人はなぜ戦争をするのか

循環器と抗加齢医学の専門医が健康長寿を目指す「人」と「社会」に送るメッセージ

「止む終えない」という理由で戦争をさせてはならない

2014年05月21日 16時38分26秒 | 社会
安部首相は止む終えない場合に限り、集団的自衛権が行使できるように憲法9条の解釈を変更すべきだと述べました。武力行使を回避するための政治的努力を棚上げし、「止む終えない」という言葉で国民の生命を危険に曝してもいいのでしょうか。わが国を滅亡の危機に陥れた太平洋戦争も自衛のために止む終えず始めた戦争でした。日露戦争で獲得した利権を守ろうとしたわが国は、東南アジアを植民地支配する欧米と利害が対立しました。理不尽な経済制裁によって行き場を失ったわが国は、アジアを開放するという大義名分の下、戦争に活路を見出そうとしました。東京裁判で判事を務めたインド人パルは、わが国に戦争を決断させた有名なハル・ノ―トを引き合いに出し、「こんな通牒を受け取ったら、モナコ王国やルクセンブルグ大公国でさえも合衆国に対し鉾をとって立ち上がったであろう」と述べ、「真珠湾攻撃は止む終えずついにその運命の措置をとるにいたった」と結論し、わが国を弁護しました。このパル判決は一部の歴史家にとって太平洋戦争が自衛のための戦争であったことを正当化する拠り所になっています。しかし、真に国民の生命と財産を守るのであれば、国家に止む終えないという理由で戦争を始めさせてはならないのです。武力行使が止む終えない状況においてさえ、戦争に踏み出させないように国家を縛る憲法が必要なのです。武力以外の解決策は必ず見つかるはずです。国際紛争を武力で解決することを禁じた憲法9条を貫き通すことこそが最善の安全保障であり、わが国が国際社会で果たす役割です。

真の戦争抑止力とは何か

2014年05月17日 14時11分27秒 | 社会
先日、あるテレビ局のバラエティー番組で自民党の石破幹事長が小年時代に読んだ『おそまつ君』という漫画を引き合いに出し、平和の尊さについて話をされました。「登場人物が無人島で悲惨な戦争を繰り広げたことに心を痛めた」という内容であったと記憶しています。石破幹事長はその読書体験から「戦争は絶対に起こしてはならない」と言われました。ご自身が平和主義者であることをお茶の間に向かってアピールするねらいがあったのかも知れませんが、私はお世辞や揶揄ではなく、石破幹事長は立派な平和主義者であると思います。安部首相も平和主義者であると信じています。好んで戦争を始める国の指導者などいません。戦争はいつの時代も止む終えず起きるものです。わが国を滅亡の危機に陥れた太平洋戦争もある意味で国益を守るために止む終えず始めた自衛の闘いでした。国民の生命と財産を守るはずの自衛戦争が返って多くの命と貴重な財産を失う結果に終わったことは紛れもない事実です。もし太平洋戦争がアジアの同盟国を欧米の植民地支配から解放する集団的自衛権の範囲内で行われた正当防衛であったと解釈すれば、集団的自衛権の行使容認によって同じような戦争が正当化されることになるのです。戦争の抑止力は安部首相が言う武力行使を前提とした積極的平和主義ではありません。それは国家に戦争をさせない法的な縛り、すなわち集団的自衛権の行使を禁止する憲法なのです。

