わが国は未曽有の超高齢社会に突入しています。超高齢社会で大きな問題となっているのが医療です。現在わが国の医療政策は少子高齢化、低成長経済下において老化関連疾患への対応を余儀なくされています。老化関連疾患には心不全、脳卒中、ガンを初めとして認知症やパーキンソン病、骨粗鬆症、骨関節症、自己免疫疾患などの介護が必要な慢性疾患が含まれます。感染症であれば、抗生物質の投与などによる一時的な支出で済みますが、老化関連疾患は根治することなく死に至るまで長期の加療が必要となり、その累積支出は莫大な額に達します。
国民医療費(2010年度は約37兆円)の約半分が70歳以上の高齢者によって消費され、その医療費の大半は老人保健制度に基づいた現役就業者からの所得移転によって維持されています。このまま高齢化が進み、生活習慣病などの老化関連疾患が増え続ければ、2050年ごろには65歳以上の医療費が全体の7~8割に及ぶと予測されています。つまり、高齢化が医療費の負担構造にもたらす影響の大きさは、医療制度の根幹を揺るがす問題になっています。
予防医学の重要性が叫ばれています。それは、予防医学が医療費の高騰を抑えることができる最も現実的な手段だからです。生活習慣病や老化関連疾患の予防にも費用がかかります。では、病気になってからそれを治す費用と病気を予防するのとではどちらの費用対効果が高いでしょうか。費用対効果は単に経済的な面だけではなく、精神的、肉体的な治療効果も含まれます。高齢者が増加すれば、ますます医療費が嵩むとお考えになる方も多いかと思います。それは正しくありません。百寿者と呼ばれる超々高齢者の主な死亡原因はガン、心筋梗塞、脳卒中ではなく、老衰か肺炎です。これらの疾病に長期間、濃厚な治療が行われることはありませんので、相対的に医療費の支出は少なくなります。実際、2020年度の総医療費は47兆円になることが予想されていますが、その中で終末期医療に必要な医療費は3兆円足らずであると見積もられています。一方糖尿病の合併症である腎不全から血液透析に至る患者さんは年々増え続け、2007年度の統計では88,000人にのぼります。一人の透析患者さんに一年間で約500万円が必要です。つまり、糖尿病の一つの合併症でさえ約5,000億円もの医療費が費やされているのです。
医療に費やす金額が大きいと健康が増進され、寿命が延びるというのは大きな誤解です。現実には医療費の高い地域ほど平均寿命は短く、医療費の安い地域ほど平均寿命は長いというパラドックスなデータが示されています。医療費と平均寿命には逆相関があるのです。2011年度の統計では、長野県が男女合わせた全体で日本一の長寿県です。しかし、長野県は医療費が安い地域の一つでもあります。長野県が日本一の長寿を誇り、かつ医療費が安いのは、住民の健康意識が高く、予防医学に熱心に取り組んでいるためです。逆に、医療費が嵩む割に寿命が短いのは、生活習慣病の予防を怠り、病気を早い段階で治療せず、重症化してから医療機関を受診するからです。このような例を取り上げても医療費の抑制には予防医学の充実が最も効果的であることがわかります。
今後85歳以上の超高齢者が増加すれば、終末期の介護に費やす社会保障費は増加することが予想されます。それでも重篤な生活習慣病の合併症に費やす医療費に比べればはるかに少ないのです。2009年度の生活習慣病にかかる医療費は総医療費の半分近くであることが報告されており、2020年度には20兆円以上に達する見込みです。そのうちの半分でも高齢者の労働支援や貧困で十分な教育が受けられない子どもたちへの支援など社会保障費に充当すれば、もっと明るい未来が開けるのではないかと思います。そのような社会的背景から、私たち医療関係者は、生活習慣病を予防する水際作戦を展開しなければならない必要性に迫られているのです。
先日、あるメディアが「iPS細胞から腎臓の細胞が作られた」という報道を流しました。iPS細胞が腎臓の再生医療にも応用できる可能性が開けたことは、透析が必要な末期腎不全の患者さんにとっては一つの朗報です。一方では、こういった先進医療に関するニュースは、一般の人々にあたかも病気を予防することなく不老長寿が得られるかのような錯覚を与えます。しかし、疾病予防の努力を怠っていることを棚に上げ、重症化した時の尻拭いだけを先進医療に任せるという姿勢は、本末転倒と言わなければなりません。iPS細胞は、それを使う以外に治療法のない不治の病や難病にこそ応用されるべきであり、予防できる病気は予防に全力を尽くすのが正しい医療の在り方です。なぜならば、せっかくiPS細胞から作った細胞を機能しなくなった心臓や腎臓に移植しても、生活習慣が是正されず、病気の根本原因である糖尿病や高血圧などが治療されなければ、結局のところ再生医療は徒労に終わってしまうからです。
日本人は生活習慣病になりやすい民族的体質を持っています。医療サイドや行政が生活習慣病を予防する重要性をどれだけ声高に叫んでも、受け止める側に切実感がなければ「暖簾に腕押し」になってしまいます。制度上はどのような改革がなされても、また、どれだけ先進医療が進んでも、結局は個々人が健康への意識を高く持ち続けることが何よりも重要なのです。
