人はなぜ戦争をするのか

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なぜ私たちはガンになるのか

2018年04月10日 08時15分34秒 | 健康
不戦の憲法である接触阻止、ガン化を監視するガン抑制遺伝子、ガン化の情報を正しく伝える細胞内情報伝達系、その情報を受け取るミトコンドリアの存在という民主的な制度がガンの発生を最小限度に抑える原動力です。それでも、残念ながら私たちの体は時にガンの発生を許します。細胞が先祖返りして民主主義を破壊し、無秩序に増殖することがあります。

細胞内の民主主義が破壊されるきっかけは何でしょうか。共通の原因は慢性的な細胞へのストレスです。放射線は細胞をガン化させる外的ストレスです。放射線はDNAを傷つけることによってガン化をもたらします。病原体、特にある種のウイルスも細胞にストレスを与えます。C型肝炎ウイルスは肝ガンを発生させやすい代表的な病原体です。C型肝炎ウイルスは肝細胞を破壊するととともに、ウイルスを退治しようとする免疫細胞が組織に炎症を引き起こし、肝細胞にストレスが加わります。その結果、肝細胞がアポトーシスやネクローシスによって死んでいきます。

ネクロ―シスとは「壊死」という意味です。アポトーシスはミトコンドリアの能動的な行為ですが、ネクローシスはミトコンドリアの機能停止に伴う受動的な命の終焉です。ネクローシスは、酸素欠乏に陥ったミトコンドリアがエネルギーを産生できなくなるために起きます。細胞が正常な機能を営むためには、防波堤である細胞膜がエネルギーを使って外から入ってくる余分な水やミネラルを汲みだす必要があります。ネクローシスではエネルギー不足でその防波堤が機能せず、細胞外から水が流れ込んで細胞は膨れ上がります。その結果、細胞膜は破れて内容物が漏れ出し、周辺組織に炎症を起こします。ネクローシスは周りの細胞に炎症というストレスを引き起こす迷惑な死と言うことができます。

肝細胞は多数の細胞がアポトーシスやネクローシスに陥っても回復するだけの高い再生能力を持っています。しかし、肝細胞の再生が死滅に追い付かなくなった時、肝臓は線維組織で置き換えられ、肝硬変に進行します。また、細胞に対する過剰な増殖刺激はガン遺伝子の活性を高める一方、ガン抑制遺伝子や細胞内情報伝達系の機能不全をもたらします。その結果、太平洋戦争中の大本営発表のような細胞の増殖にとって都合のいい情報のみがミトコンドリアに伝えられます。ミトコンドリアによるアポトーシスの審判を逃れた細胞は、もはや秩序ある細胞増殖を維持できなくなり、ガン化へと向かうことになるのです。

細胞にストレスを与える内的要因の多くは、私たちのよくない生活習慣(過食、運動不足、喫煙など)によってもたらされます。ミトコンドリアは細胞が取り入れたブドウ糖や脂肪酸由来の水素イオンを利用し、電子伝達系でエネルギーを作り出しています。しかし過食や運動不足に伴うミトコンドリアへの過剰な水素イオンの流入は、電子伝達系で水素イオンの鬱滞を招き、漏れ出した水素イオンが酸素と反応して活性酸素を産み出します。活性酸素は放射線と同様にDNAを傷つけます。喫煙も、煙に含まれるシアン化水素という猛毒ガスがミトコンドリアの電子伝達系を麻痺させ、活性酸素を産み出します。過食や運動不足の悪影響はミトコンドリアからの活性酸素の放出にとどまりません。余分なカロリーは内臓脂肪として蓄えられます。内臓脂肪は内分泌組織です。肥大した内臓脂肪細胞からは炎症性サイトカインなどの悪玉ホルモンが放出され、これが門脈を通って内臓脂肪に最も近い臓器である肝臓に到達します。悪玉ホルモンは肝臓に炎症を起こさせ、放置すれば、慢性C型肝炎と同様、肝硬変や肝ガンに進展します。肝ガンに限らず、肺ガン、食道ガン、膵臓ガンや大腸ガンも、少なからず、喫煙、過食や運動不足といったよくない生活習慣によって引き起こされます。人体という小宇宙を統治する立場にある私たちは、日夜健康を支えてくれているミトコンドリアや細胞たちの声なき声に耳を傾け、生活習慣を正さなければ病気になるのです。


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