戦争を根絶できない人間社会は生命進化の歴史に学べ

2014年05月16日 08時25分32秒 | 社会
なぜ人間は、そして国家は侵略戦争を始めるのかを生命進化の歴史を紐解いて考えてみましょう。人間もその集団である国家も増殖したいという欲望を生まれながらに持っています。人間や国家の原罪とも言える本能です。それは人間のはるか祖先がガン細胞だったからです。生命の進化は約20億年前にミトコンドリアの祖先である真性細菌が、私たちの細胞の祖先である古細菌と共生したことから始まりました。ミトコンドリアが酸素を使って産み出す莫大なエネルギーは細菌を真核細胞(核膜で覆われた遺伝子の格納庫を持った細胞)に進化させました。しかし細胞の所業は所詮細菌と同じです。細菌が餌さえあれば無制限に増殖するように、私たちの祖先の細胞も利己的欲望に従って増え続けることを求めるガン細胞でした。事実、ガン細胞は培養皿の上では無限に増殖を続けます。ガン細胞は増殖するスペースがなくなると、他の細胞の上に折り重なるように増殖を続けます。まるで力で一方的に領海を拡大しようとするどこかの国のようです。そのようなガン細胞に進化が起きるはずはありません。太古の生命が人類に至るまで進化できたのは、個々の細胞が有機的につながりあって多細胞化したからです。細胞が無秩序な増殖をやめ、お互いに協力して臓器を形成したからです。生命進化の歴史において最も困難を極めたのは、多くの細胞が協調して支え合うという多細胞化へのプロセスだったのです。多細胞化を可能にした原動力は、細胞が分裂、増殖してもお互いが接触した際には争いをやめるようなcontact inhibition(接触阻止現象)という細胞間の紛争を平和的に解決するシステムです。Contact inhibitionというのは(隣接した)細胞間の連絡のことを指します。細胞同士は互いにこのタンパク質を使ってお互いの情報をやり取りし、自分たちがどのような働きをすればよいのかを識別するのです。Contact inhibitionがなければ、決して細胞集団が臓器や個体を形成することはありませんでした。人間社会も同様に侵略戦争を防ぐ条約や国際法を発展させて進化してきました。その中で、わが国の憲法9条は人間社会がこれまで手に入れることができた最も進化した戦争の抑止力であると言えます。この憲法を改正や解釈改憲などで退化させてはなりません。憲法9条の理念を全世界に普及させ、国際法として発展させることが、太平洋戦争という人類史上最悪の惨事を経験したわが国の使命なのです。

このブログは風詠社出版の『長生きしたければミトコンドリアの声を聞け』の一部を抜粋、編集したものです。小著は真のサクセスフル・エイジングとは何かをテーマに、健康長寿を目指す「人」と「社会」に向けてミトコンドリアの立場からメッセージを送ります。

集団的自衛権の行使を禁じた憲法こそが戦争の抑止力

2014年05月15日 18時48分44秒 | 社会
集団的自衛権の行使容認に向けた有識者懇談会の報告書が5月15日に安倍首相に提出されました。これを受けて安部首相は集団的自衛権行使容認の閣議決定を早期に目指す方針です。政府が集団的自衛権行使容認に踏み切る建前は、現行の憲法解釈では国民の生命と財産を守れないという国際情勢の変化にあるようです。しかし、集団的自衛権を行使可能にすれば本当にわが国は今より安全な立場に置かれるのでしょうか。仮に同盟国を守るために敵国と交戦状態に陥った時、宣戦布告とみなされて本土が攻撃を受けるような事態に発展しないと言い切れるのでしょうか。また、新たなテロの危険に曝されることはないのでしょうか。幸いなことに、これまでわが国はイスラム原理主義勢力などからのテロ攻撃を受けていません。わが国はアメリカと同盟関係にありながらテロ組織を武力で攻撃しないという暗黙の了解があるからです。しかし今後、集団的自衛権の下にテロ組織と交戦しなければならなくなった時、本土がテロ攻撃の脅威に曝される危険性は非常に高くなるでしょう。そう考えるとわが国を全面戦争やテロの脅威から開放できるのは集団的自衛権の行使を禁じた憲法第九条の理念です。戦争の抑止力は安部首相が言う武力行使を前提とした積極的平和主義ではなく、いかなる戦争をも容認しない立場を堅持するという道義的優位性ではないかと思います。

