人はなぜ戦争をするのか

循環器と抗加齢医学の専門医が健康長寿を目指す「人」と「社会」に送るメッセージ

放射能漏れ原発と同じくらい恐ろしい飽食による内部被曝

2014年01月27日 19時05分25秒 | 健康
福島原発事故による放射能汚染が深刻な社会問題に発展しています。実は私たちの体の中にも原発があり、加齢やよくない生活習慣によって内部被曝による健康被害をもたらすのです。その原因はミトコンドリアです。

ミトコンドリアは私たち動物細胞の中に住み、酸素を利用してエネルギーを作り出す細胞内小器官です。生命の進化は約20億年前にミトコンドリアの祖先である真性細菌が、私たちの細胞の祖先である古細菌に共生したところから始まりました。ミトコンドリアを取り込むことによって古細菌は莫大なエネルギーを手に入れることができるようになり、細胞へと進化、さらに多細胞生物に進化して人類にまで至っています。ミトコンドリアは生命進化の立役者であり、私たちの生活になくてはならない生き物なのです。ところが、よくない生活習慣によってミトコンドリアから発生する猛毒の酸素が病気や老化と深く関わっていることがわかってきました。

ミトコンドリアは細胞内のエネルギープラントとして、食物から取り入れたブドウ糖や脂肪酸を使ってATPを合成しています。ATPは細胞内のどのようなエネルギーにも変換することができる細胞内通貨です。しかし、このエネルギープラントには大きな問題があります。それは、ミトコンドリアが酸素を用いてブドウ糖や脂肪酸をATPに変換する時、水(H2O)だけではなく、酸素由来の有害な活性酸素も一緒に放出してしまうことです。活性酸素とは普通の酸素に比べ著しく反応性が増した酸素を指します。このような活性酸素にはフリーラジカル(不対電子を持った過激分子)であるスーパーオキシド[Superoxide(・O2-)]やヒドロキシラジカル[Hydroxyl radical(・OH)]に加え、フリーラジカルではありませんが、同程度に反応性の高い過酸化水素(H2O2)や酸素が紫外線と反応して生成される一重項酸素 (1O2)が含まれます。過酸化水素はその中でも比較的安定なため、衣料用漂白剤として利用されています。過酸化水素はオキシドールという殺菌剤として、傷の消毒に用いられたこともあります。小学校の時、過酸化水素に触媒として二酸化マンガンを加えて水と酸素を発生させる理科の実験を覚えておられる方も多いと思います。スーパーオキシドと過酸化水素が二価の鉄イオン(Fe2+)の存在下で反応すると、ヒドロキシラジカルという非常に反応性が高く最も危険なフリーラジカルが生成されます。

ミトコンドリアが放出する活性酸素は動脈硬化やガンなど、さまざまな病気や老化と深くかかわっています。動物はミトコンドリアという原子力プラントを持ったことによって活性酸素による病気や老化から逃れられない宿命を背負ったのです。フリーラジカルが老化の原因であるという、「老化のフリーラジカル仮説」は1956年にアメリカ、ネブラスカ大学のデンハム・ハーマン博士によって提唱されました。人間が生きていくうえで必然的に産生されるフリーラジカルがDNAやタンパク質などの高分子を変性させて細胞機能の異常をもたらし、その蓄積が老化となって現れるという説です。DNAの損傷や突然変異は、遺伝情報に基づいて作られるタンパク質に異常をもたらし、細胞機能を劣化させます。突然変異は発ガンの原因ともなります。細胞膜やミトコンドリアを含む細胞内小器官もすべて酸化されやすいリン脂質やタンパク質からできています。リン脂質に含まれる不飽和脂肪酸が酸化されると過酸化脂質になります。加齢臭の原因となるノネナールは、皮脂腺の中のパルミトオレイン酸という脂肪酸と過酸化脂質が結びつくことによって作られた物質です。過酸化脂質はタンパク質とも結合してこれを変性させます。タンパク質は生物の構造を決定し、すべての生命現象の源となっています。タンパク質が酸化されると、体の構造が破壊されるのみならず、物質の輸送、栄養の貯蔵、筋肉の収縮や感染症に対する免疫が損なわれます。また、酸化ストレスはこれらの機能を調節するシグナルとして働くタンパク質にも異常をきたし、私たちの体を正常に維持することができなくなります。フリーラジカル仮説は、これのみで老化のすべてを説明できるわけではありません。また、フリーラジカルすべてが有害ではありません。しかしこの説は、50年以上経った今日でも「酸化ストレス仮説」と名前を変えて多くの研究者に支持されています。

