人はなぜ戦争をするのか

循環器と抗加齢医学の専門医が健康長寿を目指す「人」と「社会」に送るメッセージ

憲法改正と突然変異

2018年03月26日 17時45分22秒 | 健康
ガン化を抑えるシステムは接触阻止だけではありません。細胞には他にもガン化しないための高度に洗練された遺伝子が整備されています。遺伝子は国家における憲法に相当します。国の形を決めるのが憲法ならば、細胞の形を決めるのが遺伝子です。国家が憲法に基づいて法律を作るように、細胞は遺伝情報に基づいてタンパク質を作ります。法律は人間社会を動かす基盤ですが、タンパク質も細胞の枠組みを作り、細胞がさまざまな機能を果たすための原動力となります。エネルギーを産み出すのに必要なタンパク質、細胞を動かすタンパク質、増殖に必要なタンパク質、ガン化を制御するタンパク質、これらすべてが細胞の正常な機能を担保するため有機的に働いています。憲法が正しく解釈されなければ国の形が歪んでしまうように、遺伝子が正しく翻訳されなければ異常なタンパク質が作られて細胞の機能が損なわれるのです。

わが国では護憲か改憲かという議論が噴出しています。生命にとって改憲とは遺伝子の突然変異を意味します。突然変異は必ずしも細胞にガン化をもたらすわけではありません。突然変異は進化の源泉でもあります。自然選択は常にその時代の環境に合ったように突然変異した個体の生存に有利に働いてきました。突然変異の目的が個体の利益のためなのか、細胞の無秩序な増殖のためなのかを見極めるのが細胞内に暮らすミトコンドリアの役目です。同様に、憲法改正の目的が国民の幸福のためなのか、国家権力強化のためなのかを判断するのが私たち国民の役目です。護憲か改憲かという議論よりも、人間社会の進化のためには、どの憲法をどのよう変えるかを議論すべきなのです。

細胞同士の戦争体験が育んだガン化阻止の遺伝子

2018年03月20日 08時16分27秒 | 健康
祖先の細胞がお互いに戦争をしないという接触阻止の遺伝子を手に入れるきっかけは何だったのでしょうか。

今から15億年以上前、争いで瀕死のダメージを受けた細胞の一つが突然変異しました。二度と他の細胞と武力で争わない接触阻止という「不戦」の遺伝子を手に入れたのです。その細胞の名を「日本」と言ったのかどうかは定かではありません。この細胞は争わないがゆえに、仲間からいじめられ、食いぶちに窮することもありました。他の細胞から侵略を受けそうになることもありました。しかし、不戦の遺伝子を獲得した細胞は巧みな外交戦略と専守防衛で危機を乗り越えました。武力で勝負をしないことが本当の強さだったのです。やがて、他の細胞が争いで滅びていく中、この細胞だけが生き残り、今日に至る生命の大躍進に繋がったのです。

生命進化の歴史は、ダーウィンが提唱した生命進化の法則、「自然選択」が戦争を放棄した細胞に味方したことを証明しています。細胞同士が接触しても争わないことによって多細胞化が可能になりました。戦争を放棄した細胞たちは協力し合って個体を形成しました。それから15億年後、地球は何百万種もの動物が暮らす命の星になりました。接触阻止遺伝子を持ち続けた細胞たちは争わずグローバル化し、奇跡の小宇宙とも呼ばれる人体を作り上げたのです。もし細胞が不戦の遺伝子を獲得していなければ、あるいはその遺伝子を放棄していたならば、地球は今でも微生物と単細胞しか生存しない寂しい星であったでしょう。私たちの祖先が生命進化のために獲得した不戦の遺伝子、それは、遺伝子の憲法第9条だったのです。

多細胞化への道

2018年03月13日 07時58分13秒 | 健康
古細菌とα-プロテオバクテリアとの共生が次の生命進化のステップである「多細胞化」へと進むためには、乗り越えなければならない大きな壁がありました。なぜ細胞同士が協力して生きていく多細胞化が必要かというと、細胞は自ら食料を獲得しなければ30分と生きていくことができないからです。生命は寿命が長くなければ子孫を安定的に残せません。細胞の寿命を延ばすには、細胞が役割分担をすることが必要でした。つまり、餌を捕まえる細胞、その餌を消化する細胞、栄養を全身に運ぶ細胞などが一緒になって個体を形成することです。それには、細胞同士が争いをやめる必要がありました。細胞は自らを増やすため、餌をめぐって本能的に他の細胞と争います。他の細胞と接触した時には、その細胞を倒してでも増殖を続けようとします。これでは、細胞同士が協調して多細胞化し、臓器や個体へと成長していくことはできません。寿命を延ばすことができないのです。「子孫を残す」という生命の究極の目的が、細胞同士の戦争に歯止めをかける増殖制御装置の構築に繋がったのです。

