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がんやがんの疑いが116人+51人/福島の子どもの甲状腺検査

2016年02月17日 | 日記
東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて福島県が進めている子どもの甲状腺検査について、専門家な どで作る福島県の検討委員会は、1巡目の検査で116人にがんやがんの疑いが見つかったことに関して、放射線の影響とは考えにくいものの、今後も検査を継 続して長期的に検証する必要があるとの見解を示しました。
福島県は、原発事故当時18歳以下だったおよそ38万人の子どもを対象に、甲状腺の状態を調べる検査を継続的に行っていて、1巡目の検査ではがんやがんの疑いが116人、現在行われている2巡目の検査ではこれまでに51人見つかっています。
15 日に福島市で医師などの専門家が1巡目の検査結果に関するとりまとめに向けた会議を開き、原発事故からがんが見つかるまでの期間が短いことや、外部被ばく の線量がチェルノブイリの事故と比べてはるかに少ないことなどから、「放射線の影響とは考えにくい」とする見解が示されました。一方、委員の中からは「原 発事故から数年間の内部被ばくの線量を推計したうえで慎重に判断すべき」とする意見も出されました。
会議のあと、検討委員会の星北斗座長は「検査や治療で子どもや保護者には負担をかけているが、被ばく線量の評価を含めて、放射線の影響の有無を長期的に検証していく」と述べ、今後も検査を継続して長期的に検証する必要があるとの見解を示しました。

「ソバルディ」「ハーボニー」「アバスチン」売れてる薬を最大で半額に引き下げ

2016年02月06日 | 日記

 厚生労働相の諮問機関、中央社会保険医療協議会は20日、売れ行きが予想外に伸びて年1000億円を超えた新薬の価格を下げる新制度の対象を、肝 炎治療薬など4製品とすることを了承した。各薬の価格は3月に決め、来年度の診療報酬改定から導入。国費ベースで約280億円の医療費の削減効果が見込ま れる。

 新制度では、販売額が年1500億円を超え製薬会社の予想の3割増以上となった薬は最大で半額に引き下げ、同1000億円超で予想 の5割増以上の薬は最大25%下げる。C型肝炎治療薬の「ソバルディ」と「ハーボニー」は1500億円超、抗血小板薬「プラビックス」、抗がん剤「アバスチン」は1000億円超の対象となった。

 多くの医療現場で25年以上使われているものの、過去の診療報酬改定に伴う


はやと形成外科クリニック 地図

2016年01月12日 | 日記

住所

〒899-5102 鹿児島県霧島市隼人町眞孝字皆渕2540-3-1
(A-Zはやと前)
 

電話番号

0995-42-8300
 

ファクシミリ

0995-42-8310
 

交通アクセス

●いわさきバス 清水バス停
●隼人道路、隼人東インターすぐ
●駐車場24台・身障者用駐車場1台あり


祖父江の伊藤歯科医院

2016年01月11日 | 日記

愛西市、稲沢市のみなさま

当院の医師は患者さんから、いまの症状と、「どのように治していきたいか」というご希望をしっかり伺って、できるかぎり患者さんのご要望に応じた治療を行っています。
何をされているか分からないと一般的に言われる歯科のイメージを払拭するためにも治療にあたっては、口の中の現在の状態と、どのような治療を行うかについ て、レントゲン写真だけでなく、短いアニメーションで患者さんに説明する「トリニティ アニメ」というカウンセリングアニメを使って、治療についてきちんとご理解いただく安心、納得の治療に努めています。
例えば歯をうしなった場合に、入れ歯とブリッジとインプラントの違いについて言葉で説明するのはなかなか大変ですが、アニメであれば一発でご理解いただけます。

当院の医師は、すべての患者さんについて、「自分自身や自分の大切な家族なら、こんな治療をしたい」と思える最善の治療を提案させていただいた上で一緒に相談して決めていきます。