心筋梗塞を引き起こす動脈硬化の原因は活性酸素

2014年05月12日 15時43分36秒 | 健康
私は医学部の学生に動脈硬化について講義をする際に「人は血管とともに老いる」という言葉をまず引用します。この言葉は19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した偉大な内科医であるウイリアム・オスラー博士が残した格言です。

水道管は鉄が酸素と反応してできる「さび」によって経年的に劣化します。人の血管も酸素と反応し、年月を経てさびていくのです。血管のさびは動脈硬化となって現れます。メタボリックシンドロームの合併症である、肥満、糖尿病、高血圧、脂質異常症はすべて血管をさびつかせて動脈硬化を引き起こします。それでは動脈硬化はどのように進んで行くのでしょうか。

動脈硬化の主役は「アテローム性プラーク」と呼ばれる血管壁の中に溜まった「垢」です。「アテローム」は「粥腫」と和訳され、「粥のようなドロドロした塊」がその語源です。「プラーク」は「垢」という意味です。アテローム性プラークも水道管のさびと同じように酸化してできますが、鉄でできている水道管はさびると赤茶けた色になるのに対して、血管内にできたアテローム性プラークはコレステロールが主成分であるために黄色くなります。

アテローム性プラークが出来ていく過程を図で示しましょう。アテローム性動脈硬化の引き金になっているのは血管内皮細胞に対する炎症刺激です。肥満した内臓脂肪細胞などから放出される炎症性サイトカインなどの悪玉ホルモン、そして喫煙は血管に慢性的な炎症を引き起こします(①)。風邪を引いてのどが赤く腫れ、痛みを感じるように、痛みの神経が存在する部位では炎症を自覚できますが、血管内膜のように痛みの神経がないところでは炎症による自覚症状は出ません。血管が「沈黙の臓器」と呼ばれる所以です。

酸化ストレスで障害された内皮細胞は、「ケモカイン」(単球などの白血球に作用し、その物質の濃度勾配の方向に白血球を遊走させる活性を持つサイトカイン)や、それらを内皮細胞に接着させる「接着因子」と呼ばれる化学物質を産生します(②)。ケモカインによって血管内膜に集合した単球はマクロファージ(③)へと分化します。血管壁に浸潤したマクロファージも活性酸素の放出に一役買っています。

血管壁で産生された活性酸素は血管内膜に取り込まれたLDLコレステロールなどのいわゆる悪玉コレステロールを酸化して酸化LDL(④)に変化させます。高LDLコレステロール血症が問題となるのはこの時です。

マクロファージの細胞表面にはCD36と呼ばれる酸化LDLを認識し、処理するスカベンジャー受容体があります(⑤)。マクロファージはこの受容体をを介して酸化LDLを飲み込み、泡沫細胞に変化します(⑥)。顕微鏡で血管を見ると、蓄積した酸化LDLがマクロファージの細胞内で泡粒のように見えるので泡沫細胞と呼ばれています。泡沫細胞からは血管中膜に存在する平滑筋細胞(⑦)を遊走、増殖させる血小板増殖因子などのサイトカインが放出されます。血管壁が肥厚、内腔が狭くなって血液の通りが悪くなるという変化が全身の動脈でみられ、血圧が上がってくる時期です。

泡沫細胞は、やがて酸化ストレスによって死滅します。この時の泡沫細胞の死に方が問題です。アポトーシスは本来、炎症をきたさない自殺のプロセスですが、「アディポネクチン」という引きしまった内臓脂肪から放出される血管の掃除屋さんが不足して泡沫細胞が速やかに除去されないと、細胞の内容物が漏れ出して炎症を引き起こします。また、強い酸化ストレスで泡沫細胞がいきなりネクローシス(壊死)で死んだ場合にも炎症が惹起されます。

