私たちはミトコンドリアが発する無言の声に耳を傾け、その訴えを真摯に受け止めなければなりません。今日はミトコンドリアの立場から見てもう一度日本経済復活のシナリオを考えます。
ミトコンドリアはその遺伝子を細胞に守ってもらう代わりにATPを生み出して細胞の機能を支えています。他方、細胞はミトコンドリアが安全に暮らせるよう努力しています。国民は国家に税金を納める義務がありますが、国家は国民の生命と財産を守る責任があるのと同じです。そういった互恵的関係が崩れた時に国民も国家も危機に陥ります。
二○十二年末の衆議院選挙と二○十三年夏の参議院選挙で大勝した自民党政権は、デフレ脱却を目的とした経済政策の目玉として大量の国債を発行し、獲得した資金で公共投資を行いました。そしてつい先日、日銀は消費税10%引き上げ導入に向けて、見かけ上の経済成長を演出するために追加の金融緩和を行うことを発表しました。これは、成長戦略の矢が折れたアベノミクスが断末魔に発する苦し紛れの経済政策としか言いようがありません。
日銀が民間銀行の保有する国債を購入して紙幣を流通させることは、細胞内通貨であるATPを細胞内に直接注入するのと同じ効果があります(ちなみにATPは外から投与しても細胞内には入りません)。仮に細胞内にATPを無理やり注入して細胞内のATPが増えると、筋力は一時的に増すことになります。金まわりがよくなると産業が活性化され、国際競争力が増すのと同じです。
通貨のばら撒きは、一時的に景気を押し上げることになるでしょう。しかし、ばら撒きでATPが増えると、老朽化したミトコンドリアはどうなるのでしょうか。イラストでお示しするように細胞内のATPがじゃぶじゃぶに増えれば、電子伝達系での電子の鬱滞(デフレ)がひどくなり、活性酸素の産生が増加します。活性酸素は電子伝達系の機能を障害するため、ますます電子が鬱滞するというデフレスパイラルに陥ります。ミトコンドリアがデフレで苦しむ中、細胞内はATPの値打ちが下がってインフレが進行することになります。生活に窮したミトコンドリアの酸化ストレスは溜まる一方です。酸化ストレスの程度によってはアポトーシスの司令を発動することになりかねません。場合によってはネクローシスに発展する危険性すらあります。
成長期であれば、体の発育(インフラの整備)というATPの需要があるのでATPをばら撒いてもATPは細胞の中に貯まりません。しかし、年を取るに従い代謝が落ちるとATPは細胞の中に貯まりやすくなります。内部留保されたATPはミトコンドリア電子伝達系で電子を鬱滞させ、活性酸素の生成を増加させます。ですから、老化した細胞は進んでATPを消費しなければ酸化ストレスで危ないのです。そのために必要なのが有酸素運動です。運動によってATPを消費し、電子の流れを改善(デフレから脱却)できれば、酸化ストレスも軽減されます。細胞はアポトーシスやネクローシスを回避することができるのです。
運動とは筋肉がATPを消費する行為です。筋肉がATPをたくさん使えば、ミトコンドリアは電子伝達系を速く回してATPを産生しようと頑張るので電子は鬱滞しなくなります。つまり、経済を活性化するには筋肉である企業が率先して運動し、お金を使わなければなりません。それには、まず労働者の賃金を上げることです。「経営が苦しい時に賃金を上げるなんてとんでもない」と考えるのは企業の論理としては当然です。そこで、賃金を上げるには条件があります。それは、ミトコンドリアが高性能であることです。ATPを効率よく産生し、活性酸素を出さないミトコンドリアが求められるのです。反対に、劣悪なミトコンドリアがマイトファジー(オートファジーによるミトコンドリアの分解)によってリストラされるのは仕方がありません。ミトコンドリアは再生と引き換えにマイトファジーを容認します。決して、リストラを逆恨みしてアポトーシスを誘導したりしません。マイトファジーがなければ再生は望めないからです。また、ATPを無駄に消費し、不良債権の元凶となっているダメな筋肉をオートファジーによって淘汰することも細胞機能の健全化には不可欠です。そういった細胞内小器官のオートファジーや再生を促進する効果をもたらすのも有酸素運動です。図26には筋肉が汗水たらしてATPを消費すると、それに応えて高性能ミトコンドリアがATPを生みだし、細胞が活性化されるというイラストを示しました。
