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おせっちゃんの今日2

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折々のことば・・・石垣りん

2024-01-29 13:08:58 | 言葉

昨年末、ブログ冬休み中の言葉。
細やかな情緒など持ち合わせない私。日々単純に飯炊きババアをやっていると涙など縁なく暮らす日々です。
そんな私が、この日の折々を読み終わったら、なぜか涙ぐんでいる自分を発見しました。
今日は、そのままお伝えしたく、スキャンして載せます。

この女性、明日お嫁に行く、ひかえめの女性の身体全体から立ち上る幸せ感を感じて、頼まれて襟足を剃る役を感謝して受け入れたのです。

これ以上付け加える言葉がないほどその時間が私を包んできたのです。私が書くのは蛇足に過ぎませんが、

この若い女性、もしかしたら、親御さんを早くに失い、質素な生活を、それでも力いっぱい誠実に生きてきた人だろう。真摯に歩む人は運が開ける。やはり生きることに真剣な誠実な青年に巡り合ったのだろう。特に派手な披露をする人もいない。ただ二人の未来を見据えてこれからも生きていくのだろう。詩人には、その幸せが、この上ないものに思われたのだろう。風呂やで、行きずりの人に襟足を任せたひと。質素だけれどその豊かな幸せ。いい家庭が営まれるだろう。お幸せにね。

 


折々のことば・・・松岡亮子(児童文学者)

2024-01-26 14:08:05 | 言葉

『心の中に、ひとたびサンタクロースを住まわせた子は、心の中に、サンタクロースを収容する空間を作り上げている』・・・松岡亮子

昨年末から長々とブログをさぼった時の「折々のことば」です。
児童文学者はこんなことを言っていると、解説の鷲田清一氏は書いています。子どもたちにサンタクロースの話をするのは、「見えないものを信じる能力を養うためだと」。サンタの話を聞いた子供の中には、サンタがいなくなってもサンタのいた空間は残る。「不思議の住める」この空間は、「のちに一番崇高なものを宿すかもしれない」そんな心の場所なのだと。

私が子どもだったころは、少なくとも私のふるさとの村ではクリスマスを祝い、心にサンタクロースを住まわせた子供も家族もいなかったと思う。でも、そんな不思議が住む心の場所はあったと思います。遠浅の澄み切った瀬戸内の海。家族総出で、人力だで育てる米・麦。機械は無いけれど親が砥いでくれた鎌で、ザクリと刈り取る稲の束、川にはメダカが、かえるが、ホタルがそれぞれの時期を楽しませてくれました。確かに、幼くサンタを抱いた胸に、都会の子がサンタを住まわせたように、田舎の子は子で、大きな自然の恵みに育てられました。

我が子二人が、小学低学年の頃、・・その頃は、今住んでいる世田谷の古い家に住んでいましたが、・・クリスマスに近いある日、子供を遊ばしかたがた、親もおしゃべり会をしていました。

「ママ~ぁ、ぼくんちに、サンタさんは来るよね?」ある友人の子。
「そうよね、いい子でぐっすりねんねしていたら来ると思うわ」
「よかった!○○ちゃんは来ないっていうんだよ。サンタさんなんていないんだっていうのよ」
子供が二手に分かれたようでした。どうにかそれぞれのママが、自分で納得のいくように子どもに話し聞かせ、再び他の遊びに戻ったのです。
さっき、サンタはいないといった子のママ,いるよねと強く質問した子の親から攻められていました。〇〇さん、困るわよ、もう少し信じさせておきたいじゃない?家では信じさせるために、パパ、玄関の外で大汗よ。

なかなか埋まらない、論争でした。

 


折々のことば・・・横尾 忠則

2024-01-25 16:33:09 | 言葉

今冬一番の低温が攻め寄せるとの予報に恐れをなしていましたが、今朝も、それほどと思わずに生きながらえました。自分のことよりも、能登半島の方々の生活を思いやって、なにか自分が悪いことをしているような、申し訳なさを感じてしまいます。どうぞ、お身体にお気をつけて下さい。

永らく、中高生の「私の折々のことば」をお借りして、ブログを続けましたが、今日は、朝日新聞朝刊一面の定位置から切り取ったものを載せます。
美術家の、横尾忠則さんの言葉です。

