人はなぜ戦争をするのか

循環器と抗加齢医学の専門医が健康長寿を目指す「人」と「社会」に送るメッセージ

心筋梗塞を引き起こす動脈硬化の原因は活性酸素

2014年05月12日 15時43分36秒 | 健康
私は医学部の学生に動脈硬化について講義をする際に「人は血管とともに老いる」という言葉をまず引用します。この言葉は19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した偉大な内科医であるウイリアム・オスラー博士が残した格言です。

水道管は鉄が酸素と反応してできる「さび」によって経年的に劣化します。人の血管も酸素と反応し、年月を経てさびていくのです。血管のさびは動脈硬化となって現れます。メタボリックシンドロームの合併症である、肥満、糖尿病、高血圧、脂質異常症はすべて血管をさびつかせて動脈硬化を引き起こします。それでは動脈硬化はどのように進んで行くのでしょうか。

動脈硬化の主役は「アテローム性プラーク」と呼ばれる血管壁の中に溜まった「垢」です。「アテローム」は「粥腫」と和訳され、「粥のようなドロドロした塊」がその語源です。「プラーク」は「垢」という意味です。アテローム性プラークも水道管のさびと同じように酸化してできますが、鉄でできている水道管はさびると赤茶けた色になるのに対して、血管内にできたアテローム性プラークはコレステロールが主成分であるために黄色くなります。

アテローム性プラークが出来ていく過程を図で示しましょう。アテローム性動脈硬化の引き金になっているのは血管内皮細胞に対する炎症刺激です。肥満した内臓脂肪細胞などから放出される炎症性サイトカインなどの悪玉ホルモン、そして喫煙は血管に慢性的な炎症を引き起こします(①)。風邪を引いてのどが赤く腫れ、痛みを感じるように、痛みの神経が存在する部位では炎症を自覚できますが、血管内膜のように痛みの神経がないところでは炎症による自覚症状は出ません。血管が「沈黙の臓器」と呼ばれる所以です。

酸化ストレスで障害された内皮細胞は、「ケモカイン」(単球などの白血球に作用し、その物質の濃度勾配の方向に白血球を遊走させる活性を持つサイトカイン)や、それらを内皮細胞に接着させる「接着因子」と呼ばれる化学物質を産生します(②)。ケモカインによって血管内膜に集合した単球はマクロファージ(③)へと分化します。血管壁に浸潤したマクロファージも活性酸素の放出に一役買っています。

血管壁で産生された活性酸素は血管内膜に取り込まれたLDLコレステロールなどのいわゆる悪玉コレステロールを酸化して酸化LDL(④)に変化させます。高LDLコレステロール血症が問題となるのはこの時です。

マクロファージの細胞表面にはCD36と呼ばれる酸化LDLを認識し、処理するスカベンジャー受容体があります(⑤)。マクロファージはこの受容体をを介して酸化LDLを飲み込み、泡沫細胞に変化します(⑥)。顕微鏡で血管を見ると、蓄積した酸化LDLがマクロファージの細胞内で泡粒のように見えるので泡沫細胞と呼ばれています。泡沫細胞からは血管中膜に存在する平滑筋細胞(⑦)を遊走、増殖させる血小板増殖因子などのサイトカインが放出されます。血管壁が肥厚、内腔が狭くなって血液の通りが悪くなるという変化が全身の動脈でみられ、血圧が上がってくる時期です。

泡沫細胞は、やがて酸化ストレスによって死滅します。この時の泡沫細胞の死に方が問題です。アポトーシスは本来、炎症をきたさない自殺のプロセスですが、「アディポネクチン」という引きしまった内臓脂肪から放出される血管の掃除屋さんが不足して泡沫細胞が速やかに除去されないと、細胞の内容物が漏れ出して炎症を引き起こします。また、強い酸化ストレスで泡沫細胞がいきなりネクローシス(壊死)で死んだ場合にも炎症が惹起されます。