ここで、放射能と活性酸素の話題に移ります。東日本大震災後に発生した福島原発の放射能漏れによって放射能の人体に及ぼす影響が問題となりました。放射能の生体への障害作用には直接作用と活性酸素を介した間接作用があります。「放射線は放射能を発する能力」と定義されます。放射線に曝されたとき、人体内では何が起こっているかというと、活性酸素が発生します。放射線は、細胞内の水に高いエネルギーを与えてスーパーオキシドやヒドロキシラジカルに変化させます。これらの活性酸素を利用してガン細胞を退治するのが放射線治療です。つまり、放射能の細胞毒性は活性酸素に由来するのです。活性酸素はDNAを攻撃して染色体に異常をもたらします。それによって放射線治療を受けたガン細胞は増殖できなくなってしまうのです。一方、正常な細胞は活性酸素によって死滅するだけではなく、生き延びた細胞はガン化しやすくなります。活性酸素はDNAの突然変異を引き起こし、また染色体の異常を監視して発ガンを抑制しているタンパク質の構造を変化させ、細胞が異常な増殖を起こしやすくするのです。

活性酸素は、エネルギープラントであるミトコンドリアで絶えず産生されています。ミトコンドリアで活性酸素が産生される場所は電子伝達系と呼ばれています。そこでは、ブドウ糖や脂肪酸由来の電子が酸素と結び付いてATPを合成していますが、その際に電子伝達系から電子が漏れ出し、活性酸素を産みだします。この活性酸素の割合は、性能の優れたミトコンドリアでは酸素消費量の1% 以下ですが、性能の悪いミトコンドリアでは2~3%に達すると言われています。ミトコンドリア電子伝達系は加齢とともに機能が低下し、電子が鬱滞しやすくなって、活性酸素を作る割合は増加します。加齢にしたがって酸化ストレスが増大するのはこのためです。また、飽食で電子伝達系に供給される電子が過剰になり、運動不足で電子の流れが滞れば、電子伝達系から漏れだす電子の量は益々増え、活性酸素の産生もそれだけ増えることになります。

自然界には放射能を持つ物質が広く存在し、私たちは絶えず一定量の放射線を浴びていますが、この程度の放射能は人体に影響を与えません。問題なのは私たちの生活習慣です。私たちは飽食や運動不足といった好ましくない生活習慣によって、自然の放射能を浴びる以上に危険な活性酸素に曝されて生きています。飽食や運動不足によってミトコンドリアから放出された活性酸素を内部被曝することは、原発から漏れ出た大量の放射能を被曝するのと同じくらい健康被害があることを肝に銘じなければなりません。

このブログは風詠社出版の小著『長生きしたければミトコンドリアの声を聞け』の一部を抜粋、編集したものです。小著では少子高齢化社会を生き抜く真のサクセスフル・エイジングとは何かをテーマに、健康長寿を目指す「人」と「社会」に向けてミトコンドリアの立場と視点からメッセージを送っています。私たちはミトコンドリアの声に真摯に耳を傾け、幸福な少子高齢社会への道を歩んでいかなければなりません。それこそが、ミトコンドリアがリードした生命進化の頂点に君臨する人類の責務であると思うのです。