人はなぜ戦争をするのか

循環器と抗加齢医学の専門医が健康長寿を目指す「人」と「社会」に送るメッセージ

遺伝子の憲法第9条が切り開いた多細胞化への道

2022年03月31日 14時25分57秒 | 社会
古細菌とα-プロテオバクテリアとの共生によって出現した細胞が次の生命進化のステップである「多細胞化」へと進むためには、乗り越えなければならない大きな壁がありました。

なぜ生命はその進化の過程で細胞同士が協力して生きていく多細胞化を必要としたのでしょうか?それは、単細胞生物の寿命は極めて不安定だからです。細胞は餌さえあれば無限に増殖することができますが、餌のない環境では30分と生きていくことはできません。安定的に子孫を残すには寿命を延ばすことが必要でした。

生命は寿命を延ばす手段として多細胞化(集団化;コロニーの形成)し、さらに個々の細胞が役割分担をすることで寿命を延ばしたのです。つまり、餌を捕まえる細胞、その餌を消化する細胞、栄養を全身に運ぶ細胞などが一緒になって個体を形成しました。

そもそも細胞の本質は勝手気ままに増殖するガンですから、多細胞化には細胞同士が争いをやめる必要がありました。細胞は自らを増やすため、餌をめぐって本能的に他の細胞と争います。他の細胞と接触した時には、その細胞を倒してでも増殖を続けようとします。これでは、細胞同士が協調して多細胞化し、臓器や個体へと発育していくことはできません。「子孫を残す」という生命の究極の目的が、細胞同士の戦争に歯止めをかける増殖制御装置の構築に繋がったのです。

人間の体内には約60兆個の細胞が存在し、協調して生きています。それらの細胞がめったにガン化しないのは増殖制御装置が適切に作動しているからです。ところが、何かの拍子にこの装置が機能しなくなり、進化した動物の中にも分裂、増殖に歯止めのかからない細胞が出てきます。これがガン細胞です。ガン細胞は先祖返りした未熟な細胞です。正常細胞は、それぞれが自分に与えられた役割を果たすために分化していますが、ガン細胞は自らに課せられた役目を放棄し、自分勝手に増え続けることだけを目的にした遺伝子のみを機能させています。

分化した細胞では、分裂、増殖してもお互いが接触した際には争いを避け、細胞間の紛争を未然に防ぐシステムが確立されています。細胞に備わった最も強力な増殖制御装置がcontact inhibition(接触阻止)です。細胞同士は接触阻止の遺伝子に従って相手の立場を尊重すると共に、お互いの情報をやり取りして自分たちはどのような働きをすればよいのかを認識します。国と国とが主権を尊重しつつコミュニケーションを取り合って、互いに発展していくのと同様です。

私たちの祖先が単細胞の壁を乗り越え、多細胞化し、人体というグローバルな小宇宙にまで進化できたのは、この接触阻止という戦争をしない遺伝子のおかげなのです。接触阻止遺伝子は、いわば、遺伝子の憲法第9条です。この遺伝子を無力化し、戦争ができるようになった細胞がガン細胞です。

このブログは拙著「人はなぜガンになるのか」から抜粋してお届けしています。

生命進化を決定づけた細菌同士の共生

2022年03月30日 17時56分48秒 | 社会
人が戦争を始めるのは人間の祖先がガン細胞だったからです。ガン細胞は私たちの体の中にある細胞が、よくない生活習慣などが原因で生命誕生初期の未熟な状態に先祖返りした細胞です。ガン細胞の生い立ちを知るには、まず生命発生の起源に遡ることが必要です。

生命とは「同型のものを複製して自己増殖する有機的な物質」と定義されています。今から約40憶年前、地球上で生命はリボ核酸(RNA)やデオキシリボ核酸(DNA)として登場しました。RNAやDNAは遺伝情報を記録する物質です。今でもRNAやDNAだけを複製して生きている生命体がいます。それはウイルスです。ウイルスは自らの力ではRNAやDNAを合成できず、細胞に侵入し、細胞内でRNAやDNAを複製する装置を借りて増殖します。

