人はなぜ戦争をするのか

循環器と抗加齢医学の専門医が健康長寿を目指す「人」と「社会」に送るメッセージ

ミトコンドリアの再生が日本経済復活のカギ

2014年01月31日 12時27分48秒 | 社会
安部政権の発足以来、経済成長の目玉として大胆な金融緩和が実施され、国土強靭化計画と称して公共事業への財政出動が増加しています。こういった経済政策は果たして少子高齢化した日本社会において長期的な景気改善効果をもたらすのでしょうか。成熟した国家の経済政策として適しているのでしょうか。今日はミトコンドリアの立場から日本経済復活のシナリオを考えてみたいと思います。

ミトコンドリアは酸素を利用してエネルギーを産み出す動物細胞の中に暮らす細胞内小器官です。ミトコンドリアの祖先は真性細菌というバクテリアでしたが、約20億年前に私たちの祖先である別のバクテリア、古細菌と共生しました。古細菌はミトコンドリアという強力なエネルギープラントを得たことによって単細胞から多細胞生物、さらには私たち人類に至る爆発的な進化を遂げることができたのです。しかし、このエネルギープラントには大きな問題があります。それは、ミトコンドリアが酸素を用いてブドウ糖や脂肪酸をATPに変換する時、H2O(水)だけではなく、酸素由来の有害な活性酸素も一緒に放出してしまうことです。活性酸素とは普通の酸素に比べ著しく反応性が増した酸素を指します。このような活性酸素にはフリーラジカルであるスーパーオキシド[Superoxide(・O2-)]やヒドロキシラジカル[Hydroxyl radical(・OH)]に加え、フリーラジカルではありませんが、同程度に反応性の高い過酸化水素(H2O2)や酸素が紫外線と反応して生成される一重項酸素 (1O2)が含まれます。過酸化水素はその中でも比較的安定なため、衣料用漂白剤として利用されています。過酸化水素はオキシドールという殺菌剤として、傷の消毒に用いられたこともあります。スーパーオキシドと過酸化水素が二価の鉄イオン(Fe2+)の存在下で反応すると、ヒドロキシラジカルという非常に反応性が高く最も危険なフリーラジカルが生成されます。ミトコンドリアが放出する活性酸素はさまざまな病気や老化と深くかかわっていることが明らかになってきました。

活性酸素は、エネルギープラントであるミトコンドリアで絶えず産生されています。ミトコンドリアがATPを作り出す際、ブドウ糖や脂肪酸由来の電子はミトコンドリアの電子伝達系を流れます。その途中で電子が電子伝達系から漏れだせば、水ではなく、活性酸素を産み出すのです。ミトコンドリアが放出する活性酸素の割合は、性能の優れたミトコンドリアでは酸素消費量の1% 以下ですが、性能の悪いミトコンドリアでは2~3%に達すると言われています。ミトコンドリア電子伝達系は加齢とともに機能が低下し、電子が鬱滞しやすくなって漏れ出る電子の量は増え、活性酸素を作る割合も増加します。加齢にしたがって酸化ストレスが増大するのはこのためです。食べ過ぎは電子伝達系に供給する電子の量を増やし、また運動不足は電子の流れを滞らせて、いずれの場合にも電子伝達系から漏れ出る電子の量が増えます。タバコの煙に含まれる猛毒ガス、シアン化水素は電子伝達系の構成要素であるシトクローム酸化酵素の働きを阻害して電子を鬱滞させ、活性酸素の放出を促します。このように、よくない生活習慣はミトコンドリアを痛めつけ、酸化ストレスという形でわが身に返ってくるのです。

ミトコンドリアと細胞との関係は国民と国家との関係に似ています。ミトコンドリアは、細胞が取り入れてくれたブドウ糖や脂肪酸から細胞内エネルギー通貨であるATPを生み出して細胞の機能を支えています。他方、細胞はミトコンドリアの遺伝子を守り、細胞内環境を整え、安全に暮らせるよう努力しています。国民は国家に税金を納める義務がありますが、国家は国民の生命と財産を守る責任があるのと同じです。そういった互恵的関係が崩れた時に国民も国家も危機に陥ります。