ビタミンAを皮膚の奥深くに入れ込む超音波イオン導入

2016年01月10日 | 日記

ビタミンAを皮膚の奥深くに入れ込む超音波イオン導入

さらにビタミン Aをより効果的に浸透させ、しわを改善させるために当院では超音波イオン導入器を使う場合もあります。
当院で施術する超音波イオン導入というのは、乳酸を使ってお肌の角質を取り除き、細胞と細胞の間を広げ、超音波の振動とイオンの力を使いながらビタミン Aを皮膚の奥深くに入れ込んでいく方法です。
自分でビタミン Aを塗った場合と比べて 40倍浸透させることができると言われており、個人差はありますが 2日後くらいには肌のトーンが明るくなった 印象をもたれる方が多くいます。
初めて超音波イオン導入を受けられる方は最初の 2ヶ月間に 4回ほど集中的に来院し施術を受けていただくことで、ホームケアの効果がより高まると言われています。 1回の施術時間は 30分から。
超音波イオン導入とホームケアを継続することで皮膚の状態が正常に戻っていくので、目の下のクマが目立ちにくくなる人もいらっしゃいます。
レーザーは目の周辺に打つことができないのですが超音波イオン導入であれば目のキワ、ギリギリのところまでビタミン Aを浸透させることができるのです。

診療報酬改定「門前薬局はもうけすぎ」薬剤師の技術料引き下げが焦点

2015年12月20日 | 日記

 2016年度の診療報酬改定は、薬剤師の技術料の引き下げが焦点だ。政府内からは、病院前の「門前薬局」などに対して「もうけすぎ」との指摘が出ていた。政府は技術料全体で約300億円を削減する考えだが、大半が薬局関連ではないかとの見方も出ている。

 「株式を上場しているチェーンの薬局は、非常に利益が出ている」

 「薬局の報酬だけ硬直的なのは、医者も納得がいかないだろう」

 門前薬局に対する批判の発火点は、政府の規制改革会議だった。今春頃からの議論では、薬局の高い報酬を問題視する発言が委員から相次いでいた。

 今回の診療報酬改定で、社会保障費を抑制したい財務省などが「狙い撃ち」しているのが、薬剤師の技術料だ。

  診療報酬は、医科、歯科、調剤(薬剤師関連)の3分野に分かれ、それぞれが「本体」と呼ばれる技術料と、医薬品や医療器具などの値段「薬価」に分かれてい る。財務省とは異なり、医療機関などの経営に配慮する傾向がある厚生労働省側も「調剤を見直す」(塩崎厚生労働相)と明言している。

 約40兆円に上る医療費のうち、薬剤師の技術料は1・8兆円程度だ。近年の額の伸びは大きいが、医師や歯科医師の技術料に比べて全体の規模が小さいため、過去の改定で焦点になることは少なかった。

 政府は、2016年度の予算編成で社会保障費の伸びを約1700億円抑制する方針だ。今回の診療報酬改定を活用し、市場の価格の下落に合わせて値段が下がる薬価で約1400億円、本体の引き下げで約300億円を抑制する方向で検討に入っている。


日清講和記念館 日清戦争の講和会議は、下関のふぐ料理店春帆楼で行われた。次回の講和会議は?

2015年11月29日 | 日記

 
下関の春帆楼は、伊藤博文の命名で、ふぐ料理公許第一号店。
日清戦争後の講和会議はここで行われて、李鴻章がやってきました。
会議を行った部屋が復元されて、それを納める日清講和記念館がよこっちょに建っています。

講和文書

伊藤と陸奥



その隣が、赤間神宮。「耳なし芳一」の舞台です。
  
李鴻章は命を狙われる危険があったため、近くの宿泊所まで細道を通って通ったそうな。それが李鴻章道。
その途中の高台に、下関出身の藤原義江記念館がありました。


中国との次の戦争の講和会議も、東京のふぐ屋でやればいい。浅草の三浦屋あたりかな。
そのときの講和の相手は、中共ではないでしょう。




巌流島
 


門司港レトロ 国際貿易港の名残を残す明治・大正時代の建築群

2015年11月27日 | 日記

焼きカレーをほぼ強制的に食わされそうになる町、門司にやってきました。
JR門司港駅は修理中でよく見えませんでした。

 

その他の国際貿易港として賑わった門司の名残の近代建築は、なかなか風情がありおもしろいものです。

 