生命誕生の初期、RNAやDNAは海中の奥深い火山口の近くで、熱水が吹き出すエネルギーを化学反応に変えて複製されていたと考えられています。しかし、海中で化学反応によって自らを複製するのは余りにも増殖効率が悪かったのです。そこで、自らDNAを複製するための化学エネルギーを生み出すことができる細菌が登場しました。細菌のみの世界は10億年以上続きましたが、やがて生命の大躍進につながる大きな出来事が起きました。私たちの直接の祖先である古細菌と、大腸菌など好気性細菌の一種であるα-プロテオバクテリアとの共生です。酸素を利用できなかった古細菌は、酸素を利用して膨大なエネルギーを生み出すα-プロテオバクテリアの力を借りて巨大化し、種々の機能を営む細胞へと進化しました。細菌の大きさは約1立方ミクロン、細胞の大きさは約1,000立方ミクロンですから、細胞は1,000倍もの大きさに成長したのです。

α-プロテオバクテリアはその遺伝子のほとんどを細胞に預け、自らの意志では増殖できない細胞内小器官、ミトコンドリアに名前を変えました。なぜ、お互いに敵対していた細菌同士が共生するようになったのかは未だわかっていません。簡潔に表現すれば、お互いの利害の一致でしょうか。争わず、お互いに協力し合うことが生存のためには有利だったのでしょう。いわゆる戦略的互恵関係です。

古細菌とα-プロテオバクテリアとの共生は恐らく偶然の出来事だったのでしょう。生命は常に偶発的に起きる遺伝子変化、すなわち突然変異が生存に有利に働くことが条件となって進化します。1859年にチャールズ・ダーウィンとアルフレッド・ウォレスによって提唱された「自然選択説」です。「自然選択説」とは、進化を説明するうえでの根幹をなす適者生存あるいは自然淘汰の理論です。厳しい自然環境が選択圧となって、生物に無目的に起きる突然変異を選別し、進化に方向性を与えるという説です。α-プロテオバクテリアを取り込んで共生するという古細菌で起きた突然変異が、その後の生命進化を決定づけたのです。

次回は細胞が多細胞化して人間のような個体を形成するに至った最大の要因、遺伝子の憲法第9条についてお話しします。

ミトコンドリアの繁栄に学ぶガン化制御の大切さ

2022年03月28日 14時24分17秒 | 社会
私たちの体の中で、平和への思いを具現化しているのがミトコンドリアです。ミトコンドリアは、細胞という国家の中に暮らす国民のような存在です。

ミトコンドリアはα-プロテオバクテリアという大腸菌の仲間の子孫であり、約20億年前に別の細菌である古細菌と共生して、その中に住み着いてからは、ミトコンドリアと名前を変えました。

ミトコンドリアがその後の生命進化に果たした功績は計り知れません。ミトコンドリアは酸素を利用して莫大なエネルギーを産み出し、細胞を巨大化させ、多種多様な機能を営むことを可能にしました。ミトコンドリアの役割はエネルギーを産みだすだけではありません。ミトコンドリアは細胞に対して従属的な立場でありながら、生死の決定権を持つという国民と国家との関係にも似た相互支配の関係を作り上げました。ミトコンドリアはガン化を企てる細胞を自殺に追い込むことによって、宿主である細胞のガン化を防ぎ、細胞の宿主である個体を長生きさせ、自らの生存と子孫の繁栄を確かなものにしているのです。

ミトコンドリアはガン化という細胞同士の戦争をやめさせることによって大繁殖に成功しました。細胞内には平均して約2,000個のミトコンドリアが存在します。人間は約60兆個の細胞からできているので、一人の人間の中に暮らすミトコンドリアの総数は12京個という天文学的な数字にのぼります。腸内細菌数は約100兆個なので、ミトコンドリアの数は腸内細菌をはるかに凌ぎます。数百万種は存在すると言われる動物も、そのすべての細胞の中にミトコンドリアが暮らしています。ミトコンドリアは地球上で最も栄えた生命体なのです。