自民党政権は、デフレ脱却を目的とした経済政策の目玉として大量の国債を発行し、獲得した資金で公共投資を促しています。日銀が民間銀行の保有する国債を購入して紙幣を流通させることは、細胞内通貨であるATPを細胞内に直接注入するのと同じ効果があります(ちなみにATPは外から投与しても細胞内には入りません)。仮に細胞内にATPを無理やり注入して細胞内のATPが増えると、筋力は一時的に増すことになります。金まわりがよくなると産業が活性化され、国際競争力が増すのと同じです。

通貨のばら撒きは、一時的に景気を押し上げることになるでしょう。しかし、ばら撒きでATPが増えると、老朽化したミトコンドリアはどうなるのでしょうか。細胞内のATPがじゃぶじゃぶに増えれば、電子伝達系での電子の鬱滞(デフレ)がひどくなり、活性酸素の産生が増加します。活性酸素は電子伝達系の機能を障害するため、ますます電子が鬱滞するというデフレスパイラルに陥ります。ミトコンドリアがデフレで苦しむ中、細胞内はATPの値打ちが下がってインフレが進行することになります。生活に窮したミトコンドリアの酸化ストレスは溜まる一方です。ミトコンドリアは、アポトーシスと言って細胞に対して自殺(政権交代)の司令を発動する権利を持っています。また、ミトコンドリアの機能が低下し、ATPが産生されなくなると、細胞はネクローシスという最悪の形で死を迎えます。ネクローシスで細胞が死ぬと、炎症を引き起こして臓器、組織に甚大な被害を与え、ガンや動脈硬化の原因になります。

高度成長期であれば、体の発育(インフラの整備)というATPの需要があるのでATPをばら撒いてもATPは細胞の中に貯まりません。しかし、年を取るに従い代謝が落ちるとATPは細胞の中に貯まりやすくなります。内部留保されたATPはミトコンドリア電子伝達系で電子を鬱滞させ、活性酸素の生成を増加させます。ですから、老化した細胞は進んでATPを消費しなければ酸化ストレスで危ないのです。そのために必要なのが有酸素運動です。運動によってATPを消費し、電子の流れを改善(デフレから脱却)できれば、酸化ストレスも軽減されます。細胞はアポトーシスやネクローシスを回避することができるのです。

運動とは筋肉がATPを消費する行為です。筋肉がATPをたくさん使えば、ミトコンドリアは電子伝達系を速く回してATPを産生しようと頑張るので電子は鬱滞しなくなります。つまり、経済を活性化するには筋肉である企業が率先して運動し、お金を使わなければなりません。それには、まず労働者の賃金を上げることです。「経営が苦しい時に賃金を上げるなんてとんでもない」と考えるのは企業の論理としては当然です。そこで、賃金を上げるには条件があります。それは、ミトコンドリアが高性能であることです。ATPを効率よく産生し、活性酸素を出さないミトコンドリアが求められるのです。反対に、劣悪なミトコンドリアがマイトファジー(ミトコンドリアを分解、再生する機構)によってリストラされるのは仕方がありません。ミトコンドリアは再生と引き換えにマイトファジーを容認します。決して、リストラを逆恨みしてアポトーシスを誘導したりしません。マイトファジーがなければ再生は望めないからです。また、ATPを無駄に消費し、不良債権の元凶となっているダメな筋肉をオートファジー(細胞の中の余分なタンパク質を分解し、再利用する機構)によって淘汰することも細胞機能の健全化には不可欠です。そういった細胞内小器官のオートファジーや再生を促進する効果をもたらすのも有酸素運動です。このブログでは筋肉が汗水たらしてATPを消費すると、それに応えて高性能ミトコンドリアがATPを生みだし、細胞が活性化されるというイラストを示しました。

高齢者の運動プログラムには、ミトコンドリアを再生するために必ず有酸素運動のメニューが取り入れられます。筋トレだけでは健康にならないのです。ミトコンドリアを無視した成長戦略、すなわち国土強靭化(筋力増強)計画に後押しされた土木事業(筋トレ)に対する公共投資は、インフラの整備が不十分であった高度経済成長期であればまだしも、成熟期の社会にとっては健康長寿を損なうだけの結果に終わるのではないかと危惧しています。公共投資をするのであれば、ミトコンドリアを再生して継続的な雇用を生みだす方向でなければなりません。ATPやお金は額に汗して稼ぎ、そして使うものです。安定的に細胞にATPを供給するためには、ミトコンドリアを再生し、雇用の場を作り、そこで元気に働いてもらう以外にないのです。これが成熟した細胞にとっては安定的な成長戦略です。

