2025年 営業案内
2025年は4月19日(土)から営業開始です。
ランチ 11:30~13:30 L.O 14:00 close
予約不可・グループ不可(原則4名様まで。乳幼児含め5名様まで)
ディナー 18:00~19:00 LO 20:00 close
前日までのご予約制・グループ不可(原則4名様まで。乳幼児含めて5名様までです。)
定休日 毎週 水・木 第三火曜日
※今年からディナーが前日までの予約制になりました。よろしくお願いいたします。
夢枕に立つ、という話を聞くことがあります。まさか、自分が誰かの夢枕にたつとは、それこそ夢にも思いませんでした。
以下、旧オステリア白樺ホームページより。
現地時間8月12日午後8時ごろ。僕達3人のサポート隊は暗闇のジャパニーズクーロワールをC2に向けて必死で下っていた。
度重なる小規模な雪崩でフィックスロープはすっかり雪に埋まっているのがヘッドライトのぼんやりとした灯りの中に浮かぶ。凍りつき、エイト環さえ通らない。再び強くなってきた風雪の中、僕は、無理やり掘り出したロープを腕に巻きつけて強引に下っていた。
カラコルムヒマラヤのガッシャーブルムⅠ峰未踏の北壁を目指して6月から登山活動を続けてきたが、クレバス、セラックの状態が悪くジャパニーズクーロワールに転進し、この日、隊として日程的にも最後のアタックが行われた。6.500mのキャンプ2から7.300mのキャンプ3まで、アタック隊のための荷揚げとルート整備がこの日の僕達の仕事であった。
前日までの吹雪で、ジャパニーズクーロワールは雪崩の巣になっていた。
早朝から行動を開始した僕達は進路を流れ落ちてくる小規模な雪崩に飛ばされないようフィックスにつかまり、大きいものは側壁に避けながら登り続けた。その側壁からも時折、中規模の雪崩が落ちてくる。仕事でなければまず行動しないような状態だった。
(この時、終始僕らをリードしてくれた丸山さん。今年、警備隊訓練中に雪崩に巻き込まれてしまいました。大きな体に優しい心、いたずらっぽい笑顔が忘れられません。心からご冥福をお祈り申し上げます。)
不思議と恐怖を感じなかったのは7.000mの高度にやられていたせいかもしれない。
任務を終え、ガッシャーブルム・ラに張ったキャンプ2にたどりついたのは午後9時ごろだったと思う。アイゼンをはずすのももどかしく、倒れこむようにテントへ入った。
雪を溶かして紅茶を飲み、ようやく「生きて帰ったんだなぁ」と実感した。
この日、母は目の手術のため入院をしているところだった。
病室でうつら、うつらとしていると、突然個室のドアが開き「ただいま!」と僕が入ってくるのがはっきりと見えたそうだ。はっ、として目を覚ますと、病室のドアは閉まったままで、病室にも誰もいなかった。
母は「あぁ、無事にもどったんだなぁ」と思ったそうだ。
山の不思議な話シリーズ(?)1
旧オステリア白樺のホームページより
大学生の頃、トレーニングを兼ねてよく冬の西穂高に登った。アプローチが楽なのと、小屋に通年人がいるので単独行でも何となく安心だからである。何かあったらどうしようもないので本当に何となくだけど。
独標の先、西穂までの稜線は岩と雪のミックスで冬山の爽快さといささかの緊張を楽しめる初心者向けのコースだ。
とりあえず、今回はそんな雪山気分を味わう前、新穂高ロープウェイ山頂駅から西穂園地を出てすぐでのお話である。
2月の高曇りの日のことである。前日までの雪でトレースも消え、股まで埋まるラッセルに苦労していた。そんな日に限って重装備で来てしまったことを少し後悔したりもしていた。すでに何度も通い慣れた道なので地図もコンパスも出さず、遠く木々の間に見える西穂の小屋を目標に汗を流していた。
どれぐらい歩いただろうか。身体が慣れていないせいもあって、早めの休憩を入れようとした時である。小さな段差を乗りこえた所で一本のトレースに出会った。ラッセルの具合から見て今日の足跡だ。下山してきた人のものだろうか。
誰ともすれ違わなかったことに不思議な気がしつつも、トレースに乗った。人の気配に少し安心し、荷物を下ろしてテルモスの紅茶を飲んだ。トレースは樹林帯の中を小屋に向かって続いている。僕は方向を確認して再び歩き出した。
ペースもあがり、そろそろ最後の急坂にさしかかるころかな、と思った頃、目の前に小さな小屋が現れた。