高齢者の運動プログラムには、ミトコンドリアを再生するために必ず有酸素運動のメニューが取り入れられます。筋トレだけでは健康にならないのです。ミトコンドリアを無視した成長戦略、すなわち国土強靭化(筋力増強)計画に後押しされた土木事業(筋トレ)に対する公共投資は、インフラの整備が不十分であった高度経済成長期であればまだしも、成熟期の社会にとっては健康長寿を損なうだけの結果に終わるのではないかと危惧しています。公共投資をするのであれば、継続的な雇用を生みだす産業を活性化する方向でなければなりません。ATPやお金は額に汗して稼ぎ、そして使うものです。安定的に細胞にATPを供給するためには、ミトコンドリアを再生し、雇用の場を作り、そこで元気に働いてもらう以外にないのです。これが成熟した細胞にとっては安定的な成長戦略です。
私は三十年以上にわたり心筋保護の研究を続けてきました。その中で私が学んだ教訓は心臓の筋肉を守ることは、ミトコンドリアを守ることに他ならないということです。ミトコンドリアが劣悪な環境に置かれ、その活動が停止すれば、他にどんな手段を講じて細胞をよみがえらせようと試みても成功しません。すべての心筋保護法はミトコンドリアを保護し、これを活性化する戦略に通じています。
ミトコンドリアの研究をライフワークとしてこられた筑波大学の林 純一教授は、元気なミトコンドリアが病気のミトコンドリアに必要な物質を調達して機能を正常にするという「ミトコンドリア連携説」を提唱しています。ミトコンドリアはお互いがしっかりとした絆で結ばれているのです。元気で働ける高齢者が増えれば、多くの国民がその恩恵に浴し、自然に景気は回復すると思うのですが、これは経済の素人が考えるたわごとでしょうか。
このブログは風詠社出版の拙著『長生きしたければミトコンドリアの声を聞け』の一部を抜粋、編集したものです。小著では少子高齢化社会を生き抜く真のサクセスフル・エイジングとは何かをテーマに、健康長寿を目指す「人」と「社会」に向けてミトコンドリアの視点からメッセージを送っています。私たちはミトコンドリアの声に真摯に耳を傾け、幸福な少子高齢社会への道を歩んでいかなければなりません。それこそが、ミトコンドリアがリードした生命進化の頂点に君臨する人類の責務であると思うのです。
ミトコンドリアはその遺伝子を細胞に守ってもらう代わりにATPを生み出して細胞の機能を支えています。他方、細胞はミトコンドリアが安全に暮らせるよう努力しています。国民は国家に税金を納める義務がありますが、国家は国民の生命と財産を守る責任があるのと同じです。そういった互恵的関係が崩れた時に国民も国家も危機に陥ります。
二○十二年末の衆議院選挙と二○十三年夏の参議院選挙で大勝した自民党政権は、デフレ脱却を目的とした経済政策の目玉として大量の国債を発行し、獲得した資金で公共投資を行いました。そしてつい先日、日銀は消費税10%引き上げ導入に向けて、見かけ上の経済成長を演出するために追加の金融緩和を行うことを発表しました。これは、成長戦略の矢が折れたアベノミクスが断末魔に発する苦し紛れの経済政策としか言いようがありません。
日銀が民間銀行の保有する国債を購入して紙幣を流通させることは、細胞内通貨であるATPを細胞内に直接注入するのと同じ効果があります(ちなみにATPは外から投与しても細胞内には入りません)。仮に細胞内にATPを無理やり注入して細胞内のATPが増えると、筋力は一時的に増すことになります。金まわりがよくなると産業が活性化され、国際競争力が増すのと同じです。
通貨のばら撒きは、一時的に景気を押し上げることになるでしょう。しかし、ばら撒きでATPが増えると、老朽化したミトコンドリアはどうなるのでしょうか。イラストでお示しするように細胞内のATPがじゃぶじゃぶに増えれば、電子伝達系での電子の鬱滞(デフレ)がひどくなり、活性酸素の産生が増加します。活性酸素は電子伝達系の機能を障害するため、ますます電子が鬱滞するというデフレスパイラルに陥ります。ミトコンドリアがデフレで苦しむ中、細胞内はATPの値打ちが下がってインフレが進行することになります。生活に窮したミトコンドリアの酸化ストレスは溜まる一方です。酸化ストレスの程度によってはアポトーシスの司令を発動することになりかねません。場合によってはネクローシスに発展する危険性すらあります。