ミトコンドリアの研究をライフワークとしてこられた筑波大学の林 純一教授は、元気なミトコンドリアが病気のミトコンドリアに必要な物質を調達して機能を正常にするという「ミトコンドリア連携説」を提唱しています。ミトコンドリアはお互いがしっかりとした絆で結ばれているのです。食生活の改善や規則正しい運動によって生活習慣病を克服し、元気で働ける高齢者が増えれば、多くの国民がその恩恵に浴し、自然に景気は回復すると思うのですが、これは経済の素人が考えるたわごとでしょうか。

このブログは風詠社出版の小著『長生きしたければミトコンドリアの声を聞け』の一部を抜粋、編集したものです。小著では少子高齢化社会を生き抜く真のサクセスフル・エイジングとは何かをテーマに、健康長寿を目指す「人」と「社会」に向けてミトコンドリアの立場と視点からメッセージを送っています。私たちはミトコンドリアの声に真摯に耳を傾け、幸福な少子高齢社会への道を歩んでいかなければなりません。それこそが、ミトコンドリアがリードした生命進化の頂点に君臨する人類の責務であると思うのです。

放射能漏れ原発と同じくらい恐ろしい飽食による内部被曝

2014年01月27日 19時05分25秒 | 健康
福島原発事故による放射能汚染が深刻な社会問題に発展しています。実は私たちの体の中にも原発があり、加齢やよくない生活習慣によって内部被曝による健康被害をもたらすのです。その原因はミトコンドリアです。

ミトコンドリアは私たち動物細胞の中に住み、酸素を利用してエネルギーを作り出す細胞内小器官です。生命の進化は約20億年前にミトコンドリアの祖先である真性細菌が、私たちの細胞の祖先である古細菌に共生したところから始まりました。ミトコンドリアを取り込むことによって古細菌は莫大なエネルギーを手に入れることができるようになり、細胞へと進化、さらに多細胞生物に進化して人類にまで至っています。ミトコンドリアは生命進化の立役者であり、私たちの生活になくてはならない生き物なのです。ところが、よくない生活習慣によってミトコンドリアから発生する猛毒の酸素が病気や老化と深く関わっていることがわかってきました。

ミトコンドリアは細胞内のエネルギープラントとして、食物から取り入れたブドウ糖や脂肪酸を使ってATPを合成しています。ATPは細胞内のどのようなエネルギーにも変換することができる細胞内通貨です。しかし、このエネルギープラントには大きな問題があります。それは、ミトコンドリアが酸素を用いてブドウ糖や脂肪酸をATPに変換する時、水(H2O)だけではなく、酸素由来の有害な活性酸素も一緒に放出してしまうことです。活性酸素とは普通の酸素に比べ著しく反応性が増した酸素を指します。このような活性酸素にはフリーラジカル(不対電子を持った過激分子)であるスーパーオキシド[Superoxide(・O2-)]やヒドロキシラジカル[Hydroxyl radical(・OH)]に加え、フリーラジカルではありませんが、同程度に反応性の高い過酸化水素(H2O2)や酸素が紫外線と反応して生成される一重項酸素 (1O2)が含まれます。過酸化水素はその中でも比較的安定なため、衣料用漂白剤として利用されています。過酸化水素はオキシドールという殺菌剤として、傷の消毒に用いられたこともあります。小学校の時、過酸化水素に触媒として二酸化マンガンを加えて水と酸素を発生させる理科の実験を覚えておられる方も多いと思います。スーパーオキシドと過酸化水素が二価の鉄イオン(Fe2+)の存在下で反応すると、ヒドロキシラジカルという非常に反応性が高く最も危険なフリーラジカルが生成されます。

