安部政権の発足以来、経済成長の目玉として大胆な金融緩和が実施され、国土強靭化計画と称して公共事業への財政出動が増加しています。こういった経済政策は果たして少子高齢化した日本社会において長期的な景気改善効果をもたらすのでしょうか。成熟した国家の経済政策として適しているのでしょうか。今日はミトコンドリアの立場から日本経済復活のシナリオを考えてみたいと思います。
ミトコンドリアは酸素を利用してエネルギーを産み出す動物細胞の中に暮らす細胞内小器官です。ミトコンドリアの祖先は真性細菌というバクテリアでしたが、約20億年前に私たちの祖先である別のバクテリア、古細菌と共生しました。古細菌はミトコンドリアという強力なエネルギープラントを得たことによって単細胞から多細胞生物、さらには私たち人類に至る爆発的な進化を遂げることができたのです。しかし、このエネルギープラントには大きな問題があります。それは、ミトコンドリアが酸素を用いてブドウ糖や脂肪酸をATPに変換する時、H2O(水)だけではなく、酸素由来の有害な活性酸素も一緒に放出してしまうことです。活性酸素とは普通の酸素に比べ著しく反応性が増した酸素を指します。このような活性酸素にはフリーラジカルであるスーパーオキシド[Superoxide(・O2-)]やヒドロキシラジカル[Hydroxyl radical(・OH)]に加え、フリーラジカルではありませんが、同程度に反応性の高い過酸化水素(H2O2)や酸素が紫外線と反応して生成される一重項酸素 (1O2)が含まれます。過酸化水素はその中でも比較的安定なため、衣料用漂白剤として利用されています。過酸化水素はオキシドールという殺菌剤として、傷の消毒に用いられたこともあります。スーパーオキシドと過酸化水素が二価の鉄イオン(Fe2+)の存在下で反応すると、ヒドロキシラジカルという非常に反応性が高く最も危険なフリーラジカルが生成されます。ミトコンドリアが放出する活性酸素はさまざまな病気や老化と深くかかわっていることが明らかになってきました。
活性酸素は、エネルギープラントであるミトコンドリアで絶えず産生されています。ミトコンドリアがATPを作り出す際、ブドウ糖や脂肪酸由来の電子はミトコンドリアの電子伝達系を流れます。その途中で電子が電子伝達系から漏れだせば、水ではなく、活性酸素を産み出すのです。ミトコンドリアが放出する活性酸素の割合は、性能の優れたミトコンドリアでは酸素消費量の1% 以下ですが、性能の悪いミトコンドリアでは2~3%に達すると言われています。ミトコンドリア電子伝達系は加齢とともに機能が低下し、電子が鬱滞しやすくなって漏れ出る電子の量は増え、活性酸素を作る割合も増加します。加齢にしたがって酸化ストレスが増大するのはこのためです。食べ過ぎは電子伝達系に供給する電子の量を増やし、また運動不足は電子の流れを滞らせて、いずれの場合にも電子伝達系から漏れ出る電子の量が増えます。タバコの煙に含まれる猛毒ガス、シアン化水素は電子伝達系の構成要素であるシトクローム酸化酵素の働きを阻害して電子を鬱滞させ、活性酸素の放出を促します。このように、よくない生活習慣はミトコンドリアを痛めつけ、酸化ストレスという形でわが身に返ってくるのです。
ミトコンドリアと細胞との関係は国民と国家との関係に似ています。ミトコンドリアは、細胞が取り入れてくれたブドウ糖や脂肪酸から細胞内エネルギー通貨であるATPを生み出して細胞の機能を支えています。他方、細胞はミトコンドリアの遺伝子を守り、細胞内環境を整え、安全に暮らせるよう努力しています。国民は国家に税金を納める義務がありますが、国家は国民の生命と財産を守る責任があるのと同じです。そういった互恵的関係が崩れた時に国民も国家も危機に陥ります。
自民党政権は、デフレ脱却を目的とした経済政策の目玉として大量の国債を発行し、獲得した資金で公共投資を促しています。日銀が民間銀行の保有する国債を購入して紙幣を流通させることは、細胞内通貨であるATPを細胞内に直接注入するのと同じ効果があります(ちなみにATPは外から投与しても細胞内には入りません)。仮に細胞内にATPを無理やり注入して細胞内のATPが増えると、筋力は一時的に増すことになります。金まわりがよくなると産業が活性化され、国際競争力が増すのと同じです。
