大関暁夫の“ヒマネタ”日記~70年代大好きオヤジのひとりごと

「日本一“熱い街”熊谷発コンサルタント兼実業家の社長日記」でおなじみ大関暁夫が、ビジネスから離れて趣味や昔話を語ります

あけましておめでとうございます

2012-01-01 | 日記
皆さま、新年明けましておめでとうございます。

昨年は震災によって予想もしない形で、全ての事が大きく動かされた一年でありました。昨春震災後の深く沈んだ日本にあって、考えました。こんな時であるからこそ前向きに行動を起こすべきではないのかと。そこで、長年温め続けてきた�スタジオ02外食業界への参入を今こそ行動に移すべき時と考え6月に「青山カレー工房」をオープンさせました。
http://www.studio-02.net/aoyamacurry/

長引く歴史的不況の最中震災が追い打ちをかけ、新事業の立ち上げとしては最悪の環境ではありしたが、メディアの皆様に非常に好意的に取り上げていただいたこともあり、なんとかかんとかがんばっております。今年はこの店の活動を足掛かりに、“日本一暑い街”熊谷で“HOTな”街興しをしようと、現在行政そして食品大手さんも巻き込みつつ今夏に向けて“元気の出る花火”打ち上げをめざし着々準備を進めております。乞うご期待です。

5年目に突入した小職ブログ(=オフィシャル http://blog.goo.ne.jp/ozoz0930/)は昨秋より「200万人が読むWEB上の論壇誌~BLOGOS」に転載されるようになり、日によっては一日2~3万アクセスを稼ぐこともあって一段と存在感を増してきました。これに伴い、オフィシャルページと別に新たにプライベートページ(=当ページ)を設けることにしました。こちらのページは70年代を中心とした思い出や趣味のネタを主に取り上げてまいります。オフィシャルと併せて引き続きよろしくお願い申しあげます。

企業コンサルタントとしましては、昨春よりWEB上でJ-CASTニュース様のページで連載コーナーを持たせていただいています。ネット上の読者皆様の反応を見るに、これまで知らなかったその特性の難しさを教えられ、来るべき本格電子書籍時代到来に向け実り多い勉強をさせていただいているとありがたく感じております。
★「営業は難しい~ココを直せばばうまくいく」http://www.j-cast.com/kaisha/column/kokonao/index.php

本年は、実業家としてあるいは書き手として、一層の飛躍の年にしたいと思っています。引き続きよろしくご支援・ご指導の程お願い申しあげます。

平成二十四年元旦  大関暁夫

2011年回顧 終

2011-12-31 | 日記
最後は思いつくままに。

まず、スポーツ
サッカーは、今まで以上に本格的に見入った一年でした。長友、香川らの選手が世界で活躍するのは本当に元気をもらいますね。女子サッカーはどうも、世間のなでしこフィーバーをよそに、個人的にはイマイチ盛り上がりませんでした。ワールドカップ優勝はたいしたことですが、メディアの急造ブーム的印象が強く彼女たちに責任はないのですが、なんか今ひとつシックリこない感が最後まで続きました。

野球は、相変わらず日ハム一筋。梨田監督のシーズン途中での辞任表明(クビを通告される前の先手打ち)が全てをぶち壊し、結局クライマックスシリーズ早々敗退の寂しいシーズンでした。梨田氏は就任の時も同じような空気を読まない自分勝手な会見を開いてポストシーズンをぶち壊した前科ありですから、もともと嫌いなのですがらしい最後っ屁だなと。ダルビッシュの国内ラストシーズンを台無しにしてくれました。栗山新監督の下、来シーズンに期待しましょう。

競馬は、何をおいても三冠馬オルフェーヴル。久々のスターホース誕生に来年は本当に楽しみです。とにかく故障のないように、厩舎関係者にはくれぐれも無理のない使い方をお願いしたいところです。

趣味の洋楽は、
やはり毎年秋~冬に出されるリイッシュー盤にいいものがあります。今年はビートルズの映画「レット・イット・ビー」の完全版あたりがいよいよ出るかなと期待しましたが、ビートルズ関連はお休みの一年でした。代わりにビーチボーイズが「スマイル」、ローリング・ストーンズが「サム・ガールズ」という素晴らしい発掘音源を披露してくれました。他にも前年に引き続きAORやスワンプ系の知る人ぞ知る名盤が紙ジャケリイッシューされて、散財させてもらいました。中にもピカイチは、ローウェル・ジョージエグゼクティブ・プロデュースのトム・ヤンス「the eyes of an only child」。本当に埋れさせてはもったいないアルバムの再発に拍手です。

IT機器は‥
今年はめぼしいものは購入していませんので、特の記すようなものはないかなぁ。要はiPod4をWIFIで使っている私が欲しいと思うようなスマホはなかったということ。すなわち、今年も私にとってはアップルの一人勝ち状態が続いたということのようです。