このブログは風詠社出版の『長生きしたければミトコンドリアの声を聞け』の一部を抜粋、編集したものです。小著は真のサクセスフル・エイジングとは何かをテーマに、健康長寿を目指す「人」と「社会」に向けてミトコンドリアの立場と視点からメッセージを送ります。
国民医療費(2010年度は約37兆円)の約半分が70歳以上の高齢者によって消費され、その医療費の大半は老人保健制度に基づいた現役就業者からの所得移転によって維持されています。このまま高齢化が進み、生活習慣病などの老化関連疾患が増え続ければ、2050年ごろには65歳以上の医療費が全体の7~8割に及ぶと予測されています。つまり、高齢化が医療費の負担構造にもたらす影響の大きさは、医療制度の根幹を揺るがす問題になっています。
予防医学の重要性が叫ばれています。それは、予防医学が医療費の高騰を抑えることができる最も現実的な手段だからです。生活習慣病や老化関連疾患の予防にも費用がかかります。では、病気になってからそれを治す費用と病気を予防するのとではどちらの費用対効果が高いでしょうか。費用対効果は単に経済的な面だけではなく、精神的、肉体的な治療効果も含まれます。高齢者が増加すれば、ますます医療費が嵩むとお考えになる方も多いかと思います。それは正しくありません。百寿者と呼ばれる超々高齢者の主な死亡原因はガン、心筋梗塞、脳卒中ではなく、老衰か肺炎です。これらの疾病に長期間、濃厚な治療が行われることはありませんので、相対的に医療費の支出は少なくなります。実際、2020年度の総医療費は47兆円になることが予想されていますが、その中で終末期医療に必要な医療費は3兆円足らずであると見積もられています。一方糖尿病の合併症である腎不全から血液透析に至る患者さんは年々増え続け、2007年度の統計では88,000人にのぼります。一人の透析患者さんに一年間で約500万円が必要です。つまり、糖尿病の一つの合併症でさえ約5,000億円もの医療費が費やされているのです。
医療に費やす金額が大きいと健康が増進され、寿命が延びるというのは大きな誤解です。現実には医療費の高い地域ほど平均寿命は短く、医療費の安い地域ほど平均寿命は長いというパラドックスなデータが示されています。医療費と平均寿命には逆相関があるのです。2011年度の統計では、長野県が男女合わせた全体で日本一の長寿県です。しかし、長野県は医療費が安い地域の一つでもあります。長野県が日本一の長寿を誇り、かつ医療費が安いのは、住民の健康意識が高く、予防医学に熱心に取り組んでいるためです。逆に、医療費が嵩む割に寿命が短いのは、生活習慣病の予防を怠り、病気を早い段階で治療せず、重症化してから医療機関を受診するからです。このような例を取り上げても医療費の抑制には予防医学の充実が最も効果的であることがわかります。
今後85歳以上の超高齢者が増加すれば、終末期の介護に費やす社会保障費は増加することが予想されます。それでも重篤な生活習慣病の合併症に費やす医療費に比べればはるかに少ないのです。2009年度の生活習慣病にかかる医療費は総医療費の半分近くであることが報告されており、2020年度には20兆円以上に達する見込みです。そのうちの半分でも高齢者の労働支援や貧困で十分な教育が受けられない子どもたちへの支援など社会保障費に充当すれば、もっと明るい未来が開けるのではないかと思います。そのような社会的背景から、私たち医療関係者は、生活習慣病を予防する水際作戦を展開しなければならない必要性に迫られているのです。
先日、あるメディアが「iPS細胞から腎臓の細胞が作られた」という報道を流しました。iPS細胞が腎臓の再生医療にも応用できる可能性が開けたことは、透析が必要な末期腎不全の患者さんにとっては一つの朗報です。一方では、こういった先進医療に関するニュースは、一般の人々にあたかも病気を予防することなく不老長寿が得られるかのような錯覚を与えます。しかし、疾病予防の努力を怠っていることを棚に上げ、重症化した時の尻拭いだけを先進医療に任せるという姿勢は、本末転倒と言わなければなりません。iPS細胞は、それを使う以外に治療法のない不治の病や難病にこそ応用されるべきであり、予防できる病気は予防に全力を尽くすのが正しい医療の在り方です。なぜならば、せっかくiPS細胞から作った細胞を機能しなくなった心臓や腎臓に移植しても、生活習慣が是正されず、病気の根本原因である糖尿病や高血圧などが治療されなければ、結局のところ再生医療は徒労に終わってしまうからです。
日本人は生活習慣病になりやすい民族的体質を持っています。医療サイドや行政が生活習慣病を予防する重要性をどれだけ声高に叫んでも、受け止める側に切実感がなければ「暖簾に腕押し」になってしまいます。制度上はどのような改革がなされても、また、どれだけ先進医療が進んでも、結局は個々人が健康への意識を高く持ち続けることが何よりも重要なのです。
このブログは風詠社出版の『長生きしたければミトコンドリアの声を聞け』の一部を抜粋、編集したものです。小著は真のサクセスフル・エイジングとは何かをテーマに、健康長寿を目指す「人」と「社会」に向けてミトコンドリアの立場と視点からメッセージを送ります。