ミトコンドリアが放出する活性酸素は動脈硬化やガンなど、さまざまな病気や老化と深くかかわっています。動物はミトコンドリアという原子力プラントを持ったことによって活性酸素による病気や老化から逃れられない宿命を背負ったのです。フリーラジカルが老化の原因であるという、「老化のフリーラジカル仮説」は1956年にアメリカ、ネブラスカ大学のデンハム・ハーマン博士によって提唱されました。人間が生きていくうえで必然的に産生されるフリーラジカルがDNAやタンパク質などの高分子を変性させて細胞機能の異常をもたらし、その蓄積が老化となって現れるという説です。DNAの損傷や突然変異は、遺伝情報に基づいて作られるタンパク質に異常をもたらし、細胞機能を劣化させます。突然変異は発ガンの原因ともなります。細胞膜やミトコンドリアを含む細胞内小器官もすべて酸化されやすいリン脂質やタンパク質からできています。リン脂質に含まれる不飽和脂肪酸が酸化されると過酸化脂質になります。加齢臭の原因となるノネナールは、皮脂腺の中のパルミトオレイン酸という脂肪酸と過酸化脂質が結びつくことによって作られた物質です。過酸化脂質はタンパク質とも結合してこれを変性させます。タンパク質は生物の構造を決定し、すべての生命現象の源となっています。タンパク質が酸化されると、体の構造が破壊されるのみならず、物質の輸送、栄養の貯蔵、筋肉の収縮や感染症に対する免疫が損なわれます。また、酸化ストレスはこれらの機能を調節するシグナルとして働くタンパク質にも異常をきたし、私たちの体を正常に維持することができなくなります。フリーラジカル仮説は、これのみで老化のすべてを説明できるわけではありません。また、フリーラジカルすべてが有害ではありません。しかしこの説は、50年以上経った今日でも「酸化ストレス仮説」と名前を変えて多くの研究者に支持されています。

ここで、放射能と活性酸素の話題に移ります。東日本大震災後に発生した福島原発の放射能漏れによって放射能の人体に及ぼす影響が問題となりました。放射能の生体への障害作用には直接作用と活性酸素を介した間接作用があります。「放射線は放射能を発する能力」と定義されます。放射線に曝されたとき、人体内では何が起こっているかというと、活性酸素が発生します。放射線は、細胞内の水に高いエネルギーを与えてスーパーオキシドやヒドロキシラジカルに変化させます。これらの活性酸素を利用してガン細胞を退治するのが放射線治療です。つまり、放射能の細胞毒性は活性酸素に由来するのです。活性酸素はDNAを攻撃して染色体に異常をもたらします。それによって放射線治療を受けたガン細胞は増殖できなくなってしまうのです。一方、正常な細胞は活性酸素によって死滅するだけではなく、生き延びた細胞はガン化しやすくなります。活性酸素はDNAの突然変異を引き起こし、また染色体の異常を監視して発ガンを抑制しているタンパク質の構造を変化させ、細胞が異常な増殖を起こしやすくするのです。

活性酸素は、エネルギープラントであるミトコンドリアで絶えず産生されています。ミトコンドリアで活性酸素が産生される場所は電子伝達系と呼ばれています。そこでは、ブドウ糖や脂肪酸由来の電子が酸素と結び付いてATPを合成していますが、その際に電子伝達系から電子が漏れ出し、活性酸素を産みだします。この活性酸素の割合は、性能の優れたミトコンドリアでは酸素消費量の1% 以下ですが、性能の悪いミトコンドリアでは2~3%に達すると言われています。ミトコンドリア電子伝達系は加齢とともに機能が低下し、電子が鬱滞しやすくなって、活性酸素を作る割合は増加します。加齢にしたがって酸化ストレスが増大するのはこのためです。また、飽食で電子伝達系に供給される電子が過剰になり、運動不足で電子の流れが滞れば、電子伝達系から漏れだす電子の量は益々増え、活性酸素の産生もそれだけ増えることになります。

自然界には放射能を持つ物質が広く存在し、私たちは絶えず一定量の放射線を浴びていますが、この程度の放射能は人体に影響を与えません。問題なのは私たちの生活習慣です。私たちは飽食や運動不足といった好ましくない生活習慣によって、自然の放射能を浴びる以上に危険な活性酸素に曝されて生きています。飽食や運動不足によってミトコンドリアから放出された活性酸素を内部被曝することは、原発から漏れ出た大量の放射能を被曝するのと同じくらい健康被害があることを肝に銘じなければなりません。

このブログは風詠社出版の小著『長生きしたければミトコンドリアの声を聞け』の一部を抜粋、編集したものです。小著では少子高齢化社会を生き抜く真のサクセスフル・エイジングとは何かをテーマに、健康長寿を目指す「人」と「社会」に向けてミトコンドリアの立場と視点からメッセージを送っています。私たちはミトコンドリアの声に真摯に耳を傾け、幸福な少子高齢社会への道を歩んでいかなければなりません。それこそが、ミトコンドリアがリードした生命進化の頂点に君臨する人類の責務であると思うのです。