最後に個人的な出来事。
「青山カレー工房」の開店。おかげさまで多くの皆様にご来店いただき、開店から六カ月ご好評をいただいております。ヨーグルトチキン唐揚げもすっかり人気メニューになりました。来年は新春早々新メニューを投入予定です。乞うご期待です。
BLOGOSへの転載も大きな出来事でした。飛躍的に多くの方々に原稿を読んでいただくチャンスをいただき、身の引き締まる思いです。J-CASTさんに営業ノウハウの連載のコーナーを頂戴したのも今年。本当に関係の皆様、お読みいただいた多くの皆様ありがとうございました。来年も引き続きよろしくお願いいたします。

では皆様、良いお年を。

2011年回顧  Ⅲ

2011-12-29 | 日記
私にとって今年最大のヒット商品・サービスはズバリ、フェイスブック!今年の夏にはじめてみて、まずは旧交を温めることに役立ちうれしくあったのですが、徐々にビジネス関係を中心とした新しい人の輪づくりもしっかりと根付いてきました。驚きです。この新しい人の輪では、“ビジネス・フレンドリー”とでも言っていいような、個人的にあまり経験したことのない新しい概念が生まれているように思います。はじめてみないと分からない新発見でした。このあたり特に知的サービス的印象が強く、単純な“パーソナル・フレンドリー”サークルにとどまる印象のミクシーとの違いがあるように感じています。

すこし違った切り口としては、2010年型情報ツールのツイッターと比較をしてみるとおもしろいです。昨年爆発的に広まったツイッターですが、どうも私は乗り切れませんでした。その理由探しに今年前半までモヤモヤしていたのですが、フェイスブックの登場でそこに直結するものが、ツイッターとフェイスブックの特性の違いから良く分かりました。具体的には、匿名前提のツイッターと原則本名のフェイスブックと言う両者最大の相違点です。恐らくその相違点のなせる技でしょう、何となく陰湿さが漂うツイッターが性に合わなかった分、透明度が高く明るいイメージのフェイスブックは私にはGOODだったのです。

誤解を恐れずに言うなら、両者には偏差値の違いすら感じます。名前を隠して言いたいこと言い放題も可能なツイッターは「見える化」度が低くコミュニケーション偏差値は40台、発言者ガラス張りで「見える化」度が高く責任感をイメージさせるフェイスブックは偏差値70台って感じじゃないでしょうか。分かります?言ってること。言い方を変えれば、ツイッターが匿名故ひとつ間違うとすぐに悪口出放題にもなりうるネガティブ・コミュニケーションの流れが根底にあるのに対して、フェイスブックの基本精神は「いいね!」に代表されるポジティブ・コミュニケーション。営業でも教育でも対話のあるところ、成功を呼び込むのは常にポジティブ・コミュニケーションですから、勝敗は明らかです。

日本人が最も苦手な「ほめコミュニケーション」がここにはある訳で、フェイスブックの広がりと定着が進めば、日本の社会に革命的な変化を引き起こす可能性があるのではないだろうかとさえ思っています。「見える化」に加えて「ほめコミュニケーション」、来年もフェイスブック動向には引き続き大注目です。

2011年回顧 Ⅱ

2011-12-28 | 日記
今日は今年の訃報をまとめます。

スティーブ・ジョブズ
CEOを降りたあたりからいつ逝ってもおかしくないという状況ではあったものの、やはり大変なショックではありました。アップルは生活を変えたコンピュータ・メーカー、いやコンピュータも作る新生活提案企業であり、それはイコールジョブズであった訳ですから。今後の道筋は遺言的にアップルに残されているとは聞きますが、アップルがジョブズ時代と同じように展開していくのか否か、それは来年以降徐々に明らかになることでしょう。仮にアップルがどう変わろうとも、ジョブズの精神は影響を受けたビジネスパーソンによって脈々と受け継がれていくことでしょうし、私もその一人でありたいと思います。

田中好子
キャンディーズのスーちゃん。僕らの世代にとっては大きな存在であったあの時代を象徴するアイドルでした。中三トリオのファンとかいうのは憚られる感じだったけど、キャンディーズなら堂々と胸を張って「ファンです」と言えるみたいな。ピンクレディーほど子供ウケでなかった点もけっこう重要だったかな。その後の女優田中好子は特にどうもなかったけれど、キャンディーズは特別だった。それだけに衝撃的な訃報ではありました。僕らの昭和がまたひとつ逝った、そんな感じですかね。

中村とうよう
洋楽系音楽評論家として、僕らの世代は少なからず影響を受けている、と言うよりも彼の評論を通じていろいろな洋楽を聴いた訳で、その意味ではある部分では確実に師匠みたいな存在だったのかなと。氏が創刊した「ニュー・ミュージック・マガジン(NMM)」は革命的に情報量の多い雑誌でありました。グラビア中心のミーハーな「ミュージック・ライフ」とは一線を隔す、大人の音楽雑誌であったかな。今のレココレ・ファンは確実に、NMMからの持ち上がり生たちな訳で、洋楽ファンに論理性という納得感をもたせることでファンの層に厚みを増した功績は大きいかなと。だた自殺と言うのが、なんとも切ないですね。