炎症反応は、マクロファージを呼び寄せ、さらなる泡沫細胞死の増加という悪循環をもたらします。泡沫細胞の死骸が集積してできたのが壊死中心(⑧)です。壊死中心には血管に生じた炎症を修復するために線維芽細胞と呼ばれる細胞も集まってきます。怪我をしたときに、傷が盛り上がってかさぶたができるのは線維芽細胞の働きです。この線維芽細胞によって壊死中心はコラーゲンと呼ばれる線維で固められます。アテローム性プラークとは壊死中心やそれを包みこむコラーゲンからなるコブです。

このアテローム性プラークがどのような運命をたどるかによって病気の運命も変わってきます。もし血管への酸化ストレスが減少し、血管内の炎症反応が収束に向かえば、アテローム性プラークはコラーゲンが主体のいわゆる「安定プラーク」となって、労作時にのみ胸痛がおきる「労作性狭心症」となります。労作時にのみ胸痛がおきるのは、冠状動脈が狭くなって血液の通りが悪くなり、心臓に負荷が加わった時だけ心筋の酸素需要を満たすことができなくなるからです。労作性狭心症で命を落とすことはまずありません。

内皮細胞やマクロファージから活性酸素が放出され続ければ、コラーゲンでできた線維性被膜はマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)と呼ばれるタンパク質分解酵素によって分解され、薄っぺらになってしまいます。これは「不安定プラーク」と呼ばれ、極めて破裂しやすい性質を持っています。薄い線維性被膜が血圧上昇などの血管に加わった物理的ストレスで破れると、壊死中心の内容物が血管内に漏れ出します。そうなると、血管の内腔に血の塊、すなわち血栓が形成され、冠状動脈は閉塞します。血栓は血液を固める働きをする血小板に赤血球などの血球成分やフィブリンなどの凝固因子がからまってできたイチゴジャムのような性状です。この状態が20分以上持続すると、ATP (細胞内のエネルギー通貨)が枯渇してネクローシスで死に始める心筋細胞が出て来ます。狭心症と違い、冠状動脈が閉塞すると安静にしても痛みは治まりません。

心筋梗塞で広範囲の心筋が壊死に陥ると、心臓のポンプ機能が障害されて心不全となるか、壊死に陥った心筋から異常な電流が発生して不整脈を招きます。心筋梗塞は医学が進歩した今日でさえ、10%近い死亡率をもたらす恐ろしい病気です。たとえ救命されても、心不全によって日常生活に大きな支障をきたす可能性があります。このように、狭心症や心筋梗塞の原因となる動脈硬化は、血管への酸化ストレスが引き金となります。

コレステロール分子は、動物細胞にとって生体膜の構成成分であり、さまざまな生命現象に関わる重要な化合物です。血中のLDLコレステロールは血管内皮を通り、LDL受容体を介して血管壁の細胞内に取り込まれ、細胞膜のコレステロール供給源となっています。したがって、LDLコレステロールを下げ過ぎると血管壁が脆弱となり、高血圧を合併した高齢者では脳出血の危険性が増加することが指摘されています。筋肉の細胞膜は弱くなり、筋肉は壊れやすくなります。また、コレステロールは免疫担当細胞の機能を高めて感染症やガンの発生予防にも重要な役割を果たしています。「コレステロールは低ければ低い方がいい」という考え方は、あくまでも動脈硬化を治そうとする立場から発信された意見です。

LDLコレステロールを悪玉に仕立て上げるのは酸化ストレスです。そう考えると、本当はLDLコレステロールを下げるよりも、メタボリックシンドロームを治したり、禁煙したりして血管に対する酸化ストレスを取り除くことの方が大事なのです。しかし、血管に対する酸化ストレスを取り除くより、LDLコレステロールを下げる方が簡単なので、LDLコレステロール低下薬を使う治療になってしまうのです。

このブログは風詠社出版の『長生きしたければミトコンドリアの声を聞け』の一部を抜粋、編集したものです。小著は真のサクセスフル・エイジングとは何かをテーマに、健康長寿を目指す「人」と「社会」に向けてミトコンドリアの立場からメッセージを送ります。