『健康でいたい、そのためには何をすればいいか、という課題は全てストレスになります。・・・健康を害しています 』

解説者・鷲田清一氏は、横尾さんの言葉を引用していらっしゃいます。おせっちゃんもそれをそのままご紹介します。

歳がいくと、目はかすみ、耳は遠くなり、すぐに息が切れる。ハンディキャップだらけだ。けれど健康を取り戻そうとするのは、そもそも老いる身体への反逆。そこで、「ハンディこそ僕の自然体」と思うようにしたと美術家は言う。
目的など掲げず、シンプルに、「快食、快便、快眠」、そして絵を描くこと、

健康を保ちたい、病と闘う丈夫な体を維持しなければ、死際まで、這ってでも自分で便所へ行けるように、筋肉をつけておかねば、・・・老いに弱った身体には難題です。テレビ等でムキムキの筋肉を見せられ、歳とっても筋肉は尽きます・・・。まず始めて、続けることです、などとけしかけられると、よほど恵まれた身体を両親と神から与えられたものでない限り無理というものではないのかな。心理的に、劣等感と罪悪感がストレスになるし、無理して倒れてしまうのが凡人かなあ。

以前書いたことがありますが、私が、圧迫骨折の後、友人に「身体が元に帰らないのよ、万全な身体でないから・・・」と愚痴っていたら、叱られました。「あんたはどんな状態が万全と思うのよ。この歳になって病を得た身体が、元に帰るなんて、烏滸がましい。テレビのモデルは、よほどの特殊人なのよ」(おせっちゃん)

日常生活がどうにかできたら幸せ幸せ。
今日は朝のウオーキングの公園からの富士山の美しかったこと。くっきり白いひだ迄見える富士山でした。
しあわせ、しあわせ!!

 


私の折々のことば 6

2024-01-23 14:32:04 | 言葉

『難しそうなことには楽しみも多い』・・・上岡龍太郎「引退」から・・栄光ゼミナール賞中学生部門

読書感想文の推薦図書でこの言葉に出会った。それ以来、少しだけ難しそうなことに挑戦している。楽しみを見つけるためにだ。

『すぐ叶うことじゃない方がビューティフル』・・高橋優(「HIGH FIVE]から)・・朝日中高生新聞賞中学生

女子部員は公式戦に出場できないが、野球を続けている。一球のフライのキャッチ、一本のヒットの陰にたくさんの練習がある。上手くいかなくても、頑張る過程にこそ「美しい」というこの言葉が私の原動力だ。

取りあげさせていただいた子も、割愛した子も、ちょっとしたときに出会った言葉に、深く自分の生き方を見つけているようです。活字離れが懸念され、それが原因で、考えるkとが少なくなっている現代っ子などと懸念されたりするようだけれど、そんなことはありませんね。読んで、考える・・・大事なことですよね。
あなたの人生に幸せが来ますように。

 

 


私の折々のことば 4

2024-01-22 11:05:04 | 言葉

『理由は無いよ、したいだけ』・・・人生を変えてくれた親友・・・朝日中高生新聞賞中学部門

小学4年生の時、髪を茶色に染めた自由奔放な女の子に出会った。染めた理由を訊いたらこの言葉が返ってきた。したいことを言いだせない私にはまぶしかった。
今私は、リレーのアンカーや、クラスの代表など、したいことができるようになっている。彼女は、今、私の大親友だ。

おせっちゃん婆さんがそんな時代、生徒手帳というものがあり、校内郊外での行動が事細かに規制されていました。よく言われることですが、野球部の部員は、丸坊主でなければいけない、というのだった。長髪なんぞ、たるんどる!という精神論でした。女の子は、セーラー服のスカート丈が膝上(下)何センチでなければならない。前髪は、眉毛にかかってはいけない、などなど、事細かに決められていました。たった3年間でしたが、私はその教師の職に就いたことがあるのです。毎週はじめ、そのこと事細かな決まりを守らすために、検査の時間が設けられていたのです。
反対の声をあげたくても言いだせない雰囲気でした。

今、生徒みんなで話し合って決めるようですね。強制されるのではなく、自分たちで決めて、中高校生にふさわしい制度を作るのですね。そうした方がその制服にせよ、髪型にせよ、誇りが持てますよねえ。