１０月５日（水） 雨の日は

　　”元加治駅　１０時３４分”

　雨の日はすることがない。
ＢＳテレビで、インドのダージリン鉄道の放送を見ながら
「行きてーな」なんて言ってると電話が鳴った。

　２０代に葛飾区新小岩で同じ下宿だったＳさんからだ。
彼の家は前橋だ。もう４、５年会っていない。
「今どこから電話してるの」
「新幹線」
「どこへ行くところなの」
「東京」

　話はこうだ。
国立劇場へ歌舞伎を奥さんと見に行く予定だったが、
奥さんが都合で行けなくなった。
乗ってから、私なら無理を言っても来るかもしれないと電話したという。

　時計を見ると１０時。開演は１２時だという。
「行くよ」と返事をしてからがいけない。
いつもアウトドアに行く正装なら出来てるが。
急に寒くなって、伝統芸術を見る正装はどうするの。場所は。

　駅に急ぐ途中で電話した。
開演に間に合わないかもしれない。そうしたら入れなくなるから私はやめた方が。
彼が言うには、今日は私に会うだけでも来た価値があるから劇場前で待っていると言う。
　行かないわけにいかない。

　開演二分前。席に着いて演目のチラシを見る間もなく会場の明りが消えた。
　滑り込み、超セーフ。



　

国立劇場 １

　　”国立劇場”

　Ｓさんは私より二つ歳上だ。
新小岩の下宿での思い出は、
なぜか二人が幼なじみだったような気にさせる。

　それ程あの頃は金はなかったが、心が自由で裸の付き合いだった。
　パンツの貸し借りもした。
　ハチャメチャあらびた気がしているのです。

「言っちゃ悪いが歌舞伎って、小学生の学芸会にメリハリをつけたと同じじゃん」
いたずらっぽく彼は言う。
彼は確信犯で、こういう「暴言を」意図的に吐いて、議論百出の話題を投げかけるのだ。

　若いころの青臭さをまだ保っているよ。７０になったというのに。

　

国立劇場 ２

　１２時に開演して、
休憩を何度か挟んで３時４０分過ぎに幕が下りた。

　昨年１２月に秩父の鉄砲祭りで農村歌舞伎を初めて見た。
その時本当の歌舞伎を見てみたいと思ったが、それが実現したのです。

　通し狂言
「開幕驚奇復讐譚（かいまくきょうきあだうちものがたり）」　
　尾上菊五郎、尾上菊之助・・・

　せり出す舞台や、ワイヤーで空中遊泳する演技など、
　今の時代だからで出来る事ですが、
　旅館の屋号を変えたのは「なでしこ」がはやっているから。などと今流の笑いを入れたり。

　あとは様式美とでもいうのでしょうか。
　その様式美を支えているものはストーリーの普遍性にあると思った。

　室町初期を舞台に、どろどろした権力争い、仇討、人をおとしめたり。
　善人が悪人にもなり、悪人がなぜか哀れだったり。
　人間に対する洞察が全然古くない。今のドラマより深くて重い。
　それが長く続く理由ではないか。

　２０代の青年の様な二人の会話は続くのでした。

　

国立劇場 ３

　舞台がはねても外は相変わらずの雨だ。
バスで東京駅まで行き、
　地下道伝いに丸善のあるビルで早夕食に。

　話し込むと、２０代に下宿で話している様な気分になってくる。
　人は歳はとれても、そう簡単に大人になれない。

　２０代は年寄で、６０代は若造か。
　彼を改札まで見送り握手をして別れた。


　

池袋駅

　　”池袋東口”

　池袋乗換の時、外の雨の様子をちょっと見た。

元加治駅

　　”元加治駅”

　元加治駅に着いた。雨はまだ降っている。
近道するとこの水たまりの広場を通る。
駅前で水たまりが見られるなんて、好きです。
　コンクリートを見るより。

　雨の日は退屈な一日になると思いきや、
　ハプニングのあった一日でした。