゃぁ、大丈夫かな。とりあえず、宿に入って安静にした方がいい」
トオル君は、タクシーを止めると行く先を告げた。
「赤ちゃん、大丈夫?」
「……恐らくね。5分ほどで着くから」
私は彼に膝枕をして貰いながら、宿に着いた。

トオル君に抱えられながら、部屋に入り、布団を引いてもらうとすぐに横になった。
少しだけ体が楽になったような気がして、ほっとしていた。

「まだ、張ってるね」

トオル君は私のお腹を触りながら、「う~ん。専門じゃ、無いけど……」と独り言を言った。
そして、時計を見つめ、次に私をじっと見つめると、袖を捲くり始めた。
「な、何?どうしたの?なにするの??」
咄嗟に不安が過ぎり、怯えながら質問した。
「これ以上張りが引かなかったり、何度も続くようだったら、内診するから」
彼は大真面目に答えた。

「そ、それだけは、死んでもイヤ!!!!トオル君のエッチ!!!!」

そう叫ぶと、トオル君の顔目掛けて枕を投げてしまったんだ……



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