 

 

しかし、これだけ焼きカレーを見せつけられると、意地でも食べたくなくなるもので、地元の魚を出してくれる回転寿司を食べました。


枕崎駅 九州旅客鉄道指宿枕崎線 日本の鉄道の南の終点 坊津にも行ってみた

2015年11月26日 | 日記

  

JRの終点です。ただそれだけの、それ以外何もないところです。
日本の南の端はどういうところなのかと思って来てみたのですが、一面の茶畑が広がっていました。

枕崎の公衆トイレにはカツオが泳いでいます。

 

そこからさらに走ったのが坊津です。
さらにその先に、鑑真が上陸した場所というのがあるのですが、道が細いので断念しました。
とにかく日本の端っこです。

 


開聞岳と池田湖 イッシーの模型だらけ

2015年11月25日 | 日記

開聞岳。登山口まで行ってみました。登山道は胸突き八丁でけっこう急だと聞いています。
そこからすぐのところに、九州最大の湖、池田湖があります。

 
昔はそれなりに賑わったのかもしれませんが、いまは土産物屋もシャッターを下ろしています。
大ウナギがいるらしい、世界一かどうかは知りませんが。
イッシーについては昭和53年に、多くの住人によって目撃されたのですが、たぶんこの大ウナギなんでしょうね。

 


桜島 5合目まで登ってみる 鹿児島市民は大正噴火並みの噴火の不安を口にしています

2015年11月24日 | 日記

鹿児島のシンボルと言えば桜島。街中から見えるその雄大な山容は、「すばらしい」の一言です。
小さい頃からこんなすごい山を見て育ったら、スケールの大きい人間になるだろうなあと思います。でも地元の人は「まともな奴は維新の時にみんな東京に出てしまった」とヨソ者の夢をぶちこわしてくれます。


桜島へは鹿児島市街から桜島フェリーで行けます。頻繁に出ているので、乗り場に車で乗り付けて、しばらく経ったらフェリーに乗せてくれて、対岸に着いたらそのまま車で上陸して、高速の料金収受所みたいなところで1500円払うという仕組みです。
そこから5合目の湯之平展望所に行ってみます。
桜島は二つの火山なんですね。その峨々とした山並みを仰ぎ見ると同時に、錦江湾の眺めも楽しめます。

 
かなり土留めの工事をやってますね。噴火でできた扇状地では、桜島ダイコンやみかんが栽培されています。
ここのところ爆発回数が増え、地震もあるし、口永良部島が噴火し、霧島にもその兆候があるため、地元の人は「大正噴火並みの噴火」があるのではと危惧しています。

 
わたしの曾ばあちゃんは四国でこの噴火を体験し、「洗濯物が真っ黒になった」とよく話していました。
つまり、ものすごい降灰があるということです。
再稼働した川内原発は、桜島から50㎞離れていますが、もし5㎝以上の降灰があったら車って動かなくなるんですけど、だいじょうぶなんでしょうかね。
とても大丈夫とは思えませんね。
人って、懲りないもんですね。


おはら祭 たまたま出くわした2万人が踊るという鹿児島の大イベント

2015年11月23日 | 日記

 

たまたまなんですけど、鹿児島でおはら祭というのに出くわしました。
市内に入ると警官が町の辻辻を固めているので、よほどヤバイ町に来ちまったのかと焦りました。交通規制の準備だったんですねえ。
「花は霧島 煙草は国分 燃えて上がるは オハラハー 桜島」の鹿児島おはら節だけでなくて、3種類くらいの踊りがあり、学校で教えているので鹿児島県人ならみんな踊れるようだ。
なので見物が勝手に飛び入りで踊ってもよく、飛び入り連もあります。

  
また鹿児島市内だけでなく、周囲の町から来ている団体も多いようです。道理でホテル代が高かったわけだ。
各団体の後ろにはタンクを載せた車両がついて歩いていて、さすが鹿児島、日差しが強いので水分補給のためかと思ったら、タンクには焼酎が入っているとのことで、さすが鹿児島・・・