通貨のばら撒きは、一時的に景気を押し上げることになるでしょう。しかし、ばら撒きでATPが増えると、老朽化したミトコンドリアはどうなるのでしょうか。細胞内のATPがじゃぶじゃぶに増えれば、電子伝達系での電子の鬱滞(デフレ)がひどくなり、活性酸素の産生が増加します。活性酸素は電子伝達系の機能を障害するため、ますます電子が鬱滞するというデフレスパイラルに陥ります。ミトコンドリアがデフレで苦しむ中、細胞内はATPの値打ちが下がってインフレが進行することになります。生活に窮したミトコンドリアの酸化ストレスは溜まる一方です。ミトコンドリアは、アポトーシスと言って細胞に対して自殺(政権交代)の司令を発動する権利を持っています。また、ミトコンドリアの機能が低下し、ATPが産生されなくなると、細胞はネクローシスという最悪の形で死を迎えます。ネクローシスで細胞が死ぬと、炎症を引き起こして臓器、組織に甚大な被害を与え、ガンや動脈硬化の原因になります。
高度成長期であれば、体の発育(インフラの整備)というATPの需要があるのでATPをばら撒いてもATPは細胞の中に貯まりません。しかし、年を取るに従い代謝が落ちるとATPは細胞の中に貯まりやすくなります。内部留保されたATPはミトコンドリア電子伝達系で電子を鬱滞させ、活性酸素の生成を増加させます。ですから、老化した細胞は進んでATPを消費しなければ酸化ストレスで危ないのです。そのために必要なのが有酸素運動です。運動によってATPを消費し、電子の流れを改善(デフレから脱却)できれば、酸化ストレスも軽減されます。細胞はアポトーシスやネクローシスを回避することができるのです。
運動とは筋肉がATPを消費する行為です。筋肉がATPをたくさん使えば、ミトコンドリアは電子伝達系を速く回してATPを産生しようと頑張るので電子は鬱滞しなくなります。つまり、経済を活性化するには筋肉である企業が率先して運動し、お金を使わなければなりません。それには、まず労働者の賃金を上げることです。「経営が苦しい時に賃金を上げるなんてとんでもない」と考えるのは企業の論理としては当然です。そこで、賃金を上げるには条件があります。それは、ミトコンドリアが高性能であることです。ATPを効率よく産生し、活性酸素を出さないミトコンドリアが求められるのです。反対に、劣悪なミトコンドリアがマイトファジー(ミトコンドリアを分解、再生する機構)によってリストラされるのは仕方がありません。ミトコンドリアは再生と引き換えにマイトファジーを容認します。決して、リストラを逆恨みしてアポトーシスを誘導したりしません。マイトファジーがなければ再生は望めないからです。また、ATPを無駄に消費し、不良債権の元凶となっているダメな筋肉をオートファジー(細胞の中の余分なタンパク質を分解し、再利用する機構)によって淘汰することも細胞機能の健全化には不可欠です。そういった細胞内小器官のオートファジーや再生を促進する効果をもたらすのも有酸素運動です。このブログでは筋肉が汗水たらしてATPを消費すると、それに応えて高性能ミトコンドリアがATPを生みだし、細胞が活性化されるというイラストを示しました。
高齢者の運動プログラムには、ミトコンドリアを再生するために必ず有酸素運動のメニューが取り入れられます。筋トレだけでは健康にならないのです。ミトコンドリアを無視した成長戦略、すなわち国土強靭化(筋力増強)計画に後押しされた土木事業(筋トレ)に対する公共投資は、インフラの整備が不十分であった高度経済成長期であればまだしも、成熟期の社会にとっては健康長寿を損なうだけの結果に終わるのではないかと危惧しています。公共投資をするのであれば、ミトコンドリアを再生して継続的な雇用を生みだす方向でなければなりません。ATPやお金は額に汗して稼ぎ、そして使うものです。安定的に細胞にATPを供給するためには、ミトコンドリアを再生し、雇用の場を作り、そこで元気に働いてもらう以外にないのです。これが成熟した細胞にとっては安定的な成長戦略です。
ミトコンドリアの研究をライフワークとしてこられた筑波大学の林 純一教授は、元気なミトコンドリアが病気のミトコンドリアに必要な物質を調達して機能を正常にするという「ミトコンドリア連携説」を提唱しています。ミトコンドリアはお互いがしっかりとした絆で結ばれているのです。食生活の改善や規則正しい運動によって生活習慣病を克服し、元気で働ける高齢者が増えれば、多くの国民がその恩恵に浴し、自然に景気は回復すると思うのですが、これは経済の素人が考えるたわごとでしょうか。
このブログは風詠社出版の小著『長生きしたければミトコンドリアの声を聞け』の一部を抜粋、編集したものです。小著では少子高齢化社会を生き抜く真のサクセスフル・エイジングとは何かをテーマに、健康長寿を目指す「人」と「社会」に向けてミトコンドリアの立場と視点からメッセージを送っています。私たちはミトコンドリアの声に真摯に耳を傾け、幸福な少子高齢社会への道を歩んでいかなければなりません。それこそが、ミトコンドリアがリードした生命進化の頂点に君臨する人類の責務であると思うのです。