歴史が裁くであろうエネルギー政策

2014年01月16日 20時35分38秒 | 社会
細川元首相が小泉元首相の支援を受け、脱原発を掲げて東京都知事選挙に立候補しました。これは細川、小泉両元首相がタッグを組んで国のエネルギー政策を根本から見直そうとする意思表示ではないかと言われています。このように原発を含めたエネルギー政策は、今を生きる私たちが決断しなければならない喫緊の課題です。原発再稼働か脱原発かの議論は、今後恐らく何億年も続くであろう人類の将来を見据えた問題なのです。このブログで私は生命進化の歴史を紐解いて、わが国の原発政策の在り方を考えたいと思います。

人間社会が歩むべき道を示すヒントは私たちの細胞の中に暮らすミトコンドリアの生態に隠されています。ミトコンドリアの祖先は真性細菌というバクテリアでしたが、酸素を利用して莫大なエネルギーを生み出すことのできる、いわば、原発でした。ミトコンドリアは約20億年前に私たちの祖先である別のバクテリア、古細菌と共生しました。古細菌はミトコンドリアという強力なエネルギープラントを得たことによって単細胞から多細胞生物、さらには私たち人類に至る爆発的な進化を遂げることができたのです。

ミトコンドリアの役割はエネルギーを産みだすことだけではありません。生物がここまで進化できたのは、ミトコンドリアがもう一つの大切な役割、すなわちアポトーシスという犠牲死のシステムを確立したからです。ミトコンドリアは、もし自分あるいは宿主である細胞が他の細胞に迷惑をかけるようなことがあれば、アポトーシスという自殺の手段を選びます。アポトーシスは、正常な細胞がその宿主である個体を守るために必要以上に分裂、増殖することを抑制し、周囲の細胞に害を及ぼす可能性のある時は自殺する機構です。人間の胎児は成長の過程で魚類から哺乳類に至る進化を遂げます。その間にいくつもの器官が生まれてはアポトーシスによって消えていきます。ミトコンドリアの指揮するアポトーシスが胎児の正常な発育を担保しているのです。また、六十兆個もある私たちの体の中の細胞がめったにガン化しないのも無制限に分裂する能力を獲得した細胞がミトコンドリアの命令によってアポトーシスで排除されるからです。ミトコンドリアは利他的、犠牲的な行動が結果的に利己的な遺伝子を保護してくれることを進化の過程で学んだのです。私たち人間にはこういった「互恵的利他主義」を発揮する遺伝子に加えて、教育や学習によって後天的に獲得した「博愛」という利他的な精神が育まれています。私たちは地球環境を守り、子孫を末永く幸福に導くことが、私たちがこの世に生きる最大の使命であることを認識しているはずです。

地球上で繁栄するすべての生物は利他的に行動しています。弱肉強食が掟の自然界も、広い視点に立てば、他者を生かし、自らも生きるという調和の中で命の連鎖の輪を作っているのです。もし、どれかの生物が他を顧みず利己的な増殖を開始すれば、地球上におけるガン細胞とみなすことができます。ガン細胞は試験官の中では永遠に分裂し続けます。しかし、ガン細胞は、個体の中で無秩序に増殖することによって正常細胞の機能を障害し、個体の崩壊とともに自らも死に至らしめます。ガン細胞は抑えのきかない利己的な振る舞いによって自滅するのです。人類は今、ガン細胞とならないために秩序ある繁栄の道を歩むことが求められています。

わが国は未曽有の少子高齢社会に突入しました。少子高齢化はエネルギー問題と密接に関係しています。生物の栄枯盛衰は常にエネルギー需要と供給のバランスによって決められてきました。人類も例外ではありません。人類が戦争で滅びなければ、人類の生存を脅かすのはエネルギー問題でしょう。人類の生存戦略はすなわちエネルギー戦略なのです。私たちは「豊かな物質文明=幸福」であると信じ、自分たちの豊かさだけを追い求めてきました。その結果、人類は誕生してからまだ700万年しか経っていない序章にあるにもかかわらず、このわずか100年足らずの間に作り上げた文明によって存続の危機に陥っています。人類が大量のエネルギーを消費することによってもたらした「地球温暖化」や「放射性廃棄物」という負の遺産を子孫に背負わせることになろうとは考えもしなかったのです。