ミトコンドリアが地球上の生物界を席巻したのは、細胞同士の戦争を未然に防ぐという巧みな生存戦略の成果でした。ミトコンドリアがリードした生命進化の歴史は、自らが暮らす細胞のガン化との戦いでした。体の中のすべての細胞はガン遺伝子を有しており、ガン化する可能性を秘めています。ひとたび細胞がガン化すればその個体は滅びてしまい、ミトコンドリアも生存することはできません。そこで細胞はガン遺伝子が自由に作動しないように監視する装置を備え付けながら進化してきました。生命は20憶年以上もの歳月をかけて、ガン化制御という最も困難で時間のかかる作業に取り組んできたのです。
生命進化の歴史に比較すると、人間社会の歴史はわずか数千年に過ぎません。人間社会が戦争のない世界を築くために備えなければならないガン化制御装置は依然として余りにも未熟なのです。

人間社会も細胞と同様に、戦争に苛まれた歴史を辿ってきました。細胞の考えることを人間が考えるのですから、これは当然と言えます。国家という人間の集団が形成されるまでは、食糧や領地を巡って個人の争いがあり、国家が形成された後は、国家間の戦争が絶えませんでした。近代以降、国は領土を奪い合い、植民地を獲得するために侵略戦争を繰り広げました。国家間の取り決めによって侵略戦争が禁止された第二次世界大戦後も、利害の対立する米ソの代理戦争として朝鮮戦争やベトナム戦争が行われました。ベルリンの壁崩壊で世界は融和するかに思えましたが、今度は、石油の利権や中東の国境線を巡る対立が湾岸戦争やイラク戦争を生みました。現在はその後遺症も癒えないまま、イスラム国を中心とした過激集団がまるで全身に転移したガン細胞のように世界各国でテロを繰り広げています。国民の飢えや苦しみを顧みることなく権力を振るう独裁者や、力で領海、領土や領空の現状を変更しようとする国家も存在します。こういった国家が新たな戦争の火種になり、今では核戦争の脅威すら迫っています。

戦争のない平和な世界を築くには、人間社会はどのように進化すればよいのでしょうか。その答えを探すには、生命がどのようにして細胞同士の争いをやめさせ、進化してきたのかを紐解く必要があります。生命進化の謎に迫るとき、人間社会の歩むべき道が見えてくるはずです。次回は、その生命進化の歴史を辿りたいと思います。

私たち人間の祖先はガン細胞だった!

2022年03月26日 07時57分42秒 | 社会
私たち人類の祖先はガン細胞です。その遺伝子を受け継ぐ私たちの体の中のすべての細胞はガン細胞になる性質を持っています。一日に数千個は発生するといわれるガン細胞ですが、我々はめったにガンになりません。人間の寿命は約80年ですが、そのうちガンを発症するのは約半数の人間です。これは奇跡といってもいいくらい稀有な確率でしかガンは発症しないことを示しています。私たちがガンにならないのは細胞の勝手な増殖を許さないように遺伝子が驚くほど厳密に管理され、細胞内が高度に民主化されているからです。また、たとえガン細胞が発生してもその増殖を許さない免疫システムが確立されているからです。

ガンは人間にとって憎むべき病気です。しかし、ガン細胞を責めるわけにはいかないのです。ガン細胞は体の中が平穏な状態で発生することはありません。細胞がガン化するためには必ず何か引き金となる要因が存在します。加齢、喫煙、飲酒、肥満、ある種の病原体への慢性の暴露、これらは細胞に生存に対する脅威を与え、その結果、生き延び、子孫を増やそうとする自然の反応として遺伝子を突然変異させてしまうのです。人間社会も同じでしょう。ある国に経済制裁や武力による威嚇を加われば、その国は生き延びようとして国家の遺伝子に相当する憲法を突然変異させてでも武力を強化し、抵抗しようとするでしょう。