ミトコンドリアは酸素を利用してエネルギーを産み出す動物細胞の中に暮らす細胞内小器官です。ミトコンドリアの祖先は真性細菌というバクテリアでしたが、約20億年前に私たちの祖先である別のバクテリア、古細菌と共生しました。古細菌はミトコンドリアという強力なエネルギープラントを得たことによって単細胞から多細胞生物、さらには私たち人類に至る爆発的な進化を遂げることができたのです。しかし、このエネルギープラントには大きな問題があります。それは、ミトコンドリアが酸素を用いてブドウ糖や脂肪酸をATPに変換する時、H2O(水)だけではなく、酸素由来の有害な活性酸素も一緒に放出してしまうことです。活性酸素とは普通の酸素に比べ著しく反応性が増した酸素を指します。このような活性酸素にはフリーラジカルであるスーパーオキシド[Superoxide(・O2-)]やヒドロキシラジカル[Hydroxyl radical(・OH)]に加え、フリーラジカルではありませんが、同程度に反応性の高い過酸化水素(H2O2)や酸素が紫外線と反応して生成される一重項酸素 (1O2)が含まれます。過酸化水素はその中でも比較的安定なため、衣料用漂白剤として利用されています。過酸化水素はオキシドールという殺菌剤として、傷の消毒に用いられたこともあります。スーパーオキシドと過酸化水素が二価の鉄イオン(Fe2+)の存在下で反応すると、ヒドロキシラジカルという非常に反応性が高く最も危険なフリーラジカルが生成されます。ミトコンドリアが放出する活性酸素はさまざまな病気や老化と深くかかわっていることが明らかになってきました。
活性酸素は、エネルギープラントであるミトコンドリアで絶えず産生されています。ミトコンドリアがATPを作り出す際、ブドウ糖や脂肪酸由来の電子はミトコンドリアの電子伝達系を流れます。その途中で電子が電子伝達系から漏れだせば、水ではなく、活性酸素を産み出すのです。ミトコンドリアが放出する活性酸素の割合は、性能の優れたミトコンドリアでは酸素消費量の1% 以下ですが、性能の悪いミトコンドリアでは2~3%に達すると言われています。ミトコンドリア電子伝達系は加齢とともに機能が低下し、電子が鬱滞しやすくなって漏れ出る電子の量は増え、活性酸素を作る割合も増加します。加齢にしたがって酸化ストレスが増大するのはこのためです。食べ過ぎは電子伝達系に供給する電子の量を増やし、また運動不足は電子の流れを滞らせて、いずれの場合にも電子伝達系から漏れ出る電子の量が増えます。タバコの煙に含まれる猛毒ガス、シアン化水素は電子伝達系の構成要素であるシトクローム酸化酵素の働きを阻害して電子を鬱滞させ、活性酸素の放出を促します。このように、よくない生活習慣はミトコンドリアを痛めつけ、酸化ストレスという形でわが身に返ってくるのです。
ミトコンドリアと細胞との関係は国民と国家との関係に似ています。ミトコンドリアは、細胞が取り入れてくれたブドウ糖や脂肪酸から細胞内エネルギー通貨であるATPを生み出して細胞の機能を支えています。他方、細胞はミトコンドリアの遺伝子を守り、細胞内環境を整え、安全に暮らせるよう努力しています。国民は国家に税金を納める義務がありますが、国家は国民の生命と財産を守る責任があるのと同じです。そういった互恵的関係が崩れた時に国民も国家も危機に陥ります。
自民党政権は、デフレ脱却を目的とした経済政策の目玉として大量の国債を発行し、獲得した資金で公共投資を促しています。日銀が民間銀行の保有する国債を購入して紙幣を流通させることは、細胞内通貨であるATPを細胞内に直接注入するのと同じ効果があります(ちなみにATPは外から投与しても細胞内には入りません)。仮に細胞内にATPを無理やり注入して細胞内のATPが増えると、筋力は一時的に増すことになります。金まわりがよくなると産業が活性化され、国際競争力が増すのと同じです。
通貨のばら撒きは、一時的に景気を押し上げることになるでしょう。しかし、ばら撒きでATPが増えると、老朽化したミトコンドリアはどうなるのでしょうか。細胞内のATPがじゃぶじゃぶに増えれば、電子伝達系での電子の鬱滞(デフレ)がひどくなり、活性酸素の産生が増加します。活性酸素は電子伝達系の機能を障害するため、ますます電子が鬱滞するというデフレスパイラルに陥ります。ミトコンドリアがデフレで苦しむ中、細胞内はATPの値打ちが下がってインフレが進行することになります。生活に窮したミトコンドリアの酸化ストレスは溜まる一方です。ミトコンドリアは、アポトーシスと言って細胞に対して自殺(政権交代)の司令を発動する権利を持っています。また、ミトコンドリアの機能が低下し、ATPが産生されなくなると、細胞はネクローシスという最悪の形で死を迎えます。ネクローシスで細胞が死ぬと、炎症を引き起こして臓器、組織に甚大な被害を与え、ガンや動脈硬化の原因になります。