立川談志師匠
個人的には子供時代にあこがれた、仕事ができて頭の回転が速くてちょっと悪そうな遊び人風情…。この人みたいな大人になりたいと(落語家になりたいとは一度も思っていませんが)思った、あこがれの大人でありました。議員さんになって以降のことはあまりしっかりと追いかけてはいなかったけど、死後に聞かれた周囲の人たちのお悔やみによれば、一貫してカッコイイ大人だっとそうな。最後まで我が道を貫いた表向きの生き様よりも、本業を忘れず常に努力の人であったという素顔にこそ見習うべき点が多くあるなと、訃報に接して感じさせられたものです。子供の頃の直観的な人を見る目ってけっこう正しかったりするものです。

その他
実は洋楽関係でリアルタイムには知らずに後から訃報を知りショックを受けたアーティストが何人かいます。クラレンス・クレモンス、スプリングスティーンのEストリートバンド巨体の黒人サックス奏者。もう、スプリングスティーンとのあのからみは見れないのか…。「明日なき暴走」のビデオ・クリップの2人はとにかくカッコイイ。「霧のベイカーストリート」のジェリー・ラファティ、「ロンリー・ボーイ」のヒットを持つ西海岸の仕掛け人アンドリュー・ゴールドの訃報も。彼らは個人的にライブハウスクラスの会場での来日ライブを心待ちにしていたアーティストです。本当に残念でなりません。70年代のアーティストたちよ、やれるうちにやってくれ、来れるうちに来てくれよ、本当にそう思います。

おまけ
悪い奴らもずいぶん死にました。ビンラディン、カダフィー、そして金正日。時代は確実に変わりつつるかなと、思わされる死でした。

はじめます~今日は誕生日なので…

2011-09-30 | 日記
今日9月30日は誕生日です。なので新ブログをはじめることにしました。こちらはプライベートネタ、極力柔らかくいきます。

9月30日生まれ、知っているところでは石原慎太郎東京都知事、好きじゃないけど近親憎悪的なものもある?ないと思うけどなぁ、たぶん。作家五木寛之氏、なるほど。少年隊東山、へーって感じ。日テレ「電波少年」等でおなじみ土屋敏男ディレクター、よく知らないけどなんか近い匂いは感じるかな。そしてTレックスの今は亡きマーク・ボラン。知らない方にご紹介すると、70年代のロックスターで第二のビートルズとまで言われて来日した時などは大変な騒ぎだったのです。渋谷の西武デパートで「Tレックス展」とかやって若い女の子(今いくつだ?怖っ!)とか「キャーキャー」言ってましたから。その盛り上がりぶり、今で言うなら、チャン・グンソク?「20世紀少年」のテーマ曲「20センチュリーボーイ」はこの人の曲です(グンソクじゃないよ)。

前にも話していますが、70年代に洋楽を聴き始めて一番最初に好きになったアーティストがこのマーク・ボランだったわけですよ。調べたら誕生日が一緒ってこれすごいことでしょ。で、それから4~5年のうちに奴は死んじゃうわけだ。78年9月17日だったっけ?当時はもうTレックス熱は冷めてはいたけれど、ショックでしたよ、ホント。でもその後も伝説的に語られる存在になっちゃったりして、けっこうファンとして溜飲下がりまくりだったりするんですよ。「俺はリアルタイムでTレックス経験したんだぜ!」とか、「リアル・ファンだったんだぜ!」とかね。少なくとも今でも生きてて現役やってるストーンズのファンとかに比べると、なんとなく価値が高いように思えて来たりね。

この話誰にもしたことないんだけど、二浪して大学受かった時に(もう30年以上前か…)、自分で何かご苦労さんしてやろうって思って、目黒から都立大学まで感慨にひたりながら夜ふらふら歩いてさ当時目黒通り沿いにあった「ハンター都立大学駅店」でレコード買ったんだよね。それがなぜか迷わずTレックスだったんだな。ハッキリ覚えてる。別にもうすっかり熱は冷めていたし、昔のアルバムは持っていたんだけど、オリジナルのベスト盤「グレートヒット」っていうのを買っちゃった。懐かしい曲がたくさん入っていてすっごく嬉しかった。亡きマークに一緒にご苦労さんしてもらいたかったんだね、きっと。同じ誕生日って、やっぱり何かあるなって思わせられます。五木寛之さんや東クンはよく分かりませんが、慎太郎知事はやたらに攻撃的で荒っぽいけど実は繊細なんじゃないかとか、思ったりするよね。同じ誕生日だから分かる、みたいな。違うかな。

他に誰がいるんだろう9月30日生まれ。