鹿屋航空基地史料館 「永遠の0」以来、入館者が増えているらしい

2015年11月21日 | 日記

  

旧海軍鹿屋航空基地時代には、最大数の特攻機を送り出した基地です。
史料館2階は、海軍航空隊のそもそもの始まりから、国産機の開発、航空母艦の開発、日清・日露戦争、日中戦争から太平洋戦争の主な海軍の作戦と海軍航空隊の役割についての展示があり、別室に近所の垂水市の海中から引き上げられたゼロ戦を元にして作られた復元ゼロ戦の展示と、航空機の技術についての展示、さらに別室にこの基地から飛び立っていった特攻隊員たちの遺書や遺物が展示されています。


かなり広い史料館です。
1階に降りると、現在の航空自衛隊の展示になっていて、武器の解説と、いまの航空自衛隊の仕事が対潜哨戒と、海難救助であることがわかります。


あとソマリアの海賊対処の派遣を紹介するコーナーがあります。
屋外には、古い航空自衛隊の航空機がたくさん展示してあるのと、お台場の船の科学館から運ばれてきた二式大艇が、道を挟んで向こう側に翼を休めています。

 


知覧特攻平和会館 ここに修学旅行生がたくさん来ているのを見ると、なんだかホッとします。

2015年11月20日 | 日記

 

また来てしまった、知覧特攻平和会館。
ここはアメリカ・イギリスとの戦争が始まる直前の昭和16年12月に作られた、陸軍の飛行学校用の飛行場です。
だから最初は飛行学校だったんだけど、本土最南端の航空基地という地の利もあり、結局400機以上の隼とか疾風とかの特攻機が飛び立つことになってしまいました。


この知覧特攻平和会館には、英霊となった1000人以上の特攻隊員たちの遺書や遺品が展示されています。
前来たときは涙で遺書の数々がよく読めませんでしたが、今回も目から汗が流れ出してきてよく読めませんでした。

知覧特攻平和会館につくまでに、道端にずっと石灯籠が並んでいます。



遺書の中に長文で、合理精神を持つ学生の書いたものがあって、体制批判の後、「もし万一この戦争に日本が勝ったとしても、日本の現体制は必ず外国に倒される」と書いていて、そういう信念を持っているのに従容として死に赴くことに満足していると書いているものがあります。
自分の信念に反していても、なぜ納得して死ねるのか。戦争というのは皮相的なイデオロギーを超えた本源的な何かと背中を接していると思わずにはいられません。

ここはあいかわらず、老若男女バスでたくさんの人たちが来ています。遠足の幼稚園から修学旅行、カップル、家族連れ、熟年カップル・・・
子供がここに来ているのを見ると、なんだかホッとします。修学旅行生は屈託なく笑い合っていますが、若いときにここに来たことは、きっと何か心の中に残ると思います。
修学旅行で韓国なんぞに行くんなら、知覧に来たほうが何万倍もいいと思いますね。

 


宮崎神宮 神武天皇が都を置いていたところ(まあ都と言えるかどうか微妙ですが)

2015年11月19日 | 日記

 

宮崎市の中心部からややハズレたところにある、神武天皇を祭神とする大きな神社です。
創建は第10代崇神天皇の時代だそうですが、その前はここは神武天皇が都を置いていたところらしい。
神武天皇というのは、イザナギイザナミのひ孫が海彦山彦で、その山彦の孫が初代神武天皇なわけですよ。
そして彼はいまから2675年前の10月5日、意を決して軍を率いてこの地を立ち、東征を始めます。
大分~福岡~広島~岡山と転戦して、岡山には3年とどまって軍を拡張し、大阪に上陸するのですが原住部族の強い抵抗にあって熊野に再上陸し、そこから八咫烏に案内されて熊野を抜けて大和に入り、大和を平定して橿原に腰を落ち着けます。
そうやってできたのが大和朝廷なんだそうです。

  
ま、神武天皇=崇神天皇という説も昔からあり、そうすると2675年がずいぶん圧縮されちゃうんだけど、おそらくこれは史実なのでしょう。
そういうわけで、なかなか重要な場所に建つのが、この神社なんです。