高度成長期であれば、体の発育(インフラの整備)というATPの需要があるのでATPをばら撒いてもATPは細胞の中に貯まりません。しかし、年を取るに従い代謝が落ちるとATPは細胞の中に貯まりやすくなります。内部留保されたATPはミトコンドリア電子伝達系で電子を鬱滞させ、活性酸素の生成を増加させます。ですから、老化した細胞は進んでATPを消費しなければ酸化ストレスで危ないのです。そのために必要なのが有酸素運動です。運動によってATPを消費し、電子の流れを改善(デフレから脱却)できれば、酸化ストレスも軽減されます。細胞はアポトーシスやネクローシスを回避することができるのです。
運動とは筋肉がATPを消費する行為です。筋肉がATPをたくさん使えば、ミトコンドリアは電子伝達系を速く回してATPを産生しようと頑張るので電子は鬱滞しなくなります。つまり、経済を活性化するには筋肉である企業が率先して運動し、お金を使わなければなりません。それには、まず労働者の賃金を上げることです。「経営が苦しい時に賃金を上げるなんてとんでもない」と考えるのは企業の論理としては当然です。そこで、賃金を上げるには条件があります。それは、ミトコンドリアが高性能であることです。ATPを効率よく産生し、活性酸素を出さないミトコンドリアが求められるのです。反対に、劣悪なミトコンドリアがマイトファジー(ミトコンドリアを分解、再生する機構)によってリストラされるのは仕方がありません。ミトコンドリアは再生と引き換えにマイトファジーを容認します。決して、リストラを逆恨みしてアポトーシスを誘導したりしません。マイトファジーがなければ再生は望めないからです。また、ATPを無駄に消費し、不良債権の元凶となっているダメな筋肉をオートファジー(細胞の中の余分なタンパク質を分解し、再利用する機構)によって淘汰することも細胞機能の健全化には不可欠です。そういった細胞内小器官のオートファジーや再生を促進する効果をもたらすのも有酸素運動です。このブログでは筋肉が汗水たらしてATPを消費すると、それに応えて高性能ミトコンドリアがATPを生みだし、細胞が活性化されるというイラストを示しました。
高齢者の運動プログラムには、ミトコンドリアを再生するために必ず有酸素運動のメニューが取り入れられます。筋トレだけでは健康にならないのです。ミトコンドリアを無視した成長戦略、すなわち国土強靭化(筋力増強)計画に後押しされた土木事業(筋トレ)に対する公共投資は、インフラの整備が不十分であった高度経済成長期であればまだしも、成熟期の社会にとっては健康長寿を損なうだけの結果に終わるのではないかと危惧しています。公共投資をするのであれば、ミトコンドリアを再生して継続的な雇用を生みだす方向でなければなりません。ATPやお金は額に汗して稼ぎ、そして使うものです。安定的に細胞にATPを供給するためには、ミトコンドリアを再生し、雇用の場を作り、そこで元気に働いてもらう以外にないのです。これが成熟した細胞にとっては安定的な成長戦略です。
ミトコンドリアの研究をライフワークとしてこられた筑波大学の林 純一教授は、元気なミトコンドリアが病気のミトコンドリアに必要な物質を調達して機能を正常にするという「ミトコンドリア連携説」を提唱しています。ミトコンドリアはお互いがしっかりとした絆で結ばれているのです。食生活の改善や規則正しい運動によって生活習慣病を克服し、元気で働ける高齢者が増えれば、多くの国民がその恩恵に浴し、自然に景気は回復すると思うのですが、これは経済の素人が考えるたわごとでしょうか。
このブログは風詠社出版の小著『長生きしたければミトコンドリアの声を聞け』の一部を抜粋、編集したものです。小著では少子高齢化社会を生き抜く真のサクセスフル・エイジングとは何かをテーマに、健康長寿を目指す「人」と「社会」に向けてミトコンドリアの立場と視点からメッセージを送っています。私たちはミトコンドリアの声に真摯に耳を傾け、幸福な少子高齢社会への道を歩んでいかなければなりません。それこそが、ミトコンドリアがリードした生命進化の頂点に君臨する人類の責務であると思うのです。