人間の体内には約60兆個の細胞が存在し、協調して生きています。それらの細胞がめったにガン化しないのは増殖制御装置が正確に作動しているからです。ところが、何かの拍子にこの装置が機能しなくなり、進化した動物の中にも分裂、増殖に歯止めのかからない細胞が出てきます。これがガン細胞です。ガン細胞は先祖返りした未熟な細胞です。正常細胞は、それぞれが自分に与えられた役割を果たすために分化していますが、ガン細胞は自らに課せられた役目を放棄し、自分勝手に増え続けることだけを目的にした遺伝子のみを機能させています。

分化した細胞では、分裂、増殖してもお互いが接触した際には争いを避け、細胞間の紛争を未然に防ぐシステムが確立されています。細胞に備わった最も強力な増殖制御装置がcontact inhibition(接触阻止)です。細胞同士は接触阻止の法則に従って相手の立場を尊重すると共に、お互いの情報をやり取りして自分たちはどのような働きをすればよいのかを認識します。国と国とが主権を尊重しつつコミュニケーションを取り合って、互いに発展していくのと同様です。私たちの祖先が単細胞の壁を乗り越え、多細胞化し、人体というグローバルな小宇宙にまで進化できたのは、この接触阻止という戦争をしない遺伝子のおかげなのです。接触阻止遺伝子は、いわば、遺伝子の憲法9条です。この遺伝子を無力化し、戦争ができるようになった細胞がガン細胞です。

生命とは何か

2018年03月05日 08時04分34秒 | 健康
ガン細胞は生命誕生初期の未熟な状態に先祖返りした細胞です。ガン細胞の生い立ちを知るには、まず生命発生の起源に遡ることが必要です。

生命とは「同型のものを複製して自己増殖する有機的な物質」と定義されています。今から約40憶年前、地球上で生命はリボ核酸(RNA)やデオキシリボ核酸(DNA)として登場しました。RNAやDNAは遺伝情報を記録する物質です。今でもRNAやDNAだけを複製して生きている生命体がいます。それはウイルスです。ウイルスは自らの力ではRNAやDNAを合成できず、細胞に侵入し、細胞内でRNAやDNAを複製する装置を借りて増殖します。生命誕生の初期、RNAやDNAは海中の奥深い火山口の近くで、熱水が吹き出すエネルギーを化学反応に変えて複製されていたと考えられています。しかし、海中で化学反応によって自らを複製するのは余りにも増殖効率が悪かったのです。そこで、自らDNAを複製するための化学エネルギーを生み出すことができる細菌が登場しました。細菌のみの世界は10億年以上続きましたが、やがて生命の大躍進につながる大きな出来事が起きました。私たちの直接の祖先である古細菌と、大腸菌など好気性細菌の一種であるα-プロテオバクテリアとの共生です。酸素を利用できなかった古細菌は、酸素を利用して膨大なエネルギーを生み出すα-プロテオバクテリアの力を借りて巨大化し、種々の機能を営む細胞へと進化しました。細菌の大きさは約1立方ミクロン、細胞の大きさは約1,000立方ミクロンですから、細胞は1,000倍もの大きさに成長したのです。

α-プロテオバクテリアはその遺伝子のほとんどを細胞に預け、自らの意志では増殖できない細胞内小器官、ミトコンドリアに名前を変えました。なぜ、お互いに敵対していた細菌同士が共生するようになったのかは未だわかっていません。簡潔に表現すれば、お互いの利害の一致でしょうか。争わず、お互いに協力し合うことが生存のためには有利だったのでしょう。いわゆる戦略的互恵関係です。

古細菌とα-プロテオバクテリアとの共生は恐らく偶然の出来事だったのでしょう。生命は常に偶発的に起きる遺伝子変化、すなわち突然変異が生存に有利に働くことが条件となって進化します。1859年にチャールズ・ダーウィンとアルフレッド・ウォレスによって提唱された「自然選択説」です。「自然選択説」とは、進化を説明するうえでの根幹をなす適者生存あるいは自然淘汰の理論です。厳しい自然環境が選択圧となって、生物に無目的に起きる突然変異を選別し、進化に方向性を与えるという説です。α-プロテオバクテリアを取り込んで共生するという古細菌で起きた突然変異が、その後の生命進化を決定づけたのです。