発展途上国における人口爆発も経済発展に伴う医療や社会福祉の充実とともにやがて収束し、これらの国も少子高齢社会を迎えることが予想されます。将来このように地球規模で人口が定常化した少子高齢社会が目指すところは、生産と消費の無制限な拡大から、文化的なものを含めた質的な充足へとパラダイムをシフトさせることです。

東日本大震災に伴う悲惨な原発事故以来、わが国はエネルギー政策の転換を求められています。これまでは社会需要の増大に任せて電力資源を確保することがエネルギー政策の基本的な姿勢でした。しかし、原発事故の教訓は、日常生活の便利さや経済規模を多少犠牲にしてでもエネルギー需要を減らし、原発に頼らない電力供給システムを確立することが急務であることを示しました。またいつか訪れるであろう不幸な原発事故を繰り返さないためには原発の在り方を見直さなければならない時期にきています。

現在地球上で繁栄するすべての生物は厳しい自然選択の網をくぐり抜け進化してきました。「自然選択説」とは、進化を説明するうえでの根幹をなす適者生存あるいは自然淘汰の理論です。厳しい自然環境が選択圧となって、生物に無目的に起きる突然変異を選別し、進化に方向性を与えるという説で、1859年にチャールズ・ダーウィンとアルフレッド・ウォレスによって初めて体系化されました。「種の保存を危うくする形質は排除される」という自然選択の法則に従えば、人類の生存を危うくする原発が淘汰されるのは仕方がないことかも知れません。石油や天然ガスといった化石燃料が枯渇した時に残るのは、太陽光、風力、地熱のような自然エネルギーだけではないかという意見が台頭しつつあります。原発事故や地球温暖化が選択圧となって新たに開発された代替エネルギーが人類をさらなる進化へと導くことが期待されます。

一方、生命進化の歴史を振り返る時、原発の在り方について少し違った見方もできます。細胞はミトコンドリアというエネルギープラントを得たことによって爆発的に進化しました。しかし、ミトコンドリアは原発同様に負の側面を持っています。ミトコンドリアは酸素を利用して莫大なエネルギーを生み出す副産物として猛毒の活性酸素を放出するのです。ミトコンドリアから発生する活性酸素、いわば原発が撒き散らす放射能は、太古の細胞にとっては制御しがたい危険物であったに違いありません。ミトコンドリアを取り込んだことで活性酸素のために絶滅した生物がいるはずです。いったんミトコンドリアを獲得しながら、活性酸素の害ゆえに共生をあきらめた単細胞がいることも知られています。これらの細胞は、ミトコンドリアをうまく利用できなかったため、多細胞へと進化する道を阻まれたのです。それ以外の生物は何億年もの歳月をかけてミトコンドリアが放つ活性酸素の被害を最小限に食い止める装置を整え、今日の繁栄を築いてきました。そう考えると、まだ利用困難な原子力エネルギーも、人類に貢献する可能性が残されています。現時点では安全性の低い原発を廃止し、将来、原子炉の安全性や放射性廃棄物の問題が解決された時に稼働を再考するという選択肢もあるのです。原発の在り方は、個人や国家の利害を超え、人類や地球の将来をも視野に入れて議論しなければならない課題です。

私たちがこの世を去る時に残るもの、それは得たものではなく、与えたものだけです。私たちは後世に何を残せるでしょうか。「子孫に美田を残さず」という言葉があります。子孫に美田を残すと、自立心を失わせ、家を滅ぼすことになるという戒めです。かといって、炭酸ガスと放射能にまみれ、草木も生えないような荒野しか残せなければ生きていくこともできません。子孫の繁栄を願うのであれば、私たちはこれ以上、将来世代につけを回さないよう真に利他的な行動を開始しなければなりません。

私たちの行為はいずれ歴史によって裁かれるでしょう。私たちの子孫が「二十一世紀に生きた祖先の英知と博愛が、人類のさらなる繁栄をもたらした」と歴史に刻んでくれることを願うだけです。

このブログは風詠社出版の小著『長生きしたければミトコンドリアの声を聞け』の一部を抜粋、編集したものです。小著では少子高齢化社会を生き抜く真のサクセスフル・エイジングとは何かをテーマに、健康長寿を目指す「人」と「社会」に向けてミトコンドリアの立場と視点からメッセージを送っています。私たちはミトコンドリアの声に真摯に耳を傾け、幸福な少子高齢社会への道を歩んでいかなければなりません。それこそが、ミトコンドリアがリードした生命進化の頂点に君臨する私たち人類の責務ではないでしょうか。