炎症反応は、マクロファージを呼び寄せ、さらなる泡沫細胞死の増加という悪循環をもたらします。泡沫細胞の死骸が集積してできたのが壊死中心(⑧)です。壊死中心には血管に生じた炎症を修復するために線維芽細胞と呼ばれる細胞も集まってきます。怪我をしたときに、傷が盛り上がってかさぶたができるのは線維芽細胞の働きです。この線維芽細胞によって壊死中心はコラーゲンと呼ばれる線維で固められます。アテローム性プラークとは壊死中心やそれを包みこむコラーゲンからなるコブです。

このアテローム性プラークがどのような運命をたどるかによって病気の運命も変わってきます。もし血管への酸化ストレスが減少し、血管内の炎症反応が収束に向かえば、アテローム性プラークはコラーゲンが主体のいわゆる「安定プラーク」となって、労作時にのみ胸痛がおきる「労作性狭心症」となります。労作時にのみ胸痛がおきるのは、冠状動脈が狭くなって血液の通りが悪くなり、心臓に負荷が加わった時だけ心筋の酸素需要を満たすことができなくなるからです。労作性狭心症で命を落とすことはまずありません。

内皮細胞やマクロファージから活性酸素が放出され続ければ、コラーゲンでできた線維性被膜はマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)と呼ばれるタンパク質分解酵素によって分解され、薄っぺらになってしまいます。これは「不安定プラーク」と呼ばれ、極めて破裂しやすい性質を持っています。薄い線維性被膜が血圧上昇などの血管に加わった物理的ストレスで破れると、壊死中心の内容物が血管内に漏れ出します。そうなると、血管の内腔に血の塊、すなわち血栓が形成され、冠状動脈は閉塞します。血栓は血液を固める働きをする血小板に赤血球などの血球成分やフィブリンなどの凝固因子がからまってできたイチゴジャムのような性状です。この状態が20分以上持続すると、ATP (細胞内のエネルギー通貨)が枯渇してネクローシスで死に始める心筋細胞が出て来ます。狭心症と違い、冠状動脈が閉塞すると安静にしても痛みは治まりません。

心筋梗塞で広範囲の心筋が壊死に陥ると、心臓のポンプ機能が障害されて心不全となるか、壊死に陥った心筋から異常な電流が発生して不整脈を招きます。心筋梗塞は医学が進歩した今日でさえ、10%近い死亡率をもたらす恐ろしい病気です。たとえ救命されても、心不全によって日常生活に大きな支障をきたす可能性があります。このように、狭心症や心筋梗塞の原因となる動脈硬化は、血管への酸化ストレスが引き金となります。

コレステロール分子は、動物細胞にとって生体膜の構成成分であり、さまざまな生命現象に関わる重要な化合物です。血中のLDLコレステロールは血管内皮を通り、LDL受容体を介して血管壁の細胞内に取り込まれ、細胞膜のコレステロール供給源となっています。したがって、LDLコレステロールを下げ過ぎると血管壁が脆弱となり、高血圧を合併した高齢者では脳出血の危険性が増加することが指摘されています。筋肉の細胞膜は弱くなり、筋肉は壊れやすくなります。また、コレステロールは免疫担当細胞の機能を高めて感染症やガンの発生予防にも重要な役割を果たしています。「コレステロールは低ければ低い方がいい」という考え方は、あくまでも動脈硬化を治そうとする立場から発信された意見です。

LDLコレステロールを悪玉に仕立て上げるのは酸化ストレスです。そう考えると、本当はLDLコレステロールを下げるよりも、メタボリックシンドロームを治したり、禁煙したりして血管に対する酸化ストレスを取り除くことの方が大事なのです。しかし、血管に対する酸化ストレスを取り除くより、LDLコレステロールを下げる方が簡単なので、LDLコレステロール低下薬を使う治療になってしまうのです。

このブログは風詠社出版の『長生きしたければミトコンドリアの声を聞け』の一部を抜粋、編集したものです。小著は真のサクセスフル・エイジングとは何かをテーマに、健康長寿を目指す「人」と「社会」に向けてミトコンドリアの立場からメッセージを送ります。


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