成長期であれば、体の発育(インフラの整備)というATPの需要があるのでATPをばら撒いてもATPは細胞の中に貯まりません。しかし、年を取るに従い代謝が落ちるとATPは細胞の中に貯まりやすくなります。内部留保されたATPはミトコンドリア電子伝達系で電子を鬱滞させ、活性酸素の生成を増加させます。ですから、老化した細胞は進んでATPを消費しなければ酸化ストレスで危ないのです。そのために必要なのが有酸素運動です。運動によってATPを消費し、電子の流れを改善(デフレから脱却)できれば、酸化ストレスも軽減されます。細胞はアポトーシスやネクローシスを回避することができるのです。
運動とは筋肉がATPを消費する行為です。筋肉がATPをたくさん使えば、ミトコンドリアは電子伝達系を速く回してATPを産生しようと頑張るので電子は鬱滞しなくなります。つまり、経済を活性化するには筋肉である企業が率先して運動し、お金を使わなければなりません。それには、まず労働者の賃金を上げることです。「経営が苦しい時に賃金を上げるなんてとんでもない」と考えるのは企業の論理としては当然です。そこで、賃金を上げるには条件があります。それは、ミトコンドリアが高性能であることです。ATPを効率よく産生し、活性酸素を出さないミトコンドリアが求められるのです。反対に、劣悪なミトコンドリアがマイトファジー(オートファジーによるミトコンドリアの分解)によってリストラされるのは仕方がありません。ミトコンドリアは再生と引き換えにマイトファジーを容認します。決して、リストラを逆恨みしてアポトーシスを誘導したりしません。マイトファジーがなければ再生は望めないからです。また、ATPを無駄に消費し、不良債権の元凶となっているダメな筋肉をオートファジーによって淘汰することも細胞機能の健全化には不可欠です。そういった細胞内小器官のオートファジーや再生を促進する効果をもたらすのも有酸素運動です。図26には筋肉が汗水たらしてATPを消費すると、それに応えて高性能ミトコンドリアがATPを生みだし、細胞が活性化されるというイラストを示しました。
高齢者の運動プログラムには、ミトコンドリアを再生するために必ず有酸素運動のメニューが取り入れられます。筋トレだけでは健康にならないのです。ミトコンドリアを無視した成長戦略、すなわち国土強靭化(筋力増強)計画に後押しされた土木事業(筋トレ)に対する公共投資は、インフラの整備が不十分であった高度経済成長期であればまだしも、成熟期の社会にとっては健康長寿を損なうだけの結果に終わるのではないかと危惧しています。公共投資をするのであれば、継続的な雇用を生みだす産業を活性化する方向でなければなりません。ATPやお金は額に汗して稼ぎ、そして使うものです。安定的に細胞にATPを供給するためには、ミトコンドリアを再生し、雇用の場を作り、そこで元気に働いてもらう以外にないのです。これが成熟した細胞にとっては安定的な成長戦略です。
私は三十年以上にわたり心筋保護の研究を続けてきました。その中で私が学んだ教訓は心臓の筋肉を守ることは、ミトコンドリアを守ることに他ならないということです。ミトコンドリアが劣悪な環境に置かれ、その活動が停止すれば、他にどんな手段を講じて細胞をよみがえらせようと試みても成功しません。すべての心筋保護法はミトコンドリアを保護し、これを活性化する戦略に通じています。
ミトコンドリアの研究をライフワークとしてこられた筑波大学の林 純一教授は、元気なミトコンドリアが病気のミトコンドリアに必要な物質を調達して機能を正常にするという「ミトコンドリア連携説」を提唱しています。ミトコンドリアはお互いがしっかりとした絆で結ばれているのです。元気で働ける高齢者が増えれば、多くの国民がその恩恵に浴し、自然に景気は回復すると思うのですが、これは経済の素人が考えるたわごとでしょうか。
このブログは風詠社出版の拙著『長生きしたければミトコンドリアの声を聞け』の一部を抜粋、編集したものです。小著では少子高齢化社会を生き抜く真のサクセスフル・エイジングとは何かをテーマに、健康長寿を目指す「人」と「社会」に向けてミトコンドリアの視点からメッセージを送っています。私たちはミトコンドリアの声に真摯に耳を傾け、幸福な少子高齢社会への道を歩んでいかなければなりません。それこそが、ミトコンドリアがリードした生命進化の頂点に君臨する人類の責務であると思うのです。
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