存在の不思議、無常の力

キャリアコンサルタント、田中道博のブログです。
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今年最大の目標

2014年04月24日 | キャリア
今年は正月に15項目の目標を決めた。かなり高いハードル設定で、すべてをクリアすることは非常に厳しい。8勝7敗でも御の字だ。

間もなく今年も3分の1が経過する。早いものだ。そこで目標をチェックしてみたら、まだ「達成不可能」というものがないことを知った。

今のところいい具合に推移している。しかし一点、これからネジを巻かねばならない目標に気づいた。

それは「登山10回」というものだ。

年明けから、週末はほとんど家にはいなかった。そのうちの多くは仕事とキャリアカウンセリングの学習に使っていた。一回も山へは行っていなかったのだ。

そんな私の今後2ヶ月の週末の予定も仕事と勉強会でぎっしり。ここは少し軌道修正が必要のようだ。

振替休日を使えば行けるだろうか。まぁ、とにかく計画的に山へ出かけようと思う。

もちろん義務ではなく、それが自分にとって大切な時間であるからでもある。体調管理にも良いし心を整えることにも適している。

その他の目標については、すでに達成が決しているのが4つ。しかし、最大かつ最難関の目標の結果が来月後半に判明する。大きな壁。高いハードルである。

半年がかりで取り組んで来た。どんな結果になったとしても覚悟は出来ているけれども人生がかかっているといっても過言ではない。

やるだけのことはやったと信じているが、あの日あの瞬間のパフォーマンスがどうだったかはわからない。

46年の思い。46年の積み重ねに期待しよう。

キャリアカウンセリングの力

2014年04月23日 | キャリア
今日は振替休日でお休みをいただいた。

休みと言ってもそれなりに用事があってゆっくりはできない。仕事関係の連絡も多くて落ち着かないけれどそれも仕方あるまい。

休みには目的があった。

11月にキャリアカウンセラーの有資格者が集まるイベントを計画していて、しかも地元香川県での開催。今日は会場の下見を予定していたのだ。

弘法大師空海生誕の地「善通寺」に赴き、初めて朱印をいただいた。これからどれくらい時間がかかるかわからないけれど、八十八箇所すべて埋まる日を目指す。

今回のイベントへの取り組みの発端は仲間とコーヒーを飲みながらだった。そして別の飲みの席で盛り上がり一気に実現に近づいた。

四国霊場開創1200年という年とも重なる偶然。そんな縁を思いながら一日を過ごさせていただいた。

イベントと言っても勉強会。キャリアカウンセリングの学びを深める場だ。善通寺は実にふさわしい場所だと感じている。

キャリアカウンセリングの目的は「自己概念の成長」。「自分とは何か?」に向き合うこと、考えることに意義がある。

自分自身の経験に思いを馳せ、考える時間を過ごせた今日はある意味記念すべき一日であったのかもしれない。

小学校時代に行った父方の祖母の納骨(高野山)→一緒に暮らしていた母方の祖母の読経風景→高校時代の般若心経経験→四国への移住…

少しこじつけに思われるかもしれないが「つながり」を感じる。「自己概念」に関係があるのだろう。

幸せに生きるって難しい

2014年04月22日 | キャリア
最近、キャリアコンサルタント仲間とのやり取りの中で気づいたことから書いてみたい。それは「チャンスを活かす」ということについてだ。

ある方とは研修の場や資格試験の場で不思議とよく出会う。示し合わせたかのように必ずいる。予感もないのになぜだか。

この方のように自ら積極的に学ぶ機会を得ようとする人がいる一方で、残念ながら目の前のチャンスを自分のものにしない人がいる。

諸事情があって「仕方ない」と思うのかもしれないが、本当にやりたい道があるならばそれを自ら求めるはずだ。

日常出会う多くの人からもそのように感じることがある。「この機会を逃せば…」をことごとく見送る人がいて結局「ババを引く」。

こんなことを考えていたら、また別のタイプの人にも思い至った。

それは、例えば転職して、その風土に溶け込もうとせず「自分の力で変えてみせますよ!」と頑張るタイプだ。

そんな人は、残念ながら意に反して組織に受入れられない。孤立する。焦るのだけれど結果には繋がらない。そしてその責任の矛先は決まって自分以外に向かう。

「自分の実力が発揮できない会社はダメだ!」と見切る。そしてしまいには辞める。辞めざるを得なくなるといってもいいだろう。体調を崩してしまう人もいる。

「守・破・離」の精神はどこでも有効だ。「理解してから理解される」という言葉も存在するではないか。

すべてはバランスから。
しかし、幸せに生きるってなんと難しいのだろう。

通勤電車の中の新たな命

2014年04月17日 | 日記
私はいつも最寄駅始発の電車で通勤している。必ず座れるというメリットは大きい。30分程度とはいえパソコン仕事が出来ることは本当にありがたい。

この時間に生まれたコンテンツやキーボードを叩きながら生まれ出たアイデアも数々存在する。

しかし、これからしばらくは途中の駅で立つ必要性が出て来そうだ。しかしこれはネガティブな感じではない。

新たな命が通勤電車の中で育っている。

2年間毎日のように同じ電車に乗っていると、会話はなくとも同じような顔ぶれに出会う。その中の一人の女性が妊娠されたようだ。

それに最初気づいたときに私は席を立つことをためらった。おそらくそうだと思ったけれども確証がなかったからだ。もし間違っていたら失礼になると思ったのだ。

しかし目的地に着こうかというときに、その女性のバッグに札がぶら下がっているのを見た。

「おなかに赤ちゃんがいます」と書いてあった。

私はその瞬間ホッとした。これからは躊躇なく席を譲ることができる。そう思った。

しかし、例えば今日はその女性が乗ってきたときにたまたま席に空きがあった。少し離れたところに乗ってこられたので座れるかどうか気になっていたがホッとした。

これからしばらくは始発駅から座る意味が変わるだろう。パソコン仕事ははかどらないかもしれない。けれどもそれ以上になんだかホッコリする感じがある。

あの札のおかげかもしれない。

通勤電車の中の新たな命をみんなで育みたい。