浮遊脳内

思い付きを書いて見ます

カナン ラフ2-11稿

2010-09-30 02:31:14 | ラフ 虎の学士 カナン
 夜の中を、ぺたりぺたりとそれは歩き来る。
 下生えを踏み、あるいは藪を押し割って、二本の足で歩いてくる。木々がざわめいて揺れた。その間を通り抜ける月の光が、やつに触れては散ってゆくように見える。瞳を封じた俺の闇の中にそう感じられる。まるで月の光が、やつに触れるのを厭うようだ。
 人のように踏み出す、やつの足はもちろん裸足だけれど人とは違い、剛毛に覆われていた。だがやつはただのけものでもない。腰布のようなものが、破れ果てながらもまとわりついている。体は良く鍛えた兵士よりもさらに強い筋肉によろわれているらしい。だがその体も剛毛に覆われている。やや猫背で、顔とあごをを突き出すようにしている。牙あるその口から、ふうう、と息を吐き、やつは足を止める。その目は爛々と輝いて感じられる。俺を見据えているらしい。
 思っていたような顔立ちをしていた。だが思っていたほど、俺は驚いていなかった。ただ、友と行き逢ったように、槍を手にやつと相対していた。
 やつもまた、獲物を前にしたというより、久しかった何者かに出会ったふうにも見えた。
 その目の光は、またたくたびに弱まり、やがて黒々とした何かへと静まってゆく。穴のようだと俺は思った。どこへも続かない、ただただ深いだけの穴だと。それが俺へ向けられている。
 俺は何も言わなかった。言うべきことが浮かばなかった。かつての俺なら、きっと切れ目無く話しかけていただろう。どうしていたんだ。何があったんだ。けだものとはお前のことか。何かの間違いじゃないのか。けだものの所業は、お前のしたことではないのだろう?そうだと言ってくれ、何か言ってくれと。
 だが、俺にはわかっていた。こいつこそがけだものだ。
 こいつの爪が、人を引き裂き、こいつの牙が人を食らった。俺にはそれだけでいい。なぜ、人からけだものへと変わったのか、そのようなことは俺には何のかかわりもない。俺に語るべきことはない。やつは、うろのような目でじっと俺を見ているだけだ。 
 俺が成すべきことは、このけだものを狩るということだけだ。なのに、やつへ槍を向けられずにいた。俺とやつとの間には何か目に見えぬ、何か胸を突くようなものがあって、それがためにどちらも前へと進めぬというように。
 もし、やつがこのまま退き、姿を消せば、俺はやつを追えなかったかもしれない。
 だが、そうはならなかった。

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