最初に通過した、ロープウェイ駅すぐ近くの小屋だった。
恐怖感はなかったが、頭から?マークをたくさん出して思わず座り込んでしまった。
西穂山荘に向かっていたつもりが、いつの間にか出発点まで戻ってきてしまったのだ。いわゆるリングワンデリングという奴だ。
リングワンデリングは視界の効かない吹雪の中とかで起こるものだとばかり思っていたので驚きであった。他人のトレースだと思っていたのは、実は自分の足跡だったのだ。
このことがあっても冬の西穂通いは毎年行っていて、恥ずかしいのだが実はその後、2度同じ所でリングワンデリングをしてしまった。いずれも2月の高曇りの日のことであった。何かあるような気がするのは気のせいなのだろうか。
お坊さんの帽子という名前のドルチェ
ズコットはイタリアらしいシンプルなケーキですが、形のかわいらしさや中にたっぷり詰まったクリームが魅力です。
この丸い形はお坊さんの帽子をかたどったもの。ケーキの型にはなかなかない形ですので、ボウルを使って作ります。
写真のように2色の生地で縞模様にするとより帽子らしくなりますが、
1種類の生地で作ることもあります。
中に詰まっているのは、フルーツやチョコレート、ナッツをたぷり刻み込んだ生クリーム。真ん中に一層、スポンジを挟み込むのがポイントです。
スポンジには、中身にあわせてコアントローやノッチェロなどをきかせたシロップをしみこませて
しっとり仕上げてあります。
このままではやわらかいので、お出しする前に冷凍庫でしっかり固めてから切り分けます。
もともとはアイスクリームの原型だとか。
こちらは抹茶のズコット。あえて何も入れない、甘さ控えめの生クリームがおいしい。 〈I〉
たっぷりシロップの、イタリアらしいデザート
シエナで生まれ、その後フィレンツェに伝わったこのケーキ、ズッパ・イングレーゼ・・・・・
直訳すると、「イギリス風スープ」となります。
これではどうしてデザートの名前なのか分かりませんね。
どんなケーキかというと、シロップをたっぷりしみこませたスポンジ生地と、カスタードクリームを重ねてあるのです。
何かに似ていませんか?そう、ティラミスはこのケーキから派生したとか。
最後の仕上げは生クリームのものと、メレンゲをのせて焼いたものとがあるようです。
シロップはアルケルメス酒という赤いリキュールを使うのが本場風ですが、真っ赤な色(ドレンチェリーのような色です)は日本ではぎょっとされるような気がします。
オステリアではラム酒やナッツ類のリキュールでコクとまろやかさをプラス。
本当はもう少しお砂糖を控えたいところなのですが、このケーキだけは不思議とかなり甘みをつけないと
おいしくないのですね。だからこそ、珈琲と一緒に楽しんでいただくとちょうどよいと思います。
ところでなぜ「イギリス風スープ」なのかというと・・・。
もともとズッパというのは、パンをひたしたスープのことを言うのですが、シロップがたっぷりしみたスポンジが
ちょうど同じような感じだったこと、フィレンツェやトスカーナに多くいたイギリス人が
特にこのデザートを好んで食べたということなどからついた名前だそうです。
ほかにもカスタードをのばしたような「アングレーズ・ソース」これもフランス語で「イギリス風ソース」ですね。
イギリス人にはカスタード味が好まれた・・・ということなのでしょうか?〈I〉
もともとはウィーンのお菓子で、「チョコレートの、王冠型のお菓子」という意味です。真ん中に穴のあいたリング型で作るので、王冠のように見えるからなのでしょうね。
オステリア白樺風にアレンジしたこのケーキは、
ホワイトチョコレートのミルキィなババロアと
ココア感を出したスポンジ生地を3層に重ね、ほのかにキルシュを香らせて仕上げました。春にはイチゴを刻んで入れたりもします。
スポンジとババロアがばらばらにならず、一緒にぱくりといただけるやわらかなドルチェです。〈I〉
どっしり濃厚なコーヒーの友
たっぷりのビターチョコレートを溶かし、細かくほぐしたスポンジ生地と
洋酒につけておいたドライフルーツを混ぜ合わせ、ラム酒もたっぷりと効かせて冷やし固めます。
とっても濃厚なので、小さく一口大に切り分けて、少しずつ・・・
デザートというよりは、プチフールとしてコーヒーに添えたいケーキです。〈I〉
高原の小さなイタリア料理店
オステリア白樺