私は、健康や平和の大切さを考える時、生命進化の歴史に想いを馳せます。私は、人間社会の歴史は生命進化の歴史と同じ道を辿ると考えています。なぜなら、人間社会は人間の集団であり、人間は細胞の集団で構成されているからです。つまり、細胞の考えていることを人間が考え、人間はその考えに基づいて行動を起こし、社会を動かしているのです。

ガン細胞であった私たちの祖先が争いをやめ、協調して多細胞化し、個体というグローバルな小宇宙を築き上げてきた進化の歴史にこそ、人類が平和な世界を築くために学ぶべき教訓が隠されていると思います。祖先の細胞が脈々と築き上げてきたガン化制御のしくみとはどのようなものだったのでしょうか。人類が生命進化の歴史に学ぶ時、戦争のない世界が訪れるのではないかと思います。

本ブログは拙著「人はなぜガンになるのか」から抜粋してお届けしています。

人はなぜ戦争をするのか

2022年03月25日 15時54分16秒 | 社会
ロシアがウクライナに侵攻してから一ヶ月余りが経ちました。毎日のように報道されるウクライナの悲惨な現状を目の当たりにして、戦争の理不尽さを改めて思い知らされます。

一人の独裁者が自らの欲望を満たすために罪のない他国を侵略し、征服しようとする。人間社会に幾度となく影を落としてきた負の遺産が戦争です。人はなぜ、こうも同じ過ちを繰り返すのでしょうか。それは、人間の祖先がガン細胞だったからです。

今から約20億年前、地球上には微生物と単細胞だけしか存在しませんでした。単細胞は常にエサを求めて争い、十分なエサさえあれば無限に増殖しました。やがて生命はその進化の過程で、細胞が長く生き残るためには勝手気ままに増殖するガンの遺伝子を封印することが得策だと学びました。このことが細胞同士の戦争を防ぎ、個々の細胞が協力して個体を形成する多細胞生物の出現に繋がったのです。人間は約60兆個の細胞からなる多細胞生物ですが、個々の細胞のルーツをたどればガン細胞に行き着くのです。

細胞が本能的に自らの生存と子孫の繁栄のためにのみ行動するように、ガン細胞も人間の体の中で増殖することだけを目的に生きています。ガン細胞は排他的に栄養を貪り、正常な細胞を押しのけて増殖し、やがては臓器を破壊して個体を死に追いやります。実はこのガン細胞の所業こそが細胞本来の姿です。ガンは、体の中に宿る細胞がかつての姿を取り戻した病気に過ぎないのです。

すべての細胞にはガン遺伝子が宿っています。ガン遺伝子は細胞が自らの生存危機に直面したときに牙をむきます。飽食、過度の飲酒、喫煙や運動不足など、よくない生活習慣は細胞にストレスを与えます。生き延びたいという生存本能がガン遺伝子を活性化させ、細胞をガン化させるのです。

ガンと独裁者の本質は同じです。もっと増えたい、好き勝手に振舞いたいという細胞の本能は誰にでも潜在しています。民主主義国家では権力者がどんなに望んでもその横暴を許さない制度が整っています。しかし、一人のリーダーに権力が集中する権威主義国家では、独裁者の暴走を食い止めることは困難です。独裁者は真に国家の発展を願う反対勢力を排除し、権力基盤を固めようと画策します。民主的な制度が整っていない国では、独裁者が自らの都合で侵略戦争を開始するのは自然な流れなのです。

すべての人がガンのリスクを背負っているように、すべての国家は戦争を始める危険性を秘めています。人間社会は、どのようなガン化制御装置を備え付ければ戦争というアリ地獄から抜け出すことができるのでしょうか。その答えを導き出すカギは、単細胞から人類にまで至る生命進化の歴史を紐解くことによって見つかるかも知れません。

このブログは拙著「人はなぜガンになるのか」から抜粋しています。