存在の不思議、無常の力

キャリアコンサルタント、田中道博のブログです。
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「終末医療の現場におけるキャリアカウンセリング」について考えてみました

2013年06月02日 | キャリア
私には看護師の友人が結構いる。一口に看護師といっても日常従事される業務は様々だ。その中で終末に近い現場で頑張っている看護師さんに問うてみたいことがある。

それは患者さんの「キャリア」についてどう考えるかということだ。

ご理解いただけない方も多いと思うけれど、つまりは余命幾ばくもない場面において、その患者さんが何を思うかということについてだ。

私ならこう思うだろう。

「私の存在意義は?」
「私が生きた証しは?」

これに対する答え。それは幸せな死を迎えるためには不可欠なことなのだと思う。

死は誰にも必ず平等にやってくる。その瞬間をどのような気分で迎えられるのかは、それこそ人生最大の関心事であっていいはずだ。

幸せを創り出すことができる、つまりは人生への意味づけができる。そんな可能性を持っていのは医療の現場にいる方たちが最有力だ。

さて、現実はどうなのだろう?

「キャリア」というとすぐに「仕事」と結びつけて考えがちだけれどそれは違う。すべての日常活動に意味が潜んでいるし、その意味づけを支援するのがキャリアカウンセリングである。

死に瀕しながらも意識ははっきりしている患者さんがいる。彼の、彼女の生きた道筋、そしてその意味や価値に気づいていただけるとしたらその意義はいかほどか。

さて、私の尊い友人たる看護師さんたちはどう思うのだろうか。
もちろん、これを読んでくださるすべての方も。

同僚の門出と父と…

2013年06月02日 | キャリア
昨日6月1日は亡父の誕生日だった。

「亡くなった人には誕生日なんて関係ない。」と言われるけれども、もし巳年の父が生きていれば72歳になっていたことになる。

来月46歳になる私は66歳で他界した父の年齢まであと20年しかない。もちろん自分自身いつまで生きるかわからないけれども、このように考えると人生は短いものだと感じる。

そういえば病気知らずの父の体調にほころびが出かけたのは50を過ぎた頃からだった。その年齢まではさほど遠くはない。

人は必ず死ぬ。これは絶対的な事実だ。生の数と死の数は常にイコールだ。「生きている」というこの現実をどのように捉えどのように過ごすか。この問いかけが人生の醍醐味だと思う。

折しも会社の同僚が独立して会社を立ち上げた。5月31日付けの退職だったのでちょうど昨日が独立初日である。

私より少し年上の先輩と少し年下の彼が起こした研修会社。厳しい中でも楽しい日々が待っているのだろう。心から声援を送りたい。

私が日々接する求職者の方々も含め、人生の転機には「死」を意識することは少なくないだろう。

「自分の命をどう使うか。」

キャリアのことを専門とする自分自身には常にこの命題を問いかけ続けたい。答えはないのかもしれない。しかし問いかけ自体が尊いし、とてつもなくワクワクすることなのだ。

さて、あと20年の歩みが始まった。
20年後… まだ住宅ローン終わってない(笑)